学位論文要旨



No 117676
著者(漢字) 橋本,禅
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,シズカ
標題(和) 土地利用計画の策定過程への住民参加に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 117676
報告番号 甲17676
学位授与日 2003.01.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2478号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 教授 松原,望
 岩手大学 教授 広田,純一
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、地域計画の策定過程への住民参加、とりわけ土地利用計画の策定過程への住民参加に関する基礎的研究である。論文は序章及び終章を含め全十一章により構成される。

 序章では、研究の背景を述べ、本研究の基本的姿勢、目的及び研究枠組を示した。住民参加は現代行政における基本原理の一つとして用いられており、近年は、地方分権化の推進の中で住民自治権の充実の文脈でその役割が期待されている。しかし、地域計画を研究する諸学問分野では、約三十年に亘り住民参加が研究されていながらも、その実践を裏付ける学問的知見が未だ十分にない。本研究は、その理由が住民参加の本質を議論せずに、「参加」を所与の条件の如く捉える没参加論的な研究方法にあると考え、参加の批判的検討から始める方法を採る。即ち、先ず計画学及びその周辺学問分野の知見を手掛かりとして、参加の本質、在り方に焦点を当てた議論を行い、計画学における住民参加に関する規範理論を構築する。具体的には、計画の持つ公益実現と価値配分の二つの側面に着目し、計画策定に関与する参加適格主体を明確にし、併せて利害調整及び合意形成の規範的枠組を提示することがここでの主要な課題となる。次いで、計画策定過程における住民参加の実践地区における実態を詳細に把握する。これにより構築した規範理論と実態との乖離の程度・状況を分析し、乖離の発生機構を解明すると共に、生じている諸問題に対する改善策を提示することで住民参加及び実践に対する政策提言とする。ここで、近時の計画策定過程への住民参加の要請が、とりわけ土地利用の計画的規制の観点から計画行政における行政の公共性の確保及び公共的利益と私的利益の拮抗調整の必要性を背景に要請され、土地利用計画においては計画白地地域における土地利用調整が社会的課題とされていること、更に、詳密な住民参加の実現可能性から、実態把握の対象を地区土地利用計画の策定過程への住民参加に限定する。

 第一章では、行政過程への住民参加の起源及び現在に至る発展過程を概観し、現行の行政における住民参加制度の内容及び問題点を把握した。次いで、住民参加が、行政国家化・福祉国家化の時流を背景として、行政計画の中でもとりわけ土地利用計画の策定過程において求められる理由を概説し、都市計画法に定められる幾つかの住民参加制度を例に、その運用状況を把握した。

 第二章では、政治学、行政法学及び計画学の周辺応用科学における住民参加論に関する言説を整理する。政治学では、参加は古くから「政治参加」の問題として国家統治の観点から、概括的にはエリート民主主義と参加民主主義の二つの立場から議論されていることを示した。一方、行政法学において住民参加は、行政権力による国民活動への介入に対する監視・統制の観点から議論されている。ここで、住民参加が、行政活動を民主的統制にし、その正当性と行政内容の合理性を向上させることが確認される。その他応用科学における住民参加論に関する言説の整理は、計画学における住民参加論と周辺応用科学領域における議論の相異を明確にし、本論にとり有意義である。

 第三章では、対象を行政計画、地域計画に限定し議論を進める。ここでは、計画策定過程への住民参加が、主として行政計画に対する法律の留保原則の機能不全を前提に、行政の民主的統制及び関係者の権利利益保護の観点から要請されることを確認する。次いで、本要請に基づいて、計画が有する公益実現と価値配分の二つの側面から計画策定過程に参加する主体の適格性を明らかにする。ここで、計画により実現される公益を享受する主体「受益者」を計画区域への居住の有無を基準に、また計画により価値が配分される主体「負担者」を計画による法的権利利益(財産権)への影響の有無を基準に特定する参加適格マトリクスを提示する。これにより、参加適格主体は「受益者(計画区域内非財産権者)」、「受益者かつ負担者(計画区域内財産権者)」、「負担者(計画区域外財産権者)」に類別される。

 更に、交渉学における知見を基に計画策定過程における参加適格主体の合意の形成要件を提示すると同時に、参加適格主体間での価値配分の調整の必要性について議論する。また、諸種の計画実現手段が、組合せにより計画を構成し、公益実現のために貢献する一方で関係主体に個別に価値を配分すること、それ故に実現手段の組合せ次第で参加適格主体間の価値配分の調整が実現されることを示した。この他に、計画策定過程を、その作業内容により分節化し、各段階の議論の争点を明確にすると同時に、各段階への参加意義について議論する。

 第四章では、対象を土地利用計画に更に限定し議論を行なう。先ず、土地の特殊性及び土地利用計画が要請される背景を確認し、計画により実現される公益及び配分される価値の内容について議論する。次に、土地利用計画に随伴する土地財産権を巡る先行研究の知見を基に、参加適格マトリクスの精緻化を図る、更に、土地利用計画を構成する諸種の実現手段(土地利用区分及び規制、建築物の形態等規制、施設整備、産業振興、自主活動)を整理し、各実現手段の機能、配分する価値、及び配分に関係する主体を特定する。土地利用計画が用途の集団化を指向することから、土地利用区分及び規制・建築物の形態等規制は、価値配分が偏る性質を不可避的に有している。従って、価値配分の調整は、残された三つの実現手段の組合せにより実現されることになる。

 第五章では、我国の土地利用計画制度を巡る現今の情勢について議論する。先ず、法定土地利用計画の問題及び限界について述べ、次いで、法定土地利用計画の問題及び限界を克服することを目的とする地方公共団体独自の取組みの経過及びその問題点を議論し、次章より始まる実態把握の背景付けを行なう。

 第六章から第九章では、住民参加による地区土地利用計画の策定を実施する、山形県飯豊町(第六章)、静岡県掛川市(第七章)、兵庫県篠山市(第八章)、長野県穂高町(第九章)について(飯豊町を除く二市一町は、自主条例で住民参加による計画策定を規定)、取組みの詳細な報告をすると共に、各事例地区における計画組織の編成、利害調整と合意形成、及び計画の実施状況・方針について構築した規範理論に基づく分析を行い、実態と規範理論との乖離の程度・状況及びその発生機構について議論する。ここで計画組織の編成を問題とするのは、実際には計画策定過程へ全ての関係者が関与することが困難であるため、現場では関係主体の代表者により計画組織が編成され、当該組織が中心となり計画策定を進めているためである。従って、計画組織における参加適格主体の意向の代表性と、当該組織により如何にして計画策定過程で関係主体間の価値配分及び調整が図られたかとが問題となる。計画の実施状況・方針を問題とするのは、価値の配分及び調整が、厳密には各計画実現手段が予定通り機能することで実現されるためである。

 終章では、事例分析に基づき、実態と規範理論との乖離の一般的傾向を整理し、政策提言を行なう。実態調査により、何れの事例地区においても、平常時より行政と連絡調整を行なう住民自治組織の活動範域が計画区域と設定されていることが明らかにされた。その狙いは、住民自治組織内での住民間の連絡調整機構を、計画組織の編成、計画策定及び実施において活用することである。しかしその結果、計画組織の成員の属性は、慣行的に住民自治組織における意思決定への参加権を有する世帯主/男性に偏倚し、更に世帯主/男性に土地所有者が多いことで計画組織は参加適格マトリクスにおける「受益者かつ負担者」に偏向することになる。一方、「受益者」には計画策定過程において意向調査等に参加する機会が与えられるものの、具体的な策定作業に関与する機会は極めて少ない。また、計画組織と組織成員以外の住民との連絡調整が実際には十分に機能しておらず、上記二つの問題と相まい計画組織と住民との隔絶を生み出している。「負担者」には制度上の計画担保要件の達成を目的に、説明会への出席や同意取得が要請がされる程度であり、策定過程への参加機会は皆無に等しい。上記問題を解決するには。計画組織編成、住民との連絡調整、策定手続を詳細に制度的に規定して行政が策定過程に積極的に介入し、各参加適格主体の立場を保証する必要がある。

 一方、策定される計画の内、土地利用区分及び規制は、土地所有者の抵抗を軽減し、支持を獲得しやすくするため、現況土地利用を概ね維持する内容である。また、建築物の形態等規制に関しても過度の介入は認められない。計画の保守的傾向は、計画組織成員の属性が「受益者かつ負担者」に偏向したことに影響を受けている。また、住民参加による計画策定が、条例等に根拠を置く場合は、制度的に実現が保証されるのは上記二点のみである。施設整備は、その後に行政内で再調整が必要であり実現が保証出来ないことから、行政は計画に盛込むことを疎む傾向がある。従って、価値配分の調整手段は産業振興と自主活動になるが、計画にはその内容が構想的に述べられる程度であり、実現を図るには内容の具体化が必要である。しかし実際には、計画組織と住民の隔絶を背景に内容の具体化は進まず、住民への協力要請が困難な状況にある。つまり、計画に複数の計画実現手段が準備されつつも、実際に機能するのは履行が制度的に保証されている手段のみとなり、計画策定による実際の価値配分調整は十分に機能していない。本問題を解決するには、密な連絡調整により計画組織と住民との隔絶を改善し、また計画の策定過程において制度的に履行されない産業振興や自主活動の内容の具体化と協力確保を進める必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

