学位論文要旨



No 117741
著者(漢字) 王,威
著者(英字)
著者(カナ) オウ,イ
標題(和) 車両用エンジンの体積効率改善に関する研究
標題(洋)
報告番号 117741
報告番号 甲17741
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5374号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 加藤,千幸
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、エンジンの性能の向上に必要なシリンダ内に入る空気の量、つまり、体積効率を高める方法と体積効率が最大となる条件、理由及びこの条件を満たすエンジンの状態を明らかにするものである。吸気管内の脈動流を考察するために、主としてモーターリング状態に対する数値計算を行なった。また、体積効率を改善するために吸気バルブタイミング及びリフトを連続可変にする可変動弁機構を提示し、その有効性を数値モデルで検証した。その成果を以下に要約する。

 適当な長さの吸気管をエンジンに取り付けると、吸気が間歇に行なわれるので、吸気管内に吸気圧力の振動が生じる。この吸気の圧力振動を利用し、体積効率を簡単に高めることができる。音響法でその吸気管の最適な長さを求めるには、吸気系は従来行なわれていた単純な気柱振動やヘルムホルツ共鳴では不十分であることを明らかにした。ピストンの運動によるシリンダの容積の変化及び吸気バルブが開いたり閉じたりする期間も考えなければならない。したがって改良した音響法で最適な管長を求める場合、吸気バルブが開いてる期間のシリンダ行程の平均値を考慮したヘルムホルツ共鳴で求めた管長と、吸気バルブが閉じている期間の気柱振動より求めた管長の平均値から求める必要があることを示した。

 吸気管内の空気は吸気バルブの開閉とピストンの動きによって加振される結果、吸気圧力の振動を生じる。加振の源がピストンの運動であるので、ピストンの速度をフーリエ級数で分解した。その結果、吸気系の固有振動数がピストン速度変動の3次成分の振動数と一致する場合、体積効率が最大になるという条件が明らかになった。

 しかし、ピストン速度がフーリエ級数に展開されると、各次数の速度変動成分が得られるが、なぜ、その中のピストン速度変動の3次成分の振動数であるか、この理由について、吸気管内の気柱を非圧縮性の単一質点と見做し、質点の運動方程式に基づく機械振動モデルを作成し、解析を行なった。その結果、吸気のm次同調圧力振動の位相とフーリエ級数で分解されたピストン速度変動のm次成分の位相とは一致し、また圧力振幅と次数との関係が下記のように明らかになった。

 同調した吸気圧力波に関しては、吸気管長さと同調回転数が違っても、同調次数mさえ同じなら、吸気圧力波の振幅と位相は同じである。同調次数mが高いほど、吸気圧力波の振幅は小さくなる。これは、mが高いほど、圧力波の反射回数が増え、減衰による損失が大きいからである。

 エンジンの仕様が決まったら、ピストン速度変動の各次成分の位相は決まる。従って、同調した吸気圧力波の位相も決まる。ピストン速度変動の各次成分の位相を計算した結果、吸気バルブが閉じる直前に吸気圧力波のピークが出現するのは、3次速度変動成分しかないことが明らかになった。同調次数mが3より大きい場合は、吸気圧力波のピーク位置は吸気バルブ閉止時期の前にあり、次数の増大とともに閉止時期より前へ離れていく。一方、同調次数mが3より小さい場合は、吸気圧力波のピーク位置は吸気バルブ閉止時期の後になる。

 吸気管の効果に利用されるのは、振幅も比較的に大きいし、圧力波のピークも吸気バルブ閉止直前に出現する3次同調圧力波である。4次以上の同調波では圧力振幅が小さい上に、圧力波のピーク位置も通常の吸気バルブ閉止時期より前になり、吸気バルブ閉止時期における吸気圧はシリンダ内圧より低いので、吸気逆流が発生しやすく、圧力脈動の効果はあまり期待できない。また、2次では吸気圧力波の振幅は大きいものの、圧力波のピーク位置が吸気弁閉止後に出現して吸気圧力波が十分に利用されず、吸気不足になるということが分かった。

