学位論文要旨



No 117658
著者(漢字) 和栗,創一
著者(英字)
著者(カナ) ワクリ,ソウイチ
標題(和) 最適化および確率分布モデルによる先導設計の実現化手法 : マイクロファクトリ構成要素の開発設計検討への適用
標題(洋)
報告番号 117658
報告番号 甲17658
学位授与日 2002.11.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5355号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,存
 東京大学 教授 児玉,文雄
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 教授 冨山,哲男
 東京大学 教授 中尾,政之
内容要旨 要旨を表示する

 新たな技術分野における開発設計は技術的蓄積が少なく,設計に直接利用可能な部品や機構が不足しがちである,そのような状況では研究活動と並行して設計が進められることになる.しかし,設計者の心理は既に確立された利用可能な部品や機構を用いた設計を好み,未だ開発されていない部品や機構を用いて設計を進めることを避けてしまうものである.一方,設計の成立に必要な技術要素の仕様は設計が進まないと明確にならないため,開発も進まない.この悪循環によって開発と設計がいずれも前に進まないというジレンマに陥ってしまうことになるが,そのような状況を打開する先導設計のコンセプトが中島により提唱されている.

 本研究は先導設計の実現化を目的とし,以下の提案,検討を行った.

 ・先導設計の問題を定量化して扱い,仮想技術要素の導入を形式的手続きで実行することができる手法を提案した.

 ・先導設計検討の発散を防ぎ,解を収束させる手法を提案した.

 ・技術予測の不確実性に対応しつつ,開発目標値を定量的に提示する手法を提案した.

 ・新規性の高い技術分野の開発設計を対象として上記手法を実践し,その有効性を検証した.

 ・上記の実践を通じて手法の問題点および課題を抽出し,課題をまとめた.

 本研究で提案する手法の全体像を,図1に示す.

 本提案手法は,技術的な蓄積が少なく未成熟な技術分野における開発設計を対象としている.

 その開発設計の中でも,特に新規性の高い領域では技術蓄積の不足から設計が停滞してしまいがちである.先導設計のコンセプトでは,そのような停滞状況を打開して設計を進展させるために,「仮想技術要素の導入」を行う.

 通常の設計でも,設計者は頭の中で仮想技術要素イメージしながら設計検討を進めていると思われるが,新規性の高い領域では仮想技術要素のイメージが難しいために設計検討が進まない.そこで,仮想技術要素という抽象的な対象を定量化することによってイメージを具体化させることで設計検討を促進させたい.そのために機能構造の階層化と「仕様値による構成要素の記述」を行う.ここで,未達成の仕様値を仮定することで設計検討への仮想技術要素の導入が可能となる.

 仮想技術要素の導入によって,設計者は大きな設計自由度を得ることになる.その自由度によって設計の停滞が打開される一方,設計の解空間が膨大となり検討が発散してしまう.そこで,設計検討を収束させる手段が求められるが,本提案手法では「最適化手法の導入」を行う.

 数学的プロセスによる最適化を行うには,設計解の優劣を判断する指標となる評価関数が必要である.設計の評価関数には様々なものが考えられるが,本研究では開発対象の実現性を優先した設計解の探索を行うこととする.開発対象の実現性,つまり仮想技術要素の実現性を定量的に評価する指標として,本提案手法では「難度」を導入することとした.難度の尺度には,開発のリスクやコストなどが考えられるが,将来的な技術開発に関する予測を取り入れた難度関数の設定が必要であり,「開発に要する時間」を難度の尺度とする難度関数が有効と考えられる.

 未開発の技術要素を導入するとともに,開発の難度を予測して用いるため,それら予測の不確実性は避けらず,得られる結果についても不確実性が伴う.難度関数に対して「確率分布モデルの導入」を行うとともに,得られる解に対して確率分布解析による評価を行う.

 先導設計の検討は,その目的により2つのアプローチに分類される.

 ボトムアップアプローチでは,構成要素の仕様値をある値に仮定する.この時,仮定する仕様値を既存の技術要素の達成値に制限されることなく,未達成の仕様値の仮定を許容することで,仮想技術要素の導入が行われる.そして,注目する全体の仕様値(性能)や任意の評価関数を最大化するような設計解の探索を行う.得られた解から,全体設計に関する様々な仕様値(属性値)を評価することで,設計知識を獲得する.

 トップダウンアプローチでは,構成要素の仕様値を変数とし,その仕様値を実現する難度を表す難度関数を設定する.その難度関数は不確実なものであり,その不確実性に対応した確率分布を難度関数に組み込む.そして,要求仕様を制約条件として難度関数を最小化する解の探索を行う.難度関数の確率的定義に従って,得られる解(仮想技術要素の仕様値)も分布する.解の分布解析と評価を行い,仮想技術要素の開発目標となる仕様値を提示する.

