学位論文要旨



No 117693
著者(漢字) 姜,玉雁
著者(英字)
著者(カナ) ジャン,ユヤン
標題(和) 自然循環ループにおける熱対流と安定性
標題(洋) Thermal Convection and Stability in a Natural Circulation Loop
報告番号 117693
報告番号 甲17693
学位授与日 2003.02.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5362号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 庄司,正弘
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 西尾,茂文
 東京大学 助教授 小屋口,剛博
 東京大学 助教授 丸山,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、ソーラーエナジー、地熱、原子炉、各種サーモサイフォン等における熱対流の基本系である環状自然循環ループ(下部加熱、上部冷却)内の熱対流とその安定性に関し理論的、実験的に研究し、ループを構成する材質の熱物性、熱的境界条件、流体(単相、多孔層)の影響等を明らかにしたものであり、論文の構成は全6章よりなっている。

第1章は序論であり、これらの問題の解明が本研究の研究目的であることを述べている。

Creveling et al.(1975)はガラス製の環状ループにおいて、継続的な逆転を伴なうカオス的な循環流が生じることを見出した。また、Sano(1991a)は部分的な加熱、冷却を行なった場合、間欠カオスに至るセル状流れの構造と分岐について報告している。しかし銅製環状ループで予備実験を行なったところ、カオス的流れ(ローレンツカオス)は観察されなかった。このことは、環状ループ内の流れとその安定性は、流体や壁面の物性はもちろん、加熱や冷却の仕方によるものであることを示唆している。しかるに、こうした物性や境界条件の影響に関する研究はこれまでなされていない。また、地熱などへの応用と関連して、ニュートン流体と見なせない多孔質媒体内の流れが重要であるが、これまで研究が報告されていない。そこで本研究では、(1)実験および数値モデル計算によりローレンツカオスの発生に及ぼす壁面境界条件の影響を明らかにすること、(2)多次元解析を通し、流れのパターンに及ぼす境界条件の影響、ならびにカオスへの分岐ルートを明らかにすること、(3)環状多孔質媒体内の流れについて、数値シミュレーションと実験を行なって流れの安定性について調べること、などを研究目的としている。

 第2章は熱対流の安定性に及ぼすループ壁材質と熱的境界条件の影響について、1次元ローレンツモデルと3次元数値解析により検討したものであり、軸方向熱伝導と壁面熱伝達の違いにより安定性が大きく異なることを明らかにして、それらの結果を壁材質を3種に変えた実験を行って確認している。

 壁も熱伝導の影響を考えた1次元モデルは次のように記述できる

〓=σ(y-x)(1)

〓=-zx+Raqx-yf2(x)(2)

〓=xy-zf2(x)(3)

ここに、x,y,zは無次元の流速、温度差T3-T9およびT3-T9である。理論結果は、図1に示す如く、熱伝導率の高い壁面は流れを安定させる上で望ましいと結論している。

実験装置は図2に示すように環状である。下方半分を熱流束一定で加熱し、上方半分を一定温度で冷却している。壁の影響を調べるため、三つのループについて実験している。図3は実験の結果であり、ガラス流路では不安定な流れが生じるのに対し、他の2つのループは安定した流れとなることが示されている。

 第3章は、3次元対流のパターン、流れの3次元性、カオス流れの発生条件と分岐現象、カオスに至るルート等について考察したものであり、三次元モデルを数値計算で解明している。すなわち、非平衡相転移の研究などで知られるsynergeticな新しい解析手法を適用して、流れのパターンに及ぼす熱的境界条件の影響について考察し、それから4つの流れモードが生起する可能性のあることを示している。そして、それのモードを支配方程式に導入(図4参照)して3次元モデルを構成し、数値的に解いている。その結果、図5に示す如く、熱的境界条件の影響を反映するパラメーターδが重要であり、δが小さい場合は1次元ローレンツ系で扱えること、δが大きい場合は3次元流れとなり、間欠カオスが生じることを明らかにし、第2章の扱いの妥当性を示している。また、ローレンツカオスからセル状流れへの遷移が起こることを明らかにしている(図6参照)。

