No | 117667 | |
著者(漢字) | 秋山,演亮 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | アキヤマ,ヒロアキ | |
標題(和) | ロックコーティングが分光観測に与える影響 | |
標題(洋) | Effects of rock coating on reflectance spectra of rock samples | |
報告番号 | 117667 | |
報告番号 | 甲17667 | |
学位授与日 | 2002.12.09 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4262号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 岩石表面が光学的特性の異なる物質によって覆われる現象は"ロックコーティング"と呼ばれ、近年そのタイプや生成メカニズムに関して研究が始められている。本論文ではロックコーティングが分光観測に与える影響に関して検討を行った。 物質はその化学組成に応じて特定の波長に吸収帯を持つ。これは物質を構成する分子を周回する電子が非連続的なエネルギー準位を持ち、光が物質に当たるときに電子が現在のエネルギー準位から高次のエネルギー準位に遷移する為、特定の大きさのエネルギー(特定の波長)を持つ光が吸収されて起こる現象である。このような吸収帯は吸収スペクトルと呼ばれる。吸収スペクトルは理論的には極く限られた波長幅を持つが、実際には分子同士の衝突やドップラー効果によって広い波長幅を持つ。分光観測はこの特徴を利用して、反射光から観測対象表面の化学組成を明らかにする為に用いられる。分光観測は非接触で行うことが可能である為、リモートセンシングではよく使われる手法である。 惑星探査においてリモートセンシングは重要な観測手段である為、多くの探査機は分光観測機器を搭載している。また地上からの望遠鏡観測においても、分光観測はよく使われる手法である。大気を持たない固体惑星は長期間にわたり大小様々なメテオロイドの衝突に曝されており、表層は粉砕され"レゴリス"と呼ばれる粉体混合物で覆われていることが多い。その為、固体惑星のリモートセンシングにあたっては粉体における分光観測理論が重要視され、様々な理論が考案されてきた。Hapke(1993)が提案した理論は実観測との整合性も高く、Hapke理論を応用した物質の定量計測も廣井(1999)らにより行われている。このように粉体の混合物に関する反射理論は、これまで多く行われていた周回・フライバイによる惑星探査や地上からの望遠鏡観測に対しては非常に重要な働きをしてきた。 しかし探査技術の進歩と惑星探査の進展に伴い、近年では固体惑星表面への着陸探査が増加している。それに伴い、これまでの周回・フライバイによる探査では観測対象が混合粉体の集合体であったのに対し、着陸探査では個々の岩石が重要な観測対象となる。これら岩石の表面はレゴリスや宇宙風化作用によって変質された層に覆われていることが多く、直接岩石を観測することは出来ない。もしもコーティング層が厚ければその影響を除去することは不可能であるが、薄い場合には、ロックコーティングに関する分光理論が確立していれば、その影響を除去することが可能である。その為、着陸探査に際してはロックコーティングの分光理論は非常に重要である。 ロックコーティングの分光理論では表層での光の反射・吸収・透過、及び岩石表面での反射・吸収を考えるのに対し、粉体混合物の分光理論では表層だけでの光の反射・吸収・透過を考えるため、異なった分光理論が必要となる。Hapke(1984)はロックコーティングが分光観測に与える影響を考え、"two-layer model"を提案した。しかしこの理論では、"拡散反射の等方性"、および"ロックコーティング層中での拡散放射場の等方性"が仮定されているが、実際にはこの二つの等方性とも、成立しないことが多い。 Doute and Schmitt(1998)は数値計算により、"拡散反射の等方性"が乱れた場合、理論値と観測値にどの程度の不整合が生じるかを予測した。またJohnson(2001)は実験を行い、理論値と観測値に実際に不整合が生じることを示し、拡散放射に角度依存成分を入れることによりtwo-layer modelの補正を行っている。 一方コーティング層が薄い場合には、"ロックコーティング層中での拡散放射場の等方性"が成立しないことが予測される。そこで本論文では、拡散放射場の等方性が崩れた場合について、two-layer modelと実観測との関係を実験的に調べた。その結果、光学深さが1よりも大きい(コーティング層が厚い・観測波長が短い)場合には、拡散放射場の等方性は維持されtwo-layer modelは実観測と良く一致するが、光学深さが小さい場合には整合性が低いことがわかった(図-1)。一方、大気放射や植物に関するリモートセンシング理論で使われているdoubling-adding methodを応用し、adding methodの理論値は光学的深さによらず実観測と20%以下のずれにとどまり、高い整合性を示すことを示した(図-1)。 adding methodでは表面を覆うコーティング層の厚さごとの反射率・透過率が必要となるが、doubling methodを使うことにより、非常に薄い単位厚さの反射率・透過率から任意の厚さの反射率・透過率を算出することが可能である。しかしロックコーティングでは、コーティング層の拡散率が高いためdoubling methodが適用できるかどうかは定かではない。そこで粒子サイズの異なる球形のガラスビーズを用いて検証を行い100μm以下の粒子においては20%以下の不整合で適用性があることがわかった。また歪な形状をしたolivine粒子に関してもずれは20%以下にとどまっており、粒子形状によらずdoubling methodが100μm以下の粒子で適用可能であることを示した(図-2)。 ロックコーティングに関する分光理論は様々な分野に応用が可能である。本論文ではこの理論をMars Pathfinderの観測データに適用し、その応用可能性を調査した。但し火星表層のレゴリスに関しては、特に透過率に関して十分なデータが得られていないため、今回の検討はあくまでも応用可能」性に関する試験にとどまっている。 最初にMars Pathfinderが観測した火星表面の岩石、Barnacle Billに注目した。Barnacle BillはYogi等と同様に、表面に赤い部分と青みがかった灰色の部分を持つツートンカラーの岩石である(図3)。青みがかった灰色の部分は元々の岩石の色に近く、赤い部分は風によって運ばれた火星表層のレゴリスが酸化・付着したものと考えられている。赤い部分と青みがかった灰色の部分の反射率、及び地上で計測された、火星レゴリスと光学特性が似ている0.1μmFe2O3粉末の反射率・透過率を用いて、Barnacle Bill表層に付着したコーティング層の厚さを見積もった。その結果、コーティング層はFe2O3粉末であれば0.08mm程度の厚さであることが推定された。 次ぎにMars Pathfinderに搭載されたRCT(radiometric calibration target)の反射率の経日変化から、RCT上に堆積したレゴリス層の厚さの変化を調べた。その結果、7火星日で0.13mm程度、30火星日で0.25mm程度、52火星日で0.50mm程度のHematiteが堆積していることが推定された。(但しこのデータはHematiteの400nmから700nmにおける吸収率を10%と仮定し、吸収率・反射率から透過率を推定して求めた値に過ぎない。) これらMars Pathfinderでの計測データの解析に当たっては、火星レゴリスの光学特性、特に透過率に関するデータが欠如しているため、いずれも思考実験の域を出ていない。その為、今後の火星探査に際して、レゴリスの反射率・透過率の計測が必要であり、その為の観測装置の提案も行った。 本論文では着陸探査におけるロックコーティングに関する分光理論の重要性を明らかにした。また、従来提案されていた理論に2つの前提条件が存在することを明示し、これまでの検討が一方の前提条件が崩れた場合に関して行われてきたことを紹介した。残るもう一方の前提条件に関して、その前提条件が崩れる条件を実験的に明らかにし、これまでの理論の限界を示した。また、これに変わる新たな分光理論の適用を提案し、その優位性を実験的に明らかにした。 図-1 光学厚さとtwo-layer mode(hapke)、adding methodと実験データとの誤差率の関係 adding methodでは光学厚さによらず20%程度の不整合にとどまっているが、two-layer modelでは光学厚さが小さくなると整合性が無くなる。 図-2 doubling methodの適用試験 粒径の異なるガラスビーズ(上から4つ)と75〜105μmのolivine粒子0.2mm厚のデータより0.4mm厚の反射率をdoubling methodを用いて算出し、実験データと比較した。125〜250μmで大きなずれを生じるが100μm以下の場合は20%以下の不整合に留まっている。 図-3 Yogi外観 Mars Pathfinder周辺の岩石には、Yogiに代表されるような赤と青みがかった灰色のツートンカラーの表面を持つ物が多く存在する。赤い部分は風で運ばれた火星レゴリスが酸化してコーティングしたもの、青みがかった灰色の部分は元々の岩石の色に近いと考えられている。 | |
審査要旨 | 惑星探査においては岩石の分光観測によってその岩石の種類を推定する場合がしばしばある.しかし,現実には岩石の表層にはきわめて薄い粉体層や変質層が存在していて(このような状態をロックコーティングと呼ぶ),分光観測に影響を及ぼすことが多い.本論文はこのようなロックコーティングが分光観測に与える影響について実験および検討を行ったものである.論文は7章から構成されている.第1章のイントロダクションにて、ロックコーティングに関する一般的説明を与えるとともに,惑星の着陸探査を取り上げ、現地でのその場分析に際して、ロックコーティングに関する光学理論が果たす重要性を述べている.次にロックコーティングに関するこれまでの研究の問題点と本論文の位置づけが述べられている. 第2章では過去に行われた主要な研究であるHapkeのTwo-layer modelに関する理論検討が述べられている.本論文にて必要となる基本理論式の説明が与えられている.またHapke以前の古典理論としてのKubelka-Munkの理論は付録にまとめられており,本章ではごく簡単に紹介されている.次にHapkeがWellsらと行った検証試験方法に関して説明している. 第3章では本論文で行った実験方法に関して述べている.最初にこれまで計測例がほとんど無い,粉体層の透過率の計測方法が検討され,計測手法が述べられている.オリビン粒子、ガラスビーズに関して計測された透過率に関するデータはこれまでにも計測が少なかったものである.次にロックコーティングを模擬するための手法に関して述べられている。申請者の行った方法は従来のJohnsonらの手法に比べコ-ティング厚の制御が易しく、またコーティング厚さの計測方法も精度が高い.また本試験では下材に分光特性が計測された各種鉱物を用いており、ロックコーティングされた物質の分光特性をより厳密に議論することが可能な手法を取っている. 第4章では実験結果が説明されている。またこの透過率より、粉体層の光学厚さが算出されている. 第5章では,実験結果に基づき,HapkeのTwo-layerモデルの整合性に関して議論が行われている.Two-layerモデルでは反射拡散光の等方性、及びコーティング層中での拡散放射場の等方性が仮定されているが,これは現実に即さない.特に放射拡散光の等方性が崩れたときにTwo-layerモデルが現実と則さなくなることに関しては,これまでDouteが理論的に予測し、Johnsonが実験によって確認している.これに対し,本論文ではコーティング層中での拡散放射場の異方性に関して検討が行われている.本章ではまずadding methodに関する説明が行われており,これによりコーティング層中での拡散放射場の等方性が乱れてもロックコーティングに関する理論検討が可能となる手法が確立できることを示している.次にこの手法を用いて理論値と実験値の整合性を検討し,拡散放射場の等方性が乱れる条件がコーティング層の光学厚さ1を境とすることを確認し,Two-layerモデルの限界を示した.またコーティング層の光学的厚さが1以下の場合でも、adding methodによって理論値が実測値と良く一致することを示し,層下の岩石の観測で重要となる薄くコーティングされた場合のadding methodの優位性を示した.またadding methodのもととなったdoubling methodに関しても検討を行い,doubling methodが拡散率の高い粉体に関しても適用が可能であることを実験的に証明し,adding-doubling methodによるロックコーティングの分光理論を提案している. 6章においては、adding-doubling methodを応用し、Mars Path Finderが火星で行った実験に関して、火星のロックコーティングに関して検討を行い,手法の有用性を示している.また、将来の火星探査における新しい光学観測機器を提案し、これによって火星のロックコーティングの影響を除去するための基本データの収集を提案している。 以上のように,ロックコーティングの光学的影響について,実験,考察を進めることにより,従来の理論では取り扱えない領域にも適用できる方法を提案し,実験的に検証することができたと判断する. したがって博士(理学)の学位を授与できると認める. | |
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