学位論文要旨



No 117722
著者(漢字) 石橋,之宏
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,ユキヒロ
標題(和) 小惑星の光度曲線 : 観測とモデルの構築
標題(洋)
報告番号 117722
報告番号 甲17722
学位授与日 2003.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4271号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐々木,晶
 東京大学 助教授 比屋根,肇
 東京大学 教授 藤原,顕
 東京大学 教授 水谷,仁
 宇宙科学研 教授 中村,正人
 国立天文台 助教授 渡部,潤一
内容要旨 要旨を表示する

 太陽系内の小天体として代表的な小惑星は,地球近傍から海王星以遠に至るまで太陽系内に広く存在する天体であり,10万に迫る数の小惑星がこれまでに発見報告されている.これらは惑星形成過程において惑星にまで成長しなかった天体や,母天体からの衝突破片であるため,太陽系の過去の情報を留めていると考えられている.このため小惑星の研究は,我々の太陽系が辿ってきた進化の過程を議論する際に有益な情報を与える.

 小惑星を地球上などの遠方から観測すると,短い周期でその明るさが変化していることが容易に判る.小惑星は発光しないので,その表面で反射した太陽光線が観測者に届く.このため,太陽,小惑星,そして観測者の位置関係の変化によっても明るさが変わるが,それよりも短い時間スケールで周期的に明るさが変化するのは,小惑星がいびつな形状をしていることと,それが自転していることを表している.これまでに多くの小惑星の光度曲線が取得されているが,その曲線の概形はそれぞれ異なる.これは,小惑星の形状が実に多様であることを示唆している.

 小惑星の素性,特に形状を知る目的の物理観測が,幾つもの手法によってこれまでになされてきた.しかし実際にその詳細な形状が明らかになった小惑星は全体の中でごく僅かである.これは,観測によって取得できるデータに制限があり,一回の観測だけでその形状を一意に決めることは不可能だからである.特定の一部の小惑星は観測機会が多くてデータが集まり易いが,多くの小惑星はそうではない.多くの小惑星の形状を知る為には,限られた少ない観測データを最大限活かすことが必要である.小惑星の観測で最も多いのは,可視光域の撮像観測である,これは既知の小惑星の明るさや位置を調べる観測や,新しく小惑星を発見することが目的のサーベイ観測等において用いられている手法である.これらの観測からも,データ数が僅かな場合もあるが,光度曲線を得られる.よって本研究では,光度曲線を利用することにした.

 本研究においては近地球型小惑星,その中でもとりわけ等の惑星探査の探査候補となる天体の地上観測を行った.欧州南天天文台(ESO)において(4660)Nereusの測光観測を行い,自転周期や変光の光度振幅をとらえた.この他,(10302)1989ML等の小惑星の測光観測も行った. 小惑星の変光データから形状を求める方法は,既に多くの研究者によってなされてきているが,その殆どは,形状を三軸楕円体に制約し,光度は見かけの断面積に比例すると仮定し,観測時の位相角条件等に対して観測データを複数の手法で変換しているモデルである.本研究では,従来の多くの方法とは異なる観点に基づき,従来の方法がふまえている仮定をなるべく避けてより定量的に形状を決める方法を研究した.少ない観測情報からその形状を制約する為に,光度曲線を再現する数学モデルを用いて,光度曲線に強く影響を与える特定のパラメーターに着目したパラメーターサーベイを行った.

 小惑星の光度を決める要因は,主に

●太陽,小惑星,そして観測者の位置

●形状(大きさを含む)

●自転ベクトル

●表面の光学反射特性

 の4つが挙げられる.ここで,最初の項目は観測条件であり,軌道が精度良く決まっている小惑星に関しては既知の情報である.この他の3項目が未知の情報である.本研究では,数学モデルは簡易なものとし,光度曲線に対してはその代表的な特徴にのみ着目することにして,限られた観測データを活かせるように配慮した.長谷川(2001)による,"Cometary Nucleus 3D Model"を一部改良した計算コードを用いた.このモデルは小惑星の形状を多面体の集合体(ポリゴン)で記述するので三軸楕円体に制限されない.しかし本研究ではまず三軸楕円体の形状を用いて議論を展開する.また,表面の光学反射特性は,月面等の固体惑星表面の反射特性を表現して広く用いられているHapkeモデルを使用する.

 計算精度に関しては,地上観測データの精度より良い精度を要求した.即ち,誤差0.01等未満である.太陽-小惑星-観測者の位相角0°の条件で球の形状を使用した場合,ポリゴンを眺める向きによる誤差を0.0001等以下にするためには,面数を2000以上にすればよいことが判った.位相角が0°以外の条件ではこれより精度が悪くなる.

 はじめに位相角0°の条件で,三軸楕円体の形状比や自転ベクトルの向きを変化させた場合の光度曲線の変化を系統的に検討した.光度曲線の変化は,振幅の増減に着目すると,形状比を0.1変化させた場合と自転ベクトルの向きを黄緯方向に10°変化させた場合が概ね等しいことが判った.この際の振幅の変化量はおよそ0.05等級であり,小惑星の変光観測における代表的な測光誤差量と等価である.形状比による光度曲線の変化と自転軸の傾斜による光度曲線の変化を,光度曲線の概形から区別することは困難であることも判った.これらの結果は,従来の三軸楕円近似モデルと同程度の精度のものとなった.表面の光学反射則に関しては,位相角度0°の条件では差異は殆ど見られず,光度曲線の振幅は本研究のモデルでは,表面の光学反射則のパラメーターの違いによる影響は小さいことが判った.位相角依存性に関する調査は,平均光度の変化と,光度曲線の振幅の変化に関して行った.その結果はこれまでの経験則,位相角30度以下の低位相角においては合うものとなった.

 本研究で使用した演繹的な手法は,従来の手法と同程度の精度で結果を得ることが判ったが,個々の要因との関係がよくわかるようになった.本研究の結果を利用して,少ない観測情報から小惑星の形状を制約し,その本質に迫るマップを示した.本研究で使用したモデルを使って,(4660)Nereusの光度曲線から形状比を求めることを試みた.自転軸の方向を制約することはできなかったが,三軸楕円体を仮定した場合の形状比として最適な範囲を制約することができた.これにより,このモデルが小惑星の変光曲線に対して適用可能であることを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、小惑星の光度曲線から形状,自転ベクトル,光学反射特性の分布等の情報が物理的要素をどこまで引き出せるか,そして得られた結果にはどのような不確定性が残るかを明らかにした。

 本論文は、5章から構成されている。まず第1章では、小惑星の地上観測の概要をまとまている。

 第2章では、小惑星の測光観測および光度曲線解析の結果を議論した。近地球型小惑星(4660)Nereus,(10302)1989ML,(1943)Anteros,(3361)Orpheusの測光観測を行った。これらの暗い小惑星の測光精度を上げるために観測波長域,観測時における望遠鏡の追尾移動量,測定方法に工夫を施した。欧州南天天文台(ESO)で行ったNereusに対する観測からは測光精度0.05等級の光度曲線を得た。

 観測で得た光度曲線からその小惑星の物理量を求めるために,複数の経験式と仮定を用いて光度曲線の変換と補正を行う。実視等級から絶対等級(日心距離と地心距離が1AU,位相角が0度の仮想的条件での等級)への変換と,3軸楕円体形状を仮定した幾何学断面積に基づく推定法による光度曲線のフィッティング,そして光度曲線振幅に対する位相角補正(Zappala et al., 1990)を行った。Nereusは他による色およびスペクトル観測の結果からC型小惑星の可能性を示唆されている。この仮定を用いてこれらの変換および補正操作を経た後に光度曲線からその小惑星の平均光度(Rバンド18.22±0.06絶対等級)と光度変化の振幅(3軸楕円体形状を仮定すると0.58±0.03等級),そして変光周期(7.54±0.6時間)を得た。それらよりNereusの自転周期(15.1±1.2時間),平均直径(約1km),3軸楕円体を仮定した場合の形状軸比(a/b=1.71±0.05(a_b_c),c軸は視線方向に垂直と仮定)などの基本的な物理量を得た。