 第4章および第5章は、多孔質流体層の場合について行なった数値的、理論的と実験的研究の結果について記している。すなわち、第4章では3次元数値計算を行ない、多孔質対流のパターン、パラメーターによっての遷移、ニュートン流体の場合の対流との違いを調べたものであり、3次元対流パターン、局所対流の存在を発見している。図7は3次元流れを示す典型的な結果である。2つの局所的再循環流れが流路の接続部に存在している。温度と速度は最循環流れによって歪められている。この結果をニュートン流の場合と比べると、多孔質流路では3次元性の影響は顕著でなく、系全体の速度および熱伝達に及ぼす影響は小さい。

 第5章では多孔質対流の安定性を研究したものである。第2章と同様の方法で、多孔質流路の流れの安定性に関し次に示す1次元モデルを導出した。

 dx/dt*=Pr´(0.5Ra・y-x-C´Ex|x|)(4)

 dy/dt*=-f3Nu・y-xz/R(5)

 dz/dt*=-2Nu/π-f3Nu・Z+xy/R(6)

このモデル計算によって、安定性が多孔質流体層を規定する修正プラントル数Pr´に支配されること、Pr´が無限大のダルシー系では流れが完全に安定であること、Pr´が有限の実際系では、局所的な2次流れは生ずるものの、全体的な流れは加熱入力が極端に大きな場合を除くと安定であることを示している。

 それらの結果を、ガラス球および銅球からなる多孔質系で実験を行なって確かめている。実験は図2に示したガラスループで行なった。ループを水で満たし、修正プラントル数Pr´の影響を調べるために、多孔粒子としてガラス球(ループPM1)および銅球(ループPM2)を用いた。ニュートン流れの場合と異なり、流れはいずれの場合も安定していた(図8参照).熱入力がずっと高い場合には不安定な流れが発生すると予想されるが、その場合は試験液体(水)の沸騰が生じる。したがって高圧下で実験をする必要がある。

 第6章は結論であり、上記の研究を総括し、得られた主要な結果について纏めている。

図1 熱対流の安定性に及ぼすループ壁材質の影響に関する実験結果と理論の比較

黒点は銅材質ループの実験データ,曲線は理論的予期であり,曲線の上方が安定領域、下方が不安定領域である.また,(1)壁面熱伝導率を考えない場合,(2)軸方向熱伝導を考えた場合,(3)壁面と流体の熱伝達を考えた場合であり,Raqはレイリー(Rayleigh)数、σは熱慣性パラメーターである.

図2 実験装置概略図。

下方はヒータで加熱され、上方は循環水で冷却されている。

図3 三つのループで観察される異なった流れの挙動。

ループ1はガラス製、ループ2は上半分が銅製、下半分がガラス製、ループ3は銅製。

図4 多次元解析から得られた幾つかの基本モードにおける速度場と温度場。

右図は流れ関数ψを、中央の図は速度成分(u,w)を、左図は等温線(実線は正値を、破線は負値を表す)である。

図5 オスに至るルートについて熱的境界条件の影響

曲線はモデル計算から得られる流れの安定性の転移点であり,各点は:1.1次元安定流ねからローレンツカオスに転移,2.1次元安定流ねから3次元流れに転移、3.ローレンツカオスから3次元流れに転移、4.間欠カオスに転移である。Raはレイリー(Rayleigh)数であり,δは熱的境界条件の影響を反映するパラメーターである。

図6 Ra=1630、δ=0.86で生じるローレンツカオスからセル状周期流れへの遷移。

xは流速、zは無次元温度T6-T12。

図7 典型的な温度場と速度場

(Ra=50,Pr=1,ダルシー数Da=10-4,ループ径R=5,空隙率II=0.4,管傾斜角α=10°)

図8 ループPM2(Loop-PM2)の実験で得られた流れの様子。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「Thermal Convection and Stability in a Natural Circulation Loop(自然循環ル-プにおける熱対流と安定性)」と題し,各種サーモサイフォン,ソーラーエネルギー、地熱、原子炉等において熱対流の一つの基本系である環状自然循環ループ(下部加熱、上部冷却)内の対流とその安定性に関し理論的、実験的に研究し、特に、ループを構成する材質の熱物性、熱的境界条件、流体(単相、多孔質内流れ)の影響等を明らかにしたものであり、論文は全6章よりなっている.

