学位論文要旨



No 117738
著者(漢字) 蘇,秀賢
著者(英字)
著者(カナ) ソ,シュウヒョン
標題(和) チャネル内気泡流における流動構造の特性
標題(洋)
報告番号 117738
報告番号 甲17738
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5371号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 助教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の対象として取り扱う気泡流は,連続した液相に気相が分散した流れ,つまり,液相の中の気相体積割合を示すボイド率が比較的に低い流れであり,日常生活だけでなく様々な産業分野で利用されている.例えば,マイクロバブルを用いた浄化施設での曝気曹,化学プラントでの化学反応器,湖沼の水質を浄化する為の自然循環ポンプ,海岸養殖場,CO2の海洋固定装置,などが挙げられる.さらに,最近では日本とアメリカを中心として,気泡を用いた船舶航行時の推進抵抗の低減に関する研究が精力的に行われている.

 このように,気泡流は産業の様々な分野で利用されているために,古くから多くの研究がなされている.それにもかかわらず,気泡流は複数の非定常現象が多重して流れるため,現象の特性を代表するスケールが複雑に存在し,気泡流の流動構造の特性に対する知見は今でも十分に得られていない.気泡流の流動特性を変化させる要因には,局所ボイド率分布,レイノルズ数,気泡径分布,気泡の合体・分裂・衝突,気泡形状の変形,気泡間の相互作用,などがあげられる.また,気泡挙動が気泡発生時の初期条件や生成方法にも影響されるため,単相流と比較にならないほど実験が困難となる.

 そこで,複雑な現象の多岐に渡る支配要因を単純化した上で,よく制御された実験的研究を通して流れ場全体の巨視的乱流構造の詳細を明らかにすることが必要である.従って,本研究では気泡の混入により流れ場を単純化しやすいチャネル内上昇気泡流を取り上げ,気泡混入による流れ場の流動構造変化を解明することを研究目的として実験的な研究を行う.

 実験装置には,流れ方向の高さが2000mm長方形のチャネルを用いる.測定部は気泡発生装置から1600mm下流に設置している.測定部の断面は400(W)mm×40(2H)mmで,アスペクト比が10:1の矩形である.研究の対象となるチャネル流れはレイノルズ数4100と8200の十分発達した乱流と,レイノルズ数1350の層流であり,混入させる気泡群はほぼ球形である単分散の微少気泡群(平均気泡径が1mm,気泡径に対する標準偏差が15%以下)である.また,重要な実験パラメータである平均ボイド率(fg)は0.3%と0.6%とした.単分散の微少気泡群を発生させるため,塩化ビニルと474本のステンレス中空パイプ(内径0.07mm)を用いた気泡発生装置を製作し,さらに気泡の合体を抑えるために,界面活性剤である3-ペンタノールを微少量(20ppm)添加した.

 平均気泡径および局所ボイド率分布には画像処理法を,気泡流の乱流統計量には二次元LDV(Laser Doppler Velocimetry)システムを用いて測定した.また,壁面近傍に形成される気泡クラスタの測定にはPIV(Particle Image Velocimetry)法を用いた.

 本実験で用いた気泡流の様子は3-ペンタノールの混入によってマクロ的に大きく変わる.3-ペンタノールを混入していない流れでは,大きい気泡が変形を伴い,チャネルの壁をジャンプしながら上昇する跳躍運動をする様子が観察された.さらにチャネル中央部(〓)に存在する気泡は,ジグザグ運動あるいは螺旋運動をしながら上昇していくことが観察された.一方,3-ペンタノールを混入した流れでは,非常に小さい気泡が分布し,ほぼ変形がなく,流れんのせん断から強い揚力を受け壁近傍(〓)に集積し,そのまま壁をすべるようにまっすぐ上昇していくことが観察された.さらに,3-ペンタノールを混入した流れでは壁近傍に集積した気泡がチャネル長辺方向に20〜40mm程度のブーメラン型の気泡クラスタを形成することが確認された.

 これらの気泡流に対する局所ボイド率を求めた結果,壁近傍に非常に高いピーク値をもつ分布が得られ,そのピーク値になる位置の壁からの距離が平均気泡径とほぼ一致することを確認した.また,単相流でのLDV測定結果からは本実験の対象になる十分発達した乱流と層流が再現されることや3-ペンタノールが流動構造に及ぼす影響は無視できる程度であることが確認されている.

 気泡流乱流と層流に対するLDVの結果から,気泡の混入によって壁面近傍での液相速度勾配が増加し,チャネル中央部(〓)では流速分布が平坦化することが分かった.これは揚力を受けた気泡が壁近傍に集積し,気泡の浮力により液相が加速されるためである.また,気泡流乱流では変動速度やレイノルズ応力がチャネル中央部(〓)で単相流に比べて減少する乱流抑制現象が観察された.気泡の集積が生じる壁近傍を除いたチャネル中央部では気泡流の流動構造が単相流での流動条件(乱流・層流)に関係なく,気泡の混入によりほぼ似たものとなり,この領域に存在する気泡が流動構造の支配的要因であることが明らかになった.以上の気泡流に関する測定結果をまとめ,本研究ではつぎのような気泡流の流動構造モデルを提案した(Fig.1参照).本実験のように単分散の微小気泡群が混入され,流れのせん断から強い揚力を受け,壁近傍に強力に集積すると,集積した気泡は流れ方向に並び,浮力によって壁近傍の液相を引っ張って,液相の速度勾配を増加させる.このような状況になると,壁近傍に集積した気泡は一つのシート(気泡シート)状になり,浮力によって上昇していく.この気泡シートはチャネルの両壁近傍に形成され,気泡シートの間の流動はまるで同じ速度で上昇する平板間の流動のようにフラットになる状態と同じであると考えられる.従って,この気泡シートを境界にしてチャネル中央部の流動はフラット流動状態になり,壁近傍の流動構造とは全く異なる流動構造をもつ.単相流の場合は壁から作られる乱流構造がチャネル中央部の流動構造を支配するはずであるが,本研究の気泡流では,気泡集積によって作られた気泡シートによって壁面近傍とチャネル中央部の二つの領域を分けられ,チャネル中央部ではフラットな流動構造になり,乱流エネルギー生産が減少する.従って,この領域における流動構造はこの領域に存在する気泡が作る擬似乱れによる影響によって決められることになる.

