学位論文要旨



No 117745
著者(漢字) 河田,裕子
著者(英字)
著者(カナ) カワタ,ユウコ
標題(和) 世界エネルギーシステムにおけるメタンハイドレート導入の評価
標題(洋)
報告番号 117745
報告番号 甲17745
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5378号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,和男
 東京大学 教授 金田,博彰
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 助教授 増田,昌敬
 東京大学 助教授 茂木,源人
 東京大学 助教授 松橋,隆治
内容要旨 要旨を表示する

 「メタンハイドレート」はメタンガス分子と水分子から成る氷状の物質である。天然に存在するメタンハイドレートは日本近海を含む世界全域に多量に推測され、エネルギー資源化へ向けた研究開発が進められている。メタンハイドレートがエネルギー資源として利用可能となれば、第一に国産資源の確保ができ日本のエネルギー安全保障に寄与する点、第二に世界全体から見れば在来型資源の生産減退後のエネルギー源としての価値を有する点、第三に天然ガスとして化石エネルギーの中では環境特性が優位である点で有用となる。このような有用性を持ちながらも、メタンハイドレートの長期世界エネルギーシステムにおける位置づけは、現在までに明確に評価されていない。本研究では、長期世界エネルギーシステムにおけるメタンハイドレートの位置づけを評価し、さらにその導入について考察することを目的とする。この評価は、メタンハイドレート研究開発の効率化に必要となる、具体的な技術目標や政策の設定に有用となる。

 まず、メタンハイドレートの世界エネルギーシステムにおける位置づけを評価するために、以下を検討した。

 1)現段階の技術情報をもとに、具体的なメタンハイドレート開発についてプロジェクト評価を行った。さらに、今後のメタンハイドレート開発において技術的・経済的に克服すべき課題を考察した。

 2)化石エネルギー供給の詳細な評価を可能とする化石エネルギー分析型モデルを開発し、世界エネルギーシステムにおけるメタンハイドレートの位置づけを評価した。モデルに導入するメタンハイドレートの基本データとして、1)の試算結果が必要となる。

 さらに、メタンハイドレートのエネルギーシステムヘの導入に向けた考察として、以下を検討した。

 A)世界エネルギーシステムにおける導入の考察のために、上記2)において比較ケースを設けて分析を行った。導入時期に応じて求められるコスト削減率についても検討した。

 B)日本における導入促進のための具体的なプロジェクト評価を行った。上記1)の開発プロジェクトで生産されたメタンハイドレートとLNGとのハイブリッド型発電を提案、評価した。

 上記1)の評価では、海域メタンハイドレート開発を対象とした具体的なプロジェクト評価を行った。海域開発に焦点を当てたのは、原始埋蔵量全体の95%以上を占めるためである。現時点の技術情報から、垂直坑井を用いた減圧法、水平坑井を用いた減圧法、熱水圧入法について生産コンセプトモデルを設定し、開発生産コスト、CO2排出量の算出に至るまでの一連の流れを構築した。なお、本研究では、コスト・資材データを得るために、IHS Energy社の石油・ガス開発のコスト計算ソフトQUE$TORを用いた。結果をまとめると以下のようになる。

 ・本試算で設定した生産手法の中では、水平坑井を用いた減圧法が経済性、CO2排出量ともに最も優れる。

 ・熱水製造に生産ガスを消費するため、熱水圧入法は水平坑井を用いた減圧法より経済性、CO2排出量ともに劣る。また、減圧法でも垂直坑井を用いる場合は、生産量が非常に低いため著しく高単価となる。

 ・CO2排出量は減圧法ではLNGより低いが、熱水圧入法ではLNGより高く石油に匹敵するほど高い。

 ・今後商業化を目指すには、水平坑井を用いた減圧法又は熱水圧入法による開発が有効と考えられる。ただし、内部収益率10%となる単価は水平坑井を用いた減圧法で70.2$Boe、熱水圧入法で88.8$/Boeであり、在来型天然ガスと比較すると経済性は非常に低い。しかも、水平坑井には1000mの水平長を設定しているが、これは大水深の海底下浅層において確立されている技術とは言えない。商業化に向けたメタンハイドレート開発における今後の課題としては、高コストの原因である掘削費と海底生産システム費、坑井の修繕費の50%程度の削減、大水深海底下浅層における水平長2000m程度の水平坑井の掘削仕上げ技術の確立、熱水圧入法における熱効率の改善、が挙げられる。

 上記2)の評価で開発した化石エネルギー分析型モデルは、日本エネルギー経済研究所で著者らが構築した超長期エネルギーフローモデルに、本研究で導出した化石エネルギー種別のコスト供給曲線を導入したものである。特に在来型石油・天然ガスのコスト供給曲線については、地域別に賦存状態を区別し、さらにフィールドサイズレベルの供給量と供給コストを算出することにより詳細に導出した。メタンハイドレートのコスト供給曲線は、水平坑井を用いた減圧法と熱水圧入法について区別して求め、ベースケースとして技術的可採量全体を両手法で二分する設定を置いた。また、モデルに導入する化石エネルギー種別のCO2排出原単位を生産段階と消費段階に区別して再検討し、化石エネルギーの生産段階における炭素課税が供給コストに明確に影響を与える構造にした。メタンハイドレートの供給コストやCO2排出原単位の基礎データには、上記1)の試算結果を用いた。本モデルを用いたシミュレーション分析では、環境制約を特に課さないBAUケースにおけるメタンハイドレート供給は、資源量の豊富なアメリカや中南米の生産が半分以上となる形で21世紀後半に開始され、当初は減圧法が主流であるが次第に熱水圧入法が増加していく結果となった。

 上記A)の考察のために、まず炭素税負荷による比較ケースを設けた。その結果、厳しい炭素課税により、21世紀後半のメタンハイドレート供給は増加するが、21世紀前半の導入は促進されないことが分かった。さらに、メタンハイドレートコスト供給曲線による感度分析を行った。技術的可採量に対する熱水圧入法適用率を変化させたところ、熱水圧入法適用率が増加するほどメタンハイドレート供給量は抑制され、導入が遅延される傾向が見られた。技術進歩によるコスト削減を想定して供給コストに変化を与えると、大部分の資源量が賦存する海域メタンハイドレートの場合、21世紀前半における導入には年率6%以上の飛躍的な技術進歩によるコスト削減が必要となった。このように21世紀前半におけるメタンハイドレート導入が容易ではないのは、低コストの在来型天然ガスがまだ豊富にあるためである。

 一方で、日本においては国産資源確保の観点から、メタンハイドレートの早期導入にメリットが存在する。上記B)では日本におけるメタンハイドレート導入促進プロジェクトとして、メタンハイドレート・LNGハイブリッド型発電プロジェクトを提案、評価した。上記1)のメタンハイドレート開発プロジェクトによる生産ガスとLNGを使用燃料とし、コンバインドガスサイクル発電プラントを開発メタンハイドレート層に近い沿岸部に設置する。なお、熱水圧入法を適用する場合は、発電プラントの廃熱を利用して熱水を製造しハイドレート層まで輸送する設定とした。結果をまとめると以下のようになる。

 ・熱水圧入法では、低圧タービン手前で熱水製造用の蒸気を一部抽気するため発電効率が低下し、また熱水輸送のポンプ動力に電力が消費されるので、減圧法を用いるケースより若干経済性が劣る。しかし、1)の評価よりもメタンハイドレート開発生産コストは低下し、CO2排出量も削減される。

 ・発電開発計画においては、発電規模の拡大および発電期間の延長により経済性を向上させることができる。発電プラントヘの投入熱量規模1250MWであれば、発電操業期間20年で、減圧法、熱水圧入法ともに現在の電力価格(19円/kWh)のもとで内部収益率10%をほぼ達成することができた。なお、排出権取引により、石炭火力からの転換を図った場合のCO2排出削減量の売却益が得られれば、さらに経済性は良化し、リスクを軽減できる。排出権取引単価10,000円/ton-Cの下では、総生産量が当初予定の50%に減少しても内部収益率は両生産手法とも8%以上を保つ。

 ・石炭火力と競合関係になる時の排出権取引単価は、発電稼働率70%、排出権取引における排出枠150g-C/kWh(LNG火力に近い値)の前提のもとでは、減圧法、熱水圧入法の両ケースともに70,000円/ton-Cと非常に高額となった。従って、本プロジェクトの導入インセンティヴとしては、排出権取引の導入以外にも、国産資源確保のための税制優遇措置などが必要と考えられる。また、技術開発の進歩はやはり重要であり、1)やA)に挙げた高い技術目標の達成までの要求は課されないが、1)における技術的前提のクリア以上の技術進歩は必要となる。

 上記の導入促進プロジェクトによるメタンハイドレート導入は、ガス市場に直接参入するよりリスクが小さく、開発結果は以降の技術開発で活用できる。その結果、上記に挙げた技術目標が達成されれば、早期の日本ガス市場への展開や日本から世界各地域への技術移転も可能となる。エネルギーシステムヘのメタンハイドレート導入に関する一つの指針を与えた本研究が、今後の研究開発の一助となれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

 近未来のエネルギー資源として期待されるメタンハイドレートの開発研究と導入を効率的に進めるには具体的な技術目標や政策が必要であり、その検討のためにはメタンハイドレート供給の将来シナリオを描くことが不可欠となるが、現在までにこの観点からメタンハイドレートの評価を行った報告例は皆無と言ってよい。本論文はこのような状況に応えるために、まず具体的なメタンハイドレート開発生産コンセプトを明らかにしてプロジェクト評価を行い、さらに競合関係になり得る各種化石燃料の供給量とコストについても細密に分析して、将来の世界のメタンハイドレート供給に関する数種の具体的・定量的なシナリオを提示した。その上で、導入に向けた具体的な技術目標や日本における導入促進プロジェクトについて提案した。メタンハイドレート資源化への具体的な指針を示した先導的研究として高く評価される。

 本研究では、まず現段階で入手できる希少な技術情報をもとに、原始埋蔵量の95%以上を占める海域におけるメタンハイドレート開発について、垂直坑井を用いた減圧法、水平坑井を用いた減圧法、熱水圧入法の具体的な生産コンセプトモデルを設定し開発生産コストおよびCO2排出量の算出に至るまでの一連の流れを構築して、プロジェクト評価を行った。今後解明される精密なデータの投入によって、より深みのある検討を可能とする基礎モデルを構築した点、現在までに発表された評価は具体性が欠如しCO2排出量まで評価していなかった点において新規性がある。さらに評価結果をもとに次に示す具体的な技術目標を提示している。想定した水深1000mの海底下のメタンハイドレート層に対しては、水平坑井を用いた減圧法が最も優れた生産手法であるが、商業化を目指すには2000m程度の水平長を持つ水平坑井仕上げ技術が必要であり、さらに掘削費と海底生産システム費、坑井の修繕費の50%程度の削減が必要である。なお、熱水圧入法ではCO2排出量が石油に匹敵する程大きくなるため、システム全体の熱効率改善が必要となる。

 次に将来のメタンハイドレート供給を分析するため、化石エネルギー分析型モデルを開発した。本モデルの最大の特徴は、従来の需要サイドから詳細に世界エネルギーシステムを表現し競合的な供給予測を行った超長期世界エネルギーフローモデルに、各種化石燃料のコスト供給曲線を導入して化石燃料供給サイドからの詳細な分析も可能とした点にある。コスト供給曲線は地域別、賦存状態別にフィールドサイズレベルから検討したもので、過去に例の無いものである。なお、メタンハイドレートについては上記プロジェクト評価結果を基礎に減圧法と熱水圧入法に区別して曲線を導入し生産手法別の分析を可能とした。モデル分析によりメタンハイドレート供給量に対し次の結果を得ている。基準ケースの供給は、資源量の豊富なアメリカや中南米の生産が半分以上となる形で21世紀後半に開始され、当初は減圧法が主流であるが次第に熱水圧入法が増加していく。厳しい炭素課税導入により、21世紀後半の供給増加は認められるが21世紀前半の導入は促進されない。技術的可採量に対する熱水圧入法適用率が増加すると供給量は抑制され、導入が遅延される傾向にある。21世紀前半における導入には海域メタンハイドレートの場合、年率6%以上の飛躍的な技術進歩によるコスト削減が必要となる。低コストの在来型天然ガスがまだ豊富にあるため、21世紀前半における導入は容易ではないと言える。

 ただし日本においては国産資源確保の観点から早期のメタンハイドレート導入に利点が存在するため、本論文では最後にメタンハイドレート開発の導入促進プロジェクトを提案した。メタンハイドレートとLNGを使用燃料とし開発海域に近い沿岸にLNG火力発電プラントを建設して発電を行うプロジェクトである。特に、熱水圧入法ケースでは熱水製造に発電プラントの廃熱を利用してハイドレート層まで断熱輸送する開発方式を考案し、CO2排出量とコストの削減が可能となることを示した。なお、本プロジェクトは発電規模の拡大、操業年数の延長、CO2排出権取引の利用によって経済性が得られる可能性があるが、石炭火力からの転換を促進して導入を図るには、高額のCO2排出権取引価格を要するため、他の税制優遇措置などの政策も必要となることが分かった。やはり第一に技術進歩が求められるが、本プロジェクトによる導入はガス市場に直接導入するより容易でリスクが小さいため、メタンハイドレート早期資源化の方策となり得る。

 本研究は、個々の技術的側面を検討し世界のエネルギー需給全体を見据えた上で、メタンハイドレート資源化への具体的な指針を示した先導的研究として高く評価される。また、需要側からの検討が主流であったエネルギー需給モデルに化石燃料の枯渇にともなう供給コスト上昇による制約要素の導入を行った点において、本研究は地球システム工学の新たな可能性を示唆したものでもある。河田氏が世界に先駆けて行なった本研究は、わが国で進行中のメタンハイドレート開発研究の効率化に大きく寄与するものと期待される。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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