 地域計画を研究する諸学問分野では、約三十年に亘り住民参加が研究されていながらも、その実践を裏付ける学問的知見が未だ十分にない。本論文は先ず、計画学及びその周辺学問領域である政治学、社会学、行政法学等の既往研究を手掛かりに、住民参加を批判的に検討し、計画学における住民参加に関する規範理論(参加適格主体、合意形成、利害調整の枠組)を構築している。次いで、計画策定過程における住民参加を実践する自治体において実態を把握し、規範理論と実態との乖離を把握・分析し、その機構を解明すると共に、生じている諸問題に対する改善策を提言している。実態把握の対象は、詳密な参加の実施可能性を考慮に入れ、地区土地利用計画の策定過程への住民参加に限定している。

 序章では、研究の背景を述べ、本研究の基本姿勢、目的及び研究枠組を示している。続く第一章では、行政過程への住民参加の起源及び現在に至る発展過程を概観し、現行行政における住民参加制度及びその問題点を整理・検討している。第二章では、政治学、行政法学及び計画学の周辺応用科学における住民参加に関する言説を整理し、後章における議論の素地を形成している。

 第三章では、対象を地域計画に限定し議論を進め、先ず、計画が有する公益実現と価値配分の側面に着目し、計画区域内への居住の有無を基準に公益の「受益者」を、計画による法的権利利益(財産権)への影響の直接性を基準として、計画により価値が配分される「負担者」を特定し、両者を計画策定過程への参加適格主体とする。次いで、各主体間での価値配分の調整の必要性について論じ、調整が計画実現手段の組合せにより実現されること及び調整の規範的枠組を提示している。更に、計画策定過程を作業内容の相異により五段階に分節化し、各段階の争点と参加意義を明確にしている。

 第四章では、議論の対象を土地利用計画に限定し、先ず土地利用計画を巡る法的問題に関する議論を基に、参加適格主体の精緻化を図り、次いで、計画の実現手段をそれぞれ土地利用区分及び規制、建築物の形態等規制、施設整備、産業振興、自主活動に五分類し、各実現手段が有する機能とそれによって配分される価値の明確化を試みる。ここで、各実現手段による価値配分に関係する参加適格主体の特定を行うと共に、計画の実現手段を用いた参加適格主体間の価値配分及び調整の可能性を論じている。

 第五章は、我が国における法定土地利用計画を巡る諸問題とこれに対する自治体独自の取組み経過及び問題点を論じ、次章より始まる実態把握及び分析の背景づけを行っている。第六章から第九章までの各章では、山形県飯豊町、静岡県掛川市、兵庫県篠山市、長野県穂高町について、住民参加を規定する制度枠組、参加適格主体の意向を代表する計画組織の編成とその他の参加適格主体の参加機会、主体間の合意形成と利害調整、及び計画の実施状況・方針について、第三、四章に構築した規範理論に基づく分析を行い、各事例地区における取組み実態の詳細な報告をすると共に、実態と理論との乖離及びその機構を解明している。

 何れの事例自治体においても、行政は、当該区域に存する住民自治組織が計画の策定及び実施に際して有効に機能することに期待を寄せていた。住民等は、自治組織を中心とした旧慣的な組織編成と運営の方法を採るが、その一方で、計画組織の成員は一部の参加適格主体に大きく偏倚する傾向にある。また、その他の参加適格主体と計画組織との情報交換の不全及び直接的な参加機会の限定を背景に、両者の隔絶が進み、策定される計画の内容は偏向の可能性を有している。しかし、現行の制度はこうした可能性を十分に是正する様には設計されていない。また、策定される計画には、全ての参加適格主体の間における価値配分及び調整が一応は予定されているものの、計画組織とその他の参加適格主体の隔絶を背景として十分な計画の協力体制が構築されていない。そのため、策定された計画のうち、制度的に履行される実現手段しか機能し得ず、結果として、当初計画に予定された価値配分及び調整が十分に履践されない実態を明らかにしている。終章では、この様な事例地区における実態と規範理論との乖離の一般傾向を整理し、計画の策定及び実施段階で生じる諸問題に対する改善策を、制度面と技術面の両側面から提示している。

 以上、本論文は、学際的な研究視座から精緻な議論により地域計画学における住民参加に関する規範理論を構築すると共に、丹念な現地調査に基づき、規範理論と実態との乖離とその機構を解明し、更にはその改善策を提示したもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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