学位論文要旨



No 117731
著者(漢字) ジャンフランソワ,ビーエ
著者(英字)
著者(カナ) ジャンフランソワ,ビーエ
標題(和) アメリカにおけるビデオ・サービス産業の構造変動過程に関する研究 : ケーブルテレビを中心として
標題(洋)
報告番号 117731
報告番号 甲17731
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会情報学)
学位記番号 博人社第393号
研究科 人文社会系研究科
専攻 社会文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,宏一
 東京大学 助教授 水越,伸
 東京大学 教授 濱田,純一
 東京大学 助教授 田中,秀幸
 慶應義塾大学 教授 菅谷,実
内容要旨 要旨を表示する

 アメリカのケーブルテレビ産業は、40年間に及ぶローカル・モノポリーのもと、規制と規制緩和の波を交互に受けつつも、繰り返される料金値上げと加入者の増加をバネにして成長してきた。しかし、ビデオ・サービス産業におけるケーブルの市場占有状態を変え、競争状態を生み出すべきだとするregulators1の明確な意思にそって、1994年にDirecTV、続いて1996年にEchoStarというDBS2サービスが開始され、2002年末までに2000万人程の加入者を獲得する見込みである。こうしたDBSの登場は、ケーブルにとって、それまでの長年にわたる連続的成長路線の変更を迫るものであり、事実、ケーブルを「ゼロ成長」時代に追い込むまでにケーブル加入者の伸び率を大きく減少させた。

 こうしたなかで、ケーブル業界は、DBSのデジタル・プラットフォームに対抗するため、ケーブル・インフラのアップグレード=デジタル化を進めるために650億ドルの投資を行い、また、デジタルSTB3の設置を急ピッチで図っているが、投資収益並びに大手MSO4のキャッシュ・フローの悪化を懸念するウォール・ストリートの反発により、2000年から、新規投資の動きに歯止めが掛かりつつある。

デジタル・ケーブル加入者の獲得と保持の課題

 上記のような新規設備投資を行うことにより、ケーブル事業者側は、デジタル・サービス加入者の獲得において、ある程度の実績を収めることができた。デジタル・ケーブル加入者は1999年から増え始め、実数では、2002年末の時点で1900万人、2003年末の時点で2300万人、そして2004年末には2700万人まで増加すると見られている5。しかし、デジタル・ケーブル新規加入者の増加率は、2001年の第3四半期をピークとして下降に転じており、このことは、新規加入者獲得の初期のフェーズが終了したことを示唆するものである。すなわち、デジタル・ケーブル・サービスを受けられる様にアップグレードされたケーブル・サービスに加入した-全ケーブル加入世帯の20〜25%にあたる一世帯は、新しい動向に敏感で、それに飛びつきやすいいわゆる初期導入者(early adopter)の顧客層であり、本当の意味での「デジタル加入者獲得」時代はこれからという段階にあるものの、残りの80%の世帯をデジタル・ケーブルに移行させることはそう簡単にできるものではない。

 しかも、それに加えて明らかになってきた問題に、デジタル・ケーブル加入者の高い解約率がある。従来、アナログ・ケーブルの解約率は、月2〜2.5%であったのに対し、デジタル・ケーブルのそれは、アナログ・ケーブルの2倍の4%〜6%にも上っていることである。これは年間に直すと48〜72%になり、この2年間にわたり、ケーブル事業者が築いてきたデジタル・ケーブル加入者のベースが無くなる程の解約規模となっている6。この高い解約率の一番大きな理由は、デジタル・ケーブルに加入したひとびとが、そこにとどまらず、さらにDBSに流出しているからである。

 さらに、重要なことは、数の上ではケーブル加入者全体の3分の1程度でありながら、金額的にはケーブル・オペレーター収入の半分以上を占めることにより、ケーブルの重要な収益源となっているプレミアム・サービス加入者(別料金を支払い、映画、スポーツ・イベント等を楽しむ加入者)のDBSへの目立った流出が-様々なデータから-認められるということである。この事実と、上で見た高いデジタル・ケーブル解約率とを合わせて考えてみると、プレミアム・サービス加入者が多いはずの-early adopterとしての-プレミアム・サービス加入者でさえ、そのサービスに満足せずDBSへと流失しているということであれば、今後、ケーブル事業者側がデジタル・ケーブル固有の魅力ある新サービスを多様かつ広範に提供しない限り、アナログ・ケーブル加入者をデジタル・ケーブルのそれへと移行させることが一段と難しくなる、あるいは仮にデジタル・ケーブルに移行させることに成功したとしても、そこにとどまらずさらにDBSへと移行する者がかなりの確率で発生するという推論が成り立つことになるが、こうした事態は、上でみたデジタル・ケーブル投資の目的が達成されないまま、ケーブル産業の経営基盤が弱まっていくことを意味する。

