学位論文要旨



No 117669
著者(漢字) アギム,レチ
著者(英字)
著者(カナ) アギム,レチ
標題(和) アジア的側面から見た : 低所得世帯の社会的向上と移住の関係についての検証
標題(洋) Housing and Residential Mobility : Validation of Upward Social Mobility for Low-income Households in Asian Perspective
報告番号 117669
報告番号 甲17669
学位授与日 2002.12.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5356号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 マークトゥリオ,ピーター
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

都市化のプロセスが進行し、都市部への人口流入が続く中、特に低所得者層からの住宅需要の増大が顕在化している。住宅供給自体は、議論の今日的な課題ではないが、ここ30年間、各国政府の見解が顕著に変化してきているという議論がある。30年の間、住宅分野の専門家の立場は、近代化理論、自助、新古典派、ネオ・マルキスト、ネオ・リベラル、そしてついには持続可能な都市へと変化してきた。つまり、90年代後半までの住宅供給は、コミュニティや世帯、任意で非政府の組織、国家や民営の機関、企業や政治家など様々な主体が、都市の幅広い発展という共通の目的を達成するために協力しなければならいという流れの中にあった。しかし、このように大きな理論的な移行をたどっていても、現実では殆ど変化が起こっていない。これは、権能付与のアプローチが、各主体の異なる利益に関係するとともに、環境保全主義の「ブラウン・アジェンダ」までに発展したコミュニティレベルの参加型開発のような新しいコンセプトを必要としているからである。また、景気後退が、住宅を需給する市場で競争力を持たなければならない多くの世帯の状況を、より一層悪化させている。補助金システムの中から手を引き始める政府が登場する中、住宅供給は、利害関係者すべての参加が可能な地方レベルで解決されるべき課題となっている。さらに近年、住宅金融は、第二世代が、住宅問題をマイクロファイナンスやマイクロクレジットという金融のエンパワメント型の原則を用いて検討する段階に入っている。これらの金融のタイプは、低所得世帯を支援し、かつ都市レベルの利益にまでも発展し得るのである。

 本研究では、住宅供給について、とりわけ開発途上国の低所得者層に関する問題に焦点をあて、分析の枠組みとして住民の移動性を取り扱った。ここでは、住民の移動性を、第三世界における不均衡な構造の都市の状況を改善する、より良い代替手段として考えている。住民の移動性の基礎については、アジアにおける内部移住、自助による住宅供給、社会的向上の傾向に関するジョン・ターナーの理論をレビューした。人々を「初動」、「統合」、「社会的地位追及」という三つのカテゴーに区分するターナーのモデルは、あまりに単純に考えられており、政治的経済の枠組みの中でのみ通用するものである。また、移住や在住期間、職業地位、住宅の状態の間に何の関連性もないとする研究さえある。ターナーの論文の議論をさらに深めるため、本論では枠組みとして、住民の移動性について二つの側面を検討した。すなわち、1)所得や職業地位の向上が、住宅の状態を改善するときに生じる垂直的な移動性、2)都市部のスラム地域からより良い地域への社会的向上を引き起こし、また職業地位の向上とも結びつく空間的な移動性、の二つである。これらのパターンを考察するため、本研究では、路上居住者から不動産自由保有権者までの10カテゴリーで表わされる一連の住宅所有権を取り扱った。同時に、問題を社会経済的環境の変化と結び付けている。

 本研究は、三つの仮説に基づいている。すなわち、1)社会的状態の上昇傾向のパターンがアジアの都市で明らかであるかどうか、つまり、所得向上が住宅供給の進歩を導いているかということ、2)もし一つ目の仮説が有効であるなら、どのように移動性を政府のプログラムに統合していくことができるか、3)各主体の努力をもって、都市の差別化された構造を改善するために、どのように移動性を促進していくことができるか、の三つである。

 方法として、ミクロレベルでは、ラテンアメリカ(ペルー、ボリビア)やアジア(タイ、インドネシア、インド)のケーススタディを行った。ここで、その後の分析に必要な背景となる、異なった都市や地域の変数について、類似点と相違点が明らかになった。次に、国際連合人間居住センターの都市指標データベースを分析するため、回帰分析を行った。最後に、モデルにデータを与えるため、ケーススタディを、インドにおいて、特にインドの二都市(アーメダバード、チェンナイ)について行った。これらの都市の特徴は、空間的構造と職業状況にあった。アーメダバードでは空き住居率が高いことが分かったが、この特徴はチェンナイのケースには見られず、チェンナイでは住居不足が住宅ストック全部のほぼ5分の1に相当すると推計された。結局、三つの仮説の有効性が、幾つかの異なる発見を明らかにすることが期待された。

 インドを詳細なケーススタディの場所として選んだのは、広く認識されている住居不足と全人口の4分の1近くを占めるスラム人口の深刻な状況からである。他方、移住パターンにより、大都市への移住に主要な二つの傾向、すなわち、移住者の男女比が均等であるという傾向と、数十年以前にくらべて教育レベルや識字率が向上しているという傾向が明らかになった。つまり、その都市へ定住するつもりで移住する家族が増えているのである。また、インド政府は、ここ数十年の間に幾つかのアプローチをとり、このアプローチは、当該分野で国際的な開発に取って代わるようになってきた。低所得者層や経済的な弱者層は、住居関連の要素に加え、ますます多くの要素を含むプログラムの対象となっている。現在、国家政策は、経済や教育、健康、雇用などの要素を伴った、国規模の権限問題に焦点をあてて、実施されている。

 本研究において、一つ目の仮説は有効であると論じたが、低所得世帯に対してではなく、むしろ中高所得者層に対して有効であることを述べた。低所得世帯では、仮説の有効性は、基本的に次の二種類に見られる。つまり、1)住宅の修繕、2)財政的手段が見つかり次第行う、ゆっくりとした住宅の改善の二つである。このため、所得者層は、限られた収入で暮らし、目立った貯金も持たず、家族の人数を増大させながら、都市中心部近くの地域に密に住まい続けている。「初動」と「統合」のカテゴリーの人々は、都市の中でどの地区に住んでいようと、同じような経済状況や住宅の状況にあるが、古くからの都市住民は都市における在住期間の長さや互助的ネットワークを活用してより良い地位にある。

 二つ目の仮説においては、住宅供給プログラムへのアクセスが一つの選択肢となると仮定した場合の、世帯戦略への影響を検討した。金融や多額の補助金へのアクセスは、世帯が、現在の沈滞した経済状況を克服するのに役立つことを結果として導いた。しかし、この議論は、権能付与政策のコンセプトと対峙する。権限付与政策は、政府に補助金システムからの撤退を求めているのである。また、移動のモチベーションは、経済的余裕や返済見込など、現在の世帯の経済的状況と比べると、高いとは言えない。しかしながら、不動産保有権の保証や雇用と職業訓練、インフラ改善、健康などを含む総合プログラムにより、この第二の仮説は有効になり得る。

 都市の不均衡な構造を考慮し、三つ目の仮説では、都市の社会的グループを統合するために移動性のコンセプトを活用することができないかを論じた。アーメダバードのような都市では、単一の社会的階層やカーストで構成される近隣世帯に見るような均質性の議論に導かれるため、この仮説は却下される。同様な結論が、スラム改善プロジェクトのケースで、また、ある程度同様な結論が、サイトとサービスのケースで見られた。たとえ住民が商業地域へ移住する権限を得ることができても、移住する割合は非常に低く、無視できる値であることがわかった。これは、地域への愛着や、低所得世帯が自ら確立し、頼みの綱としてきた互助的ネットワークと深く関係している。低所得の移住者は、居住の歴史をまた初めからスタートさせなければならないため、不利になる。住民混合の西洋的なコンセプトの実施が、より良い結果に繋がるとは考え難い。

 結論として、上記の発見を一般化した結果、アジアの事例では、内部移住や社会的移動性の代替モデルが、世代やライフサイクルと優先曲線の相対を示していることがわかった。このモデルは、一世代の進歩ではなく、新しい移住者から、古くから住んでいる熟練した都市住民に至るまでのタイムスパン、すなわち、プロセスには、雇用の面で農業から都市サービスや製造業へ変化させることのできる、数世代にわたるタイムスパンが必要であるということを示唆している。このモデルは、経済的な発展との関連では、二つの優先曲線を検討している。一つは雇用と親族との近接、もう一つは所有権曲線である。社会的ネットワークの重要性は、都市部での在住期間に応じ、世帯経済が、外部からの支援に依存しなくなるにつれて、弱まってくると論じた。一方、所有権への要求は、都市での在住期間が長くなればなるほど強まってくる。

 データの有効性や確実性、現在の不安定な社会的状況については、本研究の限界として述べた。結論として、異なる世代も社会的発展に追随する戦略に関する研究を蓄積するため、世代横断的な研究が必要であると論じた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、住宅供給について、とりわけ開発途上国の低所得者層に関する問題に焦点をあて、分析の枠組みとして住民の移動性を取り扱っている。本論では枠組みとして、住民の移動性について二つの側面を検討した。すなわち、1)所得や職業地位の向上が、住宅の状態を改善するときに生じる垂直的な移動性、2)都市部のスラム地域からより良い地域への社会的向上を引き起こし、また職業地位の向上とも結びつく空間的な移動性、の二つである。これらのパターンを考察するため、本研究では、路上居住者から不動産自由保有権者までの10カテゴリーで表わされる一連の住宅所有権を取り扱った。同時に、問題を社会経済的環境の変化と結び付けている。本研究は、三つの仮説に基づいている。すなわち、1)社会的状態の上昇傾向のパターンがアジアの都市で明らかであるかどうか、つまり、所得向上が住宅供給の進歩を導いているかということ、2)もし一つ目の仮説が有効であるなら、どのように移動性を政府のプログラムに統合していくことができるか、3)各主体の努力をもって、都市の差別化された構造を改善するために、どのように移動性を促進していくことができるか、の三つである。方法として、マクロレベルでは、ラテンアメリカ(ペルー、ボリビア)やアジア(タイ、インドネシア、インド)で行なわれたケーススタディをレビューした。このレビューにより、その後の分析に必要な背景となる、異なった都市や地域の変数について、類似点と相違点が明らかになった。次に、国際連合人間居住センターの都市指標データベースを分析するため、回帰分析を行った。最後に、モデルにデータを与えるため、インドのアーメダバードにおいて、ケーススタディを行った。アーメダバードはスラム街の拡大、産業の低下と同時に空き住居率が高いことが分かった。インタビュー調査では、アーメダバードの西部、東部から共に4つのタイプの住居を取り上げた。この4つのタイプの住居とは、1)臨時住居、2)無自助住居、3)自助住居、4)公共住宅である。

 結論として、上記の発見を一般化した結果、アジアの事例では、内部移住や社会的移動性の代替モデルが、世代やライフサイクルと優先曲線の相対を示していることがわかった。このモデルは、一世代の進歩ではなく、新しい移住者から、古くから住んでいる熟練した都市住民に至るまでのタイムスパン、すなわち、プロセスには、雇用の面で農業から都市サービスや製造業へ変化させることのできる、数世代にわたるタイムスパンが必要であるということを示唆している。住居の優先曲線はライフサイクル、家族構成、地域、マクワ経済機能などの次の優先曲線となるであろう。経済的な発展との関連では、二つの優先曲線を検討している。一つは雇用と親族との近接、もう一つは所有権曲線である。社会的ネットワークの重要性は、都市部での在住期間に応じ、世帯経済が、外部からの支援に依存しなくなるにつれて、弱まってくると論じた。一方、所有権への要求は、都市での在住期間が長くなればなるほど強まってくる。

 本研究は、アジア諸国における低所得世帯の住環境改善政策の課題をタイをインドを事例として詳細に明らかにし、優れた学術的価値を有している。さらに、その分析を通じて今後の制度改善のための有益な提言を行っている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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