学位論文要旨



No 117720
著者(漢字) 米田,健一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヨネダ,ケンイチロウ
標題(和) 不安定核の入射核破砕反応を用いた中性子過剰核34Mgのインビームガンマ線核分光
標題(洋) In-Beam Gamma Spectroscopy of the Neutron-Rich Nucleus 34Mg via Radioactive Isotope Projectile Fragmentation
報告番号 117720
報告番号 甲17720
学位授与日 2003.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4269号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 永江,知文
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 教授 谷畑,勇夫
内容要旨 要旨を表示する

近年の重イオン加速技術や不安定核ビームラインの発達により、安定線から遠く離れた不安定核を対象とする研究が盛んに行われるようになった。研究が進むにつれ、安定線近傍核で構築された核構造の枠組みを逸脱する構造を持つ原子核の存在が明らかにされてきており、非常に興味が持たれている。特に、殻構造の異常性、魔法数の消滅や新魔法数の出現が、原子核構造の新たな側面を示すものとして注目を集めている。

本論文は、インビームガンマ線核分光の手法を中性子過剰核34Mgに適用し、励起準位のエネルギー測定を通じてその核構造を調べる研究である。中性子剰領域で見られるような殻構造の変化の効果は偶-偶核の回転、振動といった集団運動の性質に特徴的に現れ、励起準位のバンド構造やそれらの準位間遷移の転移確率B(E2)の測定により調べることができる。とりわけ、集団運動モードにおける振動、回転、単粒子運動の競合関係を調べるには、バンドを構成する準位のエネルギー(E(Jπ=2+,4+,…))を観測することが有効である。

中性子過剰核の集団運動の性質を調べる実験として、これまでクーロン励起法がよく用いられ、多数の中性子過剰核についてE(2+)とB(E2)が測定されてきた。しかし、クーロン励起法では高励起状態への励起断面積が小さく、得られる情報は第一励起状態に限られエネルギー準位の構造を観測することは困難である。本研究ではこの限界を超えてバンド構造の知見を拡大することを狙いとし、入射核破砕反応を用いるインビーム核分光法を中性子過剰核34Mgに適用した。入射核破砕反応により励起した34Mgを生成し、脱励起ガンマ線を測定する手法であるが、この方法が高励起状態の観測に有効であることは、安定核の入射核破砕反応を用いるインビーム核分光の実験例から知られている。しかし、安定核の入射核破砕反応で直接励起した不安定核を作る方法は、安定線から非常に離れた不安定核には適用できない。安定線から遠くはなれた、生成断面積の小さい反応チャンネルのガンマ線を測定しようとするとビーム強度、標的厚を大きくする必要があるが、一方で他チャンネル起源のガンマ線量が検出器の限界を超えないようにビーム強度、標的厚を制限する必要があり、この制限により安定線から非常に離れた不安定核への適用には限界があるのである。この制限を超えて核分光情報を得るために、入射核を不安定核とする破砕反応を用いた核分光法を新たに導入した。不安定核二次ビームのビーム強度は安定核と比較して小さいが、一方で狙いとする不安定核に近い核種、例えば34Mgの核分光の場合36Si、を入射核とすることで大きな生成断面積で生成可能になり、また厚い標的も用いることができる。その結果、ビーム量や標的厚を制限する安定核破砕の方法より全体として高効率の測定を行うことが可能となる。

 この不安定核の入射核破砕反応を用いたインビームガンマ線核分光法を、中性子超過剰核34Mgに適用し、第一励起状態、第二励起状態のエネルギーを測定しその構造を調べた。中性子数N=20、陽子数Z=12近傍の中性子過剰核は、中性子数が魔法数近傍であるにもかかわらず大きく変形していることが実験、理論両面から示唆されている。実験的には、N=20の32Mgに対してクーロン励起法を用いた核分光実験が行われており、基底状態からの励起のB(E2)として大きな値が得られている。これは、N=20にあるべきシェルギャップが消滅し、32Mgが大きく変形していることに起因すると解釈されている。理論的には、モデル空間を大きくとることができる量子モンテカルロ殻模型の計算で、N=20近傍の中性子過剰領域ではN=20のシェルギャップが弱くなり粒子-空孔励起が増大し、大きく変形するという結果を与えている。この計算は、32MgよりもN=22のマグネシウム同位体34Mgの方が大きく変形するという計算結果も与えているが、実験的には中性子数が増大することにより核変形がどのように発達、あるいは消滅していくかを明らかにする実験例はなかった。

 本論文の研究の目的は、34Mgの励起状態を観測し、そのエネルギーから変形核領域中で変形度が中性子数の増大とともにどのように発展していくかを明らかにすることである。

 実験は理化学研究所の加速器施設にあるリングサイクロトロンと、不安定核ビームラインRIPSを用いて行った。核子あたり95MeVまで加速した40Arの一次ビ-ム(強度約60pnAを463mg/cm2の9Be標的に照射した。入射核破砕反応によって生成したさまざまな粒子から、RIPSを用いて不安定核36Siの二次ビームを分離、生成した。生成率は毎秒約2×104個、純度は約80%であった。ビーム中に混ざっていた主な粒子は37Pで、その事象は粒子の飛行時間情報をもちいて排除した。

 生成した36Si二次ビームを385mg/cm2の9Be二次標的に照射し、再び入射核破砕反応させた。標的下流に並行平板型なだれ検出器PPACとシリコン検出器テレスコープを設置し、反応生成粒子の飛行時間と、△E-Eをそれぞれ測定した。シリコンテレスコープは2×2のマトリックス状に配列し、それぞれ4層のシリコン検出器で構成した。最初の三層はイオン注入型シリコン検出器で、厚さは上流から350μm、500μm、500μmのものを用いた。最初の三層の検出器へのエネルギー付与から反応生成粒子の△E-Eを測定した。四層目には1mm厚のリチウムドリフト型シリコン検出器を用い、軽い粒子がテレスコープを突き抜けた事象を排除するのに用いた。飛行時間と△Eの相関から反応生成粒子のZを、△E-Eの相関から反応生成粒子のAを決定した。Z〜12、A〜30近傍核に対するZ、Aの分解能はそれぞれ陽子数、質量数の単位で0.25、0.35で、34Mgを他の反応生成粒子と分離するには十分であった。

 二次標的の周囲にNaI(Tl)シンチレータを66個配置し、励起した反応生成粒子が放出する脱励起のガンマ線を検出した。それぞれのシンチレータは6×6×12cm3の直方体の結晶を持っており、直径5.1cmの光電子増倍管が取り付けられていた。標的からのガンマ線放出のビーム軸に対する角度を約20°の精度で決定できるように配列した。角度0)情報は、高速(v/c〜0.27)で飛んでいる反応生成粒子からのガンマ線エネルギーのドップラーシフトの補正に用いた。1MeVのガンマ線に対する全エネルギーピークの検出効率は約18%であった。バックグラウンドガンマ線の影響を低減するために5cm厚の鉛シールドでNaI(Tl)検出器全体を覆った。

 実験後、反応生成粒子とガンマ線の同時性の解析を行った。その結果、反応生成粒子が34Mgであった時に同時に検出されたガンマ線のドップラー補正済みエネルギースペクトルに、2本の鋭いピークを観測した。エネルギーは660keV、1460keVであった。他の反応生成粒子の中に、励起状態が知られている偶-偶核(18,20O、22,24,26Ne、28,30,32Mg)があった。これらの偶-偶核に対して得られたガンマ線のエネルギースペクトルには、ほとんどの場合2本のピークが観測され、最も強いピークは第一励起状態(Jπ=2+)から基底状態に遷移する際の脱励起ガンマ線に対応し、次に強いピークは最初の4+状態から第一励起状態への遷移と関連付けることができた。この系統性を34Mgのガンマ線エネルギースペクトルのピークに適用し、この実験では34Mgの2+状態のエネルギーE(2+)を660keV、4+状態のエネルギーE(4+)のエネルギーを2120keVと決定した。

 得られた34MgのE(2+)の値660keVは、近傍の偶-偶核と比較して低い値であった。変形核である32MgのE(2+)(886keV)よりもさらに低く、これはB4Mgが変形しており、その変形度は32Mgよりも大きいことを示唆している。理論計算の結果と比較すると、34Mgが大きく変形していると予言していた量子モンテカルロ殻模型の計算の結果(620keV)が、本実験の結果とよく一致している。N=20を超える粒子-空孔励起を考慮していない殻模型の計算の結果も報告されており(〜1200keV)、これは34MgのE(2+)の値を再現していない。このことから、34MgにおいてN=20を超える粒子-空孔励起が重要な役割を果たしており、N=20のところにあるべきシェルギャップが消滅しているように振舞うことを示している。またE(4+)に関しても、E(4+)とE(2+)の比は3.2で、変形核で見られる回転バンドの値(10/3)に非常に近い。この結果も、34Mgが変形していることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 近年の実験技術の進歩により、β-安定線からはるかに離れた原子核の原子核構造及び核反応機構がもつ特異な性質が明らかにされつつある。構成する中性子数、陽子数が大きく異なるこれらの原子核から得られる知識を基に、核子多体系から成る原子核の全体像を明らかにすることが、現在の原子核物理学における主要な研究目的の一つであるといえよう。