第1章は「Introduction(序論)」であり,従来の研究を概観し、本系ではカオス的な循環流や間欠カオス、3次元セル状流れが現れるなど複雑であること、それら流れの構造や安定性はループの加熱や冷却の仕方や程度の他、流体やループ壁面物性などに強く依存していることが知られるが、これまで、そうしたループ管の熱物性や境界条件の影響が系統的に研究されていないこと、実用的にも重要な多孔質流体層の研究がないことなどを指摘し、これらの問題の解明が本研究の目的であることを述べている。

第2章は,「Wall Influences on Appearance of Lorenz Chaos(ローレンツカオス発生に及ぼす壁の影響)」であり、熱対流の安定性に及ぼすループ壁材質と熱的境界条件の影響について理論的,実験的に研究した結果について記している。すなわち、理論的検討においては、壁面の熱伝導、壁面から流体への熱伝達を考慮した1次元ローレンツ型モデルにより流れの安定性を解析し、軸方向熱伝導と壁面熱伝達の違いにより安定性が大きく異なること、安定性は熱慣性とでも呼べるパラメタσを用いて判別できることを明らかにしている。そして、ループ壁がガラス製であるとき、銅製であるとき、上半分が銅製、下半分がガラス製であるときの3種の場合について実験を行なってモデル解析結果の妥当性を確認している。

第3章は「Different Bifurcation Routes to Chaos(カオスに至る他のルート)」であり,3次元流れの発生条件、カオス流れの発生条件と分岐現象、カオスに至るルート等、流れの構造と安定性に関する問題について理論的に考察した結果について述べている。すなわち先ず、非平衡相転移の研究において知られるサイナジェティック理論を適用して、4種の基本的な3次元定常流パターンが生起する可能性のあることを示している。そして、それぞれのモードについて3次元モデルを構成して流れの安定性解析を行い、その結果として、流れの安定性は熱的な境界条件の影響を反映した特有のパラメタδで支配されていること、δが小さい場合は1次元ローレンツ系として扱えること、δが大きい場合は流れは3次元的なものになり、間欠カオスが現れることなどを明らかにすると共に、第2章の扱いが妥当であったことを確認している。

 第4章は「Numerical Simulation of Porous Flow(多孔質流れの数値シミュレーション)」であり,環状流路が多孔質層であるときの流れおよびその安定性について理論的に研究した結果について記している。すなわち、多孔質流れの3次元数値計算による解析を行ない、対流のパターン、関連パラメタによる流れの遷移、単相流れとの違い等について調べ、局所対流の存在等を明らかにしているが、結論として、多孔質流れでは3次元性はさほど顕著でないこと、すなわち、系の全体的な流れや熱伝達への影響は小さいことを示している。

第5章は「Stability of porous Flow(多孔質流れの安定性)」であり,第4章の解析結果を1次元モデルおよび実験により検証した結果について述べている。すなわち先ず、多孔質流れの1次元モデルを考え,第2章と同様の手法(ローレンツ型のモデル化)により支配方程式を構成し、流れの安定性を考察して、安定性が修正プラントル数Prに支配されること、Prが無限大となるダルシー系では流れが完全に安定であること、Prが有限の実際系では局所的2次流れが生じるものの、ループ内の全体的な流れは加熱入力が極端に大きくならない限り安定であることを示している。そして、熱伝導性が大きく異なるガラス球および銅球からなる多孔質系で実験を行ない、流れの安定性を調べ、解析結果の妥当性を確認している。

 第6章は「Summaries and Conclusions(まとめと結論)」であり,上記の研究成果を総括し、得られた主要な結果をまとめている.

以上要するに,本論文は,学術的のみならず実用的にも重要な環状流路内熱対流(環状サーモサイフォン)の流れと安定性、特にそれに及ぼす境界条件の影響、単相と多孔内流れの違い等について、一連の理論的、実験的研究を行ない、工学的に有用な成果を得たものであり,熱工学,機械工学の発展に寄与するところ大である.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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