No | 117690 | |
著者(漢字) | 嶋野,岳人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シマノ,タケト | |
標題(和) | 噴火様式と脱ガス過程 : 含水量と発泡度に基づく考察 | |
標題(洋) | Eruption style and degassing process in terms of water content and vesicularity | |
報告番号 | 117690 | |
報告番号 | 甲17690 | |
学位授与日 | 2003.01.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4266号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 火山噴火はマグマと火山ガスを様々な量比,タイミングで噴出する複雑な現象であり,この理解は火山学の中心的課題である.これまでの理論モデルから,噴火様式はマグマの上昇・減圧による発泡現象と脱ガスの競合により決定されること,また,マグマの発泡過程はマグマの粘性や水の拡散に強く依存することが指摘されてきた.一方,噴出物解析に基づく研究はこれまで,以上のモデルを適用することにより観測量の解釈を行ってきた.しかし,これらの理論モデルでは脱ガス・気泡成長メカニズムをアプリオリに与えているため,むしろ観測量,噴出物を用いて検証されるべきものである.本論文では,天然の噴出物の発泡組織,含水率の両者の変化に着目してマグマの発泡・脱ガス過程を詳細に再構築し,マグマの発泡組織が発泡過程に与える効果を明らかにすることにより理論モデルに制約を与えた. 本論ではまず,噴火様式と噴出物を比較するため,両者に共通する変数として気相と液相(+固相)の体積噴出率を導入し,噴火様式を実際の観測値に基づく気相とマグマの噴出率(速度)のコンパイルに基づき分類を行った.一方,噴出時のガス量や脱ガス量を正確に定義・識別し議論するため,噴火前にマグマに溶存していた揮発性成分に対して発泡,分離後の「行き先」により4Classに分類を行い(Class I〜Class IV),岩石学的手法および噴出物の含水率・発泡度の測定に基づいて各Classの量比を求める方法を構築した.また,上記の手法を天然の噴出物について適用して比較するため,閉鎖系平衡発泡過程を基に,気相の析出・膨張に起こる非平衡効果(遅延),脱ガス効果を考慮したモデルによって,マグマ上昇に伴う発泡度変化の考察を行った.天然への適用は,物性(特に粘性)の異なる玄武岩質,流紋岩質マグマについて行った. 玄武岩質マグマの発泡過程 詳細にわたる観測がなされた三宅島1983年,2000年海底噴火を対象に以上の手法を適用した.噴出物から岩石学的に推定した噴火直前のマグマ組成,温度,含水率(約3.8重量%)はほぼ一定であり,噴火様式の違いはマグマ上昇中の脱ガス過程の違いにより生じたことが示唆された.また,噴出物の含水量は全て0.4重量%未満であることから,いずれの噴火様式でも,マグマ上昇時の脱ガスが顕著であったことを示した.一方,噴出物の含水率・発泡度は噴火様式によって特徴的な値を持つこと(図1)から,比較的火道浅部での脱ガス過程の違いが噴火様式に影響していることを示唆した.特に,マグマ水蒸気噴火や海底噴火の噴出物(水冷スコリア)では,同一層準の粒子でも発泡度と含水率に明瞭な逆相関関係が認められその変化方向は陸上での爆発的噴火噴出物(陸上スコリア)に漸移することから,各スコリア粒子の含水率・発泡度が,同一減圧経路をたどったマグマの火道の比較的浅部での固結タイミングの違いによって生じた「連続写真の1コマ」として説明できることを示した. また,水冷スコリアの「連続写真」としての性質を用いて,発泡度の異なる粒子の気泡組織観察,気泡サイズ分布の解析を行った.その結果,気泡数密度が,発泡度約0.2-0.5で発泡度の上昇とともに増加し,発泡度約0.5を越えると減少することから(図2),発泡度変化が気泡核形成の卓越する段階と気泡の成長・膨張の卓越する段階に分けられることを示唆した.また,気泡数密度が増加から減少に転ずる際の平均気泡壁厚が未合体気泡壁の最小厚に相当することから,マグマ中の気泡が最密充填構造に到達することによって気泡合体が顕著になったことを示唆した. 一方,穏やかな噴火で噴出した溶岩流等は低発泡,低含水率であり,少数の変形した大気泡で構成されることから,これらの噴火様式では著しく脱水し,かつ気泡合体・分離も顕著であったマグマが噴出したと考えられる.また,発泡度減少に伴って,高発泡スコリアの値から連続的に平均気泡半径の増大,気泡数密度の減少が認められることから,高発泡スコリアと同様に十分な発泡が起こりながら,上昇速度が遅いために気泡合体・分離による脱ガスが進行して,溢流噴火に至ったことが示唆された.噴火様式による同様の脱ガス程度の違いは,安山岩質玄武岩マグマを噴出した諏訪之瀬島1813年噴出物でも認められた.また,両噴火のスコリアとも,気泡数密度とサイズ<100μmの石基結晶量に正の相関が認められた.石基結晶度の高い噴出物では,石基結晶の多くが小気泡周囲のメルトの最も薄い部分を架橋する位置に分布するのに対し,石基結晶を欠く噴出物では,このように薄い気泡壁が少ない傾向があることから,石基結晶により気泡の合体が阻止される可能性が示唆された. 流紋岩質マグマの発泡過程 有珠火山1977年,2000年噴火,ピナツボ火山1991年噴火,9世紀の新島・神津島噴火の噴出物を用いて流紋岩質マグマの発泡過程を考察し,玄武岩質マグマとの比較を行った.これらの噴出物は全岩組成,初期含水率(約5〜6.5重量%)がほぼ等しく比較的均質であり,噴火様式はマグマ上昇中の脱ガス過程の違いにより変化したと考えられる.また,噴出物の含水量も全て約1重量%未満であり,著しく脱ガスしたことを示した.そこで,本論では主に噴出物の発泡組織を比較し,流紋岩質マグマの発泡脱ガス過程を考察した. 有珠噴火軽石は,同一層内の粒子間で発泡度と含水率に逆相関関係が認められるので,三宅島の水冷スコリアと同様,各軽石粒子を同一脱ガス経路をたどったマグマの固結タイミングの違いによってできた「連続写真の1コマ」と考えることが出来る.気泡サイズ分布については,軽石(発泡度0.6-0.8)の気泡数密度は発泡度の上昇とともに減少した.一方,同時に噴出した高含水率の細粒軽石(発泡度0.15-0.8)では発泡度増加に伴う気泡数密度増加が報告されており,三宅島の水冷スコリアと同様に軽石の気泡数密度が増加から減少へ転換したことが示唆された.転換時の平均気泡壁厚は未合体気泡壁の最小厚に相当すること(図3)から,発泡度約0.4-0.5の時点で最密充填構造に達することにより,多くの気泡の合体が起きたと考えられる.すなわち,流紋岩質マグマでも,爆発的噴火におけるマグマの発泡過程は核形成の卓越した段階と気泡の合体・成長が卓越した段階に分けることができ,その転換点が気泡の最密充填という構造に支配されていたことが示唆された. 有珠軽石は,石基結晶度,気泡数密度が高い特徴をもつ.石基結晶は,気泡壁を構成するメルトを架橋する位置に分布し,とくに高結晶量(>40%)の場合は結晶同士が互いに接して格子状構造を呈する.そのため,気泡サイズは0.1mm未満に集中し,等方的な形状をなすものの,角の取れた矩形状を呈する.以上の事実は,すでに連結気泡からなるマグマにおいて,石基結晶の存在によって気泡合体・消滅が阻止されたことを示している. 一方,ピナツボ火山1991年噴火では,低石基結晶度のマグマ(白色軽石)が高石基結晶度のマグマ(灰色軽石)と同時に噴出し,新島・神津島噴火では,マグマ水蒸気噴火を伴う火砕流噴火,火砕丘形成,ドーム形成を行い,低石基結晶度の流紋岩質マグマが噴出した.これらの噴出物の気泡数密度は爆発的噴火の軽石から火砕丘軽石,溶岩ドームの順に減少する.この変化はおおむね平均気泡径増加,発泡度減少と同調しており,噴火様式の違いは気泡の合体分離程度によるものと考えられる.これらの低石基結晶度マグマに顕著な特徴は,気泡の変形が著しいことである.気泡の一部は,長径短径比が最大100:1に達し,つぶれて消滅している.また,一部では多数の扁平な気泡が平行に重なり,数μmまで薄くなった気泡壁が引き裂かれて合体し大きな気泡となる.このような気泡の著しい変形は石基結晶度の高い有珠軽石やピナツボ灰色軽石には認められない.以上の事実から,低石基結晶度マグマでは,石基結晶が存在しないために気泡の合体消滅が促進され,脱ガスが進行したものと考えられる. 石基結晶の存在により連結気泡構造が保持されたマグマの脱ガス機構は,連結気泡間の気相の浸透流が支配的であったと考えられる.一方,気泡合体・消滅(分離)による脱ガス機構は,気泡変形によって変形方向のマグマ中の浸透率を一時的に上昇させるが,一方で気泡消滅によって脱ガス通路を閉鎖しマグマ全体での浸透率が低下するため,連結構造中での浸透流による脱ガス機構にくらべて脱ガス効率が低い可能性が考えられる.以上の結果は,マグマの発泡脱ガス過程では,発泡構造自身だけでなく石基結晶による発泡構造への影響も重要であることを示唆していると考えられる. 図1 三宅島1983年・2000年海底噴出物の含水率と発泡度の関係. 図2 三定島1983年・2000年海底噴出物の発泡度と総気泡数密度 図3 流紋岩質噴出物の発泡度と平均気泡壁半厚. 実線は等平均気泡半経を示す.射影部は気泡径=気泡壁厚を示す. | |
審査要旨 | 本論文は,火山噴火の多様性を生み出す主要過程であるマグマの火道上昇中の発泡・脱ガス過程について,噴出物の含水率測定と発泡組織の定量化により考察を行ったものである.従来の理論的研究から,噴火現象の「はげしさ」はマグマの発泡と脱ガスの競合により決定されること,また,マグマの発泡はマグマの粘性や水の拡散により支配されることが示唆されてきた.しかし,これらのモデルを観測事実から検証した研究例はほとんどなかった.本論文は,実際の火山噴出物に対して,発泡現象を担う含水量と発泡組織に着目して分析し,モデルの検証を行った. 本論文は3章からなり,第1章では噴出物の含水率・発泡度等の測定からマグマの発泡過程を推定する方法が提案されている.第2章では,この手法を用いて玄武岩質マグマの発泡・脱ガス過程が詳細に議論されている.さらに,第3章では,第2章の結果と比較する形で,流紋岩質マグマにおける発泡・脱ガス過程の考察がなされている. 第1章では,含水率と発泡度という噴出物のガス・マグマ比率に関する情報から,マグマの発泡過程を理解するための手法を提案した.ここでは,まず,マグマ中の水分の火道上昇中における様々な移動経路を想定し,揮発性成分をその移動先によりClass IからIVまでの4クラスに分類した.その中で噴火現象で重要な役割を担うClass II(マグマと火口で同時に噴出するガス)について,実際の噴出物から岩石学的手法と含水率・多孔質物質の体積測定方法を用いて推定する方法を考案し,さらにその測定値と発泡モデルの予測値の比較から導かれる噴火現象に関する制約条件について考察した.以上の考察より,本論文全体の論理的なフレームワークを構築した. 第2章では,上記の手法を天然の噴出物に適用して,玄武岩質マグマにおけるマグマの発泡過程を考察した.噴火現象とマグマの発泡過程の対比作業における不確定性を最小限にするため,研究対象を精密観測の行われた三宅島1983年・2000年噴火に厳選した.噴火直前のマグマ含水率の岩石学的推定および噴出物の含水率測定の結果,(1)噴火直前のマグマの含水率が均質であったこと,(2)マグマは全含水量の9割以上を上昇中に析出したことを示した.また,(3)爆発的噴火の噴出物の含水率と発泡度に逆相関関係があることを見いだし,これらが地表付近での発泡過程を逐次凍結記録したものであること,噴火様式が地下浅部での発泡・脱ガス程度の違いによって変化することを明らかにした.さらに,(4)爆発的噴火の噴出物の発泡組織の画像解析により求めた気泡サイズ分布から,気泡数密度が発泡度増加に伴い増加後,減少に転ずることを発見した.これらの事実から,玄武岩質マグマの発泡過程がマグマの発泡構造によって,気泡核形成が卓越する段階と気泡合体・膨張が卓越する段階の2段階に分けられること,その転換点が気泡組織の最密充填構造への到達時期とほぼ一致することを示した. 第3章では,玄武岩質マグマとは物性(粘性)の全く異なる流紋岩質マグマの発泡過程を考察した.まず,有珠山1977年および2000年噴火軽石については,発泡組織の解析から軽石の発泡度増加に伴い気泡数密度が増加後,減少する傾向を見いだし,その最大値が気泡の最密充填構造となる発泡度と一致することを示した.すなわち,玄武岩質マグマと同様に,マグマの発泡過程がマグマの発泡組織の影響を受けることを示した.一方,ピナツボ火山1991年噴火および新島・神津島火山9世紀噴火の噴出物の解析からは,発泡過程における石基結晶の影響について分析し,気泡数密度が,気泡核形成率の違いではなく石基結晶が気泡の合体を阻止することによって決定されていることを明らかにした.すなわち石基結晶度の高いマグマでは気泡数密度が高いまま維持されるのに対し,石基結晶度の低いマグマでは気泡の合体が促進され,気泡数密度が低くなることを示した. 本論文は,これまで微細組織に関する観察事実の蓄積が欠如していたマグマの発泡・脱ガス過程の問題について,系統的な分析を行い,理論モデルの重要な制約条件となる数々の分析結果を得ることに成功した.特に,マグマの発泡・結晶化によって形成された発泡組織自身が,その後に引き続く発泡過程に影響するというフィードバックの証拠をはじめて提示した点で,今後の理論モデルの発展に対して,観測事実から新しい方向性を与えた.第1章で目標とした噴火様式と噴出物と比較については,未だ定量的レベルにまで達していないものの,マグマの物性による現象の違いについて半定量的な傾向を見出すことに成功しており,目標を達成する道筋を得ることができたものと考えられる. これらの研究計画,測定,考察は全て本人が行っており,本論文が博士(理学)を授与するに十分値するものと判定した. | |
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