学位論文要旨



No 117672
著者(漢字) 河野,博隆
著者(英字)
著者(カナ) カワノ,ヒロタカ
標題(和) アンドロゲン受容体の骨代謝機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 117672
報告番号 甲17672
学位授与日 2002.12.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2044号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 織田,弘美
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 アンドロゲンとアンドロゲン受容体(AR)

 アンドロゲンは雄性としての性差を形成する機能を持ち、雄性特有の生理作用に不可欠な性ステロイドホルモンである。エストロゲンが女性ホルモンと呼ばれるのに対して男性ホルモンと呼ばれる。アンドロゲンの生理作用は主として核内受容体スーパーファミリーに属するリガンド依存的な転写因子であるARを介した標的遺伝子の転写制御により発揮される。

 性ステロイドホルモンと骨代謝

 性ステロイドホルモンは性差を規定する作用のほかに様々な生理作用を持つことが明らかとなってきており、閉経後にエストロゲンの欠乏状態で骨粗鬆症が急速に進行することから、その骨代謝作用に注目が集まっている。エストロゲンの骨代謝機能については臨床的な背景から様々な研究が行われ、エストロゲン受容体に対する作用を改変した選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)が骨粗鬆症の治療薬として臨床応用されている。アンドロゲンについても、前立腺癌の治療のために除睾術を受けた症例や男性の性腺機能低下症例で骨量が著明に減少することが報告されている。

 主要なアンドロゲンであるテストステロンは精巣から分泌され、P450アロマターゼにより、一部はエストロゲンであるエストラジオール(E2)に変換されて機能する。テストステロンがE2の前駆物質であることがアンドロゲン、エストロゲンそれぞれの骨代謝機能に関する解釈を複雑にする一因となっている。

 エストロゲン受容体欠損症例やP450アロマターゼ欠損症例の男性症例においては、血中のアンドロゲンが高値であるにも関わらず骨量が著明に減少していた。P450アロマターゼ欠損症例の骨量はエストロゲン投与により改善したことから、骨組織において、テストステロンはE2に変換されることで機能していることが示唆された。しかし、一方でアンドロゲンが独自の骨代謝機能を持つことも示唆されてきた。去勢雄性ラットを用いた研究では、エストロゲンに変換されないアンドロゲンであるジヒドロテストステロン(DHT)投与により骨量が増加することが報告された。また、雌性個体でもアンドロゲン受容体の拮抗剤を用いてアンドロゲン受容体の作用を阻害すると、骨量が減少することも報告されている。以上のように、現在でも性ホルモンの骨代謝機能については相反する報告があり、不明な点が多く残されている。

 遺伝子欠損マウス(KOマウス)

 KOマウスは個体レベルでの機能解析に非常に有効な手法である。ERα、βKOマウスを用いた機能解析が進んでいるが、AR遺伝子欠損マウス(ARKO)の作出・解析がこれまでに行われていないことも性ホルモンの骨代謝機能が不明な一因となっている。ARの機能を欠損した個体として精巣性雌性化症(Tfm)個体がヒト、ラット、マウスで知られている。ヒトTfmにおいては骨量の減少が報告されているがマウスにおける骨組織の解析の報告はない。また雄性のTfm個体は不妊であり、雌性個体が存在しないこと、Tfmは完全なAR欠損個体ではないことなどの問題が残されている。

 AR遺伝子はX染色体上に位置し雄性個体(XY)がARの機能欠損により生殖能を失うために、キメラマウスの交配を経る従来の標的遺伝子組み換え法ではARKOの作出は不可能であった。本研究では、Cre-lox Pシステムを用いてARKOを作出し、ARの骨代謝機能を中心に生体内高次機能の解明を試みた。