 以上の解析結果から、吸気系の固有振動数とピストン速度変動の3次成分の加振振動数が一致する場合に、吸気管内の圧力振動は共振状態になって3次圧力振動を生じて、体積効率は増大することが分かった。

 以上の機械振動モデルの解析により、エンジンの全回転数域にわたり高体積効率を維持するために採用される吸気管長さを可変とするシステムと吸気バルブタイミングを可変とするシステムの本質も明らかにした。つまり、吸気管長可変システムでは、エンジンの回転数に合せて管長を調節し、吸気系の固有振動数をピストン速度変動の3次成分の振動数と一致させて、吸気バルブ付近にm=3の脈動圧力波を生じさせることである。一方、吸気バルブタイミング可変では、吸気管長が一定のため、吸気系の固有振動数に同調するエンジン回転数は限られる。同調回転数より低い回転数域では、吸気圧力波の次数mが3より高くなり、圧力振幅も同調時より小さく、圧力のピーク位置は通常の吸気バルブ閉止時期より前になる。このため、バルブ閉止時期には吸気管内の圧力はシリンダ内圧より低くなり、吸気の逆流が生じる。この吸気逆流を防止すると同時に、吸気管内圧力の高い時期にシリンダ内への吸気量を増やし、体積効率を増大させるために、吸気バルブの閉止時期を早める必要がある。また、同調回転数より高い回転数域では、吸気圧力波次数mが3より低くなり、圧力振幅は大きいが、圧力のピーク位置は通常の吸気バルブ閉止時期より後になり、高い圧力を有効に利用できない。このため、体積効率を高めるために、吸気バルブの閉止時期を遅らせる必要がある。

 多気筒エンジンに対しても、吸気管の配置によって吸気干渉型と吸気非干渉型に分けられる。吸気干渉がない吸気非干渉型ならば、単気筒エンジンの吸気管と同様の効果を期待することができる。体積効率が最大になる条件は、単気筒エンジンと同じである。最適な吸気管長が存在し、吸気管長可変システムは適用できる。一方、吸気干渉型では、各気筒の吸気干渉のために吸気管内に大きな吸気圧力振動が生じないから、高い体積効率が得られない。吸気管長可変システムは適用できない。しかし、吸気干渉型でもバルブ閉止時期を変えることにより、体積効率の少しの改善は期待できる。

 吸気バルブリフト及びタイミングの連続可変機構を考案し、可変機構の幾何学的な関係式を作成し、吸気バルブリフト及びタイミングの変化を計算した。本機構は吸気バルブタイミング及びリフト可変に有効なことを確認した。吸気バルブリフトの変化は制御用ばねとバルブ用ばねの初期設定力の比によるもので、最大リフトはその比とほぼ直線関係となる。また、数値計算で本機構による体積効率の改善にも効果があることを確認した。低速域で吸気バルブリフトが小さい場合には、吸気バルブにおける流速を増大することも示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「車両用エンジンの体積効率改善に関する研究」と題し,6章より成っている.

 車両用エンジンの性能向上は,エネルギー問題,環境問題の解決のため,重要な課題である.このエンジン性能の向上のため,体積効率の改善は無くてはならない技術である.このため,従来から多くのエンジン技術者が体積効率改善の努力をしている.実機関での体積効率改善法は,ある程度実施されているが,吸気管内の流れの面から吸気弁の弁開時期と管内圧力脈動の関係について明確になっていない.

 以上を背景に,本論文は4ストロークサイクルエンジンの吸気管内脈動流を数値的に求め,体積効率が最大となる条件・理由を明らかにし,エンジンの広範囲の作動回転数域で高体積効率を維持するための動弁機構を提示して,その有効性を確認している.

