学位論文要旨



No 117721
著者(漢字) 表,泰秀
著者(英字) Pyo,Tae-Soo
著者(カナ) ピョー,テースー
標題(和) 近赤外[FeII]輝線による若い星から放出されるジェットと風の分光観測
標題(洋) Near Infrared [FeII] Spectroscopy of Jets and Winds Emanating from Young Stellar Objects
報告番号 117721
報告番号 甲17721
学位授与日 2003.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4270号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 村上,浩
 国立天文台 教授 長谷川,哲夫
 千葉大学 教授 松元,亮治
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の第1章ではイントロダクションとして、若い星から放出されるアウトフローについて、現時点での理解レベルを概観した。若い星から放出されるアウトフローは、星誕生の過程で起こる質量降着と密接な関係を持ち、星・円盤系から角運動量を持ち去るのに重要な役割を果たす。可視光ジエットや電波ジエットを含むハービク・ハロー・ジエット、TTauriウィンド、及び分子流について概説した後、私はアウトフローを次の3種類に分類した。(1)高速で、よくコリメートされた部分電離ジエット、(2)高速で、ほどよくコリメートされた部分電離あるいは中性のウィンド、(3)低速で、あまりコリメートされておらず、他の高速流に乗って流れる中性分子ガス。初めの2つのアウトフローは、推進源に近い場所で加速されコリメートされる。可視光の禁制線で観測されるTTauri星からのアウトフローは、高速度成分(HVC)と低速度成分(LVC)という2つの速度成分を有しているが、これらの速度成分は互いに異なる特性をもっており、それぞれジエットとウィンドに相当すると推定される。

 本論文の第2章か6第4章で、私は、L1551 IRS 5(Class I)とDG Tau(Class II)の2つの天体から放出されているジエットについて、[Fe II]λ1.644μm輝線による観測結果を記述した。観測は、すばる望遠鏡に搭載した赤外線分光撮像装置(Infrared Camera and Spectrograph: IRCS)を用いて行った。特に、DG Tauのジエットの観測では、補像光学装置(Adaptive Optics system)を使用した。これらの観測は、高い空間分解能と結合した近赤外の[Fe II]輝線の分光観測が、アウトフローの根元における運動学的な構造を調べうのに対して、非常に強力な手段であることを示している。この2つのジエットにおける[Fe II]輝線の位置・速度図(position-velocity diagram)は、空間スケールは違うのだが、非常に類似した特徴を示している。第1番目に、青方偏移した輝線の輪郭は、星の速度を含んでいない。この事実は、すべての輝線放射がアウトフロー起源であることを示している。第2番目に、青方偏移したアウトフローの中に、異なる2つの速度成分が存在する。高速度成分(HVC)は、星の静止速度に対して200-300km/s青方偏移し、また低速度成分(LVC)は約100km/sの青方偏移を見せている。第3番目に、HVCとLVCは特徴が異なっている。HVCは、狭い線幅を保ちながら推進源からより遠い場所まで伸びているのに対し、LVCは、広い線幅を持ちながら推進源の近くに分布している。このことから、私は、HVCは星近くから放出されたコリメーションの良いジエットであり、またLVCは、広い開口角を持つ円盤風(disk wind)だと結論した。空間的にも速度的にもお互いに明確に分離されているこの2つの異なる速度成分は、ジエットとウィンドという2種類の直接加速されたアウトフローがあることを明瞭に示している。この観測による高速度成分と低速度成分の2種類の速度成分の検出は、Class Iの天体からは初めてのことである。私たちの結果は、若い星からのアウトフローが2つの流れであるというモデルを支持する。例えば、LVCは質量降着円盤の内側から磁気流体的に放出されたウィンドであり、HVCは質量降着円盤の内側と結びついている星の双極磁力線のリコネクションによって放出されたジエットである可能性がある。なお、L1551 IRS 5のジエットで見られるLVCでは、推進源の天体から遠ざかるに連れて線幅が減少することが検出された。これは、ウィンドのコリメーションについての、初めての運動学的証拠であろう。その外に、より遅い速度を持つアウトフローがより早い速度を持つ隣のアウトフローによって加速されることを検出し、DG Tauからは赤色偏移を示すカウンタ・アウトフローを初めて明瞭に検出してある。

 最後の付録では、エシェル分光の基礎的事項を記述し、私が開発したIRCS用のエシェルシミュレーターの簡単な説明と共に、IRCSのエシェル分光器について紹介する。

 IRCS用のエシェルシミュレータの有効性は、観測者が自分の観測のためにエシェル回折格子とクロスディスパーザー回折格子の最適な設定値を探すことができるということ以外にも、地球大気の線も含めて天体のスペクトル線の同定に使えることにある。また、この章では、複雑なIRCSのエシェルスペクトルを解析するにあたって私が確立したデータ処理の手法についても解説する。この手法は、観測されたエシェルスペクトルから、速度の空間変化に関する情報を最大限引き出すために非常に有用である。

審査要旨 要旨を表示する

 若い星から放出されるアウトフローは、星誕生の過程で起る質量降着と密接な関係を持ち、星とディスクの系から角運動量を持ち去るのに重量な役割を果たしている。太陽のような小質量星は、分子雲中の高密度コアから、赤外線で見える原始星の段階へと進化し、周囲のガスが散逸して光で見えるようになったTタウリ型星と呼ばれる段階を経て、現在の主系列星に至る。アウトフローは、原始星と若いTタウリ型星に特有の現象であり、中心星への質量の降着率が高い原始星で強く、降着率が低下したTタウリ型星では弱い。アウトフローを作り出す推進源としては、中心星の磁場とディスク回転の相互作用により、磁力線のリコネクションが起り、アウトフローが発生するとするモデルが有望視されている。こうしたモデルの実証な研究には高空間分解能の観測が必要である。ハッブル宇宙望遠鏡の高空間分解を利用した光学領域での撮像観測も行われたが、星間塵による光の吸収に阻まれて、中心部における構造を分解することはできなかった。本論文の目的はこのようを背景のもとで、すばる望遠鏡の高空間分解能と星間塵による吸収が比較約小さい近赤外線を組み合わせることで、若い星の近傍におけるアウトフローの地図を描き出し、その物理を明らかにすることであった。

 本論文は4章からなり、第1章は「序説」であり、第2章と第3章は本論文の中核であり、そこでは若い星に付随するアウトフローの赤外線分光観測とその物理学的な意味を吟味し、第4章で「結論」を述べている。

 第1章ではイントロダクションとして、若い星から放出されるアウトフローについて、現時点における理解のレベルが概観してある。可視光ジェットや電波ジェットを含むハービクハロージェット、Tタウリウィンド、及び分子流についての観測をレビューした後、アウトフローが次の3つに分類されることが示してある。(1)高速で強くコリメートされた部分電離ジェット(高速ジェット流)、(2)コリメートされた部分電離あるいは中性のウィンド(低速風)、(3)低速で、高速ジェット流や低速風に押されて流れる分子流。最初の2つは、推進源の近くで加速されコリメートされる。可視光の禁制線で観測されるTタウリ星からのアウトフローには、高速成分と低速成分の2つがあるが、高速成分は高速ジェット流、低速成分は低速風に相当すると推定している。アウトフローが最も強いのは原始星であるが、強い星間吸収のために可視光では観測することができない。そこで、すばる望遠鏡の高い空間分解能と星間塵の吸収が比較的小さい近赤外線1.64ミクロンにある鉄の禁制線の分光観測を組み合わせることで、原始星のアウトフローおよびその推進源を調べることが本論文の目的であると述べている。

 本論文の中核である第2章と第3章では、近赤外線1.64ミクロンの鉄の禁制線の観測とその意味が議論されている。第2章ではL1551 IRS5の観測、第3章ではDG Tauの観測を扱っている。いずれの天体も牡牛座の暗黒星雲中の近赤外線源で、原始星段階の後期(クラスI)に分類されている。クラスIの天体は、星間塵に隠されており、可視光による観測が特に難しい天体である。観測は、すばる望遠鏡とIRCSと呼ばれる赤外線撮像分光装置を用いて行われた。角度分解能はL1551の場合で0.3秒(42AU相当)、光学補償系(AO)を使ったDG Tauの場合で0.16秒(22AU相当)を達成し、これまでの観測の分解能2秒を7倍から13倍も改善することができた。波長分解能はL1551で59kms-1、DG Tauで30kms-1である。鉄の禁制線は、光学観測で使われているイオウの禁制線と比べた場合、臨界密度が10倍高く、星間塵による吸収は5倍小さいことから、中心星近傍に瀞おけるアウトフローの詳細な地図を描くのに適している。実際の観測でも、非常に詳細な位置速度図を書くことに成功した。いずれの天体のスペクトルもダブルピークを持ち、視線速度が200kms-1を越える高速ジェット流と100kms-1程度の低速風の2成分からなるアウトフローの存在を示している。中心星からの距離が大きくなるにつれ、高速ジェット流と低速風の速度がお互いに接近する傾向を見せており、低速風が高速ジェット流に押されて加速している様子が見られる。

 以上、論文提出者は、牡牛座の暗黒星雲にある2つの原始星後期(クラスI)の天体において赤外線分光観測を行い、1)可視光の観測ではよく分からなかった低速風を見事に検出することで、高速ジェット流と低速風からなる2成分のアウトフローがクラスI天体にも存在することを確認し、2)高い空間分解能を生かしてアウトフローの詳細な地図を描き、これまでに提唱されていたモデルの予言と矛盾しないことを示した。近年相次いで稼働を始めた8メートル級大望遠鏡の特徴は、高い空間分解能と高い赤外線観測能力にある。本論文は、その両方の特徴を生かしてアウトフローの物理を解明しようとした先駆け的な観測であり、この分野の新たな展開に寄与した意義は大きく評価できる。

 なお、本論文は林正彦、小林尚人、Alan T. Tokunaga、寺田宏、後藤美和、山下卓也、伊藤洋一、高見英樹、高遠徳尚、平野裕、Wolfgang Gaessler、鎌田有紀子、美濃和陽典、家正則、臼田知史との共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測・解析・解釈を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)を授与できると認める。

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