学位論文要旨



No 117733
著者(漢字) 脇山,善夫
著者(英字)
著者(カナ) ワキヤマ,ヨシオ
標題(和) 超高層オフィスビルの長期的運用に関する研究
標題(洋)
報告番号 117733
報告番号 甲17733
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5366号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松村,秀一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 伊藤,毅
 東京大学 教授 野城,智也
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、発生から一世紀を経過した超高層オフィスビルに関して、建築ストックとして捉えた場合の長期的運用方法について明らかにするものである。超高層オフィスビルがその発生を米国に多く負っており、また日本国内の超高層オフィスビルの歴史はまだ半世紀を経過しないことから、米国における超高層オフィスビルの長期的運用方法を中心として考察を行い、日本における現在までの状況を合わせ、今後の可能性について述べる。

 第1章においては、研究の背景および目的、研究対象の設定、用語の定義、関連既往文献調査、研究の構成、について述べている。

 第2章においては、米国における超高層オフィスビルの建設の歴史について、各時期の超高層オフィスビルおよびその展開を可能とした関連技術の発展について述べ、研究対象の概要について把握することができた。米国が超高層オフィスビルの発祥地であるため、エレベーターや鋼構造の発展に伴って高層化が可能となり、またそれらの技術や空調設備を含む周辺技術の発展によって新たな超高層オフィスビルが可能になってきた歴史を明らかにすることが出来た。

 第3章においては、米国における超高層オフィスビルの長期的運用について、現在までの状況と現状について述べている。

 まず、超高層オフィスビルの再生を通した運用事例の収集および分析を、オフィスビル運営に関する情報の収集、分析、普及を行うために20世紀初頭に設立された団体であるThe National Association of Building Owners and Managers(現Building Owners and Managers Association)が1931年3月から1976年12月にかけて発行した雑誌"Skyscraper Management"を対象に行った。前章や当該団体の設立経緯から超高層オフィスビルの歴史の中でかなり早い時期から運用が問題になっていたことは分かっているが、事例の収集および分析を通して、単に内装を改装するだけでなく、設備部分の導入や大幅な更新、建物内外への増床、外壁の交換、あるいは用途変更利用まで含めて幅広い選択肢の中で超高層オフィスビルが運用されてきたことが明らかに出来た。

次に、超高層オフィスビルの再生を通した運用の実際の事例として、戦前の超高層オフィスビルとしてはEmpire State Buildingについて建築工事時の公的提出文書を中心に、戦後の超高層オフィスビルとしては1251 America Avenue Buildingについて文献調査およびヒアリングを中心に、それぞれ資料の収集および分析を行った。また、超高層オフィスビルを長期的にオフィスビルとして運用していく上で発生してくるテナント改修について、文献調査を中心に資料の収集および分析を行った。Empire State Buildingに関しては資料の期間が少ないことはあるが、全般を通して内装の改装が多く行われる一方で、新しい冷房機器の導入が、利用者への理解も含めて、順次行われていく様子を確認することが出来た。1251 America Avenue Buildingに関しては、ほぼ現在の超高層オフィスビルに近い形態で建設された超高層オフィスビルにおいても、以後の市場の変化等を読み込んで、大規模テナントの転出時など時期を捉えて計画的に建物の基幹部分の更新を行っていることを明らかにすることが出来た。またテナント改修については、各時代を反映しながらテナントが各オフィス床を有効に利用していることが確認された。

また、超高層オフィスビルがオフィスビルとして運用されるには不適格になった場合に選択肢としてある用途変更利用について、Trump International Hotel & Tower(旧 Gulf & Western Building)についてヒアリングと文献調査を中心に資料の収集および分析を行い、地区的な規模での取り組みとしてNew York市Manhattan区のLower Manhattan地区について住宅への用途変更事例を文献調査および現地調査を通して得られた資料を中心に分析した。前者の事例からは用途変更による利用が、超高層オフィスビルを長期にわたって運用していく上での一選択肢として、この場合は最適な選択肢として選ばれ、様々な検討や問題の解決を経て実行されている状況を明らかにすることが出来た。また後者の事例では、超高層オフィスビルの再生利用に対して行政および当該地区の組織が連携して取り組むことで成功している現状を明らかにすることが出来た。

第4章においては、超高層オフィスビルの長期的運用を考えた上での最終地点である取り壊しについて、New York市のSinger BuildingとPhiladelphia市のOne Meridian Plazaについて文献調査を中心に取り壊しまでの経緯と取り壊し方法について資料の収集および分析を行った。また、一地域として見た場合の超高層オフィスビルの取り壊しについてNew York市で取り壊された超高層オフィスビルをに関して、Skyscrapers.comにおいて収集された資料を中心に分析を行い、超高層オフィスビルの取り壊し傾向を把握した。Singer Buildingについては周辺地区の再開発という状況を背景に経済効率優先に超高層オフィスビルが取り壊され建て替えられたことが明らかに出来た。One Meridian Plazaについては、超高層オフィスビルの存在が常に経済的観点から判断され、取り壊し工事まで含めて、その存在が常に周囲に大きな影響を与えることが確認された。また、超高層オフィスビルの取り壊し方法は、一部に爆破解体といった方法が用いられているものの、多くの場合は上部から順番に従来の建設機器を用いて取り壊して行く方法が採用されていることも確認できた。そして、取り壊されたものの中には公共的な目的のために敷地を提供するものもあったが、多くの場合は更に容積を増した超高層ビルを建設するためであり、取り壊される超高層オフィスビルも現在までに次第に高くなってきている状況が把握できた。

