学位論文要旨



No 117695
著者(漢字) 角,茂
著者(英字)
著者(カナ) カド,シゲル
標題(和) 大気圧非平衡プラズマを用いた新しい天然ガス利用プロセス
標題(洋)
報告番号 117695
報告番号 甲17695
学位授与日 2003.02.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5364号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 堤,敬司
 東京大学 助教授 立間,徹
内容要旨 要旨を表示する

 豊富な埋蔵量を有する天然ガスの化学的有効利用が注目される中、その主成分であるメタンを一段で有用化合物へ転換する技術の開発が期待されている。メタンは不活性小分子の一つであり、その活性化には高温を必要とし、かつそのような高温反応場は生成物にとって不利な場合が多い。例えば、メタンからアセチレンを生成する場合、1500Kの高温を必要とするが、分解反応との競争反応であるため反応時間1ms程度で550Kまで一気に冷却する必要がある。また、アーク放電を用いて、メタンからアセチレンと水素を生成する方法が古くから報告されているが、反応温度が5000K以上であるため、反応器材質の劣化、アセチレンの分解、炭素の沈積といった問題がある。

 これに対し我々は、非平衡パルスプラズマを用いて、室温に近いマイルドな条件下でのメタンの活性化反応を目的とし、アセチレンの選択的合成、炭酸ガスおよび水蒸気改質反応による合成ガス製造、部分酸化反応への応用を検討した。

 内径4mmのパイレックス製ガラス管を反応器とし、常温・常圧、無触媒条件下にて反応を行った。直径1mmのステンレス製電極を反応器の両端から挿入し、電極間距離が1.5mmになるよう固定した。生成物の定性・定量分析は、FID-およびTCD-GCにて行い、痕跡量の副生成物および同位体の定性分析にはGC-MSを用いた。

 直流高圧電源(MATSUSADA Precision Inc.HAR-30R10)を用いて、電極間に数kVの負電位を印加して放電を行った。電源以外に放電特性を制御するパルスジェネレーターなどの機器は使用しなかった。放電時の電圧・電流波形をディジタルオシロスコープ(LeCroy 9314c,Bandwidth 400MHz)により、電圧プローブ(PMK-20 kV,1000:1)、電流プローブ(AP015,50MHz)を用いて測定した。実際の放電の典型的な波形をFig.1に示す。Fig.1-(a)から明らかなように、電圧はのこぎり波のような挙動を示し、ms単位の間隔で周期的にパルス電流が発生する。Fig.1-(b)には一つのパルスピークをns単位で詳しく測定したものを示す。電圧の立ち上がり時間は100ns以下で、パルス電流の時間幅が1μsより短く、本実験で用いた放電が、イオンや分子の移動が起こらない非平衡プラズマの一種であることがわかる。よって、放電中高い電子温度にも関わらず、気相温度が上昇しない特徴を持つ。また、パルス電流は40-60Aに達し、高転化率が期待できる。放電時は過電流保護回路により出力がゼロになるが、数msで自動復帰し、断続的に放電を行うことに成功し、非平衡パルスプラズマを用いて、室温に近い低温での反応が可能となった。

まず、パルス放電によるメタンの活性化が可能かどうかを検討するため、メタンのみを10cm3min-1で供給し、パルス周波数を変化させた実験を行った。その際の転化率および選択率の挙動をFig.2に示す。

非平衡パルス放電を用いてメタンの活性化を行うことにより、直接脱水素反応によりアセチレンが選択率95%で生成する。パルス周波数の増加に伴いメタン転化率が増加し、周波数333Hzにおいて、アセチレンのワンパス収率は50%に達した。これは従来メタンのカップリング反応において壁と言われてきた30%収率を大きく上回る結果である。パルス周波数が比較的高い領域では、メタン転化率は頭打ちの傾向を示した。これは転化率が高くなることにより、気相中のメタン濃度が低くなり、メタンと電子の衝突確率が低くなるためであると考えられる。一方アセチレン選択率は転化率に関係なく、約95%で一定しており、重合反応によるC3、C4化合物の増加はなかった。この際の副生成物はエタン(選択率1%程度)、エチレン(選択率3%程度)の他、痕跡量程度のC3H4およびC4H2であり、アセチレン由来であると考えられる。