 束縛限界近傍の原子核における特異な現象の一つに、安定線領域で確立された、原子核の殻構造の変化、それに伴う魔法数の消滅、新魔法数の出現がある。中性子数が魔法数となるN=20近傍の軽い中性子過剰核領域では、Na,Mg同位体によるこれまでの研究により、魔法数の消滅が示唆されている。これは、殻模型的には、中性子側の1d3/2軌道と1f7/2軌道との間に存在するギャップエネルギーが減少あるいは逆転することにより、低励起状態での配位混合が増大した、との解釈を与える。他方、実験の困難さから、詳細な分光学的研究としてはN=20,Z=12の32Mgにとどまっており、更なる実験的研究の進展が待たれていた。本論文では、N=20近傍核の系統的研究を進めるため、新たな実験手法の考案を行い、それにより34Mgの核分光実験に初めて成功した。この実験から、34Mgの低励起状態における核変形が32Mgより進んでいることを示唆する結果が得られた。

本論文は、6章からなり、第1章では、従来の研究成果のまとめと本研究の概説、第2章では、著者が初めて考案した短寿命核ビームによる入射核破砕反応を用いた核分光法の紹介を行っている。第3章では実験条件、第4章では取得したデータの解析手法、第5章では結果とそれに対する考察について述べており、第6章で本研究のまとめを行っている。

安定線から遠く離れた原子核の核分光的研究では、安定核の入射核破砕反応によるインビームγ線分光法が用いられてきた。しかしこの方法では、対象とする核種が束縛限界線に近い原子核になるほど、生成断面積が相対的に小さくなる。そのため、対象とする核種からのガンマ線と破砕反応により生じるバックグランドγ線の比が小さくなり、入射核ビームの強度をあげても、S/N比の悪いデータとなる。そこで著者は、新たに安定核の入射核破砕反応によって対象とする核種近傍の短寿命核ビームを生成し、更にこのビームによる入射核破砕反応を用いて対象核のインビームγ線分光を行う、と言う新たな方法を考案した。この新手法を34Mgの実験条件に最適化することで、従来の手法に対して約60倍の収量がある事を定量的に明らかにした。

上記の実験方法に対する考察から、著者は、一次ビームとして40Ar,二次ビームとして36Siを選択し、理化学研究所において実験を行った。二次標的周辺には、γ線測定用に高効率なNal(Tl)検出器を設置し、標的の上・下流に生成核種のZ-,A-分離のための各種検出器を配置した。

実験の結果34Mgからの66OkeV,1460keVの2本のガンマ線が初めて観測された。同時に測定された、18,20O,22,24,26Ne,28,30,32Mgのγ線スペクトルの系統的比較から、これらのγ線は、夫々第一励起状態(Jπ=2+)から基底状態(Jπ=0+)、第二励起状態(Jπ=4+)から第一励起状態へのγ転移であると推定することが出来た。

この結果を用いてMg同位体における第一励起状態の励起エネルギー,E(2+)および第二励起状態との励起エネルギー比、E(4+)/E(2+)の系統的な変化を調べた。それによると34Mgでは、N=20の32MgよりもE(2+)が下がっており、E(4+)/E(2+)}は、32Mgでの値(2.6)よりも回転バンドの理想値(3.3)に近い値(3.2)となっており、34Mgが32Mgよりも変形している事を示唆している。これらの結果を各種の模型値と比較したところ、粒子-空孔励起による配位混合を取り込んだ計算値と良い一致を示すことが分かった。

 以上、本研究で著者は、短寿命核ビームによる入射核破砕反応によるインビームγ線分光法と言う全く新しい手法を考案し、34Mgの低励起状態の探索に成功した。この手法は、原子核の束縛限界近傍領域での核構造研究を進めていく上で強力な方法となることは明らかである。また、34Mgの低励起状態の研究は、今後旗船近傍の系統的研究を進めていく上での先駆け的研究としてその物理的価値はきわめて高い。なお、本論文は、加速器を用いた多数の研究者との共同研究の成果であるが、本研究で用いられている新手法は一人著者の考案によるものであり、著者が主体となって本研究の実験計画を立てるとともに、実験の遂行、データの解析を行ったものである。よって、著者の寄与は十分であると判断し、審査員全員が本論文を博士(理学)の学位請求論文として合格であると判定した。

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