学位論文要旨



No 117718
著者(漢字) 長谷部,浩亨
著者(英字)
著者(カナ) ハセベ,ヒロユキ
標題(和) 化学療法施行後の進行した(Performance status[PS]3以上)担癌患者における末梢血単球由来樹状細胞の機能解析
標題(洋)
報告番号 117718
報告番号 甲17718
学位授与日 2003.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2056号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田原,秀晃
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 講師 朝比奈,昭彦
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

<目的>

 樹状細胞(dendritic cells: DCs)は、一次免疫応答において静止期T細胞を活性化することができるプロフェッショナル抗原提示細胞(antigen presenting cells: APCs)であり、単球/マクロファージやB細胞よりも、強力なAPCである。近年、DCsが腫瘍免疫に重要な役割を担っていることが示唆されており、腫瘍抽出物(tumor lysate)、腫瘍関連抗原(TAA)ペプタイド及びタンパクをパルスしたDCsが腫瘍特異的細胞障害性T細胞(cytotoxic T lymphocytes: CTL)を誘導し、腫瘍特異的抗腫瘍免疫反応を起こすことが報告されている。しかしながら、腫瘍は免疫学的監視機構より逸脱する手段を有することが示唆されており、その・ツとして腫瘍細胞自体がTAA、MHC分子、共刺激分子の発現低下による抗原性及び免疫原性の減弱が報告されている。一方、宿主の抗腫瘍免疫能の低下については様々な要因が知られており、腫瘍の中にはインターロイキン10(IL-10)、transforming growth factor-β1 (TGF-β1)、prostaglandin 2 (PGE2)、vascular endothelial growth factor (VEGF)などの免疫抑制性サイトカインを分泌するものもあり、これらは宿主免疫機能を不活性化して腫瘍の増大・転移・再発等を導くことが示唆されている。またAPCsについては、担癌患者の単球(monocytes)、マクロファージ(macrophages)の抗原提示能などの機能抑制、担癌マウスのmacrophagesの抗原提示能の低下、さらにDCs群については、担癌マウスの脾臓由来DCsのMHC分子およびT細胞刺激能の低下、ヒトや動物実験系における腫瘍内浸潤DCsの共刺激分子の発現低下に基づく抗原提示能の減弱やランゲルハンス細胞(Langerhans cells: LCs)の分化異常が報告されている。そして、特に担癌患者におけるDCsの機能については、blood DCはCD80, CD86, HLA-DRの発現およびT細胞刺激能の低下が認められるが、単球由来DCsではDCsに特徴的な細胞表面抗原の発現およびT細胞刺激能を有することが示唆されている。

 現在、腫瘍抗原をパルスした担癌患者単球由来DCsによるvaccinationの臨床応用が施行されているが、それは主に進行癌の患者であり、それ故に、以前に化学療法を施行されていることが多い。しかしながら、化学療法施行後の進行した担癌患者のDCsの機能については未だ明らかにされていない。

 今回、腫瘍特異的免疫反応の低下におけるDCsの関与を明らかにするため、化学療法施行後の進行した担癌患者単球由来DCsの分化・機能について検討した。

<対象と方法>

 iDCsはinformed consentが得られた転移性腫瘍を有する進行癌の患者9人を解析対象とし、形質および機能を健常人のものと統計学的に検討した。一方、mDCsはinformed consentが得られた転移性腫瘍を有する進行癌の患者2人を解析対象とし、形質を健常人のもの比較した。iDCsのコントロールとして、日本赤十字血液センターより供与された年齢および性別不明の健常人のバフィーコートからの末梢血単球由来樹状細胞を使用し、mDCsのコントロールとして、健常人である62歳の女性と69歳の男性の末梢血単球由来樹状細胞を使用した。形質はフローサイトメトリーによる細胞表面抗原を解析し、機能は抗原取込み能、混合リンパ球反応、遊走能を解析した。

<結果>

-iDCsにおける検討-

 健常人-担癌患者間のiDCsの形態学的変化は認められなかった。表面抗原の発現についての検討では、ミエロイド系DCs関連抗原であるCD1aの発現は健常人-担癌患者間では有意差を認めなかったが、HLA-DR、CD11cについては担癌患者ではその発現が有意に低下していた。また、共刺激分子(CD40, CD86)の発現についても担癌患者では発現が有意に低下していた。抗原取込み能についての検討では、iDCsのFITC-DX、LYに対する取り込み能は、健常人と担癌患者の間に有意差を認めなかった。allogeneic T細胞活性化能についての検討では、担癌患者由来DCsのallogeneic T細胞刺激能は、健常人由来樹状細胞よりも刺激能の高いものから、ほとんど刺激能を有さないものまで個体差があるが、mean maximal [3H] thymidine uptake値(cpm)は担癌患者で9505.6 cpm、健常人で17937.7 cpmとなり、統計学的に有意であった(P=0.0076)。遊走能についての検討では、走化性因子として知られる炎症性ケモカインCCL5に対する担癌患者由来のiDCsの遊走能は低下していた。

-mDCsにおける検討-

 健常人-担癌患者間のmDCsの形態学的変化は認められなかった。表面抗原の発現陽性率と発現強度についての検討では、成熟樹状細胞マーカーであるCD83、共刺激分子(CD40, CD80, CD86)、の発現陽性率と発現強度は、担癌患者では健常人に比較して低下が認められ、MHC class II分子であるHLA-DRの発現陽性率と発現強度については、担癌患者の中には健常人に比較して低下が認められたものもあった。

<まとめ>

 今回の実験により、化学療法施行後の進行した担癌患者において、GM-CSF, IL-4, TNF-αを用いる既知の方法に基づいて作製された単球由来DCsでは必ずしも有効な免疫学的活性を有しないことを明らかにした。近年、単球からDCsへの分化誘導法について、既存の方法以外の様々な方法が開発されているが、これらの方法により作製されたDCsの免疫学的活性についても同様の検討が必要であることが考えられる。

 本研究において、化学療法施行後の進行した(PS 3以上)の担癌患者では、monocytesからDCsへの分化が抑制されていることを示した。従って、樹状細胞療法により、より有効な治療効果を得るためには、樹状細胞の抗原提示細胞としての機能を増強する必要性のあることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 現在、腫瘍抗原をパルスした担癌患者単球由来DCsによるvaccinationsの臨床応用が施行されているが、免疫療法が施行されているのは主に進行癌の患者であり、それ故に、以前に化学療法を施行されていることが多い。しかしながら、化学療法を施行された担癌患者のDCsの機能については未だ明らかにされていない。

 本研究は腫瘍特異的免疫反応の低下におけるDCsの関与を明らかにするため、担癌患者単球由来DCsの分化・機能について検討したものであり、下記の結果を得ている。

<iDCsにおける検討>

 健常人-担癌患者間のiDCsの形態学的変化は認められなかった。表面抗原の発現についての検討では、ミエロイド系DCs関連抗原であるCD1aの発現は健常人-担癌患者間では有意差を認めなかったが、HLA-DR、CD11cについては担癌患者ではその発現が有意に低下していた。また、共刺激分子(CD40, CD86)の発現についても担癌患者では発現が有意に低下していた。抗原取込み能についての検討では、iDCsのFITC-DX、LYに対する取り込み能は、健常人と担癌患者の間に有意差を認めなかった。allogeneic T細胞活性化能についての検討では、担癌患者由来DCsのallogeneic T細胞刺激能は、健常人由来樹状細胞よりも刺激能の高いものから、ほとんど刺激能を有さないものまで個体差があるが、mean maximal [3H] thymidine uptake値(cpm)は担癌患者で9505.6 cpm、健常人で17937.7 cpmとなり、統計学的に有意であった(P=0.0076)。遊走能についての検討では、走化性因子として知られる炎症性ケモカインCCL5に対する担癌患者由来のiDCsの遊走能は低下していた。

<mDCsにおける検討>

 健常人-担癌患者間のmDCsの形態学的変化は認められなかった。表面抗原の発現陽性率と発現強度についての検討では、成熟樹状細胞マーカーであるCD83、共刺激分子(CD40, CD80, CD86)、の発現陽性率と発現強度は、担癌患者では健常人に比較して低下が認められ、MHC class II分子であるHLA-DRの発現陽性率と発現強度については、担癌患者の中には健常人に比較して低下が認められたものもあった。

 今回の実験結果は、化学療法施行後の担癌患者において、GM-CSF, IL-4, TNF-αを用いる既知の方法に基づいて作製された単球由来DCsでは必ずしも有効な免疫学的活性を有しないことを明らかにした。近年、単球からDCsへの分化誘導法について、既存の方法以外の様々な方法が開発されているが、これらの方法により作製されたDCsの免疫学的活性についても検討が必要であることが考えられた。

 以上、本論文は化学療法施行後の進行した(PS 3以上)の担癌患者では、monocytesからDCsへの分化が抑制されていることを示した。従って、より有効な治療効果を得るためには、樹状細胞の抗原提示細胞としての機能を増強する必要性のあることが示唆された。本研究は未だ明らかにされていなかった化学療法を施行された担癌患者卓球由来DCsの分化・機能を解析し、担癌患者単球由来DCsを用いた免疫学的治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク