学位論文要旨



No 117659
著者(漢字) 細野,千恵
著者(英字)
著者(カナ) ホソノ,チエ
標題(和) ショウジョウバエ内蔵性中胚葉パラセグメントの細分化とその胚葉分化における役割
標題(洋)
報告番号 117659
報告番号 甲17659
学位授与日 2002.11.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4260号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 教授 田之倉,優
内容要旨 要旨を表示する

 ショウジョウバエ内臓性中胚葉パラセグメントの細分化とその胚葉分化における役割

 高等生物の組織は周期的な単位(セグメント)から構成される。セグメントのパターン形成はショウジョウバエの表皮において詳細に解析されてきた。本研究ではショウジョウバエの内臓性中胚葉(trunk visceral mesoderm:VM)をモデルとして、その周期単位(VM-prasegment:VMパラセグメント)の細分化とその役割を解析した。

ショウジョウバエのVMは外側を覆う外胚葉と内側に位置する内胚葉に挟まれている。このためVMの形態形成の研究は、外胚葉での解析では得られなかった胚葉間の相互作用に関する知見をもたらす。実際、外胚葉からの分泌シグナルがVMの形成と分化を制御し、VMからのシグナルは内胚葉の形態形成を制御することが知られている。

中胚葉は、胚発生の初期に胚の腹側の細胞が陥入してできる。この時期、中胚葉で分節化遺伝子が外胚葉のパラセグメント(ectodermal parasegment)に対応した周期(mesodermal parasegment:中胚葉パラセグメント)で発現し、中胚葉を分節化する。さらに外胚葉の内側に沿って背側に広がる時に、外胚葉由来のDecapentaplegic(Dpp),Wingless(Wg),Hedgehog(Hh)などの分泌シグナルとともに、中胚葉パラセグメントの領域化がおこる。その結果、1つの中胚葉パラセグメントは4つの領域に区画化され、VM、心臓、体壁中胚葉、脂肪体の原基が特定される。

VMの原基は各中胚葉パラセグメントの背側前方領域に周期的に決定される。各原基は胚の内部に陥入しながら後方に広がり、隣同士と融合する。こうしてできた帯状のVMからは、後に中腸の外側を覆う筋肉が造られる。

原基の融合直後のVMでは、細胞接着分子Connectin(Con)が外胚葉のパラセグメントに対応した周期で発現することが知られている。VMパラセグメントはこのConの発現によって少なくとも2つのドメインに分けられ、この領域化に外胚葉由来のHedgehog(Hh)及びWingless(Wg)が関与することが知られている。

本研究でまず私は、我々の研究室でhhもまたVMで周期的に発現することが見いだされたことに端を発し、既に知られている周期的な発現遺伝子(con,tinman,bagpipe,branchless)との位置関係を詳細に調べた。その結果、これら周期遺伝子の発現の違いからVM-パラセグメントは胸側で5個、腹側で6個の小領域に細分されることを見い出した。各VM-パラセグメントの前側でhh及びconが発現する。branchless(bnl)/tinman/bagpipeはVM-パラセグメントの前側と後側の同じ領域で発現していた。すなわち1つの発現パッチはVMパラセグメント境界をまたいでいることになる。

次にこれら遺伝子発現上で見られるVMパラセグメント内の細胞分化がどのようにして起こるかを検討した。VMの発生は、VM原基の決定とVMパラセグメントの細分化の2段階で起こり、それぞれに外胚葉から分泌されたHhとWgが働くであろうと提唱されている。すなわち、VMの原基の形成はHhによって促進され、Wgによって抑えられる。次に、VMでのConの発現がHhによって正に、Wgによって負に制御される。

私は、hh及びwgの温度感受性変異体を用いてVMの原基の形成に必要な時期(stage10以前)とVM周期遺伝子の発現制御に必要な時期(stage10〜11)を明確に分離した。stage10以前のそれぞれの活性をなくした場合、VMの細胞の形成において影響が見られるが、VM周期遺伝子は発現する。一方、stage10以降の活性をなくした場合、VMの細胞数で見た限り、VMの原基の形成は正常だが、VM周期遺伝子の発現は変化する。

 hh及びwgの欠失変異体及び異所発現におけるVM周期的遺伝子の発現変化を調べたところ、それぞれの温度感受性変異体を用いた実験と一致する結果が得られた。すなわち、VM周期的遺伝子の発現のinitiationは外胚葉由来のHh及びWgシグナルの、遺伝子毎に異なる効果に依拠していることが分かった。VMでのhhの発現はHhとWgを必要とする。一方、bnl/tinman/bagpipeの発現はWgのみを必要とした。hhとwgの発現は胚発生の一時期、互いに依存し合うことが知られている。私は、hh欠失変異体において、wgを異所発現させる及び、その逆の実験を行い、VM周期的遺伝子の発現制御にhhとmgが独立に働くことを確認した。

stage10〜11にかけての時期は、VMの原基が胚の内部には入り込みながら後方に広がる時期に相当する。この時期、hhとwgのVMでの発現は見られないが、VM原基の真上に位置する外胚葉層のパラセグメント境界で双方は発現している。したがって、VM周期遺伝子はstage10〜11の外胚葉由来の分泌シグナルによって以下の通りに発現制御を受けると説明できる。

VMでのhhは、外胚葉から分泌されたHhとWgの両方のシグナルを受けとるVMパラセグメントの前側で発現する。bnl/tinman/bagpipeはVMのパラセグメントの前側と後側で発現するが、それらの発現は外胚葉のパラセグメント境界で隣接して発現しているWgによって連続的に誘導を受ける。後側のbnl/tinman/bagpipeの発現領域は、初めWgの分泌領域から離れているが、VM原基が移動してから隣りのWgによって制御される。stage10〜11の前半のWgの活性をなくすと後側のみでそれらの発現が見られ、後半の活性をなくすと前側のみで発現が観察された。

VMでは、表皮の毛(denticle)のパターンのような明確な構造的特徴は見られないため、周期パターンの生物学的な機能について、これまでのところ不明であった。私はbnlとhhの役割に関してその一端を明らかにした。

bnlはFGFホモログをコードし、気管細胞のchemoattractantであると考えられている。しかしVMに向かって伸びる一部の気管(visceralbranch)に関して、bnlが実際にchemoattractantとして働くかどうかの詳しい解析はなかった。私は、幾つかの条件下でVMのbnlの発現領域を変化させ、visceralbranchの伸長がその変化に対応するか調べた。その結果、VMでのbnlの発現領域がvisceralbranchの伸長方向を規定することが分かった。

 patched(ptc)は、hhシグナルのターゲット遺伝子である。VMでhhと相同なパターンで誘発されることはVMでのhhが機能していることを強く示唆する。実際にVMでptcは、hhが発現したしばらく後にほぼ同じ領域で誘発されていた。VMでhhが発現する時期のhhの活性をなくした場合、ptcの発現も見られなかった。hhとconは発生後期まで周期的な発現が維持されている。ptcと同様な実験を行ったところhhとconの発現の維持にもVMのhhが必須なことが明らかとなった。またVMのhhの発現には、それ自身の活性をより長い時間必要としていた。

現在のところ、これらhhとconの発生後期まで見られる周期的な発現が実際に何をしているかは不明である。しかし発生後期の中腸を解析している途中でhhが胃嚢(gastric caecum)の発生にも関与することが分かった。gastric caecumは中腸の前端にある突起物である。gastric caecumの原基はVMの一部(VM-PS3)とその内側の内胚葉を含む領域からできる。左右の背側と腹側に1つずつ、計4本のチューブ状の構造物が胚発生の最終期(stage17)に伸長して現れる。VMでhhが発現する時期のhhの活性をなくしたところ、stage17の胚においてgastric caecumはなくなっていた。またhhシグナルの下流で働くcubitus interruptus(ci)の抑制化型を中胚葉全体で異所発現させた場合、外胚葉のhhは変わらないがVMでのhhの発現はなくなる。この条件下でも、同様にgastric caecumは欠失していた。VMのhhはVM-PS3の前側で発現していることから、gastric caecumの形成にVMで発現するhhが関与することが強く示唆された。

以上の解析より、私はVMの細分化について以下のことを明らかにした。

VMは連続した外胚葉からの位置情報に基づいて創られる。初めにHh、Wg等の分泌シグナルによって中胚葉は分割化され、その一部からVMの原基が決定される。さらにVMの原基はHh及びWgの影響を受ける。その結果、Hh及びWgの異なる制御機構の組み合わせによってVMのパラセグメントは5-6個の領域に細分化される。外胚葉の情報を基にして創られたVMの周期的なパターンの一部はVM自身の制御機構を介して発生後期まで維持される。また外胚葉(気管細胞)及び内胚葉(gastric caecum)のパターン形成にも関わることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、ショウジョウバエの内臓性中胚葉パラセグメント形成機構とその胚葉分化における役割を、明確な章分けをすることなく論ぜられている。

 物理的に明確に境界が生じる、ショウジョウバエの体節については、その分節化の分子・遺伝子機構が既に詳しく調べられている。しかし、腸のように物理的分節構造のはっきりしない組織の形成機構はよく分かっていなかった。本申請者は、腸の表面に連続して分布し、内臓性中胚葉(VM)の由来物である、内臓筋の形成が分節的に起こること(当該セグメントをVM-PSという)を見出し、また、そこでの様々な遺伝子の分節的発現が、中胚葉あるいは外胚葉組織の形成・誘導において重要であることを示した。

 本研究では、最初、VM-PSで一定の間隔で繰り返し発現している遺伝子(周期的発現遺伝子)として、5つの遺伝子、hedgehog,tinman,bagpipe,connectin,branchlessを特定し、VM-PSの内部構造とその形成機構を抗体を用いた2重染色技術を駆使して検討した。その結果、腹部のVM-PSは、これらの周期的発現遺伝子の発現の違いから6個の小領域に細分されることを見出した。

 次に、hedgehog,winglessの、null変異株、温度感受性変異を用い、どの発生時期の、外胚葉性hedgehog,winglessシグナルが、VM-PS細分化シグナルとしての活性を持っているか調べた。その結果、VMが外胚葉から離れ内部に落ち込んでいく直前のstage10-11に外胚葉から分泌されるシグナル分子が、必要かつ十分であることが判明した。この時期には、VM-PSセグメントは、外胚葉の位置情報を直接写像したような分節構造を持つ中胚葉の各分節の前半分の背中側半分から由来した細胞群が、前部側を外胚葉に固着したまま、後部に移動し、相互に融合してVMを形成する時期と一致している。この様なダイナミックな細胞の移動を伴うため、VM-PSでの周期的発現遺伝子の発現の、外胚葉由来のhedgehogおよびwinglessシグナルによるinitiationは、極めて複雑となり、実際遺伝子毎に異なるシグナリング効果に依拠していることが分かった。特にVMでのhedgehogの発現は、外胚葉のhedgehogとwinglessの両方により正に制御されており、branchlessの発現は、異なった時期の異なった外胚葉のパラセグメント境界からのwinglessシグナルによる制御を受けていた。

 VMでのhedgehogの発現はstage11以降に起こり、VMでのpatchedの発現を誘発する。またVMでのhedgehogの発現(VM hedgehog)およびconnectinの発現維持には、VM hedgehogが必須であった。VM hedgehogは、また発生後期に胃嚢(gastric caecum)の形成にも関与することが示された。分子遺伝学的研究の結果、胃嚢の形成には、VM hedgehogシグナルと、主として外胚葉由来と思われるhedgehogシグナルの共同作業が必須であり、その両者が機能欠損すると胃嚢形成が完全に抑圧された。VM hedgehogのみの欠損は、短い胃嚢の形成を惹起した。胃嚢形成に必須なhedgehogシグナルの下流では、同様の変異体表現型を示す、別のモルフォゲン、decapentaplegic(dpp),veinの発現が起こっていた。

VMでの周期的発現遺伝子、branchlessの発現は、VMへの気管支(外胚葉性組織)の伸長に必須であるが、それがchemoattractantであるかどうかは、不明であった。本申請者は、branchlessのVMでの異所発現、winglessシグナルの温度変異株による、branchlessの活性除去などにより、気管支の伸長を調べた。その結果、branchlessの発現領域の変化に伴い気管支の異所的伸長やbifurcationが変化することを始めて証明した。この発見は、また、外胚葉が、一方的に中胚様細胞の運命を決めるだけでなく、中胚様細胞もある場合には、外胚葉の細胞運命形成に関わっている事を示している。

本論文は、松田 亮、高井良 克己、西郷 薫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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