学位論文要旨



No 117702
著者(漢字) 桔梗,英幸
著者(英字)
著者(カナ) キキョウ,ヒデユキ
標題(和) "フィーリング オブ ノーイング"を司る脳部位 : 機能的磁気共鳴画像法とパラメトリック解析による探索
標題(洋) Neural Correlates for "Feeling-of-Knowing" : An fMRI Parametric Analysis
報告番号 117702
報告番号 甲17702
学位授与日 2003.02.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2048号
研究科 医学系研究科
専攻 機能生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 助教授 広瀬,謙造
 東京大学 講師 山口,正洋
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトは何かを想起しようとするときに、想起が成功して対象となる言葉が生成される以前に、対象となる言葉を知っているかどうか分かる気がすることがある。この感覚は"feeling-of-knowing(FOK)"と呼ばれ、長い間心理学者の研究対象となってきた。FOKを最初に体系的に研究したのはHart(1967)で、彼はFOKを研究室で統制された条件下で研究するため、3段階から構成されている想起-判断-再認(recall-judgment-recognition, RJR)パラダイムを開発した。第1段階では、一般的によく知られている問題(general-information question)を被検者に提示する。被検者は正解を想起できたか、できないかのどちらかの反応をする(Recall phase)。第2段階では、第1段階で正解を想起できなかった問題に対して、被検者は正解をどの程度知っている気がするか(FOK rating)を判断する(Judgment phase)。第3段階では、第2段階でFOK ratingの判断をした問題に対して再認テストを行う(Recognition phase)。Hartに続く多くのFOKに関する心理学研究もRJRパラダイムを用いた。その結果、現在までにFOKに関して主に2つ実験事実が確立されている。一つ目は、Judgment phaseでのFOK ratingが高い場合ほど、Recognition phaseで正解を選ぶ確率が有意に高いことである。このことから、FOKは単なる主観的な感覚ではなく、ヒトが想起すべき言葉を記憶として貯蔵しているかどうかをモニターする役割を果たしていると考えられる。二つ目は、Judgment phaseでFOK ratingが高い場合ほど、Recall phaseでの反応潜時(問題が提示されてから被検者が答えられないと反応するまでに要する時間)が長いことである。この結果からFOKは、対象となる言葉が貯蔵されている場合は長い時間をかけて想起の努力をするが、貯蔵されていない場合には想起の努力に短時間しかかけないという合理的な記憶探索の方策に役立つと考えられている。

 本実験の目的は主に2つある。一つ目は機能的MRI(fMR法とRJRパラダイムを用いてFOKに関与する脳部位を検出することである。二つ目にFOKに関与する部位と想起の成功(successful recall)に関与する部位とはどのような関係になっているのか調べることである。そしてこの論文の特徴は主に2点ある。第1点はFOKに関する部位を、FOK ratingに応じて活動が盛んになる部位を検出する方法(parametric analysis)を用いたことである。FOKはあるないの2段階ではなく、何段階もあるものであるから、この解析法を用いる事によりFOKの特質により密接に関連のある信頼性のある部位を検出できると考えられる。次に、先ほど述べたようにRecall phaseでの反応潜時はFOK ratingに応じて長くなるのはFOKの重要な属性と考えられるが、これはFOKに関与する部位を検出する場合は妨げとなる。なぜなら、FOK自身に関与する部位を特定するためには反応潜時による影響を取り除く必要があるからである。そのため第2点目の特徴は、2段階に分けてparametric analysisを行ったことである。つまり、まず始めにFOK ratingをパラメーターとしてparametric analysisを行い(single parametric analysis)、FOKが強くなると活動も盛んになる部位を検出した(FOK-associated-region)。しかしこの方法だとFOKの強さに応じて活動が盛んになる部位が確かに検出できるが、反応潜時が延長したことにより活性が見られる部位-visual attentionのようにFOKとは直接関係ない部位-も活動部位として検出されてしまう。そのため、次にFOK ratingだけでなく反応潜時パラメーターとしてparametric analysis (double parametric analysis)を行った。この方法により、single parametric analysisで検出された部位がdouble parametric analysisを用いて反応潜時の影響を取り除いても検出できるかどうか確かめた。