 第1章「序論」では,従来行われている車両用エンジンの吸気特性の研究や吸気改善のための動弁機構について概観し,本研究の目的及び本論文の概要について述べている.

 第2章「単気筒エンジンによる吸気特性の解析」では,エンジンシリンダーを含む吸排気管内の非定常流れをMacCormack法により数値計算をして,吸気管内の圧力脈動及び吸気弁の弁開時期と体積効率との関係を明らかにしている.まず,吸気管内の基本的流動状況を把握するため単気筒エンジンについて検討し,従来用いられている音響法から求まる吸気管長さでは,エンジン回転数に対し最適とはならず,吸気弁の開いている時のヘルムホルツ共鳴より求まる長さと吸気弁の閉じている時の気柱振動より求まる長さとの平均値が最適長さを与えることを明らかにしている.また,吸気管内の気柱の振動を吸気弁の開閉とピストンの運動による強制振動とみなし,吸気系の固有振動数がピストン速度の3次成分に等しくなる時,体積効率が最大になることを示している.さらに,吸気管内の気柱を単一質点とする機械振動モデルの解析を行い,吸気のm次同調圧力波の位相とピストン速度変動のm次成分の位相が一致すること,同調した吸気圧力波に関しては、吸気管長さと同調回転数が違っても、同調次数mが同じなら、吸気圧力波の振幅と位相は同じであること,同調次数mが高いほど、吸気圧力波の振幅は小さくなり,圧力のピーク位置が吸気弁閉止時期より前にくること,mが3より小さいと圧力振幅は大きいがピーク位置は吸気弁閉止時期より遅くなること等を示している.以上の解析結果より,エンジン回転数と体積効率の関係について,次のことを明らかにしている.低速回転数域では次数mが大きくなるので,通常の開弁時期では弁閉止時に吸気圧力が低くシリンダーから逆流が生じ,体積効率が悪化する.これを防止するために弁閉止時期を早める必要がある.高速域では逆にmが小さくなり,圧力のピークが遅くなるので,弁閉止時期を遅らせ高い吸気圧力を有効利用する必要がある.

 第3章「多気筒エンジンの吸気過程について」では,単気筒エンジンで明らかとなった体積効率を向上させる条件について,吸気干渉が生じない3気筒エンジン,吸気干渉が生じる6気筒エンジンを,吸気非干渉型と吸気干渉型エンジンの例として,数値解析を行うことにより解明している.すなわち,3気筒エンジンでは単気筒エンジンとほぼ同様の結果が得られるが,6気筒エンジンでは吸気干渉のため吸気管内の圧力脈動は発達せず,吸気の圧力脈動を利用できない.しかし,低速回転数域で吸気弁閉止時期を早め,逆流を防止する効果は3気筒エンジンの場合と同様にあることを明らかにしている.

 第4章「本研究用吸気バルブ可変機構の原理」では,ロッカーアームの支点支持力を油圧により制御して,バルブリフトと弁開期間を連続的に可変とする機構を提示し,その作動原理を説明している.さらに,その作動を確認するため,油圧の代わりにバネ力を用いた制御機構を試作して,実験と計算により作動原理の有効性を確認している.

 第5章「吸気バルブ可変機構によるエンジン特性の改善」では,計算モデルのエンジンに本来具備していた吸気弁の代わりに,前章の可変バルブ機構を組み入れたエンジンモデルについて数値解析をし,単気筒,3気筒,6気筒エンジンともに,体積効率の改善に効果のあることを示している.また,弁の開閉を行わせない休筒状態を容易に実現できるので,低出力時に一部のシリンダーを休筒させ,作動シリンダーを高出力化することにより,エンジンの損失を減少させる効果があることも示している.

 第6章「結論」では,本研究で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文は,エンジンの体積効率を改善させるためのエンジン吸気システムの設計における有用な指針を提供している点から,機械工学,特にエンジン工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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