学位論文要旨



No 117679
著者(漢字) 田中,健二
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ケンジ
標題(和) 次世代ハイビジョン方式と適応型コンテンツ配信に関する研究
標題(洋)
報告番号 117679
報告番号 甲17679
学位授与日 2003.01.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5361号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安田,浩
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 堀,浩一
 東京大学 教授 青山,友紀
 東京大学 教授 相澤,清晴
 メディア教育開発センター 教授 結城,皖曠
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、「次世代ハイビジョン方式と適応型コンテンツ配信に関する研究」と題し、5章より構成されている。ほぼ50年前の1953年2月1日、日本のTV放送は白黒映像をアナログ方式で地上波伝送する形態で本放送が始まった。その後、カラー放送・衛星放送・ハイビジョン放送と変遷し、現在デジタル方式への移行の最中にあり、2011年7月24日にはアナログ方式による放送が終了する。本研究では、地上波放送や衛星放送など全ての放送形態でデジタル方式が開始され、目前にアナログ方式の終了が迫る2010年頃のIT環境を研究の条件と考えている。このとき、現行のハイビジョンの普及に伴い、より広視野で高精細な次世代ハイビジョンへの要求が高まり、これにより従来の「見せられる」放送から「見たい」場所に視線をやるTV放送のパラダイムシフトが現実化すると論じている。一方、100Mbps程度までのユビキタスネットワーク環境が実現すると予測し、その条件下で「見たい」場所や画面の大きさへの要求、視聴端末や接続形態などの様々な個別条件に適応してオーダーメイド番組提供を実現するコンテンツ配信システムを画像符号化方式の1つであるJPEG2000のタイル構造とレイヤ構造を活用することで実現できることを示している。さらに、これらの結果から、次世代のTV放送モデルを提言している。以下、各章の構成を紹介する。

 第1章は「序論」であり、本研究に関連する社会的背景や本研究の目的を延べ、最後に本論文の構成を示している。

 第2章は「IT環境の現状分析と将来予測」と題して、高度情報通信ネットワーク社会を実現するための国家施策である「e-Japan構想」、総務省が公表する情報通信白書や報道資料、民間のシンクタンクが発表する現況調査資料や予測などを分析して、本研究の想定する2010年頃のIT環境の予測を行い、本研究の必要性と位置付けを明確化している。

 その結果、放送のデジタル化の完全移行を目前にする状況で、多くの番組がHDTVで配信される状況になり、現時点では高品位テレビと言われるHDTVが標準的な画質として位置付けられ、さらに高精細な映像への要求が高まるものと予測している。

 また、FTTHの実現に必要不可欠な光ファイバ網の全国整備が完了し、第3.5世代や第4世代の携帯電話サービスの開始、山間部や離島など地上設備の設置が困難な場所でも利用可能な衛星通信サービスの出現などにより、自宅内はもちろん、外出先や移動中などのいかなる時やいかなる場所でもとぎれなく数10Mbpsから100Mbps程度の超高速ネットワークサービスを利用できるユビキタス環境が構築されると予測している。さらに、ムーアの法則に従い数10倍のCPU処理能力の向上や画面の高精細化など視聴端末の高性能化が実現する。これにより、端末の種類や性能の多様化、地上波・CS・BS・インターネットなどの接続形態の多様化、視聴者の趣味嗜好などの多様化、さらには多チャンネル化などに応える魅力や特徴のある質の高いコンテンツを低コストで多数製作することが制作者に求められることになると予測している。そこで、次世代HDTVを多様な条件の視聴者向けに個別配信する適応型コンテンツ配信システムがキラーアプリケーションとなるものと論じている。

 第3章は「次世代ハイビジョン方式の提案と評価」と題して、放送のデジタル方式への移行により、HDTV番組の普及やHDTV品質が標準な品質と位置付けられることになり、更なる高精細映像への期待や要求が高まると予測し、3種類の次世代HDTVの試作システムを用いた評価実験を実施し、その結果から次世代HDTVの仕様を示している。

 まず、HDTVの仕様検討を目的として1970年以降1980年頃を中心に盛んに行われた先行研究や本研究と同様に近年活発化してきた次世代HDTVに関する関連研究についてまとめ、本研究の位置付けを明確化している。様々な先行研究の結果から、HDTVの仕様が横:1920画素*縦:1080画素、アスペクト比=16:9、標準観察位置:3H、視野角:33度となっている。ところが、画面誘導効果実験や脳波α波計測の研究によれば、視野角度が1m度程度までは映像による誘導効果(=臨場感)が高まること、標準観察位置よりも遠い位置での観察(視覚限界よりも細かな精度の映像)でも脳波に影響が及ぼされるとされている。これまでの研究では、スライドを用いて擬似的にHDTVを超える高精細映像を提示して評価実験を実施してきたが、本研究では現行のHDTVの横2倍,横3倍、縦横各2台に相当する画素数で構成される3種類の映像フォーマット(WHD、3HD、QHD)に対応する試作システムを用いて、撮影装置の開発が大幅に遅れたQHDシステムを除き、静止画像だけでなく撮影装置で撮影した実映像(動画像)の評価実験を実施している。これにより、標準観察位置(WHDと3HDでは3H、QHDでは1.5H) での観察時、視野角が40度から90度程度の広角映像を静止画だけではなく、動画像も含めた評価実験を実施している。

 その結果、WHDと3HDのように視野角を100度程度まで拡大することで、より臨場感の高い映像を提供できることを示した。そのアスペクト比の特徴を生かすためには、サッカーやアメリカンフットボール、水泳などのスポーツ中継、宝塚歌劇に代表される演劇やコンサートなど舞台などのコンテンツでは有効で、これらの模様を遠隔地でも視聴できるようなバーチャル中継(原寸で高精細での再現)のような屋外向けの利用が最も効果的な利用であると考えている。当然、家庭向けの表示装置としても視野角が広がることの有効性は同等であるので、HDTVの横方向だけ2倍程度の横長フォーマットも次世代HDTVフォーマットの候補の1つになると考えている。一方、QHDについては、アスペクト比がHDTVと同一であることから、QHD撮影装置で撮影されるコンテンツをHDTVやSDTVに過不足なく変換することが可能で、将来のHDTVと次世代HDTV(QHD)の変遷期においても対応が容易である。つまり、家庭向けの次世代HDTVのフォーマットとして、第一候補として検討されることが望ましいと論じている。

 さらに、QHD映像を標準監視位置(1.5H)からHDTVの標準観察位置(3H)程度まで変化させながら脳波を計測することで、視覚限界を少なくとも20%超える画素精度が脳波に影響を及ぼすとされる仮説を検証することが可能になるが、QHD動画像を用いた伝送実験や主観評価実験と併せて今後の課題としている。

 第4章は「適応型コンテンツ配信」と題して、自宅内だけではなく外出先や移動中などいかなる場所やいかなる時でもとぎれることがないユビキタスな超高速ネットワーク環境の実現、TVやPCなど視聴端末の高性能化や多様化、接続形態の多様化、趣味嗜好の多様化、多チャンネル化などに応える魅力や特徴のある質の高いコンテンツを低コストで多数製作する次世代HDTVを用いたキラーアプリケーションと位置付ける適応型コンテンツ配信システムについて論じている。

 まず、2010年頃のネットワークサービスが100Mbpsであるとの予測、超高精細なQHD映像のオリジナル品質を損なわないため圧縮率を1/10に制限して、QHD、HDTVやSDTVなどの伝送データの試算を行っている。その結果、100Mbpsを上限とするユビキタスネットワークを利用する個人向けに映像配信を行うためには、SDTV程度のフォーマットに限定すれば,何かしらの圧縮方式で1/10に情報圧縮を行うことで,撮影時の画面精度を維持したまま伝送できることを示している。ここで、従前のTV放送の形態であれば、QHD映像の中からSDTVサイズの切り出し映像をどの部分とするかを制作者側が選択し、視聴者はその選択された画一的な映像を受動的に視聴してきたが、この部位の選択を視聴自身が行い、能動的な視聴(視聴形態のパラダイムシフト)を実現することを適応型コンテンツ配信システムの目的としている。

 本システムを実現するための符号化方式として、符号化データがタイル構造や階層構造となるJPEG2000を採用し、PSNRやMOSなどを評価項目として、最適な符号化パラメータを求めた。その結果、圧縮率はQHD映像の品質を堅持するために1/10とした。DL値は2から4までを選択し、タイルサイズは、横:240画素*縦:128画素、もしくは横:480画素*縦:256画素を最適値として導出している。