【方法と結果】

 AR遺伝子欠損マウスの作出

 まず、通常の標的遺伝子組み換え法を用いてARの第1エクソンをloxP配列で挟み込んだ構造の遺伝子を持つARnoxマウスを作出した。ARnoxマウスは正常にAR遺伝子を発現する生殖可能な個体であった。Creリコンビナーゼは認識配列loxPに挟まれた領域を欠失させる作用を持つDNA組み換え酵素である。ARfloxマウスとCreリコンビナーゼを全身で発現するCMV-Creトランスジェニックマウスとを交配させることで、生体内で理論通りCre-loxPシステムが機能し、雌雄のARKOが作出できた。

 ARKOの表現型

 生殖組織・内分泌系の解析:雌雄のARKOは正常に発育したが、雄性ARKOマウスでは低形成の精巣が腹腔内に見られたほかは、雄性生殖器が欠損し、生殖能を持たなかった。また、血中テストステロン、DHTの濃度は同胞雄性野生型マウス(WT)に比して著明に減少していた。一方で、E2と副腎由来のアンドロゲンの濃度は雄性WTと差がなかった。これに対して雌性ARKOの生殖器には変異が観察されず、血中ホルモン濃度も雌性WTと差がなかった。

 骨組織の解析:8週齢の雄性ARKOは軟線X線写真上、同胞雄性WT、雌性WTに比べて著しい骨粗鬆化を呈した。雄性ARKOの大腿骨骨密度は同胞雄性WT、雌性WTに比べてそれぞれ20%、7%低下しており、3次元CTにおいて、この骨量減少は海綿骨・皮質骨ともに見られた。骨組織形態計測でも雄性ARKOにおいて単位骨量が雄性WTに比し78%減少しており、骨形成の指標(Ob.S/BSが122%、MARが69%増加)と骨吸収の指標(N.Oc/B.Pmが74%、Oc.S/BSが85%増加)がともに上昇していたことから、高代謝回転型の骨量減少を呈することが明らかとなった。一方、雌性ARKOの骨量は同胞雌性WTと差がなかった。

 去勢実験およびホルモン負荷実験:雄性ARKOにおける副腎由来アンドロゲンの作用を検討するために去勢実験を行い、またエストロゲン前駆物質の欠乏によるエストロゲンシグナルの減少が雄性ARKOにおける骨粗鬆化の原因である可能性を検討するため、ホルモン負荷実験を行った。同胞雄性WTおよびARKOを3週齢で去勢(ORX)し、同時にplacebo、テストステロン(T)、DHTの徐放ペレットを投与した。8週齢でWT、WT+ORX、WT+ORX+T、WT+ORX+DHT、ARKO、ARKO+ORX、ARKO+ORX+T、ARKO+ORX+DHTの8群の骨組織の解析を行った。WT+ORX、ARKO、ARKO+ORXの3群ではWTと比較して同程度の骨量減少が見られたことから、骨代謝を調節しているアンドロゲンの起源は精巣が主であることが示された。テストステロンの作用についてWT+ORX+TとARKO+ORX+Tを比較すると、前者はWTと同程度まで骨量が回復したのに対し、後者では回復は約半分であった。後者の回復分は投与されたテストステロンから変換されたE2の効果であるが、両者の差はテストステロンのARを介するアンドロゲン固有の効果と言える。DHTの作用についてWT+ORX+DHTとARKO+ORX+DHTを比較すると、前者は約半分の骨量の回復を示したが、後者では回復は全くなかった。DHTはE2に変換されないため、ここでもアンドロゲン固有の効果の存在が確認された。

 初代培養系における骨芽細胞・破骨細胞の分化増殖に関する解析:雄性ARKOにおける骨量減少のメカニズム解明のために、新生仔頭蓋骨由来の骨芽細胞(POB)培養系において、増殖曲線、ALP活性、Alizarin red染色を指標としてその増殖・機能を検討した。雄性ARKOPOBでは増殖能には差がなかったが、基質合成能が雄性WTよりもやや亢進している傾向があった。POBと骨髄細胞の共存培養系では、骨髄細胞の由来に関わらずPOBが雄性ARKO由来の場合に限り破骨細胞形成が亢進していた。骨髄細胞の単独培養でも、雄性ARKO由来の骨髄細胞では破骨細胞形成が亢進していた。一方で、雄性WT、雄性ARKO由来の骨髄細胞をM-CSERANKL刺激下に培養したところ、両者の破骨細胞形成数に差はなかった。また、両者の単離破骨細胞の生存曲線にも差はなかった。骨芽細胞におけるRANKLの発現を半定量的RTPCR法によって検討したところ、DHT刺激の有無によらず、雄性ARKOのPOBではRANKLの発現がWTよりも亢進しており、雄性WTのPOBにおけるRANKLの発現がDHTによって抑制されるのに対して、雄性ARKOのPOBではこの抑制は見られなかった。このことから、雄性ARKOの骨芽細胞における破骨細胞形成支持能の亢進はアンドロゲンシグナルの遮断によって生じたRANKLの発現亢進を介していることが示された。

【考察と結論】

 アンドロゲンの個体レベルの機能を解明する目的で、Cre-loxP systemを用いて雌雄のARKOを作出し、骨組織を中心に解析を行った。雄性ARKOは雄性WTに比し、高代謝回転型の骨量減少を示したのに対して、雌性ARKOは雌性WTに比し、骨量減少を示さなかった。雄性ARKOの去勢実験からは骨代謝を調節しているアンドロゲンの起源は精巣が主であることが示された。ホルモン負荷実験から、アンドロゲンがエストロゲンとは独立した骨代謝機能を持ち、両者が雄性個体の骨量維持に関与していることが明らかとなった。一方で、雌性個体の骨量維持にはアンドロゲンシグナルの関与が少ないことが示唆された。細胞培養系の解析ではアンドロゲンは破骨細胞に直接作用するのでなく、骨芽細胞の破骨細胞形成支持能を抑制していることが明らかとなった。ARKOのさらなる解析とARfloxを用いた組織特異的ARKOの作出・解析、そしてERα,βKOマウスとの交配による二重、三重遺伝子欠損マウスの作出・解析を進めていくことによって、男性ホルモン独自の骨代謝機能がより明確となり、骨組織における性差の解明が進むとともに、選択的男性ホルモン受容体モジュレーター(SARM)の開発、臨床応用につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アンドロゲン受容体の骨代謝機能を明らかにするため、アンドロゲン受容体遺伝子欠損マウス(ARKO)を用いて表現型の解析を行い、さらに去勢実験・ホルモン負荷実験、細胞培養実験を行って、下記の結果を得ている。

1.骨組織の解析:ARKOの作出は従来の標的遺伝子組み替え法では不可能であったが、Cre-loxP systemを用いて雌雄のARKOを作出し、骨組織を中心に解析を行った。雄性ARKOは雄性、雌性の同胞野生型マウス(WT)に比し、高代謝回転型の骨量減少を示したのに対して、雌性ARKOは雌性WTに比し、骨量減少を示さなかった。

2.去勢実験:雄性ARKOの去勢実験からは雄性の骨代謝を調節しているアンドロゲンの起源は精巣が主であることが示された。

3.ホルモン負荷実験:アンドロゲンがエストロゲンとは独立した骨代謝機能を持ち、両者が雄性個体の骨量維持に関与していることが明らかとなった。一方で、雌性個体の骨量維持にはアンドロゲンシグナルの関与が少ないことが示唆された。

4.初代培養系における骨芽細胞・破骨細胞の分化増殖に関する解析:細胞培養系の解析ではアンドロゲンは破骨細胞に直接作用するのでなく、骨芽細胞の破骨細胞形成支持能を抑制していることが明らかとなった。

 以上、本論文はアンドロゲン受容体の骨代謝機能をアンドロゲン遺伝子欠損マウスを用いて明らかにしたものである。本研究はこれまでに未知に等しかったアンドロゲンの骨代謝機能、特に骨組織の性差の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク