学位論文要旨



No 117675
著者(漢字) 遠藤,誠
著者(英字)
著者(カナ) エンドウ,マコト
標題(和) 分裂酵母のアダプタータンパク質Scd2と、Scd1、Cdc42、Shk1との複合体形成
標題(洋)
報告番号 117675
報告番号 甲17675
学位授与日 2002.12.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4264号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 講師 岡野,俊行
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

 近年の研究よりタンパク質-タンパク質間の相互作用による複合体の形成が生体内の機能制御に大きく関わっていることが明らかになってきた.これらのタンパク質-タンパク質間の相互作用は,特定のモチーフやアミノ酸残基との結合に関わる結合モジュールを介している例が,多数報告されている.こういった結合モジュールをもつタンパク質のうち,触媒ドメインなどの機能的なドメインをもたず結合モジュールのみを複数もつタンパク質はアダプタータンパク質と総称されている.

 分裂酵母Schizosaccharomyces pombeのScd2タンパク質は,2つのSH3ドメイン[N末端側からSH3(N),SH3(C)]と,PXドメイン,PB1ドメインを1つずつもったアダプタータンパク質である.このScd2は細胞形態の維持と接合に関わるCdc42カスケードの3つの因子,低分子量Gタンパク質のCdc42,そのヌクレオチド交換因子であるScd1,そして,Cdc42のターゲットであるShk1キナーゼと,結合することが報告されていた.しかしながら,Scd2の各因子との結合領域やその機能などの詳細は明らかではなかった.本研究の目的はScd2と,Cdc42カスケードに関わる各因子との相互作用について調べ,Cdc42カスケードにおけるScd2の役割を明らかにすることを目的とした.

Scd2の様々な領域を含む欠失変異体をGST,あるいはHis6-tag融合タンパク質として発現させ,精製した.さらに,SH3ドメインのポリプロリン[Pro-X-X-Pro(PXXP)]結合部位とPXドメインのPXXPモチーフに部位特異的変異を導入したScd2タンパク質を用意した.同様にして,Scd1,Cdc42,Shk1のGST,あるいはHis6-tag融合タンパク質を用意した.各因子間の結合を見るためにGST融合タンパク質とGlutathione Sepharose 4B(GS4B)樹脂を用いた共沈降実験を行った.そして,GST融合タンパク質と共沈降してきたHis6-tag融合タンパク質を,His6-tag抗体をもちいて検出した.まず,Scd2とCdc42の結合のヌクレオチド依存性を調べたところ,Scd2はGTP依存的にCdc42と結合することが明らかになった.GTP結合型のCdc42はCRIBモチーフと結合することが知られているが,Scd2はCRIBモチーフをもっていない.そこで,Scd2の欠失変異体と部位特異的変異体を用いてCdc42結合領域を調べたところ,SH3ドメインを含む2つの領域,Scd2(1-87)[Cdc42-binding region 1(CB1)]とScd2(110-266)(CB2)が,GTP結合型Cdc42との結合に関わることが示唆された.そこで,CB1中のSH3(N)ドメインに部位特異的変異を導入すると,CB1はCdc42と結合できなくなった.SH3ドメインの一般的な結合相手としてはPXXPモチーフが知られている.Cdc42のC末端に保存されているPXXPモチーフと思われる領域をのぞいたCdc42(1-177)と,CB1の結合をしらべたところ,このC末端の欠失は結合に大きく影響しなかった.このことから,CB1のSH3(N)ドメインとGTP結合型Cdc42の結合が,一般的なSH3-PXXP結合とは異なる様式であることが示唆された.

一方,CB2,PX,PB1ドメインを含むScd2(110-536)は単体ではCdc42と結合せず,その結合はScd2のPB1ドメインとScd1のPCモチーフ[Scd1(760-872)]の結合に依存していることが示された.これと関連して,他のタンパク質でSH3ドメインとPXドメインが分子内結合することが報告されていた.そこで,Scd2の分子内結合がCB2とCdc42の結合を阻害している可能性について検証した.その結果SH3(C)ドメインとPXドメインは分子内結合しており,その分子内結合を欠損させるSH3(C),PXドメインへの部位特異的変異によって,Scd2(110-536)はGTP結合型Cdc42と結合できるようになることが示された.

 Scd2(1-536),Scd2(267-536)(PX,PB1ドメインを含む),Scd2(451-536)(PB1ドメイン)を精製し,ゲルろ過と光散乱法で分子量を推定したところ,Scd2(267-536),Scd2(451-536)はダイマー化することが示唆された.さらに結合実験でもScd2(26H36),Scd2(451-536)はダイマー化することが示唆されたが,Scd2(1-536),Scd2(110-536)はダイマー化しなかった.このことから,CB2とCdc42の結合で示唆されたScd2の分子内結合が,ダイマー化も自己抑制していることが考えられた.そこでScd2(110-536)に分子内結合を欠損させるSH3(C),PXドメインへの部位特異的変異を導入したところ,Scd2(110-536)はダイマー化できるようになった.さらにScd2(1-536)のダイマー化がScd1(760-872)とGTP結合型Cdc42依存的におこることが示された.また,欠失変異体を用いた結合実験から,CB1とPB1ドメインが結合することが示されたが,CB1とScd2(1-536)の結合がScd1(760-872)とGTP結合型Cdc42依存的に起こることから,この結合は分子内結合ではなく,2分子のScd2間の結合でありダイマー化に寄与することが考えられた.

 Scd2のSH3(C)ドメインは,Shk1と結合することがすでに報告されていた.しかしながら,上に述べたように,SH3(C)ドメインは,PXドメインと分子内結合していることが示唆されている.そこで,Scd2の分子内結合と,Shk1との結合が,どのような関係にあるのかしらべた.その結果Scd2(1-536)はShk1と結合し,さらにこの結合は,Sed1(760-872)とGTP結合型Cdc42の両者が存在すると,強められることが明らかになった.一方,SH3(C)ドメインに部位特異的変異を導入したScd2(1-536/W160R)は,Shk1との結合が弱まり,この結合能の低下は,Scd1(760-872),GTP結合型Cdc42によっても回復されなかった.これらのことから,Scd2のSH3(C)ドメインの結合相手は,Scd1(760-872)とGTP結合型Cdc42存在下で,分子内のPXドメインから,Shk1に換わることが考えられた.これまでの報告から,Shk1のCRIBモチーフはキナーゼドメインと分子内結合しており,Cdc42との結合が抑制されていることが推測されていた.そこで,Shk1とCdc42の結合についてしらべたところ,Shk1は,Scd2依存的に,GTP結合型Cdc42と結合することが示唆された.

 以上の結果から,次のようなことが考えられた.上流からの刺激に従って,Scd1がCdc42のヌクレオチドをGDPからGTPに交換する.Scd1と結合したScd2が,GTP結合型Cdc42と結合し,Scd2を中心とした複合体が形成される(ここにScd2のダイマー化も関わってくると考えられる).そして,複合体を形成したScd2のSH3(C)ドメインの結合相手が,分子内のPXドメインから,Shk1へと換わる.その結果,Scd2を介して,ヌクレオチド交換因子であるScd1から,Cdc42のターゲットタンパク質であるShk1へと,GTP結合型Cdc42が効率的に運ばれ,これがShk1の活性化につながることが考えられた.つまり,Scd2はこのようにスキャフフォールディングタンパク質として,Scd1,Cdc42,Shk1と複合体を形成し,Cdc42カスケードの情報伝達の「足場」を提供していることが考えられる.

図1 分裂酵母のCdc42カスケードに関わるタンパク質

模式図はScd1,Cdc42,Shk1とScd2のドメイン構成を表している(本文参照).Scd1のDH-PHドメインはRho/Cdc42ファミリ-の低分子量Gタンパク質のヌクレオチド交換に関わるドメインである.PCモチーフは,NADPH oxidaseのサブユニット(p40phox)や,出芽酵母のScd1ホモログであるCdc24pなどにみられる,結合モジュールである.Cdc42のCMXモチーフは,脂質修飾による膜局在に関与する.Shk1は,3つの制御領域(R1,R2,R3)と,キナーゼドメインで構成されている.R2には,GTP結合型Cdc42と結合するCRIBモチーフが,R1,R3には複数のポリプロリンモチーフが保存されている.

図2 Scd2の各領域の役割

模式図は,Scd2のドメイン構成と,各領域の機能を表している.数字はアミノ酸残基の番号を,傍線は機能領域(CB1,CB2)を表している.部位特異的変異を導入したW62,W160,P364残基の位置を矢印で表した.

図3 Scd2のダイマー化のモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり,第1章は研究内容の目的とその概要について,第2章は実験手法について,第3章は研究結果とその考察について述べられている.第3章はさらに3つの内容に分かれ,分裂酵母のアダプタータンパク質Scd2とCdc42の結合,Scd2のダイマー化と分子内結合,Scd2とShk1の結合について述べられている.

 第1章では,アダプタータンパク質についての定義とその最近の知見についてまとめ,つづいて本論文で扱っている分裂酵母のアダプタータンパク質Scd2と,それが関わる細胞形態の維持と接合の分子レベルの制御機構について説明している.その後,本論文の目的と研究内容の概要について触れている.この導入部について審査委員から,論文中で扱ったタンパク質をコードする遺伝子を欠損させると分裂酵母がどのような表現型を示すかなどの,遺伝学的,分子生物学的な記述が少ないという意見が出た.実験目的の重要性を強調するために,そのタンパク質の生物学的な意味をもっと詳しく述べた方が良いという審査委員の指摘を受け,論文提出者はこれを追加している.

 第2章では,DNA操作,タンパク質の操作,タンパク質間の結合実験,あるいはゲルろ過,光散乱法による分子量の推定の手順について述べている.

 第3章の最初の項目ではScd2とCdc42の結合について述べている.ここで論文提出者は,部位特異的変異を導入したScd2のCdc42結合能を調べ,それをグラフ化している.しかしながら,抗体による検出を行った場合,感光時間の違いなどによってその強度に違いが出るために,このようなグラフ化は適切ではないとの指摘がでた.また,論文提出者はScd2タンパク質の110-266アミノ酸残基が2番目のCdc42結合領域であると定義しているが,この定義の仕方にも疑問が出ていた.この2番目のCdc42結合領域の定義に関しては,論文提出者は指摘を受けた後,考察において実験結果において定義したのとは別の可能性についても付記している.

 第3章の2番目の項目ではScd2のダイマー化と分子内結合について述べている.論文提出者はゲルろ過を用いて分子量を推定し,その結果を一覧表にしている.これに関して審査委員の中から,ゲルろ過の溶出パターンを載せるべきとの指摘が出て,論文提出者はこれを追加している.

 第3章の最後の項目ではScd2とShk1の結合について述べている.論文提出者はこの項目の最後で,本論文の結果をまとめた上で1つのモデルを提唱している.このモデルについて,Scd2の2番目のCdc42結合領域がGDP結合型のCdc42と結合する領域を含んでいると想定すると,Cdc42のヌクレオチド交換からCdc42によるターゲットタンパク質の活性化までがScd2を介する複合体上でおこるというモデルも提唱できるのではないかという意見がでた.これに対して論文提出者は,考察においてその可能性についても付記している.

 実験全体に対する意見としては,次のようなものが出ていた.真核細胞生物を調べるにあたって分裂酵母を使う利点としては,遺伝学的解析の容易さがあげられる.本論文では分裂酵母のScd2タンパク質の多様な変異体を用いて実験を行っているが,分裂酵母のタンパク質を扱った利点を最大限に生かすためにも,それらの変異体を細胞内に戻してその表現型を調べたほうが良いという指摘が出た.これに対して論文提出者は,本学理学系研究科の山本正幸教授の研究室で行われたScd2タンパク質の変異体の解析例について説明し,これを追加することで答えている.

 総じて見ると,多少疑問の残る点も散見されるが,本論文の実験結果はアダプタータンパク質の新たな可能性を示唆し,そこから考えられる生理的な意味について十分に言及できている内容であると判断する.

 なお,本論文の研究は,横山茂之,白水美香子との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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