新ビジネス基盤構築の可能性

 上でみたような現状のもとで、ケーブル事業者は、魅力的な新サービスをデジタル・ケーブル上で実現し、既存デジタル・ケーブル加入者のDBS流出を食い止めるとともに、いまだアナログ・ケーブルに留まっている加入者のデジタル・ケーブルヘの移行を促す必要がある。そうした新規サービスとしてこれまで有望視され、導入が図られてきたものは、VOD、ケーブル電話、高速インターネット、ITVものが上げられる。ただ、こうした新サービスの導入にあたって念頭に置かなければならないのは、新しい収入源としての上記新サービスはあくまで付加的サービスであり、ベーシック・ケーブル及びデジタル・ケーブルの加入者の確固としたベースがあってはじめて成立するものだということである。したがって、ビデオ・サービスの加入者がケーブルを去り、DBSに流出してスピードが速ければ速いほど、また、その規模は大きければ大きいほど、新しいサービスが根付かないうちに、その基盤が弱まっていくという意味において、ケーブルの置かれている現状は、いわば「時間との競争状態」にある。

 DBSに対しケーブル側が優位に立つための新規サービスとして最も期待のかけられているのがVODであるが、その「実現」に当たっては、多くのハードルが存在する。最も大きなハードルは、目下ドル箱となっているホーム・ビデオ市場の収入源を危うくする可能性のあるVODを警戒し、それに対するヒット作リリースに消極的な姿勢をとる一方、デジタル地上波やインターネット等を介して、コンテンツを直接配信する試みも開始して、自らの主導権確保に力を入れ始めている映画スタジオの動きである。

 さらに、1)PPVユーザーがDBSに多いこと、2)「ビデオ・レンタル収入の80%は全タイトルの20%から構成される」という「80-20」と呼ばれる経験則により、プレミアム・サービスにふさわしい映画本数は限定される、3)夜間等にデータ方式で送信された映画を自宅で蓄積し、見たいときに観るPVR7の導入をDBS業界が積極的に推進している、といった諸点を合わせ考えていくと、「観たい時にただちに観たい映画が観られる」という(ケーブルを介した)VODサービスそのものではないにしても、それに限りなく近いプレミアム・サービス環境をDBS側で構築することが可能になっていることもVODの将来を不確定にしている第二の動向である。

 第三に、異例ともいえる普及ペース、ならびに関連ハードとソフト価格の大幅な低下により、DVDが、高音質・高画質のパッケージ・メディア系コンテンツ配信プラットフォームとしての地位を確立しつつあり、DVDよりも遅いウィンドーのハンディキャップを背負っているVOD8立ち上げの大きな壁となってきている。

 次に、非映像系の新ビジネス分野では、DBSに対し、ケーブルはブロードバンドと電話サービスにおいて優位に立っていることは事実だが、DBSも、農村地域向に双方向ブロードバンド・サービスの展開を図ると共に、地域電話会社との提携により、DBSが提供するビデオ・サービスと地域電話会社が提供する電話/ブロードバンド・サービスとをバンドリング提供することにより、ケーブルとの競合力を高めつつある。

 さらに、ケーブルは、地域電話会社自身による-近い将来予想される-バンドリング・サービスと苦しい戦いに直面することが予想される。1996年通信法によって長距離電話市場への参入が認められた地域電話会社は、地域電話会社同士の統合により力を強化する一方で、長距離電話部門への参入を図りつつあり、経営破綻したワールドコム社を買収することをFCCから打診されるほどの力を付けている。こうしたなかで、地域電話会社は、ローカル・長距離電話サービスに加え、携帯電話、更にブロードバンド(ADSL)サービスをも包括した割安のバンドル・サービスを提供しはじめているが、こうしたサービスがケーブルの提供する電話サービス、ブロードバンド・サービスに対して明らかな比較優位を持つことは明確である。こうした背景もあって、現在電話サービスを提供しているケーブル事業者はAT & TとCoxのみである。