 第3章、第4章では数値計算モデルを用いて光度曲線の特性,小惑星の物理パラメーターと光度曲線との相関を調べた。第3章では数値計算のモデルを紹介して、第4章ではそれに基づく光度曲線と小惑星物理量との関係を議論している。光度曲線から物理情報を導出する過程で使用した経験式や仮定の妥当性を確かめて,観測から得られた結果がどう変わるか検討を行った。

 天体の形状,自転ベクトル,表面の光学特性に関する情報から模擬光度曲線を作成するHasegawa et al.(2000)のモデルを改良した。光学反射特性関数にHapke(1984)のmacroscopic roughnessモデルを採用し,小惑星の光度曲線,小惑星の自転による光度変化と見かけの位置の変化による平均光度等の変化の双方の観測結果をよく説明できるモデルを構築した。

 天体の基本形状を3軸楕円体を考えて、パラメーター空間内で模擬光度曲線を作成し,光度曲線の特徴を体系的に調べた。天体の自転による光度曲線の特徴ではその形や光度変化の振幅に加えて,本研究では光度変化の中で中間光度になる自転位相の間隔の2つの比に着目したφ1/φ2パラメーターをはじめて導入し,これらの値の変化を調査した。

 位相角が0度の場合は、形状と自転軸の方向が光度曲線の形に影響を与え,形状比が大きくなるに伴い,光度曲線の振幅とφ1/φ2は増加する。形状が3軸楕円体であれば形状比および自転軸の方向によらず,振幅とφ1/φ2に常に一対一の関係が成り立つ。楕円体でない場合はこの一対一の関係を満たさない。これは天体の形状が楕円体かどうかを判別するのに有効である。クレーターがある場合,直径が天体の最短軸の0.5倍程度大きさのものから判別することが可能である。

 位相角がある場合は、形状が3軸楕円体の場合でも,位相角が大きくなるにつれて振幅とφ1/φ2の関係に分散が生じる。楕円体形状かどうかを判定する場合,測光精度0.05等級では位相角10度程度まで利用できる。クレーターの有無を判別することも可能である。光度曲線の形は形状と自転軸,そしてHapkeパラメーターに影響を受け,極大(小)光度を迎える自転位相が変化する。位相角が大きくなるにつれ,同じ形状であっても振幅の増加とφ1/φ2の増加が見られる。また,平均光度が暗くなる。

 また、Zappala et al.(1990)により提唱され広く使われている、光度変化の振幅の位相角依存性は、C型小惑星に関してはよく説明できる一方でS型小惑星については、Zappalaが観測から求めた傾向は当てはまらないことがわかった。

 第5章ではモデル計算で明らかになった結果から観測で得たNereusの光度曲線に対して議論を行った。三軸楕円体を仮定して、自転軸を視線方向に対して垂直と仮定した場合のa/b軸比の範囲は1.6〜1.8と求められた。観測で得た実視等級の光度曲線(自転周期は15.1時間を仮定)のφ1/φ2と振幅の値からNereusの形状に関して考察を行った。Nereusの形状は単純な3軸楕円形状ではないことが明かになった。クレーターによるものであると仮定するとその直径は形状の最短軸の1.5倍程度あるかなり大きなクレーターである。

 これらは、重要な結果であり、本論文の成果は博士(理学)を与えるに十分な内容であると認められる。特に、光度曲線振幅の位相角依存性を改訂したことは、小惑星観測研究に大きな影響を与える成果である。

 なお、本論文は安部正真(第1章、第2章)、高木靖彦(第1章、第2章)、水谷仁(第3章、第4章、第5章)の共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)を授与できると認める。

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