学位論文要旨



No 117684
著者(漢字) 中村,洋光
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,ヒロミツ
標題(和) 広帯域震源インバージョンに基づく高周波地震動励起過程の研究
標題(洋)
報告番号 117684
報告番号 甲17684
学位授与日 2003.01.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4265号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菊地,正幸
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 助教授 工藤,一嘉
 東京大学 講師 井出,哲
内容要旨 要旨を表示する

[はじめに]

 断層面上で励起される1Hz以上の高周波地震動は、破壊速度や破壊伝播中における動的な応力降下量など震源の動力学的な特性の影響を大きく受ける。従って、高周波地震動の励起過程を調べることによって、断層運動の物理的なメカニズムをより詳細に明らかできる。また、高周波数帯は多くの構造物の固有周波数に対応することから、高周波地震動の励起メカニズムを解明することは強震動予測の観点からも重要である。近年の地震観測網の発達に伴う近地強震記録の蓄積、新しい波形合成法やインバージョン手法の開発によって、それまでなされてこなかった高周波地震動を対象とした震源過程の解析が可能になりつつある。特に、1990年代に行われるようになった主に地震動の包絡形状(エンベロープ)を用いたインバージョン解析から、すべり量の大きな領域で必ずしも高周波地震動が生じているわけではないことが徐々に明らかになってきた。

 一方、強震動予測の方面では、不均質な断層運動をすべり量の大きなアスペリティのみを考慮することによって簡略化して扱う研究が行われている。しかし、この簡略化手法だとアスペリティ以外の領域を考慮しないために、これまで指摘されてきたようなアスペリティ以外からの高周波励起が考慮できないという大きな問題がある。そこで、本研究では広帯域の震源像を把握することを目的とし、異なる周波数帯を対象とした震源インバージョンを行う。そして、それぞれの周波数帯から得られる震源過程の比較や断層破壊の形状を考慮した数値シミュレーションを通して高周波地震動の生成メカニズムを明らかにする。解析したのは、防災科学技術研究所の強震ネット(K-NET)によって本震・余震とも多数のデータが得られ、微小地震観測による震源決定が行われている1997年3月(本震1)と同年5月(本震2)に発生した鹿児島県北西部地震である。

[解析]

 解析の対象とした周波数帯は、0.05-0.5Hz、0.5-2.0Hz、4.0-8.0Hzの3つの異なる帯域である。それぞれの周波数帯で解析方法が異なり、0.05-0.5Hzの低周波数を対象とした解析(解析1)では、グリーン関数として水平多層構造を仮定して計算される理論波形を用い、各サブフォルトの震源時間関数を基底関数展開したときの展開係数であるすべりの時空間分布を線形インバージョンによって推定する。その際、インバージョンを安定化させるために用いる拘束条件の重みはベイズ型情報量基準を導入して客観的に評価する。0.5-2.0Hzを対象とした解析(解析2)では、観測点直下の地下構造の影響を比較的受けやすい周波数帯であり、その周波数帯のグリーン関数を精度よく計算できるだけの速度構造の情報がないため、本震とほぼ同様なメカニズム解を持つ余震記録に距離減衰の補正を施したものを経験的なグリーン関数として用いることによってすべりの時空間分布を推定する。更に高周波数の4-8Hzを対象とした解析(解析3)では、インバージョンによって位相まで含めた観測波形を再現することは困難になるため、地震動の振幅と継続時間を考慮したエンベロープを用いたインバージョン解析を行ない、放射強度の空間分布を推定する(表1)。

[本震1の解析]

 本震1の解析結果によると、解析1から震源の西側で1mの大きなすべりがあり、主な破壊は西側に進んだと考えられるが、震源東側のやや深い領域でも0.6m程度のすべりがあったことが明らかになった。すべり分布と余震分布の比較をすると、震源西側のすべりの大きな領域で余震の発生が見られるものの、多くの余震はすべり量の大きな領域の周辺で発生している。また、断層運動の時刻歴を調べた結果、大きくすべった震源の西側で破壊がS波速度に近い高速度で伝播していることが分かった。より高周波数帯を対象とした解析2では、グリーン関数として本震1と同じ断層面内で発生し、本震1と同様のメカニズム解をもつ3つの余震を選び、それぞれの余震をグリーン関数とした場合のインバージョンの解を比較することによって、解析結果の確からしさを確認した。その結果、用いる余震の違いによって解にバラツキは見られるが、共通した結果として解析1ですべり量の大きく推定された震源西側の領域で、1m/sを超える大きなすべり速度が生じていることが分かった。更に高周波数帯を対象とした解析3のエンベロープインバージョンの結果から、4-8Hzの地震動は主に破壊開始点周辺と断層西側の浅い領域で生成されていることが分かった。それらの領域は、解析1で推定したすべり分布と比較すると、大きくすべった震源西側の周辺部に対応していることが分かった(図1)。このようなすべり分布と高周波放射領域の空間的な相補性は1989年ロマプリエタ地震でも報告されている。また、西側の浅い領域は、P波速度が5.8km/sのやや速い層が浅い領域にせり上がっている速度構造の不均質性の強い領域に対応していることが分かった。