 メタンの活性化反応において、炭素析出量は物質収支に影響を及ぼさない程度であったが、少量の析出炭素による電極間短絡が問題であった。これに対し、共存ガスによる炭素析出抑制を検討するため、供給ガス中のメタン濃度を50%で固定し、Ar、He、H2、O2/Ar、CO2、Steamと混合して放電を行った。炭素析出抑制に効果があったガスは後者の3種類で、アセチレンの他に一酸化炭素の生成を伴いながら、少なくとも3時間以上安定に放電し続けた。特に酸素は非常に効果的であり、酸素を10%混合した際のパルス周波数の影響をFig.3に示す。

 メタンのみを供給した場合の結果同様、パルス周波数の増加に伴って転化率が上昇するが、その際のC2収率とFig.2(メタンのみを供給した場合)におけるC2収率を比較すると、周波数が200Hz以下ではほぼ同じ曲線上にプロットできる。このことから、酸素濃度10%の条件下では、見かけ上の酸素の役割は析出炭素前駆体を一酸化炭素に転換して除去することであり、アセチレン生成の観点からは非常に有効である。

 ここで特徴的であったのが選択率の挙動である。放電場に酸素が存在しているにもかかわらず、転化率が上昇しても生成物選択率は一定していた。これは、従来の熱化学反応で問題となっていた、転化率の上昇に伴う選択率の減少を非平衡パルス放電が克服できることを示す。また、二酸化炭素の生成がほとんどないことも特徴の一つである。

 二酸化炭素の生成がほとんどないことから、通常の熱反応では難しい部分酸化反応への応用が期待できる。そこで、バランスガスであるArとO2の量を変化させて、酸素分圧の依存性を検討した。酸素の影響を確実に把握するために、一定パルス周波数(45Hz)条件下で実験を行った。その際の転化率、収率および出口ガス中の水素濃度の挙動をFig.4に示す。

 これまでの結果から転化率が照射パルス回数に大きく依存することは明らかである。しかしながら、本実験は同一照射パルス回数下で行われたにもかかわらず、酸素分圧の増加に伴い、メタン転化率がほぼ一次的に上昇した。これはワンパルスで転換されるメタン分子数の増加、つまり効率の向上につながる。このメタン転化率上昇は、活性化酸素種によるメタンからの水素引き抜きによるものであると推測される。生成したエチレン、エタンも脱水素によりアセチレンへと移行するためC2化合物中の組成はそれほど高くないが、酸素濃度の増加に伴い酸化脱水素二量化反応が進行すると考えられる。酸素濃度の増加に伴い、一酸化炭素収率は増加し、C2化合物収率は減少した。酸素濃度が30%以上になると二酸化炭素が増加してくるが、その量は比較的少なく、酸素濃度50%で一酸化炭素選択率は80%に達し、部分酸化による合成ガス製造が進行した。また、出口ガス中のH2/CO比は供給ガス中のCH4/O2比にほぼ比例し、希望するH2/CO比が簡単に得られる。

 アセチレンの高選択性や選択率の安定性といった、本放電反応特有の結果は、従来の熱化学反応とは異なる反応パスに起因すると考えられる。このことは、生成物選択率に逐次的な挙動がみられないこと、また、反応物をエタン、エチレン、プロパンと変化させても、全てにおいて主生成物がアセチレンであることから明らかである。ここでは特に、メタンからのアセチレン生成の反応機構を明らかにするため、同位体を用いて放電反応を行い、生成したアセチレン中の各同位体成分の組成を検討した。その結果をTable1に示す。照射パルス回数を制御するために、一定のパルス周期のもと、反応物の供給速度を変化させて実験を行った。