方法

 本実験に参加した被検者は15人で、被検者に課す問題は大学生の就職のために用いる一般常識問題集とNelsonとNarens(1980)のFOKの問題データベースから合計204問を選択した。実験のデザインはRJRパラダイムに則って行った。まず始めにfMRIのスキャンを行いながら、被検者にgeneral-information questionを視覚的に提示し正解を想起できたか、否かをボタン押しにより答えさせた(phase 1)。スキャン終了後、phase 1で正解を想起できなかった問題に対して、被検者はFOKの程度を3段階(絶対に知っている、多分知っている、絶対に知らない)に分けて答えた。また、phase 1で想起できた問題に対しては正解を答えさせた(phase 2)。最後にphase 2でFOKの程度の判断をした問題(phase 1で正解を想起できないと答えた問題)に対して、被検者は正解を認識できるかどうか判断させた(phase 3)。fMRIデータの解析は、fMRIでは一般に良く用いられているSPM99を使用した。前処理として、fMRI撮影中に起きる被検者の動きの補正、各脳部位でのfMRI撮影時間の違いの補正、標準脳への変換、空間フィルター(ガウスフィルター)と時間フィルター(バンドパスフィルター)の処理を行った。single parametric analysisの統計解析では、FOK ratingを3段階に分類し、modulation parameterとしFOK ratingの高いほうから3,2,1をそれぞれ割り当てた。double parametric analysisの統計解析では、single parametric analysisのmodulation parameterに加え、各試行の反応潜時をmodulation parameterとして割り当てた。successful recallに関連する部位はphase 1で想起に成功した場合とphase 2でFOKの程度がもっとも低い場合を比較して求めた(successful-recall-region)。それぞれの解析に於いて、被検者全員の代表データはrandom-effectsモデルに基き有意度(クラスターレベル解析法、p<0.05)を決定した。

結果と考察

 本実験の行動成績は従来から心理学実験で示されてきたことと一致した。つまり、phase 2でのFOK ratingが高いほどphase 3で正解を正しく認識でき(n=14, repeated measure ANOVA, Turkey's post hoc test, p<0.001)、phase 1の反応潜時はphase 2でのFOK ratingが高いほど長くなることが示された(n=14, repeated measure ANOVA, Turkey's post hoc test, p<0.001)。

 single parametric analysisの結果から、両側下前頭回(Brodmann's area. BA 47)、左中前頭回(BA10, BA46/9),両側前帯状回〜補足運動野(BA 32/24/6)がFOKの強さに応じて活性が強くなることがわかり、しかもこれらの部位は、double parametric analysisを用いて反応潜時の影響を取り除いて解析しても有意な活性を示した(FOK-region)。このことから、FOK-regionはFOK自身と直接関わりをもつ部位であることが示された。

 次にFOK-regionのうち左中前頭回,両側前帯状回〜補足運動野の活動部位の一部分はsuccessful-recall-regionと重複していたが、両側下前頭回の活動部位は重複していなかった。この結果は、FOKという認知過程はsuccessful recallの一部分ではなく、FOKに独自な認知過程が含まれることを示唆する。今回の実験から両側の下前頭回の働きを特定することは困難であるが、近年のイメージングの研究では左の下前頭回は意味情報の処理に、右の下前頭回は視覚イメージに関与する可能性が指摘されている。このことから、想起が完了する前に、対象の意味情報の処理過程または処理された結果産生されたものがFOKの生成に関与している可能性を示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒトのメタ記憶のひとつである"Feeling-of-Knowing"を司る脳部位を、すでに確立されている想起-判断-再認(recall-judgment-recognition, RJR)パラダイムを被検者に課し、機能的磁気共鳴画像法と2種類のパラメトリック解析(single parametric analysis, double parametric analysis)を用いて検出を試みたもので、下記の結果を得ている。

(1)single parametric analysisの結果から、両側下前頭回(Brodmann's area, BA 47)、左中前頭回(BA10, BA46/9),両側前帯状回〜補足運動野(BA 32/24/6)がFOKの強さに応じて活性が強くなることが示された。

(2)single parametric analysisで検出された部位は、double parametric analysisを用いて反応潜時の影響を取り除いて解析しても有意な活性を示した(FOK-region)。このことから、FOK-regionはFOK自身と直接関わりをもつ部位であると考えられる。

(3)FOK-regionのうち左中前頭回,両側前帯状回〜補足運動野の活動部位の一部分はsuccessful-recall-regionと重複していたが、両側下前頭回の活動部位は重複していなかった。この結果は、FOKという認知過程はsuccessful recallの一部分ではなく、FOKに独自な認知過程が含まれることを示唆する。

 以上、本論文は、機能的磁気共鳴画像法とパラメトリック解析によりFeeling-of-Knowingを司る脳部位を明らかにした。このことはヒトのメタ記憶の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク