学位論文要旨



No 117715
著者(漢字) 田中,秀明
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ヒデアキ
標題(和) ラット部分肝移植モデルを用いたグラフトへのex vivo HGF遺伝子導入の検討
標題(洋)
報告番号 117715
報告番号 甲17715
学位授与日 2003.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2053号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖発達加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 藤井,知行
内容要旨 要旨を表示する

 肝臓移植は末期肝不全に対する治療法として定着している。しかし脳死ドナーからの臓器提供数が十分でない本邦においては、生体部分肝移植が主体となっている。当初レシピエントは小児中心であったが、近年成人症例が急増している。この成人間生体部分肝移植においては、ドナーからのグラフト切除量に限界があるため、グラフトサイズのミスマッチが問題となる。過小グラフトは術後に増大することは知られているが、術後の肝機能の回復や生存率に悪影響を及ぼす6本研究では、強力な肝細胞増殖因子の一つであるhepatocyte growth factor(HGF)に着目した。HGFは肝切除ラットへの投与で肝細胞のDNA合成が促進されるだけでなく、いくつかの肝障害モデルでも肝保護作用が示されている。第一に、肝臓に特に遺伝子導入効率の高いアデノウイルスベクターを用い、ラット部分肝移植モデルを使って、冷保存中のグラフトに遺伝子を導入する手技(ex vivo遺伝子導入)を確立した。次いで、この方法によりHGF遺伝子の導入を行い、移植後の部分肝グラフトの増大と機能回復に与える影響を検討した。

 ex vivo遺伝子導入の手技は以下のように行った。syngeneicラットの組み合わせで、ドナー肝の中葉、左葉および尾状葉を切除した後、右葉をグラフトとして摘出した。バックテーブルにて1×109 plaque forming unit(pfu)のアデノウイルスベクターを門脈から灌流し、グラフト内にtrapさせた状態でcold bath内でincubateした。その間にレシピエントの手術を始め、全肝摘出前の準備を行った。グラフトを30分間incubateした後に、門脈より生理食塩水で残存したベクターをflush outした。レシピエントの全肝摘出後、グラフト上部下大静脈は7-0 PROLENEを用いた連続縫合、門脈とグラフト下部下大静脈は各々カブ法にて吻合した。胆管はステントチューブにて再建した。術後のグラフトの増大に伴って、門脈のカブ柄が門脈を圧迫し血栓症を起こし、また下大静脈のカブ柄もグラフトに食い込むことが明らかとなったため、いずれも切離を行った。また胆管にも胃十二指腸の右方への偏位、癒着に伴うねじれや、グラフトの増大による圧迫を受けるため、胆管ステント部を門脈のカブ体部に固定するという独自に考案した手技を追加することで、安定した実験モデルを確立することができた。作製した部分肝グラフトの重量は、全肝の22.9%に相当した。ベクターの代わりに生理食塩水を用いた群(生食群)ではグラフト重量は、術後1週間目で全肝の85%、2週間目には全肝の96%に相当し、良好な回復を示したが、血漿アルブミン値は約3.3g/dlと低値が続いた。β-galactosidase遺伝子を挿入したベクター(AxCALacZ)を用いて、ex vivo遺伝子導入した群(LacZ ex vivo群)で,グラフトヘの導入効率をX-gal染色にて検討した。比較のためex vivoでは導入を行わず、等量のベクターを手術直後にレシピエントに静脈注射した群(LacZiv群)も検討した。グラフトでのX-gal陽性率は、LacZiv群が術後1日目、3日目にそれぞれ11%,38%であったのに対し、LacZ ex vivo群はそれぞれ36%,69%と有意に高値を示した。またLacZ ex vivo群では他臓器での発現が殆ど認められなかったが、LacZiv群では特に脾臓での発現が顕著であった。またLacZiv群はLacZ ex vivo群と比較して抗アデノウイルス抗体価の上昇が早期から認められた。静注法に比べex vivoでの導入は、ウイルスベクターが全身のリンパ組織に暴露されにくく、したがってベクターに対する宿主の免疫反応が起きにくいと思われた。LacZ ex vivo群もグラフトは早期に増大したが、血漿中アルブミン値はNS群よりも低い値を示した。ラットHGFcDNAを組み込んだベクター(AxCAHGF)1×109 pfuを導入した群(HGF ex vivo群)で、ウエスタン・プロット法によってHGF蛋白が増加していることが認められた。HGF ex vivo群はLacZ ex vivo群と比較してグラフト重量の増加は認められなかったが、BrdU染色では陽性率が他群を上回っていた。血漿中アルブミン値は術後1,3,7日目の全てにおいてLacZ ex vivo群より有意に高値を示し、術後7日目には生食群と比較しても有意に高値を示し、HGF遺伝子導入によりアルブミン合成能の著明な促進効果が得られることが明らかにされた。

 本研究で確立した部分肝移植モデルは、拒絶反応や虚血再灌流障害を検討する実験への応用が可能である。また、HGFは抗アポトーシス効果を持つとも言われ、肝障害の治療に役立つ可能性は高い。アデノウイルスベクターを用いたex vivoでの遺伝子導入法によりレシピエント全身へのベクターの流入を最小限に抑えるとともに、術後早期に目的蛋白を高発現させることを可能とした。以上より、本モデルは移植後に起こり得る様々な肝障害を検討する目的での応用が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、近年本邦を中心に症例数が急増している成人間生体部分肝移植において問題となる過小グラフト、すなわちグラフトサイズのミスマッチにおける病態解明の手段として、ラットを用いた20%部分肝移植モデルの確立を試みたものである。更にこのモデルを用いて、冷保存中のグラフトにアデノウイルスベクターを用いて遺伝子を導入するex vivo遺伝子導入法を組み合わせた。この方法により20%部分肝グラフトヘのhepatocyte growth factor(HGF)遺伝子の導入を行い、移植後の部分肝グラフトの増大と機能回復に与える影響を検討し、以下の結果を得ている。

1.20%部分肝移植モデルは、syngeneicラットの組み合わせで行った。まずドナー肝の中葉、左葉および尾状葉を切除した後、20%重量に相当する右葉をグラフトとして摘出した。特に中葉および左葉切除の際は、門脈左枝を結紮切離し両葉を虚血にした上で、根部を3回に分けて結紮切離することで、切除断端よりの出血もしくは肝静脈部の狭窄を予防した。レシピエントにおける手技はKamada法によるtwo cuff methodに準じて移植を行った。この際著者が考案した以下の工夫を加えることにより、手術手技としてより安定したものにすることができた。すなわち、門脈とグラフト下部下大静脈のカフ柄をともに切離することで、術後に起こるグラフトの増大に起因するカフ柄による門脈の圧迫、また、それによる門脈狭窄もしくは門脈血栓症を予防した。グラフト下部下大静脈のカブ柄についても、それ自身が増大するグラフトの一部に食い込み、障害を与えることを防ぐため切離を行った。ステントにより開通した胆管については、術後に胃や十二指腸などの腸管がグラフト周囲に強固に癒着する際に不自然にねじれが起こり、その状態でのグラフト増大に伴う胆管への圧迫が相まって、術後高頻度に胆管狭窄もしくは閉塞が起こることが判明した。これを解決するために、胆管ステント部を、生理的位置に近い場所で、門脈のカフに6-0絹糸で固定するという手技上の工夫を行った。これにより術後生存率100%を得、術後T.Bil濃度はほぼ1mg/dl以下で安定して推移することが示された。このモデルにおける術後のグラフト重量の増大は、術後1週間目で全肝の85%、2週間目には全肝の96%までの回復を示したが、血漿アルブミン値は約3.3g/dlと低値が続いた。

2.上記ラット20%部分肝移植モデルを使って、冷保存中のグラフトにアデノウイルスベクターを用いて遺伝子を導入するex vivo遺伝子導入法を行った。バックテーブルにて、1×109 plaque forming unit(pfu)のアデノウイルスベクターを、レシピエントより摘出した20%部分肝の門脈から灌流し、グラフト内にtrapさせた状態でcold bath内でincubateした。その間にレシピエントの手術を始め、全肝摘出前の準備を行った。グラフトを30分間incubateした後に、グラフト門脈より生理食塩水で残存したベクターをflush outし、以後は上記のごとく移植手術を行った。β-galactosidase遺伝子を挿入したベクター(AxCALacZ)を用いて、ex vivo遺伝子導入した群(LacZ ex vivo群)で,グラフトヘの導入効率をX-gal染色にて検討した。比較のためex vivoでは導入を行わず、等量のベクターを手術直後にレシピエントに静脈注射した群(LacZ iv群)も検討した。グラフトでのX-gal陽性率は、LacZ iv群が術後1日目、3日目にそれぞれ11%,38%であったのに対し、LacZ ex vivo群はそれぞれ36%,69%と有意に高値を示した。またLacZ ex vivo群では他臓器での発現が殆ど認められなかったが、LacZ iv群では特に脾臓での発現が顕著であった。またLacZ iv群はLacZ ex vivo群と比較して抗アデノウイルス抗体価の上昇が早期から認められた。静注法に比べex vivoでの導入は、ウイルスベクターが全身のリンパ組織に暴露されにくく、したがってベクターに対する宿主の免疫反応が起きにくいことが示された。

3.この方法によりHGF遺伝子の導入を行い、移植後の部分肝グラフトの増大と機能回復に与える影響を検討した。ラットHGFcDNAを組み込んだベクター(AxCAHGF)1×109 pfuを導入した群(HGF ex vivo群)で、ウエスタン・ブロット法によってHGF蛋白が増加していることが認められた。HGF ex vivo群はLacZ ex vivo群と比較してグラフト重量の増加は認められなかったが、BrdU染色では陽性率が他群を上回っていた。血漿中アルブミン値は術後1,3,7日目の全てにおいてLacZ ex vivo群より有意に高値を示し、術後7日目には生食群と比較しても有意に高値を示し、HGF遺伝子導入によりアルブミン合成能の著明な促進効果が得られることが示された。

 以上、本論文は、20%部分肝移植モデルの手技に、アデノウイルスベクターを用いたex vivoでのHGF遺伝子導入法を組み合わせることにより、部分肝の再生が促進されることを示した。この部分肝移植モデルは、部分肝に対する拒絶反応や虚血再灌流障害などの負荷を検討する実験への応用が可能であり、臨床の成人間部分肝移植における様々な病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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