学位論文要旨



No 117670
著者(漢字) 中篠,恭一
著者(英字)
著者(カナ) ナカシノ,キョウイチ
標題(和) 膜面やケーブルからなる構造物の解析法に関する研究
標題(洋)
報告番号 117670
報告番号 甲17670
学位授与日 2002.12.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5357号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名取,通弘
 東京大学 教授 小野田,淳次郎
 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 助教授 青木,隆平
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 現在、宇宙構造物や地上における大空間構造物の構造部材として膜面やケーブルがよく用いられている。これらの構造部材は非常に柔軟であるため、構造物の形状を維持するためには、なんらかの形で張力を導入して剛性を確保する必要がある。地上構造物における張力導入の方法としては、圧縮部材との組み合わせにより張力の導入を行う方法や空気圧を利用する方法などが考えられる。宇宙構造物においてもこれらの方法はやはり有効であるが、地上に比べて極端に外力レベルが低いという宇宙環境の特徴を利用すれば、全く別のアプローチによる形状維持も可能となる。その一つのアイデアとして、スピンによる遠心力を利用して張力を導入するという方法があり、例えば大規模な膜面を遠心力により安定化させ、大型宇宙アンテナの鏡面を構築することも考えられる。本研究では、遠心力により柔軟構造を安定化させて形状の維持をはかる構造物をスピン安定型構造物と呼称している。大型宇宙アンテナへの利用を想定したスピン安定型構造物の解析は、本研究のテーマの一つとなっている。

 ところで、膜面やケーブルといった柔軟部材で構成された構造物の解析を行う際には、一般の剛構造の場合には現れない問題点も生じ、解析を困難にする要因となっている。第1の問題点は「自然形状の不定性」の問題である。通常の構造解析においては、解析対象の自然形状、すなわち構造内部に歪みがない状態の形状が一意的に定まるため、この自然形状を初期形状として解析を進めることができる。これに対し、膜面やケーブルは外力分布が与えられない限りは形状が一意に定まらない構造部材であり、自然形状というものが唯一解として存在しえない。第2の問題点は「非抗圧縮性」の問題である。これは、膜面やケーブルが圧縮力に対してほとんど抵抗をもたないという事実に起因する問題であり、ケーブルのゆるみ(スラック)や、膜面におけるしわの発生(リンクリング)といった強度の非線形現象を生み出す要因となっている。

 本研究は、以上に挙げた二つの問題点に対処し、膜面とケーブルに関する効率的な解析手法を提案することを第一の目的としている。第二の目的は、先に述べたように大型宇宙アンテナヘの利用を想定したスピン安定型構造物の解析である。したがって本研究で提案する解析手法は、スピン安定型構造物の解析が安定かつ効率的に行えるものでなくてはならない。

 本論文は、以下に述べる8章で構成されている。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的を述べ、つづいてケーブル構造物と膜構造物の解析に関して既往の研究を紹介し、問題点の整理を行っている。また、本論文の構成を述べ、その概略を説明している。

 第2章「直交化法によるケーブル構造物の数値解析」では、直交化法に基づくケーブル構造物の釣合い形状探索法について述べている。ケーブルに関しては、図1に示すように1本のケーブルをピン接合されたトラス部材の集合と捉えてモデル化を行っている。モデル化の結果得られるトラス構造物に対して直交化法を適用して安定化移行過程を追跡すると、最終的にトラス構造物の釣合い形状を得ることができる。ただし、直交化法では構造物の剛体変位モードを求める際にMoore-Penrose型一般逆行列を利用しているため、トラス構造物の総自由度が増加した場合に計算効率の点で問題が生じる。これに対し本章では、構造物を逐次的に要素分割することで計算負荷を軽減する手法を提案し、簡単な例題を通じて要素の逐次分割のアルゴリズムを説明している。

 第3章「スピン安定型ケーブルネット構造の無重力落下実験」では、スピン安定型ケーブルネット構造の釣合い形状を、無重力落下実験を行うことにより定量的に調査し、直交化法による数値解と比較している。実験内容はケーブルネット構造を有する模型をモータで定速回転させながら、無重力落下させて形状測定を行い、カメラ撮像データの画像解析から模型形状の定量評価を行うというものである。実験模型の外観は図2に示してある。ここでは、ケーブルネットを大型宇宙アンテナの鏡面支持構造として利用することを想定しており、実験模型においてはピン接合された銅製チェーンを用いてケーブルネットを模擬している。図3は、図2に示した模型を用いて行った無重力落下実験の結果であり、落下中の模型形状のカメラ映像を示している。一方、図4は直交化法を用いて求めた模型釣合い形状の数値解析解を示したものである。釣合い形状の数値解を求めるにあたっては、第2章で述べた逐次的に要素分割を行う手法を援用している。図5は実験結果と数値解析結果とを定量比較したものであり、実験値はケーブルネットの各節点の位置に対応している。両者の間には若千のずれがみとめられるが、図4に見られるように、数値解析の結果は模型形状の定性的な傾向をよく捉えていると言える。

 第4章「埋込み座標系を用いた膜要素の定式化」では、幾何学的非線形性を考慮した有限要素解析における、膜要素の定式化を整理している。その際、構成則テンソルと増分型構成則テンソルとの違いを明確に区別して議論を進めている。これは、たとえ線形の構成則を仮定した場合でも、つづく第6章において両テンソルを厳密に区別することが必要となるためである。なお、本論文では膜面を抗圧縮性の構造要素とみなして解析を行う理論を「古典膜理論」と呼称しているが、本章で示す膜要素は古典膜理論の範囲内で導かれる要素となっている。

 第5章「リンクルを含む膜構造物の有限要素解析」では、膜面の一部にリンクルが発生した場合の解析法について述べている。膜面のリンクリング解析は、張力場理論に基づく解析と分岐座届理論に基づく解析との二つに大別できるが、本章で示す解析手法は張力場理論に従ったものとなっている。張力場理論によるリンクリング解析の有力な手法としてRoddemanモデルが知られているが、本章ではRoddemanモデルに従って定式化を進め、従来は複雑な計算の伴われた同モデルが最終的に構成則テンソルの適当な修正により表現できることを明らかにしている。定式化においては、リンクル歪みに関する考察から仮想仕事式が簡略化できることを示し、簡略化された仮想仕事式を用いて構成則テンソルの具体的な修正スキームを誘導している。本章で提案する修正スキームは、構成則テンソルのわずか6成分のみを修正するだけの簡略なものであるにも関わらず、Roddemanモデルに基づく接線剛性マトリクスを正確に評価できるものとなっており、実用上非常に有効なスキームであるといえる。

 第6章「修正スキームの数値解析における有効性」では、各種の解析例題を通して前章で提示した修正スキームを用いた膜面有限要素解析の有効性を検討している。まず、リンクルを含む膜面の解析例題として、「面内曲げを受ける矩形張力膜」と「面内振りを受ける円形張力膜」の2例を取り上げ、提案の修正スキームを用いて有限要素解析を行った。これらの例題に関しては微小変形理論の範囲で理論解が求められているが、数値解析の結果から修正スキームを用いて得られた数値解が理論解と高い精度で一致していることが確認された。また、いずれの例題においても、修正スキームを用いると反復計算における解の収束性が非常に良好となることが明らかとなった。次に幾何学的非線形性を有する問題として内圧を受ける方形エアバッグの静解析問題を取り上げ、古典膜理論を用いた場合の数値解析結果と修正スキームによる数値解析結果との比較を行った。両者の解析結果を図6に示す。対象性を考慮し、エアバッグ全体のうち1/8の部分を解析対象としている。古典膜理論を用いた場合のインフレート形状においては、窪みの生じている領域が認められるが、膜面各部の応力計算から、これらの領域で大きな圧縮応力が残存していることが確認された。膜面の性質上、このような応力状態が実現するとは考えがたい。これに対し、修正スキームを用いた解析ではリンクリングに伴う収縮により圧縮応力が解放されるため、古典膜理論の場合に比しスムーズなインフレート形状を示しており、より妥当性のある解析結果となっている。

 第7章「膜面とケーブルからなる構造物の有限要素解析」では、膜面とケーブルからなる構造物の例としてスピン安定型の膜面構造物を取り上げ、第5章に示した修正スキームを適用して有限要素解析を行っている。その際の解析結果を図7に示す。反復解法にはNewton-Raphson法を用いているが、初期形状と釣合い形状とが著しく異なっているにも関わらず収束解が得られており、本修正スキームが非常に高い収束性を持っていることを示している。ところが同じ問題を古典膜理論で解析した場合、反復計算は初期の数ステップで早くも発散傾向を示し、収束解が得られないことが明らかとなった。古典膜理論における計算不安定性の原因を考察するために接線剛性マトリクスの固有値を調査したところ、修正スキームを用いた場合はマトリクスの正定値性が常に保たれるのに対し、古典膜理論を用いた場合は反復計算の殆どのステップにおいて負の固有値が多数存在することが確認された。本章の数値解析結果は、提案の修正スキームに計算を安定化させる効果があることを示しており、今後の膜面解析において非常に有用となる発見であると考えられる。

 第8章「結論」では、本論文から得られた結論を述べている。

図1 ケーブルのモデル化

図2 実験模型外観

図3 実験模型のカメラ映像

図4 模型釣合い形状の数値解析解

図5 実験値と数値解との比較

図6 方形エアバッグの解析結果

(上図:修正スキーム、下図:古典膜理論)

図7 スピン安定型膜面構造物の解析結果

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)中篠恭一提出の論文は「膜面やケーブルからなる構造物の解析法に関する研究」と題し、8章と4項目の補遺とから成っている。

 効率のよい宇宙構造物システムの構築には、ケーブルや膜面などの張力部材の利用が必須である。それらによる構造物の解析には、一般的な構造解析には現れない二つの問題点が生じる。第一の問題点は自然形状の不定性である。一般の構造解析においては、解析対象の自然形状すなわち構造内部に歪みがない状態の形状が一意的に定まるため、それを初期形状として解析を進めることができる。これに対し、ケーブルや膜面は外力分布が与えられない限りは形状が一意に定まらず、自然形状が唯一解として存在しえない。第二の問題点は非抗圧縮性の問題である。膜面やケーブルは圧縮力に対してほとんど抵抗しないので、それらには、ケーブルのゆるみ(スラック)や膜面におけるしわ(リンクル)の発生といった強い非線形現象が起きる。それらは有限要素法などの多くの解析法が発達した今日においても、容易には解決できない問題点である。本論文は、それらの問題点の解決を目指して、ケーブルについては逐次的な要素分割による直交化法のアルゴリズムを提案し、また膜面についてはリンクルを生じた膜面の有限要素解析における新しい修正スキームを提案して、それらの有効性を検証したものである。特に膜面については、提案した修正スキームが構成則テンソルのわずか6成分のみを修正するだけの簡略なものであるにも関わらず接線剛性マトリクスを正確に評価していて、リンクル領域における歪みと応力に対する接線剛性マトリクスを近似ないし修正する従来の方法に比べてはるかに有効である。また、既存の有限要素解析コードにも容易に組み込みが可能な発展性のあるものと思われる。

 第1章は序論であり、ケーブル構造物と膜構造物の解析についての今までの研究を紹介し、問題点の整理を行っている。また、それらの背景となった弾性理論の研究を概観し、本論文の目的を述べている。

 第2章では、直交化法に基づくケーブル構造物の釣合い形状探索法について述べている。ケーブルをピン接合されたトラス部材の集合と捉えてモデル化を行い、逐次的な要素分割による計算負荷を軽減する手法を提案し、その有効性を簡単な例題により説明している。

 第3章では、スピン安定型大型宇宙アンテナを想定したケーブルネット構造の釣合い形状を明らかにするための微小重力落下実験とその結果を述べている。形状の測定値を前章の直交化法による数値解と比較して、数値解析の結果が実験の結果をよく説明できていることを示している。

 第4章では、幾何学的非線形有限要素解析において有効な埋込み座標系を用いた膜要素の定式化を整理している。その際、構成則テンソルと増分型構成則テンソルとの違いを明確に区別している。これは、たとえ線形の構成則を仮定した場合でも、以下の章において両テンソルを厳密に区別する必要があるためである。

 第5章では、張力場理論に基づいたリンクルがある膜面の新しい有限要素解析について述べている。リンクル歪みに関する物理的な考察から仮想仕事式が簡略化できることを示し、それに基づいて構成則テンソルの具体的な修正スキームを導いている。

 第6章では、各種の例題により、前章で提示した修正スキームによる膜面有限要素解析の有効性を検討している。まず、微小変形理論の範囲で理論解が求められている面内曲げを受ける矩形張力膜と面内捩りを受ける円形張力膜の2例について、修正スキームを用いた有限要素解析を行って、その数値解が理論解と高い精度で一致していることを確認し、また修正スキームを用いると反復計算における解の収束性が非常に良好となることも明らかにした。次に、幾何学的非線形性の強い問題として内圧を受ける方形エアバッグの静解析を行い、大きな圧縮応力の領域が不自然に残存する従来の解析例に比べて、滑らかな形状の妥当性のある解析結果を提示している。

 第7章では、膜面とケーブルからなる構造物の例としてスピン安定型の膜面構造物について、提案した修正スキームを用いた有限要素解析を行っている。初期形状と釣合い形状とが著しく異なっているにも関わらず収束解を得ており、修正スキームが非常に高い収束性を持っていることを示している。同じ問題を従来の方法で解析した場合、反復計算は初期の数ステップで早くも発散傾向を示し、収束解が得られないことも明らかにしている。さらにその計算不安定性の原因を考察するために接線剛性マトリクスの固有値を調査して、修正スキームを用いた場合はマトリクスの正定値性が常に保たれていることを確認している。

 第8章は結論であり、本研究の成果を要約している。

 以上要するに、本論文は、ケーブルについては逐次的な要素分割による直交化法のアルゴリズムを提案し、また膜面についてはリンクルを生じた膜面の有限要素解析における構成則の修正という新しい方法を提案して、それらにより幾何学的非線形性の強い膜面やケーブルからなる構造物の解析を容易にしたもので、航空宇宙工学、構造工学、および計算力学上貢献するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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