学位論文要旨



No 117691
著者(漢字) 棟方,翼
著者(英字)
著者(カナ) ムナカタ,ツバサ
標題(和) エンテロウイルス2Aプロテアーゼによるキャップ構造依存性翻訳開始阻害の新しい分子メカニズム
標題(洋)
報告番号 117691
報告番号 甲17691
学位授与日 2003.01.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1010号
研究科 薬学系研究科
専攻 生命薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

[背景と目的]

 ポリオウイルス(PV)は小児麻痺の原因ウイルスであり、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属に属し、約7500塩基のプラス鎖のRNAをゲノムとする。PVに代表されるエンテロウイルスに感染すると、細胞内ではウイルス由来のタンパク質合成が開始される一方で、宿主細胞由来のmRNAのキャップ構造(m7GpppX)依存の翻訳(図1)が阻害され、宿主タンパク質の合成が低下する。エンテロウイルスのmRNAはキャップ構造非依存に翻訳が行われるため、阻害は受けない。この現象は、ウイルス由来の2Aプロテアーゼが宿主の翻訳開始因子であるeIF4Gを直接或いは間接的に切断することに起因すると考えられてきた。eIF4GはmRNAの5'末端のキャップ構造に結合するeIF4F複合体のサブユニットであり、eIF4Gの切断によりキャップ構造依存の翻訳開始複合体の形成が妨げられ、宿主のタンパク質合成の低下に繋がるというモデルが唱えられている(図2)。

 しかし、これまでに発表されたデータの中にはこのモデルに矛盾するものが存在する。PV感染後にeIF4Gの切断が生じる時間と、宿主タンパク質の合成阻害が起こる時間には、1時間以上の時間差が存在する。また、細胞抽出液を用いたin vitro翻訳系では、50%以上のeIF4Gが切断されずに残っている条件でも、2Aプロテアーゼ依存にキャップ構造依存性の翻訳が5%以下に低下する現象が明らかになっている。従って、3eIF4Gの切断以外に、2Aプロテアーゼによる宿主の翻訳阻害メカニズムが存在する可能性が示唆されていた。我々は、そのメカニズムを解明する一端として、PVを例にとり、2Aプロテアーゼの新しい機能を検討するため、以下の解析を行った。

[方法と結果]

1.翻訳開始因子eIF4EはPV 2Aproと結合する。

 PV感染時に、2Aプロテアーゼ(2Apro)がキャップ構造依存性の翻訳を新しい機能を用いて阻害するならば、その機能に必要なドメインやモチーフが一次構造上に存在すると考え、2Aproのアミノ酸配列を調査したところ、全てのエンテロウイルスに「eIF4E認識モチーフ」が存在することを見出した(図3)。「eIF4E認識モチーフ」は、翻訳開始因子eIF4Eに直接結合するeIF4Gや4E-BP等に共通に存在することが知られている。

 そこでeIF4EとPV 2Aproの組み換えタンパク質を大腸菌から調製して、両者が結合するか否かをGST pull-down法にて解析した。その結果、in vitroでeIF4EとPV 2Aproは結合することが明らかになった(図4)。また、2Aproのプロテアーゼ活性が両者の結合に必要かを、酵素活性中心に変異を導入したD38A変異体を使って検討したところ、プロテアーゼ活性の有無に関係なく両者は結合した。従って、PV 2AproはeIF4Eに直接作用することで、宿主の翻訳を制御する可能性が示唆された。

2.PV 2Aproはキャップ構造からeIF4Eを解離させる。

 eIF4EはeIF4F複合体のサブユニットで、mRNA末端のキャップ構造(m7GpppX)に結合する活性を担っているため、eIF4Eのキャップ構造への結合がPV 2Apro存在下で変化するかを、キャップ構造を模したm7Gppp-Sepharoseを用いて検討した。その結果、PV 2Apro依存にeIF4Eがキャップ構造から解離することが判明した(図5)。エンテロウイルス属のみならずピコルナウイルス科の2Aタンパク質において、eIF4Eをキャップ構造から解離させる活性の発見は初めてである。

 上記の実験では組み換えタンパク質のeIF4Eを使用してきたが、細胞内ではeIF4EはeIF4Gと複合体を形成している。そこでHeLa細胞よりeIF4E/eIF4G複合体を含む抽出液を調製して、eIF4E/eIF4Gとキャップ構造との結合がPV 2Aproにより阻害されるか検討した。その結果、先の実験と同様に、PV 2Apro依存にeIF4Eがキャップ構造から解離することが分かった(図6)。この時、eIF4Gのキャップ構造からの解離も観察された。またD38A変異体の解析から、この解離活性はプロテアーゼ活性とは独立に存在することが示された。

3.PV 2Apro中のeIF4E認識モチーフはeIF4E解離活性に関与する。

 次に、新しくPV 2Aproに見出したeIF4Eをキャップ構造から解離させる活性に、2Apro中のeIF4E認識モチーフが関わっているか検討を行った。eIF4E認識モチーフ(Y-X-X-X-X-L-Φ)のアミノ酸中で最も保存性の高いチロシンとロイシンをアラニンに置換した変異体を作製し、HeLa細胞抽出液中で上記と同等の実験を行った結果、eIF4E認識モチーフのチロシンとロイシンの両方をアラニンに置換した変異体は、eIF4E解離活性を失うことが判明した(図7)。従って、PV 2Apro中のeIF4E認識モチーフはeIF4E解離活性に関与することが示された。

