学位論文要旨



No 117699
著者(漢字) 近藤,広紀
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ヒロキ
標題(和) マクロ及び地域成長モデルにおける社会資本の分析
標題(洋)
報告番号 117699
報告番号 甲17699
学位授与日 2003.02.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第160号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井堀,利宏
 東京大学 教授 田渕,隆俊
 東京大学 教授 福田,慎一
 東京大学 教授 吉川,洋
 東京大学 教授 八田,達夫
内容要旨 要旨を表示する

 日本における公共投資水準は近年ますます大きくなっており,それに伴って財政状況は悪化の一途をたどっている.また,公共投資の分野別配分を見ると,道路への配分が高かったり,国土保全や農林水産関連のシェアが変わらないなど,内容に偏りがあり,しかも硬直的である.さらに,公共投資の地域間配分を見ると,地方圏に重点が置かれており,しかもその傾向が近年さらに強められていることが分かる.こうした公共投資の規模や内容をめぐって,多くの批判がなされるようになってきている.

 本論文では,まず,公共投資の規模や分野間配分は適切かを,動学モデルに基づく実証分析により検証し,さらに地域間配分のあるべき姿について,内生的成長モデルに都市経済モデルを取り込んだ枠組みのもとで理論的に検証することで,日本の公共投資の規模や内容についての総合評価を試みる.そして,現実の公共投資の姿が,その最適なあり方から乖離しているとしたら,それは何故なのかを,日本の予算決定メカニズムに注目して解明する.

 第1章と第2章では,公共投資とそれを通じて蓄積されてきた社会資本には,生産効率や生活環境を改善するような効果はあるのか否か,あるとしても,その規模や分野間配分,および蓄積経路は適正であるか否かを,動学的な枠組みのもとで検証する.

 第1章では,社会資本が動学的にみて最適な蓄積経路に従って蓄積されている場合に成立する条件式を推定・検定することで,社会資本の生産力効果と最適性を検証する.日本では,70年代から90年代初頭にかけて,「生活基盤」「国土保全」「農林水産」の各分野については,社会資本が計画的に整備されていたと言える.それ以外の分野のうち,「産業基盤」についてはやや過大であり「通信」は過少であることが示される.そして,ほぼこの時期までに,全体的に見た場合には,社会資本は十分な規模にまで蓄積が進められてきたと考えられる.したがって,それ以降は,公共投資全体の規模を縮小しつつ,その分野間配分を調節していくことで,規模・内容ともにバランスのとれた社会資本が実現できたと考えられる.しかし,実際には,近年になって公共投資の規模は増大しており,加えて分野間の配分もあまり変わっていない.したがって,全体的にみて過剰な規模の社会資本が,分野間のバランスを欠いた状態で蓄積されている可能性が高いと言える.

 公共投資には,社会資本の蓄積という供給面の役割だけでなく,不況時の景気刺激策という需要面の役割も重視される.近年の公共投資の増大はこうした効果を期待したものと言える.しかしながら,社会資本の整備目標の有無にかかわらず,公共投資は社会資本を蓄積させることを通じて,かならず将来の生産効率や生活環境に影響を及ぼす.人々は,そうした便益の大きさと,現在から将来にわたる租税負担とを勘案して消費計画を立てるであろう.そうであれば,公共投資の追加で消費が増えるか否かを議論する場合でも,それ以上の社会資本の蓄積が,社会的に見て望ましいか,それとも無駄かといった視点が不可欠となる.

 そこで,第2章では,公共投資が景気変動を埋め合わせるように変動している場合も考慮しつつ,それが民間消費にどのような影響をおよぼしてきたかを計測してみる.社会資本が十分に蓄積されていなかった時期には,実際に公共投資の変動によって消費が伸びている.一方,すでに社会資本が規模的には充実してきている近年では,特に「産業基盤」「国土保全」「農林水産」など従来型の分野では,公共投資を増大させても,その効果はほとんど無いか,場合によってはマイナスとなることが示される.以上から,社会資本が充実してきた今日においては,公共投資の規模や内容を大胆に見直すことが必要とされよう.

 第3章と第4章では,公共投資の最適な規模とともに,その最適な地域間配分について理論的に検証する.公共投資の地域間配分については,都市圏と地方圏の諸格差を和らげるべく,地方圏により重点を置いたものにすべきであるという主張が,所得分配の観点からなされる一方で,いくつかの社会資本の生産性についての実証研究は,都市圏の方が社会資本の限界生産性が高いことを明らかにしており,資源配分上の観点から,都市圏に重点を移す方が望ましいことを示唆している.しかしながら,そもそも都市圏と地方圏の分化が何故起こるのかという都市化のメカニズムや,都市化が都市部だけでなく,経済全体にも便益をもたらすといった側面が,所得分配の視点からの,公共投資の地域間配分の議論において,十分に検討されているとはいい難い.また,こうした点を踏まえれば,資源配分の観点からの公共投資配分の議論も,より厳密化することが出来るだろう.したがって,経済成長モデルに経済地理モデルを組み込んだモデルを構築し,望ましい公共投資の規模と地域間配分はどのようなものか,実態は望ましい姿からどの方向にどの程度乖離しているのかを考察することは有意義である.