 最後に,PIVを用いて壁面近傍の流動構造に大きく影響を与える気泡クラスタの挙動を調べた結果をFig.2に示す.壁面近傍に生じる気泡クラスタは,気泡クラスタ内の密度の差で中央部の上昇速度が両端部より大きくなることが分かった(Fig.2(b)).さらに中央部と両端部の上昇速度差と両端で生じる大きな回転運動により,クラスタ内での気泡移動が起き,気泡クラスタ全体の変形が起きる(Fig.2.(c)).また,気泡の気泡クラスタヘの合流は上昇速度が大きい中央部で,離脱は両端部で生じることが分かった.このような気泡クラスタは,チャネル長辺方向の長さが壁近傍乱流の長さスケールより大きいことから,壁近傍乱流の準秩序構造が崩壊し,流動構造に変化を与えると考えられる.

 以上,チャネル内気泡流を用いた実験を行い,気泡混入による流動構造の変化に対する新たな知見を得られ,気泡流における流動構造のモデルを提案した.

Fig.1Model of flow structure in a bubbly flow with string bubble accumulation

Fig.2Raw images and velocity field of the bubble cluster

審査要旨 要旨を表示する

 気泡流は様々な産業分野で利用されている.例えば,浄化施設の曝気槽,化学プラントの化学反応器,湖沼の水質を浄化する為の自然循環ポンプなどが挙げられる.また,最近では気泡を用いた船舶航行時の推進抵抗の低減,血管造影剤としてのマイクロバブルなどの研究が注目されている.しかし,気泡流における流動現象の構造解明は現象の特性を変化させる支配因子が複雑に存在しているために十分になされているとは言い難く,その現象解明とともにより多くの実験結果の蓄積が望まれている.そこで,複雑な現象の多岐に渡る支配要因を単純化した上で,よく制御された実験的研究を通して流れ場全体の巨視的乱流構造の詳細を明らかにすることが必要である.従って,本研究では基礎的流れとしてチャネル内上昇気泡流を取り上げ,気泡混入による流動構造の変化を解明することを目的として実験的研究を行った.

 本論文の内容は全7章で構成されている.

 第1章「序論」には,研究の工学的な背景と目的,そして従来までの研究について述べられている.

 第2章「気泡流に関する基礎知識」では,気泡の生成と気泡流における基礎方程式に関して述べられている.まず,単一気泡が運動する際の運動方程式について調べてあり,単一気泡に作用する各力に関して述べられている.また,気泡流の数学的展開として,連続方程式,運動量方程式,エネルギー方程式について述べられている.

 第3章「実験装置および計測方法」には,まず,本研究に用いられた実験装置,すなわちチャネル全体の構成や気泡発生装置について詳細に示されており,本実験で行われた流動の条件および条件選択の理由に関して述べられている.また,測定方法についても示されており,ハイスピードデジタルカメラを用いた画像処理,二次元レーザ流速計を用いた速度場測定に関して詳細に述べられている.最終節では測定したデータの信頼性を算出し,実験誤差が許容誤差内であることが示されている.

 第4章「画像処理法による測定結果および考察」では,本実験の条件での気泡流の可視化結果,得られた画像からの平均気泡径分布および局所ボイド率の分布の結果について示されている.本研究で構築された実験装置で良く制御された単分散の微小気泡群が得られること,また,それらの小さい気泡が壁近傍へ強力に集積しクラスタを形成すること,局所ボイド率分布が壁面近傍にピーク値をもつことなどが示されている.

 第5章「二次元レーザ流速計による測定結果および考察」では,レーザ流速計を用いて行った単相流での測定結果および気泡流での測定結果を比較・解析した結果について述べられている.その結果と第4章の結果をまとめ,気泡流での流動構造に関して次のようなモデルを提案している.流れから揚力を受けた気泡が壁近傍に集積し,壁近傍の液相が浮力により駆動されるようになると,その気泡集積部を境界に壁近傍とチャネルの内側の流れは異なる構造を持つようになる.また,集積部の内側のチャネル中央部では存在する気泡が流動構造の支配的要因であることが示されている.

 第6章「気泡クラスタの画像計測」では,本実験での気泡集積によって作られる気泡クラスタに対してPIVによる計測を行い,気泡クラスタの存在によって壁近傍の流動構造が影響を受けること,また,クラスタの変形はクラスタ内部における上昇速度差によることなどが示されている.

 第7章「結論」では,本研究の結論が述べられている.垂直チャネル内上昇流を対象にし,良く制御された気泡群を混入させることによって,チャネル流れの流動構造は気泡集積により作られる気泡シートを境界に壁面近傍とチャネル中央部で異なる流動構造を示すようになり,チャネル中央部では存在する気泡から作られる疑似乱流が流動構造の支配的要因であることを示し,気泡流の流動構造特性に対する有益な知見が得られている.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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