学位論文要旨



No 117701
著者(漢字) 大林,真知子
著者(英字)
著者(カナ) オオバヤシ,マチコ
標題(和) 霊長類背側運動前野における作動記憶に基づいた運動プラン選択の神経基盤
標題(洋) Active selection of sequential movements in the primate dorsal premotor cortex.
報告番号 117701
報告番号 甲17701
学位授与日 2003.02.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2047号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 広川,信隆
 東京大学 教授 飯野,正光
 東京大学 講師 辻本,哲宏
内容要旨 要旨を表示する

 系列動作を遂行するさい、動作遂行に必要な情報を一時的に保持し、その保持された記憶をもとに運動プランを選択し、遂行する。必要な情報の一時的な保持と操作は作動記憶によって担われているといわれている。しかし、保持された作動記憶内の情報をもとにした運動プラン選択の神経基盤は、いまだ解明されていない点が多い。それらの機能をつかさどる領域の候補としては、感覚刺激に基づいた運動プランの選択にかかわる領域として広く知られている、背側運動前野が考えられる。そこで本研究では、我々が新たに開発した認知課題を遂行中のサルの背側運動前野から、単一神経細胞活動を記録することにより、作動記憶内情報をもとにした運動プラン選択の神経基盤を細胞レベルで解明することを目指した。

 我々が新しく作成した課題(系列運動選択課題)において、サルは、コンピューター画面上に連続して提示される、2つの空間刺激の位置と順序を保持し、遅延期間の後、指示された順序で再生することが要求される(図1)。サルがコンピューター画面の中心を注視していると、2つの空間刺激と、空間刺激の再生順序を指示する図形(指示刺激)が連続して提示される。遅延期間の後、注視点が消えると、指示された順序に従って、空間順序を、眼球運動を用いて再生する。例えば、正順の場合、サルは、まず、1つ目に提示された空間刺激の場所を、その場所へ眼球運動を行うことによって示し、その後、2つ目に提示された空間刺激のあった場所を示す。また、逆順の場合、サルは2つ目の空間刺激の場所をはじめに示し、その後、1つ目の空間刺激の場所を示す。

 我々は系列運動選択課題遂行中の、2頭のニホンザルの背側運動前野から、単一神経の細胞外電位記録を行い、257個の神経細胞を単離した。そのうち、130個の神経細胞において、遅延期間中に持続発火する神経活動が見られた。そこで、それらの神経活動がどのような情報を保持しているかについて、提示された空間順序、指示刺激、これから行う運動順序を主成分とした回帰分析をおこなって解析した。その結果、空間順序提示後、指示刺激提示前の遅延期間中(刺激後遅延期間)には、提示された空間順序に選択性をもつ神経活動のある細胞が多数見られた(108/257)。一方、指示刺激提示後、眼球運動前の遅延期間中(運動前遅延期間)には88個の神経細胞で持続発火が見られ、その92%(81/88)は、次の運動順序に選択性を持っていた。さらに、刺激後遅延期間と運動前遅延期間の両方の期間で持続発火のある神経細胞も66個、見出された(66/257)。これらのことから、背側運動前野の神経細胞は視覚空間情報と眼球運動情報の両者を保持しうること、また、我々の作成した課題を用いることにより、それらを分離し得ること、また、保持されている情報は、遅延期間中の、指示刺激提示の前後で、視覚刺激由来のものから、これから行う運動由来のものへと切り替わっていたことが判明した。

 さらに、指示刺激提示直後に、一過性に発火する神経活動も70個の神経細胞で見つかった(図2)。これらの神経活動が、どのような情報を保持しているかについて、持続発火する神経活動の場合と同様に、提示された空間順序、指示刺激、運動順序を主成分とした回帰分析をおこなった。その結果、76%(53/70)の神経細胞で、これらの神経活動が、提示された指示刺激の色・形や、正順・逆順といった指示された反応の順序には関連なく、次におこなう運動順序に選択的であることがわかった。これらの活動を示した神経細胞群のなかには、眼球運動開始よりはるか以前に活動が終止するものがあり(26/70)、この一過性の神経活動が眼球運動準備とは関連ない活動である可能性が示唆された。

 またこの課題では、空間刺激が同じ場所に提示された試行(繰り返し試行)の場合、正順でも逆順でも運動順序は同一となるため(例、空間順序が右2回であった場合、正順、逆順ともに右2回が運動順序となる)、指示刺激は課題遂行に必要でなくなる。図3に示した細胞では、このような指示刺激が課題遂行に必要ない試行では、先に述べた指示刺激後の一過性の神経活動が見られなかった(図3、対角線上パネル)。またその他の神経細胞でも、繰り返し試行における一過性神経活動について、同様の傾向が見られることが確認できた。これらのことからこの、指示刺激に対する応答は、厳密な意味での視覚応答、または、運動準備に関わる神経活動ではなく、作動記憶に基づいた運動プラン選択に関わる神経活動である可能性が示唆された。

 本研究で我々は、背側運動前野において指示刺激提示後に、持続発火を示す神経細胞と、一過性発火を示す神経細胞の2種類の神経細胞群を見つけた。指示刺激提示後は、どちらも次に行う一連の運動順序に選択的であったが、一過性発火は、指示刺激が課題遂行に必要ない試行において、みられなかった。これらのことから、持続発火は、過去に上肢を用いた運動の運動前野の研究で報告のあった、運動準備または注意に関わるといわれているset-activityと相同的であると考えられた。一方、一過性発火は、次に行う一連の系列運動プランを選択する認知過程に関わる神経活動であることが考えられる。また、背側運動前野は前頭前野と解剖学的な連絡のあることが知られているが、この前頭前野は作動記憶の保持を担っていることが、サルやヒトの神経活動記録実験などにより、確認されている。これらの結果から、作動記憶から運動プランへの変換という、背側運動前野の新しい機能が示唆された。

図1)系列運動選択課題

サルが画面の中央を注視していると(Fix)、2つの空間刺激(Cue1, Cue2)が連続して提示され、その位置と順列を保持することが要求される。遅延期間(刺激後遅延期間2、C2-delay)の後、指示刺激(Instruction・cue)が提示され、その指示に従って、サルは次に行うべき系列運動順序(正順[Forward]または逆順[Backward])を選択する。さらなる遅延期間(運動前遅延期間1、PS1-delay)の後、サルは眼球運動を用いて、選択した運動順序を再生する。指示刺激として、我々は4つの図形刺激を用いた。緑の四角と白い丸は正順、赤の四角と白い三角は逆順を示す。点線で囲んであるのはサルの注視している領域、画面内の矢印はサルの眼球運動を示す。

図2)指示刺激提示後に一過性発火を示した単一神経細胞活動

この細胞は空間刺激が画面左と画面下に提示された試行(a)では、正順の指示刺激提示後に一過性の強い発火を示す。一方、空間刺激が下、左の順で提示された試行(b)では逆順の指示刺激提示後に一過性の強い発火を示す。回帰分析の結果、これらの神経活動は、次に行う運動順序に関連したものであることが判明した(p<0.0001)。青いbarは指示刺激提示期間を、灰色のbarは遅延期間を示す。濃・淡の緑色の線は正順の試行における神経活動を、濃・淡の赤色の線は逆順の試行における神経活動を示す。

図3)単一神経細胞の全試行における指示刺激提示後の一過性の神経活動。

行は1つ目の運動標的位置を、列は2つ目の運動標的位置を示す。空間刺激が同じ場所に提示された、繰り返し試行(対角線上パネル)においては発火がみられない。青いbarは指示刺激提示期間を、灰色のbarは遅延期間を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、系列動作遂行のさいの、一時的に保持された情報に基づいた、運動プラン選択の神経基盤の究明を試みるものであり、下記の結果を得ている。

1.系列動作遂行における認知過程における神経活動分析のため、必要な情報保持の過程、系列運動の選択、系列動作の遂行といった、3つの認知過程における神経活動を分離できるように、2つの空間刺激の位置と順序を保持し、遅延期間の後、指示された順序で再生することが要求されるという、新たな認知課題を考案した。

2.運動選択にかかわる神経活動分離のため、今回考案された認知課題を遂行するよう、サル2匹をトレーニングし、この認知課題遂行中のサルの背側運動前野から、単一神経活動を細胞外記録した。

3.背側運動前野において、257個の神経細胞を単離した。そのうち、130個の神経細胞において、遅延期間中に持続発火する神経活動が見られた。それらの神経活動は、空間順序提示後、指示刺激提示前の遅延期間中(刺激後遅延期間)には、提示された空間順序に選択性をもつ神経活動のある細胞が多数見られた。一方、指示刺激提示後、眼球運動前の遅延期間中(運動前遅延期間)には88個の神経細胞で持続発火が見られ、その92%は、次の運動順序に選択性を持っていた。さらに、刺激後遅延期間と運動前遅延期間の両方の期間で持続発火のある神経細胞も66個、見出された。これらのことから、背側運動前野の神経細胞は視覚空間情報と眼球運動情報の両者を保持しうること、また、我々の作成した課題を用いることにより、それらを分離し得ること、また、保持されている情報は、遅延期間中の、指示刺激提示の前後で、視覚刺激由来のものから、これから行う運動由来のものへと切り替わっていたことが判明した。

4.さらに、指示刺激提示直後に、一過性に発火する神経活動も70個の神経細胞で見つかった。これらのうち、76%の神経細胞で、神経活動は、提示された指示刺激の色・形や、正順・逆順といった指示された反応の順序には関連なく、次におこなう運動順序に選択的であることがわかった。これらの活動を示した神経細胞群のなかには、眼球運動開始よりはるか以前に活動が終止するものがあり、この一過性の神経活動が眼球運動準備とは関連ない活動である可能性が示唆された。

5.また、運動の選択が課題遂行に必要でない試行では、先に述べた指示刺激後の一過性の神経活動が見られなかった。この傾向は指示刺激後の一過性の神経活動をしめした、神経細胞において、見られることが確認できた。これらのことからこの、指示刺激に対する応答は、厳密な意味での視覚応答、または、運動準備に関わる神経活動ではなく、作動記憶に基づいた運動プラン選択に関わる神経活動である可能性が示唆された。

6.本研究では、背側運動前野において指示刺激提示後に、持続発火を示す神経細胞と、一過性発火を示す神経細胞の2種類の神経細胞群を見つかった。指示刺激提示後は、どちらも次に行う一連の運動順序に選択的であったが、一過性発火は、指示刺激が課題遂行に必要ない試行において、みられなかった。これらのことから、持続発火は、過去に上肢を用いた運動の運動前野の研究で報告のあった、運動準備または注意に関わるといわれているSet-activityと相同的であると考えられた。一方、一過性発火は、次に行う一連の系列運動プランを選択する認知過程に関わる神経活動であることが考えられる。また、背側運動前野は前頭前野と解剖学的な連絡のあることが知られているが、この前頭前野は作動記憶の保持を担っていることが、サルやヒトの神経活動記録実験などにより、確認されている。これらの結果から、作動記憶から運動プランヘの変換という、背側運動前野の新しい機能が示唆された。

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