 まず,第3章では,資本蓄積・経済成長および都市化といった,モデルの動学的な挙動についての分析に主眼をおく.モデルでは,動学的・技術的外部効果と,輸送費用の節約といった金銭的外部効果のため,企業や家計が地理的に集積していく都市化のプロセスと,持続的な資本蓄積・経済成長が観察される.ただし,どの地域が都市になるか次第で,都市化と経済成長のパターンは複数存在する.いずれが成立するかは,現在集積がどの地域にどの程度進んでいるかという歴史的な要因と,長期的にどの地域が都市になると皆が考えているかという将来に対する期待,および輸送費用の大きさに依存する.輸送費用の大きさは,集積が発生するか否かを決定する要因としては,従来の研究ほどには重要でなくなるが,その低下のスピードやタイミングが,どの地域に,どの程度の集積をもたらすのかを決定する要因として重要な役割を果たすことが示される.輸送費用がゆっくりと低下していくなら,初期にそこでの集積が十分でなかった場合でも,面積の広い地域で都市化か進んでいくような動学経路が実現し得る.しかしながら,輸送費用が急速に低下すると,面積の狭い方の地域で集積が進む可能性が出てくる.そして,一旦そうした状態に陥ると,さらなる輸送費用の低下は,経済全体の成長率を押し下げてしまうことが示される.

 実際には,輸送効率が改善されるのは,輸送インフラや通信インフラがより整備された場合であり,さらにこうした社会資本の整備は,相応の租税を原資とした公共投資支出によって実現されるものである.そこで,第4章では,第3章の枠組みに,主に輸送インフラ等の社会資本についての,これら便益や費用を明示的に取り入れ,その最適規模や最適地域間配分について分析する.

 まず,複数ある定常均衡の状態それぞれについて,最適な輸送インフラの規模と地域間配分を見てみると,地域間配分については,いずれの定常均衡が成立している場合でも,経済活動が集積し都市化が進んでいる方の地域に,面積あたりで見ても,人口あたりで見ても,重点的に配分するのが望ましいこと,一方,輸送インフラ全体の規模については,面積が広い地域に経済活動が集積している定常均衡ほど,より小さい規模で最大の経済厚生水準を達成できることが示される.面積が広い方の地域が都市となっている定常均衡ほど,人口の配分が効率的であり,インフラ規模も小さくてすむのである.民間部門から引き抜かれる資源をより小さくでき,可処分所得もより大きくできるため,より高い成長率を実現できる.逆に言えば,面積が狭い方の地域が都市となる定常均衡は,人口が地域間にうまく配分できていない分,多少成長率を犠牲にしても,公共インフラの水準を大きくすることで,経済厚生を改善させていく必要性が高くなっている状態であると言えよう.したがって,できるだけ面積の広い地域が都市となるのが望ましい.しかしながら,そうした望ましい定常均衡が自動的に実現される保証はない.都市化の初期段階で,輸送効率を急速に低下させたり,狭い方の地域にインフラ配分の重点を移したりすると,望ましくない均衡へ向かう可能性が高くなる.

 したがって,都市化と経済成長の初期の段階では,公共投資の重点を都市圏に置き,都市化と経済成長が一段落してから,一人あたり・面積あたりの重点を都市圏に残しながらも,地方圏への配分の比率を上げていくのが望ましい.日本では,高度経済成長期には,公共投資は現在よりも都市圏に重点を置いて行われてきた.こうして,公共インフラが,都市圏を中心に充実し,経済成長と都市化のプロセスが一段落してからは,公共投資の重点は地方圏へと移っていった.こうした現実の公共投資の地域間配分の動向は,最適なパターンと方向的には合致しているものの,地方圏にかなり偏り過ぎであると言えよう.

 以上までの分析にもかかわらず,現実の公共投資は,分野間・地域間の従来までの配分パターンが是正されないまま,その規模を拡大させてきている.そしてそれが財政赤字の幅を広げ,公債残高を累増させてきている.

 こうした状況に鑑み,第5章では,近年の恒常所得仮説の検証方法を用いて,バローの中立命題を検証し,公債が将来世代の負担になっている可能性を考察する.各世代が各々恒常所得仮説にしたがって行動していると言えるものの,そうした世代間に利他的な結びつきが認められない.したがって,公債は将来世代の負担となっていると結論される.