第5章は第2章から第4章までの分析を更に総括的に整理する章であり、現在までの米国における超高層オフィスビルの長期的運用についてまとめを行った。

第6章は、超高層オフィスビルに関して比較的短い歴史を有する日本における超高層オフィスビルの長期的運用に関する章である。まず日本における超高層オフィスビルの歴史についての把握を行っている。次に、現在までに大規模改修を行った事例について、霞ヶ関三井ビルと新宿センタービルに関してはヒアリングと文献調査、AIUビルについてはヒアリング調査、新宿三井ビルに関しては文献調査を中心に、資料の収集および分析を行った。また超高層オフィスビルの取り壊しについては、サンケイビル新館および第22興和ビルについて文献調査を中心に資料の収集および分析を行った。最初の超高層オフィスビルである霞ヶ関三井ビルは大規模なテナント転出を伴わない改修工事で仮移転を伴うという厳しい条件の中で設備から内外装まで含めた再生により新しい賃貸床の創出と執務環境の改善が図られている。他の事例も合わせて、日本における超高層オフィスビルの歴史はまだ浅いために米国ほどの広がりを持った事例を収集することは出来なかったが、米国同様に様々な検討を経て、外壁工事そして解体工事に関しても工法が新しく開発されるなど、超高層オフィスビルの本格的な再生に着手した段階であることが確認できた。

 第7章は全体のまとめである。本論文では超高層オフィスビルの長期的運用について現在までの状況を把握すると共に今後の可能性について、建物規模あるいはその一段下の規模でどの様なことが可能であるかを論じた。今後は、超高層オフィスビルの長期的運用を可能とする個々の技術要素まで踏み込んでの検討を行っていくことが必要であり、筆者自身の研究課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 提出された学位請求論文「超高層オフィスビルの長期的運用に関する研究」は、発生から一世紀を経過した超高層オフィスビルに関して、建築ストックとして捉えた場合の長期的運用のあり方を明らかにすることを目的として、この分野において最も長い経験を有する米国及び日本における超高層オフィスビルの長期的運用の実態を詳細に解明した論文であり、全7章からなっている。

 第1章では、研究の背景および目的、研究対象、用語の定義、関連既往研究の成果、研究の構成等を明らかにしている。その中で、長期的運用において超高層オフィスビルに長期的に発生してくる問題と、既存超高層オフィスビルの長期的運用において採り得る方法を明らかにすることを具体的な研究の目的として設定している。

 第2章「米国における超高層オフィスビル建設の歴史」では、米国の超高層オフィスビルの長期的運用を検討する上での前提条件として、各時期の超高層オフィスビルの設計内容およびその展開を可能とした関連技術の発展経緯を明らかにしている。具体的には、各時期の超高層オフィスビルの設計内容の特徴の他に、エレベーターや鋼構造の発展が高層化を可能にした経緯、それらの技術や空調設備を含む周辺技術の発展が超高層オフィスビルの規模や形態に変化をもたらした経緯等を、詳細な史料の分析に基づき明らかにしている。

 第3章「米国における超高層オフィスビルの再生」では、前章の成果に基づきながら、米国における超高層オフィスビルの長期的運用の実態を明らかにしている。先ず、The National Association of Building Owners and Managersが1931年3月から1976年12月にかけて発行した機関誌の記事を中心に、超高層オフィスビルの再生工事例を多数収集・分析し、内装の改装等の範囲に止まらず、設備の大幅な更新、建物肉外への増床、外壁の交換.あるいは用途変更利用まで含めて幅広い選択肢の中で再生工事が施されてきた事実を明らかにしている。次に、超高層オフィスビルの再生工事を伴う運用の典型例として、戦前建設のEmpire State Buildingと戦後建設の1251 America Avenue Buildingを取り上げ、工事記録等の詳細な分析を通して、再生工事の段階的な実施の実態を明らかにしている。また、用途変更による運用の実態に関しては、興型例としてTrump International Hotel & TowerとLower Manhattan地区での複数の住宅への用途変更事例を取り上げ、聞取り調査及び文献調査に基づき明らかにしている。

第4章「米国における超高層オフィスビルの取壊し」では、超高層オフィスビルの取り壊しの実態を明らかにしている。異体酌には、Singer BuildingとOne Meridian Plazaについて文献調査に基づき取り壊しまでの経緯と取り壊し力法を明らかにしている。次に、New York市で取り壊された超高層オフィスビル全数の資料を収集・分析し、取り壊しが主として更なる土地の高度利用という目的から行われてきたこと、また多くの場合建物上部から順番に新築時と周様の建設機械を用いて取り壊す方法が採用されていること等を確認している。

 第5章「米国における超高層オフィスビルの長期運用」では、第2章から第4章までの成果に基づき、現在までの米国における超高層オフィスビルの長期的運用の実態について総括している。

 第6章「日本における超高層オフィスビルの長期的運用」では、日本における超高層オフィスビルの長期的運用の実態を明らかにしている。先ず、日本における超高層オフィスビルの歴史的変容過程を明らかにした上で、既に大規模改修を行った4事例についての聞取り調査と文献調査からその実態と大規模改修工事の効果を明らかにしている。具体的には、歴史的な蓄積の多い米国と比較して再生工事の内容が限られていること、一部の工事で新たな技術適用が見られること等を確認している。次に、超高層オフィスビルの取り壊しについて2事例の資料を収集・分析し、ここでも新たな技術適用が見られることを確認している。

 第7章「終章」では、前6章で明らかになった超高層オフィスビルの長期的運用の実態に関する成果を整理した上で、今後の長期的運用方法について、建物規模と部分的規模の双方でどの様な運用が可能であるかを論じ、本論文の結論としている。

 以上、本論文は、日米両国における超高層オフィスビルの長期的運用の実態を詳細に解明した成果に基づき、今後の超高層オフィスビルの長期運用方法のあり方を示した論文であり、建築学の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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