 トップダウンアプローチによる先導設計の場合,検討の収東性のために"難度関数"を用いた最適化手法が採用される.この難度関数の導入には技術予測に伴う不確実性が伴うため,得られた単一な解に対する信頼性の確保が問題となる.最適解に対する信頼性を高めるには目的関数の信頼性を高める必要があるが,各技術要素に対する難度関数の設定に高い信頼性を与えることは,次項に述べる技術予測の2つの不確実性のため,困難なものとなる.

 (1)未知の技術的問題の存在予測および,その問題解決の困難度の推定

 (2)社会的要因による開発環境の変化が与える技術進歩への影響

 本研究では難度関数に確率分布を組込み,モンテカルロシミュレーションを行うことによって,技術予測の不確実性に対応することとした.

 提案した手法の有効性の検証と,手法の問題点および課題を抽出するために,マイクロファクトリの構成機器に対する実践的設計検討を行った.ここでは,3次元機械加工が必要なサブミリから数ミリの部品で構成される代表寸法10mm以下の微小製品を生産対象とするような,A4〜A3版程度のマイクロファクトリを想定する.

通常スケールの汎用3次元機械加工システムをそのままマイクロ化するには,各加工機へのワーク着脱装置や加工機のワークチャッキング装置,各加工機の多軸(x,y,z,a,b,c軸)駆動機構,自動工具交換装置(ATC)などをすべて小型化する必要がある.さらに,専用冶具を用いずに汎用なチャックやエンドエフェクタを用いた場合,各加工機へのワーク着脱毎に積算増加する位置・姿勢誤差を低減する対策が必要になる.

そこで本研究では,小型化に適したシステム構成として,垂直多関節型6自由度ミニチュアロボットアームによる機械加工システム(図3)を提案する.このシステムは,ロボットアーム先端のエンドエフェクタが素材を把持し,各種工具(エンドミル,ドリル)の装着された複数のスピンドルにアプローチして6自由度の3次元加工を行う.各加工機のワークチャッキング装置および多軸駆動機構は不要となり,必要工具数だけスピンドルを設置することでATCも不要となる.またワンチャックで加工のほぼ全工程を完遂するため,ワーク着脱による位置・姿勢誤差の積算増加を防止できる.

 垂直多関節型のロボットアームによる加工システムは通常スケールではアーム先端剛性が小さいため成立しない.しかし,微小スケールでの加工システムでは切削力に比べて相対的にアーム剛性が高くなるため,実現の可能性がある.本研究では,マイクロロボットアームの先端剛性を要求仕様として,アーム構成部品の硬性仕様値を仮想技術要素とする先導設計検討を行い,このシステムが実現するための必要条件となるアーム構成部品の剛性仕様値を求めた.図4に示す剛性解析モデルを用いてアーム先端剛性100mN/μmの実現を要求仕様として,ベアリング剛性,関節部シャフト剛性,関節駆動モータの回転位置保持剛性の3つを仮想技術要素とした先導設計検討を行った.

 図5に3つの仮想技術要素に対する要求仕様値の3次元的分布を示す.

 図6は,ベアリング部曲げ剛性(背面組合せ軸受)に関する仕様値の頻度分布と,その近似モデルである.90%信頼度の値として5700Nm/radの曲げ剛性値が得られた.この剛性は転動体に超硬(E=530GPa)を用いることで実現可能な仕様値である.

 以上の先導設計の実現化手法に関する本研究によって,以下の結論を得た.

 ・設計対象の機能構造を構成する技術要素に対して,仮想的な仕様値を仮定することで仮想技術要素の導入を行い,先導設計の問題を具体化,定量化して扱うことを可能にした.

 ・仮想技術要素の使用による設計検討の発散を防ぎ,解を収束させるとともに,先導設計解として提示する開発目標の値に根拠を与えるために最適化手法を応用することを提案した.また,仮想技術要素に関して,できるだけ実現性の高い解を得るための手法として,難度関数を評価関数として導入した.

 ・技術進歩の不確実性を,仮想技術要素開発の難度関数モデルに確率分布として組み込み,モンテカルロシミュレーションによって得られる解の分布を解析することで,仮想技術要素に対する開発の目標値に,任意の信頼度を有する十分条件としての意味付けを与える事ができた.

 ・仮想技術要素の仕様値をパラメータとして性能評価計算に組み込み,最適化設計問題を解くことで,技術要素の開発が成功した場合に得られる成果としての製品性能を示し,各技術要素の開発に対する動機付けを行うボトムアップ型の検討手法を実現した.

 ・仮想技術要素の仕様値を変数として性能評価計算に組み込み,開発難度の最適化問題を解くことで,開発資源,開発コスト,開発時間などの任意の評価関数を最小とする設計解,および仮想技術要素に対する開発目標仕様を定量的に示すトップダウン型の検討手法を実現した.

 ・新規性の高い開発設計対象であるマイクロファクトリについて,新たなシステム構成を提案し,本提案手法を用いた設計検討を実践することで技術要素に対する定量的開発目標仕様を提示できることを示した.

 ・製品性能および技術要素に関して得られた定量的設計解について分析,考察し,本手法の有効性,可能性,問題点を確認した.

図1 本研究の範囲と提案手法

図2 先導設計の検討フロー

図3 多関節6自由度マイクロロボットアームを用いた機械加工システム

図4 マイクロアームの剛性計算モデル

図5 モンテカルロ計算結果

図6 解(ベアリング部曲げ剛性)の頻度分布とベータ近似

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「最適化および確率分布モデルによる先導設計の実現化手法(マイクロファクトリ構成要素の開発設計検討への適用)」と題し,8章からなっている.

 多くの新規技術開発を要する先端的な製品の開発設計では,利用可能な技術要素が存在しないために,設計検討作業を進めることが困難である.そのような問題を解決する方法として,未開発の技術要素を利用可能であると仮定し,その仮想的な技術要素を用いて設計検討作業を進める先導設計という概念が提案されている.

 本論文は,先導設計の概念を実際の設計プロセスにおいて実現する手法を提案し,実践的開発設計への適用を通して,その有効性,可能性を検証したものである.

 第1章では,先導設計の概念が提案された背景と本研究の目的を述べるとともに,本研究で提案する手法の全体像と,その手法による検討作業の流れを示している.また,提案手法の概略と論文の構成,各章との対応付けを示すとともに,本論文中で用いる用語の定義を行っている.

 第2章では,新規性の高い開発設計に伴う問題点および,仮想技術要素の導入と設計の完遂を柱とする,先導設計の基本概念を整理している.中島の提唱した先導設計概念を解説するとともに,本研究で提案する具体的手法が先導設計概念のどの部分に対応するかを示している.また,設計論や設計プロセスモデル,設計手法などの関連研究と本研究の提案手法との対比を行い,それらの多くが設計検討の対象および目的の点で提案手法と異なることを指摘している.

 第3章では,先導設計の定式化を試みている.機能構造の階層化と仕様値による構成要素の記述を行い,そこに含まれる技術要素に未達成の仕様値を仮定することで仮想技術要素の導入を形式的手続きで行えるようにすることで,仮想技術要素を定量的扱いが可能な具体的対象として設計検討に導入する枠組みを示している.また,定量的先導設計の目的に応じた検討として,トップダウン型およびボトムアップ型の2つのアプローチを示している.

 第4章では,先導設計における最適化手法の応用を提案している.仮想技術要素の導入による設計自由度の増大に伴い設計検討が発散する問題を示すとともに,最適化によって先導設計検討を収束させる手法の定式化を行っている.最適化手法の導入に伴って評価関数を設定しなければならないが,先導設計に適した評価関数として難度の導入を提案している.また,各技術要素の将来について信頼性の高い予測を取り込んだ難度関数を設定する必要性に対して開発に要する時間を尺度とする難度関数を提案している.例として技術のライフサイクルを表すロジスティック関数を用いた難度関数の設定を示している.加えて,各技術要素の発達の独立性と難度関数の設定について論じるとともに,設計の対象全体の難度を表す関数の設定について考察を行っている.

 第5章では,先導設計における確率論的検討の導入を提案している.まず,技術予測の難しさに起因する先導設計結果の信頼性の低下を論じ,不確実な技術予測の下で有意な開発指針を与える手法として確率論的検討を提案している.まず,各技術固有の未知の問題点の存在に対する不確実性と,社会的な技術の相関に伴う複雑性に起因する不確実性をまとめて捉え,評価関数である難度に確率分布モデルを組み込みモンテカルロ・シミュレーションを行うことでその不確実性を取り込んだ最適化評価を行う手法を提案するとともに,得られる結果に対しても確率分布による解析評価を行い,信頼度情報をともなった開発指標を示す手法を提案している.また,技術進歩の不連続性を反映させるために,ステップ関数と確率モデルを融合した難度関数の設定手法を提案している.

 第6章では,前章までに示した手法を,具体的な開発対象を用いた実践的開発設計に適用し,検証を行っている.技術的新規性の高い開発設計対象であるマイクロファクトリを設計対象として取り上げ,まず現時点での開発試作状況を概観し,問題点を整理している.そして斬新なマイクロファクトリのシステム構成を提案し,その構成機器であるマイクロロボットアームおよびマイクログリッパに対して本手法を実践している.それら設計対象に関する有効な知見を得るとともに,それらを構成している技術要素について開発の目標値を定量的に提示し得たことから,本提案手法の有効性が確認されている.

 第7章では,提案手法の問題点と課題を示している.本手法の問題点として当初から予想されていたものと,実践を通じて判明した問題点とを区別して論じるとともに,今後の課題として整理している.また,本手法によって得られる先導設計結果を合理性の観点から論じ,適用可能性および実用性に関して考察を行っている.

 第8章では,本研究で得られた成果を総括している.

 以上,本論文は,先導設計の実現において問題となる設計検討の発散と技術予測の不確実性の2点について論じ,解決手段としてそれぞれに対し最適化および確率分布モデルを導入する手法を提案している.そして,実践的開発設計への適用を通じて手法の有効性を検証するとともに,手法の合理性,実用化への課題を論じており,機械工学に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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