4.PV 2Aproはプロテアーゼ活性非依存にキャップ構造依存性の翻訳を抑制する。

 ここまでの解析は全てin vitroであり、実際の細胞内でのPV 2Aproの働きは不明である。そこで、まずHeLa細胞でPV 2Aproを一過的に発現させ、内在性のeIF4Eと結合できるか解析したところ、免疫沈降実験により両者はプロテアーゼ活性非依存に相互作用することが判明した(図8)。次に、細胞内での翻訳反応がPV 2Apro発現時にどのように変化するかを、dicistronic mRNA発現ベクターをco-transfectionして解析した。その結果キャップ構造依存性の翻訳はPV 2Apro依存に、かつそのプロテアーゼ活性非依存に抑制されることが判明した(図9)。

[まとめと考察]

 今回我々は、2Aproが翻訳開始因子のeIF4Eに直接結合することを新規に見出し、2AproがeIF4Eをキャップ構造から解離させることを始めて明らかにした。この活性には2Aのプロテアーゼ活性は不要であるが、eIF4E認識モチーフは必要だった。また、2Aproによるキャップ構造依存性の翻訳阻害には、プロテアーゼ活性は必要なかった。これらの結果より、eIF4EがeIF4F複合体のサブユニットとして、キャップ構造への結合活性を担う翻訳開始の律速段階にあることを考慮すると、2Aproがその過程を直接阻害してキャップ構造依存性の翻訳を低下させるという新しい経路を考えることが可能になる(図10)。

 我々の解析より、エンテロウイルスの2Aは少なくとも二種類の異なる活性を有しており、プロテアーゼとしてeIF4G等の翻訳開始因子を切断する活性に加えて、eIF4Eとキャップ構造の相互作用を直接阻害する活性を利用して、宿主細胞のタンパク質合成を抑えると推定できる。

図1.キャップ構造依存性のmRNAの翻訳開始のメカニズム

図2.エンテロウイルス感染時のキャップ構造依存性翻訳開始阻害の従来のモデル

図3.エンテロウイルス2Aprp中のeIF4E認識配列の発見

図4.PV 2Aproの翻訳開始因子eIF4Eへの結合

図5.PV 2Apro依存のeIF4Eのキャップ構造からの解離

図6.HeLa細胞抽出液中でのPV 2Apro依存のeIF4E/eIF4Gのキャップ構造からの解離

図7.eIF4E認識配列への変異導入による2Apro依存のeIF4Eのキャップ構造からの解離活性の抑制

図8.PV 2AproとeIF4Eの動物細胞内での相互作用

図9.キャップ構造依存性翻訳のPV 2Aタンパク質による抑制

図10.エンテロウイルス感染時のキャップ構造依存性翻訳開始阻害の新規モデル

審査要旨 要旨を表示する

 ポリオウイルスは小児マヒ(急性灰白髄炎)の病因であり、約7500塩基からなるプラス鎖RNAをゲノムとして保有している。ポリオウイルスをはじめとするピコルナウイルス科エンテロウイルス属のウイルスの特異的mRNAの5'非翻訳領域には、RES(internal ribosome entry site)が存在し、感染細胞内でキャップ構造(m7GpppX)非依存的な翻訳開始が行われる。一方、細胞側のキャップ構造依存性の翻訳開始は、ウイルス遺伝子の産物である2Aプロテアーゼが発現することにより阻害(shut off)される。

 Shut off現象は、2Aプロテアーゼにより、直接的または間接的に、翻訳開始因子elF4G(開始因子複合体 eIF4Fのサブユニット)が切断されることが原因となり起こると説明されていた。eIF4Gはキャップ構造依存的翻訳開始にとって不可欠である。しかしながら、この考え方に矛盾する現象が見出されている。すなわち、ポリオウイルス感染後、eIF4Gが切断される以前に、宿主細胞の蛋白質合成のshut offが起こること、また細胞抽出液を用いた試験管内蛋白質合成系において、50%以上のeIF4Gが切断されずに残っている条件でも、2Aプロテアーゼ依存的にキャップ構造からの翻訳が5%以下に低下することなどである。以上のことから、2Aによるキャップ構造依存的な翻訳阻害メカニズムには、2Aプロテアーゼを介したeIF4G切断以外のメカニズムが存在することが予想された。そのメカニズムを解明するために、ポリオウイルスの2Aプロテアーゼを使用して、新たな2Aプロテアーゼの機能を解析した。

 まず、すべてのエンテロウイルスの2Aプロテアーゼ上に、キャップ結合蛋白質eIF4E(開始因子複合体eIF4Fのサブユニット)認識モチーフが存在することを見出した。そこで、2AプロテアーゼとeIF4Eの結合実験を行い、両者が直接相互作用することを明らかにした。この時点で、この相互作用がeIF4Eのキャップ構造への結合活性に影響を与えているという仮説を立て、その証明を以下のように行った。

 1)キャップ構造にeIF4Eが結合した状態に2Aプロテアーゼを添加すると、eIF4Eがキャップ構造から解離することを明らかにした。

 2)2AプロテアーゼのeIF4E認識モチーフへの変異導入により、1)の2Aプロテアーゼ活性が阻害されることを示した。また、プロテアーゼ活性を失わせた変異2Aによっても1)の活性は観察できることを示した。

 3)プロテアーゼ活性がなく、eIF4Eへの結合能のみを持つ変異2Aにより、キャップ構造依存的翻訳開始が阻害されることを、dicistronic mRNA(first cistronはキャップ構造依存的、second cistronはIRES依存的)のcDNAと変異2AのcDNAを共に細胞にトランスフェクションし、各レポーターの発現を測定することにより証明した。

 以上の研究成果は、ポリオウイルスをはじめとするエンテロウイルスによる病原性発現の機構の一つである「宿主細胞蛋白質合成開始の阻害」に関する新たなメカニズムの提唱であり、博士(薬学)の学位論文に十分値すると判定した。

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