 つづく第6章では,分野間・地域間配分が硬直的なまま,公共投資などの政府支出が拡大し,財政赤字が増えているのは何故かについて,税源が中央政府に集中する一方,支出の決定に際しては,地方や利益団体が影響力を持っているような日本の予算決定のメカニズムに着目しながら説明を試みる.増税が行なわれたり,各地方や利益団体がトランスファーを獲得する際に必要となる政策コストが低下したりする場合,長期的に維持可能な公債残高の水準は上昇する.この場合,各地域や利益団体は,互いに非協力的に行動するなら,われ先に多くのトランスファーを要求することになる.結果として,短期的にはトランスファーや政府支出が増大し,新たな公債発行が生じる.長期的には,税収のより大きな部分がそうして増大した公債の利払いに充てられることが示される.近年になって,地方が予算決定に積極的に働きかけるようになってきていることや,財政再建のための努力が,意図したのとは逆の結果を引き起こしていることなどは,この枠組みのもとで説明できよう.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,まず,公共投資の規模や分野間配分の適切さについて、動学モデルに基づく実証分析により検証し,さらに地域間配分のあるべき姿について,内生的成長モデルに都市経済モデルを取り込んだ動学的枠組みのもとで理論的に検証することで,日本の公共投資の規模や内容について包括的な評価を試みたものである。また,現実の公共投資がその最適なあり方から乖離している理由について,予算決定メカニズムに注目しつつ解明を試みている。

 日本における公共投資については,その規模が大きいこと,分野間配分が硬直的なこと,地域間配分が地方圏に偏り過ぎであることなど,多くの問題が指摘されるようになってきている。これらの点を理論的、実証的に明らかにすることは、今後の社会資本整備のあり方を検討する上でも、重要な研究課題である。本論文は、こうした問題意識による3つの実証分析(第1,2,5章)と3つの理論分析(第3,4、6章)からなっている。本論文の内容を簡単に紹介すれば、以下のようになる。

 第1章と第2章では,公共投資を通じて蓄積されてきた社会資本に,生産効率や生活環境を改善するような効果はあるのか,あるとしても,その規模や分野間配分は適正であるのかについて,動学的な枠組みのもとで検証が試みられている。このうち、第1章では,各分野の社会資本が動学的にみて最適な蓄積経路に則って整備されている場合に成立する条件式(オイラー方程式)を,GMMにより推定・検定することで,社会資本の生産力効果と最適性を検証している。70年代から90年代初頭にかけて,全体的に見た場合の社会資本は,十分な規模にまで計画的に整備されてきたこと,ただし,分野別に見た場合,「産業基盤」についてはやや過大であり,「通信」は過少であることが示されている。そして,それ以降近年まで,全体的にみて過剰な規模の社会資本が,分野間のバランスを欠いた状態で蓄積されている可能性が示されている。

 従来まで,社会資本の生産力効果や最適性は,生産関数を推定して得られたパラメータを用いて収益率を計算することで検証されてきた。しかし,同時性の問題や,特に分野別社会資本の分析の場合には,多重共線性の問題等のため,結論が今ひとつ明確でなかった。オイラー方程式を推定・検定するアプローチではこうした問題をある程度回避できる。本章では,このアプローチを活用することにより,全体的な規模のみならず,分野間配分が適切であるか否かについて,より明確な結果を得ている。

 第2章では,公共投資が景気変動を埋め合わせるように変動している場合も考慮しつつ,それが民間消費にどのような影響をおよぼしてきたかを計測している。公共投資が不況時の景気刺激策として発動される場合でも,それは社会資本を蓄積させることを通じて,将来の生産効率や生活環境に影響を及ぼす。人々が,現在から将来にわたるそうした便益と租税負担とを勘案して消費計画を立てると考えると,公共投資の追加で消費が増えるか否かを見ることにより,それ以上の社会資本の蓄積が社会的に見て望ましいか,それとも無駄かについて判断し得る。本章の分析結果によると,すでに社会資本が規模的に充実してきている近年ほど,特に「産業基盤」など従来型の分野では,公共投資を増大させても,消費はほとんど増えないか,場合によっては減ることが示される。

 第3章と第4章では,経済成長モデルに経済地理モデルを組み込んだ動学モデルを構築し,公共投資の最適な規模とともに,その最適な地域間配分について,理論的な検証を行っている。このうち,第3章では,動学的な分析が詳細になされており,第4章では,その枠組みに公共投資を明示的に取り入れて,わが国の公共投資政策の検証にも示唆を与えるものになっている。

 すなわち、「動学的・技術的外部効果」と,輸送費用の節約といった「金銭的外部効果」に注目して,企業や家計が地理的に集積していく都市化のプロセスと,持続的な資本蓄積・経済成長を導出する。どの地域が都市になるかによって,都市化と経済成長のパターンは複数存在するが,このうちいずれが実現するかは,都市化のパターンについての歴史的な動向だけでなく,将来期待にも依存する。また,輸送費用は,集積が発生するか否かを決定する要因としては,従来の研究ほど重要ではなくなるが,その低下のスピードやタイミングが,都市化と経済成長パターンの決定に重要な役割を果たすことが明らかにされている。輸送費用がゆっくりと低下していくなら,初期にそこでの集積が十分でなかった場合でも,面積の広い地域で都市化か進んでいく動学経路が生じ得る。一方,輸送費用が急速に低下するなら,面積の狭い方の地域で集積が進む可能性が強まる。一旦そうした状態に陥ると,さらなる輸送費用の低下は,経済全体の成長率を押し下げてしまう。

 望ましい都市化のパターンを実現するためには,集積の初期の段階では,公共投資の重点を広い方の地域により大きく置き,そこでの都市化がほぼ完結してから,その比率を下げていくのが適切であることが示される。ただし,都市化が完結した後でも,公共投資の一人あたり・面積あたりの重点は都市圏に残した方が良い。日本では,高度経済成長期には,公共投資は現在よりも都市圏に重点を置いて行われてきた。また,公共インフラが都市圏を中心に充実し,経済成長と都市化のプロセスが一段落してからは,公共投資の重点は地方圏へと移っている。こうした公共投資の地域間配分の動向は,最適なパターンと方向的には合致しているものの,地方圏にかなり偏り過ぎであると判断される。

 第5章では,バローの中立命題を検証することで,公債が将来世代の負担になっている可能性を考察する。そして,各世代が各々恒常所得仮説にしたがって行動していると言えるものの,そうした世代間に利他的な結びつきが認められず,したがって,公債が将来世代の負担となっているという結論を得ている。世代ごとに恒常所得仮説にしたがって消費計画を立てているか否か,こうした世代間が利他的に結びついているか否かという2つの問題を,マクロデータのもとでも分離して検証できるような推定式を工夫していること,また,期待形成のあり方についてより一般的な想定を置いていることが,本章と日本における他の中立命題の実証研究との大きな違いである。

 第6章では,税源が中央政府に集中する一方,支出の決定に際しては,地方や利益団体が非協力的に影響力を行使しているような予算決定のメカニズムが,分野間・地域間配分を硬直的なものとしている可能性を,動学的な非協力ゲームのもとで明らかにしている。そして,増税が行われたり,トランスファーを獲得する際に必要となる政策コストが低下したりする場合,短期的にはトランスファーや政府支出が増大し,公債残高はかえって大きくなることが示されている。このうち,政策コスト低下の影響については,これまでの研究ではあまり明示的に分析されたことはなかった。こうした政策コストの低下という要因を考慮すると,最近のわが国で顕著に見られる現象である、地方や利益団体による予算決定に対する積極的な働きかけを、理論的にうまく説明できる。

 もとより、本論文には改善が望まれる点や問題点も多く抱えている。まず、論文の叙述やモデルの展開、実証分析の結果の解釈において、適切な検討が不十分であるために、読者にとってわかりにくい箇所がかなりみられる。標準的な理論仮説がアメリカなどの地方財政制度、地域経済を念頭に置いて展開されているため、これをわが国の社会資本整備や地域経済に適用する際に、より周到に理論モデルを修正することが求められるし、また、より慎重に実証結果や政策的な含意を検討することも必要である。特に、第1、2章と第5章では、いくつかの仮説を実証分析しているが、統計的な有意性が不十分なものもあり、議論の展開にやや恣意的な箇所も見受けられる。また、第3,4章においては、外部効果の理論的な定式化において従来研究よりもモデルを複雑化したことで、分析結果を不必要に曖昧にしてしまった点もある。さらに、第6章では理論的な分析結果をわが国における地方の利益団体の政治行動に適用する際に、その理論的な枠組みと政策的含意がどう関連しているのか、今ひとつ明快ではない箇所もある。

 とはいえ、これまで制度上の仕組みを当然と受け止めるか、あるいは、理論分析での制約などから、あまり厳密な動学的分析が行われてこなかった社会資本整備の地域経済に及ぼす中長期的な効果について、きちんとした動学モデルによる理論・計量分析を行って、まとまった分析結果を得たことは、高く評価できる。それぞれの章は独立した学術論文としてみても、きわめて高い水準にあり、実際にいくつかの章では、審査付き雑誌に公刊されたものを踏まえた内容になっている(第1,2章)。したがって、審査委員会は、著者が博士(経済学)の学位を取得するにふさわしい水準にあるという結論に達した。

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