 以上のような諸動向を総合してみた時、DBSへの加入者流出を防ぎ、ケーブルテレビの加入者基盤を強化するために期待をかけられている新しい諸サービスのビジネス・ポテンシャリティはそれほど大きいものではないと結論せざるを得ない。

 ケーブル産業全体が、今後、どの程度衰弱していくかは、断言し難いところがあるが、農村地域ではケーブル・システムの衰退、場合によって全滅の可能性が高く、また、都市郊外と都市部でも、DBSの更なる浸透は、これら地域でのケーブルの事業基盤を弱めることに繋がるであろう。都市部とその郊外におけるDBSの勢力がどの程度になるかは、DBS事業者と地域電話会社間のアライアンスの行方に掛かってくる。これら二つの巨人が全面的に手を組んだ場合には、ケーブル側の最後の牙城としてのメガMSOの衰退さえも予想される。

1 議会、FCC(Federal Communications Commission)、政権を含む行政・立法機関

2 Direct Broadcasting Satellite

3 Set-TOP-Box

4 Multiple System Operator

5 Merrill Lynch

6 Salomon Smith Barney

7 Personal Video Recorder

8 Video-on-Demand

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、地上波テレビ対ケーブルテレビという競合図式のもとで形成されてきたアメリカのビデオ・サービス市場が、90年代に導入された直接放送衛星(DBS)サービスにより、どのような構造変動に見舞われているかをケーブルテレビ事業に焦点をあわせつつ解明しようとしたものである。

 論文では、まず、1950年代にその歩みを開始したケーブルテレビが独自のメディアとして成長していく過程、さらには90年代後半における直接衛星放送(DBSサービス)の導入過程が、揺動する規制(緩和)政策に関わらせて論じられたうえで、ケーブルテレビの置かれている目下の厳しい事業環境が以下の二つの角度から分析されている。

 まず第一に、飽和したアメリカのビデオ・サービス市場におけるケーブルテレビとDBSとの直接的競合に関する分析では、1)DBSに対抗するためにケーブル側がシステムのディジタル化を進めているにもかかわらず、加入者の伸びが鈍化に転じ、また解約率も高いこと、2)ケーブルからDBSへと流失している人たちのなかに、ケーブルの収益源として重要な役割を果たしてきたプレミアム・サービス加入者(別料金を支払い、映画番組等を視聴する人たち)が多いこと、また、地域別にみても農村部はいうまでもなく都市部においてもケーブルの退潮とDBSの伸長が認められるとの分析結果が提示される。

 第二に、上記のような厳しい事業環境のもとで、ケーブル側が新たな収益源として期待をかけている新規サービス(Video-On-Demandサービス、ブロードバンド・インターネット・サービス等)についても、収益の最大化を図る映画プロダクションの思惑や、1980年代半ばのAT & T分割以降、再度力を強めてきた地域ベル運用会社(RBOC)の事業戦略もからんで、これら新規サーピスの事業化可能性には問題が多いとの結論に達している。

 このような分析を通じて、本論文では、当面、ケーブルとDBSの市場シェアはほぼ互角となり、その意味ではアメリカのビデオ・サービス市場の競争市場化が実現すると予測する一方で、今後、DBS事業者と地域電話会社間で成立する何らかのアライアンスやディジタル地上波放送の推移が上記均衡を崩す可能性があるとも指摘されている。

 アメリカにおけるケーブルテレビ事業に関する先行研究は、同事業およびそれを取り巻く制度・政策環境が相対的に安定していた時代には数多くなされたものの、規制緩和風土のなかでケーブルテレビおよび関連メディアをめぐる諸動向の展開がめまぐるしくなるにつれ、錯綜し変化して止まない現象を分析することが次第に難しくなり、勢いこの分野での包括的な視野を持った研究業績が少なくなってきていた。

 こうしたなかで、本論文は、この分野の研究をさらに発展させるためのパースペクティブが十分でなく、また、関連データの解析に一部緻密さを欠くきらいがあるものの、ケーブルテレビを軸にしつつアメリカのビデオ・サービス市場の動態を構造的に明らかにするという当初の執筆目標を達成していることから、審査委員会は一致して、本論文が博士(社会情報学)の学位を付与するにふさわしいとの判断に達した。

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