まず、電子衝突で進行するメタンの直接脱水素反応により生成する種およびアセチレンの前駆体を検討するため、CH4/D2/Arを供給して実験を行った。照射パルス回数が非常に少ない条件では、アセチレン中のC2D2の割合が非常に高く、メタンが電子照射により炭素まで一旦分解したと考えられる。照射パルス回数の増加に伴ってC2HD、C2H2の割合が増加するのは、転化率の上昇によるメタンからのHフラグメントの増加によると考えられる。次に13C2H2を混合して行った実験結果をみると、12C2H2と比べ、12C13CH2が圧倒的に多く、生成したアセチレンも電子照射により分解し、炭素の入れ替えが起こったことがわかる。

これらの結果から推測できる反応パスをFig.5に示す。メタンは電子照射により炭素まで一旦分解し、炭素に水素が付加したCH、もしくは炭素同士がカップリングしたC2がアセチレンの前駆体であると考えられる。アセチレンが高選択的に生成する理由は、アセチレンが安定であるからではなく、C、CH、C2、C2H2の間で、分解、結合が繰り返されるためであると考えられる。

 結論として、非平衡パルス放電を用いたメタンの活性化により、アセチレンを選択率95%で生成することに成功し、ワンパスアセチレン収率50%という高い成績を得た。その反応機構はFig.5に示すように、従来の逐次脱水素とは異なり、電子照射により生成するCH同士のカップリング、もしくはC2ラジカルへの水素付加によると考えられる。

 炭素析出抑制には酸素の混合が非常に効果的であり、酸素濃度10%程度ではアセチレン収率を低下させることなく放電反応が長時間、安定に持続した。また、酸素濃度の増加により一定パルス周波数条件下においてメタン転化率が向上し、部分酸化反応による合成ガス製造への応用が可能であることがわかった。

Fig.1 Typical waveforms of voltage and current.

Fig. 2 Effect of pulse frequency. Reaction conditions: 10 cm3min-1 total flow rate,CH4 100%, ambient temperature, 0.1 MPa, 1.5 mm gap distance.

Fig.3 Effect of pulse frequency. Reaction conditions: 10 cm3min-1 total flow rate,CH4/O2/Ar=5/1/4, ambient temp., 0.1MPa, 1.5 mm gap distance.

Fig.4 Effect of oxygen concentration. Reaction conditions: 50 cm3min-1 total flow rate,50% CH4 concentration, balance gas of Ar, 45 Hz frequency, ambient temperature, 0.1 MPa, 10.0 mm gap distance.

Table 1 Experimental results using D2 and 13C2H2 isotopes Reaction conditions: room temperature, 0.1 MPa,1.5 mm gap.a Flow rate:35-420 cm3min-1,500 Hz.b30-140cm3 min-1,154 Hz.

Fig.5 Proposed reaction mechanism.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、天然ガスの主成分であるメタンの活性化反応について、従来の熱化学的手法ではなく、非平衡プラズマという新しい概念を取り入れたもので、主に常温無触媒条件下における、アセチレンの選択的合成に関してまとめたもので、全7章から構成されている。

 第1章は研究の背景であり、豊富に存在する天然ガスおよびメタンハイドレードの資源としての重要性が述べられている。

 第2章は緒言であり、現在工業化されている水蒸気改質反応を用いたメタンからの水素製造プロセス、および近年注目されている部分酸化反応によるメタンからの合成ガス製造について、問題点を述べ、一方で直接転換技術として研究されている酸化カップリングによるC2化合物合成、部分酸化反応によるメタノール合成において、選択性制御が困難であることが述べられている。これら問題点を克服し、メタンから一段でアセチレンを高い収率で得ることが本研究の目的である。