[本震2の解析]

 本震1と同様の手法で本震2の解析を行った。本震2は、本震1の南側で発生し、その余震分布がL字型を示す特異な地震である。南北・東西の2枚の仮定断層面を想定した解析1の結果から、最大すべりは南北断層の折れ曲がりに近い領域で約0.5mであり、本震1と比べて1/2程度である。

 余震分布と比較すると、本震1のようにすべりの大きな領域の周りで余震が多く発生しているような特徴的なものは見られず、すべり量の大きな領域でも余震は発生している。また、断層運動の時刻歴から南北・東西断層とも破壊の加速減速が見られ、破壊過程が非常に複雑であったと考えられる。解析2では、南北・東西断層面それぞれで発生した2つの余震を経験的なグリーン関数として用いた。その結果、破壊開始点を含む東西断層では解析1で大きなすべり量の推定された領域の周辺ですべり速度の大きな領域があることが分かった。また、南北断層の折れ曲がりから5km程離れた地点で、解析1の結果と比較して1.5-2秒のすべり速度の立ち上がりの遅れが見られるなど、解析1で推定した震源過程よりも更に複雑なものであった。解析3のエンベロープインバージョンの結果から、東西断層では破壊開始点付近とその東側の領域で高周波が放射されていることが分かった。また、南北断層では断層の折れ曲がりに近い浅い領域と深い領域で高周波が大きく励起されている。特に浅い領域では、解析1で大きなすべり量が得られている(図2)。このように本震2では、本震1で見られたようなすべり分布と高周波放射領域の空間的な相補性のようなものは見られず、全体的な放射領域の分布は本震1に比べて断層面全体に散在していた。

[議論]

 過去の理論的な研究から高周波の地震動は、破壊速度の急変する領域(例えば、破壊の停止領域)で生成されることが示されている。そこで、本研究ではこのような高周波地震動の励起の違いを明らかにするために、破壊が急激に停止する際に励起されるストッピングフェーズの影響をシミュレーションによって調べた。シミュレーションでは、ストッピングフェーズの影響のみを見るために破壊伝播途中の不均質な断層運動は考慮しないすべり量と破壊速度が断層面上で一様になる単純な断層モデルを用いた。本震1において、解析1で得たすべり量が0.4m以上の領域を破壊領域とし、シミュレーションで各観測点の波形を得た。それを観測データと見なし、エンベロープインバージョンを行ったところ、高周波の励起領域は、破壊開始点付近と西側のやや浅い領域に推定された。この領域は、各観測点のアイソクロン(観測点に地震動が到達する時刻が同一となる断層面上での曲線)が断層の縁に接する領域にほぼ対応しており、本震1の高周波の励起分布は比較的単純な断層モデルで説明できることが示された。本震2においても同様にシミュレーションで得たデータを観測データと見なし、解析したところ各観測点のアイソクロンが断層縁に接する領域で高周波の励起が強く推定されたが、その結果は実際の解析3の結果を説明するものではなかった。これらを説明するためには破壊伝播途中での破壊速度の急変などのより複雑な破壊過程を考慮する必要がある。そこで、破壊の不均質な伝播や断層の最終的な形状が、本震2の高周波励起にどのように影響しているかをシミュレーションによって調べた。その結果、破壊が一時的に停止し、周辺より遅れて破壊する領域と断層の縁にアイソクロンが接しにくい断層形状を考慮することによって、高周波の励起領域は解析3の推定結果に近いものに改善された。

 これまで、広帯域の震源像を把握することを目的として、異なる周波数帯を対象とした震源インバージョンを1997年鹿児島県北西部地震に適用した。その結果、すべり分布と高周波放射領域の分布が異なることを示した。そして、断層破壊の急激な停止によって生成されるストッピングフェーズに注目し、それが高周波地震動の励起にどのように影響しているかを調べた。その結果、比較的単純な断層運動であったと推定された本震1の高周波の励起分布は、ストッピングフェーズを考慮することで大まかに説明できることを示した。複雑な破壊過程を辿ったと考えられる本震2については破壊の不均質な伝播とアイソクロンの接しにくい断層形状を考慮することによって、実際の推定結果を反映するような断層モデルに改善することができた。

表1.本研究で行った解析

図1.本震1におけるすべり分布(コンター;解析1)と高周波の放射強度分布(赤青濃淡;解析3)の比較。

すべり分布は0.2mごとに示す。赤色が強くなるほど高周波の励起が強いことを示している。★印は破壊開始点を示す。

図2.本震2におけるすべり分布(コンター;解析1)と高周波の放射強度分布(赤青濃淡;解析3)の比較。

すべり分布は0.1mごとに示す。

審査要旨 要旨を表示する

 自然地震の発生源である震源断層では、一般にすべりは不均一で、かつ、すべり領域の形状も不整形である。これら不均一・不整形性は地震波の短周期成分や強震動の励起に重要な影響を与えることが指摘されている。本論文は、断層運動のどのような側面が短周期地震波の励起に関係しているかを、実際の観測データに基づいて調べたものである。

まず、全体の断層運動の中で高周波地震動の励起に関係する部分を明らかにするために、3つの異なる周波数帯域を対象とした震源インバージョンを行っている。1つ目はやや長周期成分(0.05-0.5Hz)を対象とし、理論的なグリーン関数を用いたインバージョン法(解析1)、2つ目は中周期(0.5-2Hz)を対象に、余震記録から合成されるグリーン関数を用いたインバージョン法(解析2)、3つ目は短周期成分(4-8Hz)のエンベロープを用いたインバージョン法(解析3)である。手法自体は基本的に既存の方法を踏襲したものであるが、解析2,3では、基底となる余震記録の選び方によって結果がどのように変わるかを調べるなど、従来の研究ではやや曖昧になっていることについて手法の妥当性と適用限界を吟味している。これについては手法の開発に準じる評価がなされるべきと判断される。

 この方法を1997年3月26日の鹿児島県北西部地震(MJ6.5)の地震に適用し、概略以下の結果を得た。すなわち、震源から数km西側の領域で大きいすべり(アスペリティ)があり、そこではすべり速度も大きいこと、これに対し、短周期地震動は主に破壊開始点(震源)付近とアスペリティ領域の周辺部で生成されている。

 以上の結果を踏まえて、大きいすべり域と短周期地震動の励起域が空間的に棲み分けられていることについてのより根本的なメカニズムを明らかにするため、破壊が急激に停止する際のストッピングフェーズの効果をシミュレーションによって調べた。その結果、「短周期地震動のピークは各観測点のアイソクロン(地震動の到達時刻が同一となる断層面上の曲線)が断層の輪郭に接する点に対応する」ということを明らかにした。

 この発見は本論文の最も重要な成果であるとともに、将来の短周期地震動の研究に大きな影響を与えるものである。第1に、この結果は観測点ごとに短周期励起源が違った場所に求まることを意味する。このことは、固定した短周期源を想定する従来の概念とは根本的に異なる視点を与えるものである。第2に、短周期地震動のデータから断層すべり領域の形状について、より高次の詳細情報を得る可能性を示唆するものである。

 本論文では、上記の地震のほかに、約2ヶ月後(1997年5月13日)に約4km南側を震源として起こったMJ6.2の地震についても、同様の手法で解析を行っている。そこでは3月26日の地震に比べて、かなり複雑な震源過程が得られ、アスペリティと短周期地震源の棲み分けについての明瞭な関係は見えなかった。しかし、この場合でも、断層すべり域の不連続的な拡大を考慮すると、「アイソクロンとすべり域の輪郭との接点が短周期のピークに対応する」という考えによって解釈できることが示された。

 以上を要するに、本論文提出者は、様々な周期帯の地震動励起源を特定するために3つの異なる手法を適用し、短周期地震動の励起が大きなすべり域の周辺にあること、各観測点での短周期成分のピークはすべり域の輪郭がアイソクロンと接するところに対応することを発見し、かつ、その力学的モデルとしての妥当性を示した。これは地震学、とくに震源と強震動生成のメカニズム解明に重要な貢献をなすものである。

 以上により、審査員一同は、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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