 次に、QHD静止画像とDV動画像を素材とした試作システムを実装して、動作原理の確認と伝送効率の検証を行っている。最後に、QHD動画像を素材とした適応型コンテンツ配信システムを用いて番組の収録現場から多様な条件(視聴端末、接続形態、視聴希望場所など相違)の視聴者に至る放送モデルを示している。これにより、撮影する「現場」から様々な条件で視聴する視聴者まで、JPEG2000で符号化処理した同一のデータストリームから各視聴者に必要なタイル情報やレイヤ情報だけを抽出してデータストリームを再構成し、配信することが可能であることを示している。また、600Mbpsに及ぶ膨大なデータをリアルタイム、かつ低損失で伝送するための方策として、再送による誤り訂正を行うTCPではなく、UDPにFECやインターリーブを組み合わせて広帯域で高信頼性の伝送する方法を提案している。なお、FECやインターリーブを音声データのみ、あるいは映像の下位レイヤのみに施したら、FECやインターリーブのパラメータを伝送されたデータのエラー発生状況をモニタして動的に制御するなどで、冗長データの削減を考慮することも示している。

 この放送モデルにより,デジタル方式へ移行して近い将来番組制作者に求められることになる高画質・双方向性などの魅力あるコンテンツを低コストで多数製作するコンテンツ製作方法の1つの回答を示している。また、各ユーザの要求に必要な情報のみを伝送することは、ユーザの満足度(=広義のQOS)の効率的な向上に大きく寄与すると同時に、ネットワーク上に無駄な情報を氾濫することを抑止することで、ネットワーク全体のQOSの向上にも有効であることを示している

 第5章は「結論」であり、本論文の研究成果をまとめ、今後の課題について整理している。

 以上、本論文では、2010年前後のIT環境を予測し、従前のハイビジョンを越える次世代ハイビジョンの有効性を評価実験により示し、仕様を提言した。また、超高速でユビキタスなネットワーク環境で個人の趣味嗜好や使用端末、接続形態などの個別要求に応じたコンテンツデータを提供する適応型コンテンツ配信システムを提案し、それを実現するための符号化方式としてJPEG2000を選定し、符号化パラメータの最適値を導出し、試作システムを開発してアルゴリズムや伝送効率を検証した。これらにより、次世代のTV放送モデルを提言し、従来の「見せられる」TV放送から視聴者個々が「見たい」映像を視聴するパラダイムシフトが実現されることを示した。これは、超高速でユビキタスなネットワーク環境におけるキラーアプリケーションとなり、ネットワークの環境整備を加速させ、次世代産業振興に大きく貢献することになる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「次世代ハイビジョン方式と適応型コンテンツ配信に関する研究」と題し、5章より構成されている。ほぼ50年前の1953年2月1日、日本のTV放送は白黒映像をアナログ方式で地上波伝送する形態で本放送が始まったが、2011年7月24日にはすべてディジタル方式に移行する大変革期を迎える。本研究の対象は、この大変革期後の2010年頃のIT環境下の放送方式である。このとき、従来の「見せられる」放送から「見たい」放送へというパラダイムシフトが現実化すると論じ、また100Mbps程度までのユビキタスネットワーク環境実現下で、「見たい」場所や画面の大きさへの要求、視聴端末や接続形態などの様々な個別条件に適応してオーダーメイド番組提供が求められると論じ、その実現方法を提言するものである。

 第1章は「序論」であり、本研究に関連する社会的背景や本研究の目的を延べ、最後に本論文の構成を示している。

 第2章は「IT環境の現状分析と将来予測」と題して、高度情報通信ネットワーク社会を実現するための国家施策である「e-Japan構想」など種々の資料を分析して、本研究の想定する2010年頃のIT環境の予測を行い、本研究の必要性と位置付けを明確化している。その結果、現時点では高品位テレビと言われるHDTVが標準的な画質として位置付けられ、さらに高精細な映像への要求が高まるものと予測している。

 また、端末の種類や性能の多様化、接続形態の多様化、視聴者の趣味嗜好などの多様化、さらには多チャンネル化などに応える魅力や特徴のある質の高いコンテンツを低コストで多数製作することが制作者に求められることになり、多様な条件の視聴者向けに個別配信する適応型コンテンツ配信システムがキラーアプリケーションとなるものと論じている。

 第3章は「次世代ハイビジョン方式の提案と評価」と題して、放送のデジタル方式への移行により、HDTV番組の普及やHDTV品質が標準な品質と位置付けられることになり、更なる高精細映像への期待や要求が高まると予測し、3種類の次世代HDTVの試作システムを用いた評価実験を実施し、その結果から次世代HDTVの仕様を示している。様々な先行研究の結果から、HDTVの仕様は横:1920画素*縦:1080画素、アスペクト比=16:9、標準観察位置:3H、視野角:33度となっている。ところが、画面誘導効果実験や脳波α波計測の研究によれば、視野角度が110度程度まで、標準視聴位置よりも遠い位置での視聴でも、映像による誘導効果(=臨場感)が高まることが推定されてきていた。本研究では現行のHDTVの横2倍,横3倍、縦横各2台に相当する画素数で構成される3種類の映像フォーマット(WHD、3HD、QHD)に対応する試作システムを用いて、静止画像だけでなく撮影実映像(動画像)の評価実験を実施し、標準視聴位置(WHDと3HDでは3H、QHDでは1.5H)での視聴時、視野角が40度から90度程度の広角映像も含めた評価実験を実施した。その結果、WHDと3HDのように視野角を100度程度まで拡大することで、より臨場感の高い映像を提供できることを示した。HDWの横方向だけ2倍程度の横長フォーマットもまた、QHDが、家庭向けの次世代HDTVのフォーマットとして、第一候補として検討される必要を論じている。

 第4章は「適応型コンテンツ配信」と題して、自宅内だけではなく外出先や移動中などいかなる場所やいかなる時でもとぎれることがないユビキタスな超高速ネットワーク環境の実現、TVやPCなど視聴端末の高性能化や多様化、接続形態の多様化、趣味嗜好の多様化、多チャンネル化などに応える魅力や特徴のある質の高いコンテンツを低コストで多数製作する次世代HDTVを用いたキラーアプリケーションと位置付ける適応型コンテンツ配信システムについて論じている。

 本システムを実現するための符号化方式として、符号化データがタイル構造や階層構造となるJPEG2000の最適性を示し、PSNRやMOSなどを評価項目として、最適な符号化パラメータを求めた。その結果、圧縮率はQHD映像の品質を堅持するために1/10とした。DL値は2から4までを選択し、タイルサイズは、横:240画素*縦:128画素、もしくは横:480画素*縦:256画素を最適値として導出している。さらに、QHD静止画像とDV動画像を素材とした試作システムを実装して、動作原理の確認と伝送効率の検証を行っている。

 このシステムの提案により,デジタル方式へ移行して近い将来番組制作者に求められることになる高画質・双方向性などの魅力あるコンテンツを低コストで多数製作するコンテンツ製作方法の1つの回答を示している。また、各ユーザの要求に必要な情報のみを伝送することは、ユーザの満足度(=広義のQOS)の効率的な向上に大きく寄与すると同時に、ネットワーク上に無駄な情報を氾濫することを抑止することで、ネットワーク全体のQOSの向上にも有効であることを示している。

 第5章は「結論」であり、本論文の研究成果をまとめ、今後の課題について整理している。本論文では、2010年前後のIT環境を予測し、従前のハイビジョンを越える次世代ハイビジョンの有効性を評価実験により示し、仕様を提言した。また、超高速でユビキタスなネットワーク環境で個人の趣味嗜好や使用端末、接続形態などの個別要求に応じたコンテンツデータを提供する適応型コンテンツ配信システムを提案し、それを実現するための符号化方式としてJPEG2000を選定し、符号化パラメータの最適値を導出し、試作システムを開発してアルゴリズムや伝送効率を検証した。これらにより、次世代のTV放送モデルを提言し、従来の「見せられる」TV放送から視聴者個々が「見たい」映像を視聴するパラダイムシフトが実現されることを示した。

 以上、本論文はTV放送本格デジタル化という大きな変革期向けて、TV視聴形態のパラダイムシフトの実現、超高速でユビキタスなネットワーク環境における放送キラーアプリケーションの実現、ネットワーク環境整備の加速に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は東京大学大学院工学系研究科における博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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