 第3章では、反応場分離の概念を導入したメタンの活性化反応について述べられている。系全体を加熱するのではなく、高温金属フィラメントを系内に設置し、高温反応開始段と低温連鎖反応段を分離することによって、選択率を向上させることを目的とした。この結果、これまでほとんど報告のない、メタンからアセトンの選択的合成に成功したが、転化率の上昇に伴う選択率の低下といった問題を克服することはできず、さらなる反応場分離の必要性が述べられている。

 第4章では、第3章での問題点を克服するために、電子温度が高く、気相温度は室温程度の非平衡プラズマが有効であることが述べられ、大気圧下で安定なコロナ放電を用いたメタンからC2化合物合成について報告されている。コロナ放電を用いることにより、酸素共存下においても、逐次酸化を抑制し、一酸化炭素の選択率を、転化率によらず、30%程度で一定に保つことに成功したが、C2化合物が逐次脱水素反応により生成するため、特定の化合物を選択的に合成することが困難であり、また、析出炭素による電極間短絡が問題であることが述べられている。

 第5章では、第4章での問題点を克服するために、パルス放電を適用した結果について報告されている。アーク放電への過渡的な現象である火花放電の特性を利用し、非平衡プラズマの条件をみたし、かつ極めて高い反応性を持つ大気圧非平衡パルスプラズマの発生に成功し、これをメタンの活性化に適用した結果、選択率95%でアセチレンの合成に成功した。転化率によらず、選択率は一定であり、アセチレン収率50%という、従来越えることができないといわれてきた収率30%を大きく上回る好成績が得られている。炭素析出抑制を目的とし、6種類のガスとの共存反応を行った結果、二酸化炭素および水蒸気共存反応では改質反応により、酸素共存反応では部分酸化反応によって、析出炭素前駆体が一酸化炭素に転換され除去され有効であることが明らかとされた。特に酸素共存では、酸素濃度10%でメタンのみを供給した場合と同程度のC2収率を維持し、極めて有効であると報告されている。また、酸素共存下においても、選択率は転化率によらず一定であり、C2収率57%という結果が得られている。反応条件を様々変化させた結果、転化率は照射パルス回数に大きく依存し、電極間距離を長くする、もしくは0.2MPa程度の圧力をかけることにより、転化率の向上が可能であることが報告されている。酸素分圧を変化させることにより、選択率は大きく変化し、CH4/O2=1の条件下で一酸化炭素選択率は80%に達し、部分酸化反応による合成ガス製造へも応用できることが述べられている。

 各種同位体および発光分析により、アセチレン合成パスの解明も検討され、従来提案されてきたものとは全く異なる反応経路が明らかとされた。メタンは電子照射により炭素まで解離し、その後炭素同士のカップリングによりC2ラジカルが生成し、その水素化によりアセチレンが生成する。また、生成したアセチレンも、再び電子衝突をうけた場合分解するが、繰り返し機構によりアセチレンへと戻り、その選択性の高さが確認された。

 本放電を用いたエネルギー効率についても評価されており、その結果、従来アセチレン合成プロセスとして工業化されたアーク放電のメタン転換効率を遙かに上回ることが明らかとされた。

 第6章では、本放電と触媒との併用技術について述べられており、常温での触媒機能の発現に成功したと報告されている。無触媒ではアセチレンの選択率が極めて高いが、Pt/SiO2を充填することにより、エタンが選択率90%以上で生成し、反応条件を操作することにより、エタン最高収率49%に達し、また、炭酸ガス改質反応においてNiMgO固溶体触媒を充填することにより、一酸化炭素選択率が飛躍的に上昇した。

 第7章で結論をまとめている。

 論文の審議に関しては、主に以下の2項目に関して集中的に行われた。

 1)アセチレン生成機構の考察

 2)大気圧非平衡パルスプラズマの高い反応効率について

 その結果、本論文では現時点で十分な対応と検討がなされていること、また将来への展望に関しても明確な方向性を示していることが審査会で示された。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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