学位論文要旨



No 117747
著者(漢字) 後藤,昌宏
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,マサヒロ
標題(和) 高温超伝導体の不純物置換効果
標題(洋)
報告番号 117747
報告番号 甲17747
学位授与日 2003.03.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5380号
研究科 工学系研究科
専攻 超伝導工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内田,慎一
 東京大学 教授 岸尾,光二
 東京大学 教授 永長,直人
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 助教授 野原,実
内容要旨 要旨を表示する

 まず最初に問題となるのは不純物置換効果とは何かということである。高温超伝導体において不純物を高々数%いれるとTcは完全になくなり、超伝導をこわしてしまう。この効果のことをさすのであるが、はたしてでは不純物とはなんなのか?という問題にぶちあたる。La系高温超伝導体の場合、LaにSrを置換していくと、CuO2面内のキャリア数がかわりTcが増減する。たとえば、La2CuO4にSrをLaの8%程度いれることによってTcが0から40Kにまで上昇する。しかしながらこれはCuO2面にキャリアをドープしたことによる効果であり、けっして不純物置換効果とはいい難い。これにたいして、CuサイトにZnなどをいれていくと、Tcはたかだか数%のオーダーでなくすことができる。[1]つまり、不純物置換効果とはCuO2面内のCuサイトにいろいろなもの(Cu以外のもの)をいれることをいう。

 では、不純物置換で問題とすべきことは?

 ・不純物の種類によって不純物置換効果が変わってくるのか?

 たとえばZnとNiのように非磁性不純物と磁性不純物とでなにか変わってくるのか?

 また、不純物のイオン価はなにかしらの影響をおよぼすのか?

 ・なぜ不純物によってTcはさげられるのか?

 ここで考えられるモデルを考えてみる。

 1.BCS理論でかんがえられた不純物効果をかんがえたBogoliubov-Golkov理論によって、その理論をd-wave超伝導体にあてはめたモデル。この場合は置換された不純物はなんでも敏感であり、その濃度によってスケールされるという考え方である。Alloulらのgroupが提唱している。[2]

 2.Swiss-cheese model…これはColumbia大のUemura groupが考えたモデルである。Znのような不純物のまわりにそれぞれおよぼされる範囲が穴ぼこのように空きそこの部分が超伝導になることができないという考え方である。[3]

 3.ρ2DσがTcにスケールするという考え方である。これはCooper pairの局在を考えており、2次元の超伝導体においてある抵抗率を超えるとS-I transitionをひきおこすと考えられる。これは薄膜の金属等で実際観測されている。[4]

 4.Znなどの不純物によってStripeがpinされてStripeが静的になることによってTcがさげられるというモデルである。これは東北大の小池グループによって提唱されている。[5]

 本研究においてはこの2つの問題点について議論するためにいろいろな不純物,非磁性不純物Mg,磁性不純物であるNi,イオン価の違うLi,AlをCuO2面に置換して抵抗率と帯磁率、μSR実験をすることによって明らかにした。

 最初にすべての不純物を置換した系におけるMg,Znを置換したYBCOの残留抵抗と磁気モーメントの不純物濃度依存性を図1に、Al,Li,Znを置換したLSCOの残留抵抗と磁気モーメントの不純物濃度依存性を図2に示す。

 この図から見るとAl,Liともに残留抵抗は小さくなり、磁気モーメントが大きく出ている。これは、次のように解釈される。Al,Liはイオン価がまわりのCuと違うために余分な電子(Alの場合)かホール(Liの場合)がドープされる。しかしながら、電気抵抗率から見ると傾きが変化しておらず、これはCuO2面内のキャリア数が変化しないことを表す。この2つのことからAl,Liのまわりにホール(Alの場合)か電子(Liの場合)がトラップされてスカーミオン的になりそれが自由モーメントを引き起こして磁気モーメントを大きく出していると考えられる。つまりは、Li,Alのイオンは高温超伝導体の中では、通常非磁性のイオンであるにもかかわらず、磁性をもった不純物として振舞うことになる。

 次に電気抵抗率が小さくなることであるが、これはフランスのAlloulグループ[6]や阪大の石田らの論文[7]が示しているLi,Alともに大きな散乱を示す不純物であるということと矛盾する。これは、ここで示しているLi,Alの濃度がnominalな値を示しており正確な値を出しているとは言い難い点にある。しかしながら本論文においてはTcと不純物の関係を見ているためにあまり大きな問題点とは言えないが、前述の2つの論文との整合性と、Al,Liの量が多く入ることはありえないことを考えるにやはり、Al,Liともにユニタリー極限を示す不純物と考えることが妥当である。結局、非磁性不純物であろうと磁性不純物であろうと、イオン価が変化しようとも、また3dの軌道に電子がなくても不純物は同じ役割をはたすということがこのデータからわかる。

 ここで、最初の問題点の2個目に入る。Tcがなぜ不純物によって落ちるかという問題である。本研究によるデータをそれぞれにあわせてみてちゃんと整合性があるのかということを考えてみる。まず一番目のFermi-liquidモデルで考える場合[2]、いろいろな不純物をd-wave超伝導体に導入されたnormal impurityとして考えたTcの落ち方は、

 の式で表される。ここでΨ(x)はデガンマ関数,Γは対破壊パラメーターであり、となる。これでは、ホール数に関係なくTcの落ち方がρ0に比例することになり、本研究の結果を説明することが出来ない。次に4番目のモデルであるがStripeが不純物によってpinされるという考察である。これは、定性的に考えるとまずLSCOとYBCOでの違いがないということから否定される。いままでの中性子の実験から考えられるに、LSCOとYBCOではLSCOのほうがStripeが安定化しやすく、YBCOにいたってはスピンの相関が見られたに過ぎない[8]。

 次は3番目のswiss-cheese modelであるが[3]、まずNiとZnを置換した系におけるσ(T→0)とTcの関係を図3にのせる。

 これをみてみるとNi,Znを置換した系において非常によくunderdope領域におけるuniversal lineにのっているといえる。このことからこのモデルは良いように見えるが、Ni,Znを置換したBi系の超伝導体のSTM[9]との整合性がとれない。これは、Znによっては超伝導ギャップがはっきりとつぶされているのに対して、Niを置換した系においては片側の超伝導ギャップだけが壊されており、完全に破壊されていない。つまり、NiとZnにおいての超伝導の破壊のされかたに相違があり、ただ、不純物が穴ぼこをあけて超伝導のcoherenceが不純物まわりになくなるとは考えにくい。

 そこで最後のモデルになるが、まず図4を見てみる。

 これをみるにunderdope領域において非常によく一直線のlineに乗っていることを表す。それも、様々な不純物においてずれることはなく不純物の違いや高温超伝導体の種類にもよらないことがわかる。これは、Emery達が提唱している不純物が入ることによって超伝導体のCoherenceがくずれそれによってTcがさがっていることをあらわしている[10]。また、μSRの実験からもわかるように超伝導キャリアは減少しているのであるからそのCoherenceのくずれによってもともとあった超伝導キャリアが動けなくなっていると考えるのが妥当と考えられる。つまりは、超伝導体の不純物効果は超伝導キャリアのtrapによって引き起こされていると考えられる。

[1]H.Harashina et.al.Physica C 212 142(1993)

[2]R.J.Radtke et.al,Phys.Rev.B 48,653(1993)

[3]Nachumi et.al.,Phys.Rev.Lett.77,5421(1996)

[4]Fukuzumi et.al.,Phys.Rev.Lett.64 684(1996)

[5]Akoshima et.al.,Phys.Rev,Lett.57 7491(1998)

[6]Bobroff et.al.,Phys.Rev.lett.83 4381(1999)

[7]K.Ishida et.al.,Phys.Rev.Lett.76 531(1996)

[8]P.Daiet.al.,Phys.Rev.Lett.77 5425(1996)

[9]S.H.Pan et.al., Nature 403 746(2000)

[10]V.J.Emery and S.A.Kivelson,Nature 374 434(1995),

V.J.Emery and S.A.Kivelson,Phys.Rev.Lett.74 3253(1995)

図1:YBCOにおける残留抵抗と磁気モーメントの不純物濃度依存性

図2:LSCOにおける残留抵抗と磁気モーメントの不純物濃度依存性

図3:NiとZnを置換したYBCOにおけるμSR実験

図4:p2D0とTc/Tc0をプロットしたもの。underdope領域においてTcとp2D0は一定の直線にのる。

審査要旨 要旨を表示する

 高温超伝導体における不純物効果は、通常の超伝導体とは著しく異なっている。通常の超伝導体に非磁性の不純物を導入したとき、その超伝導臨界温度Tc、が殆ど影響を受けないのに対して、高温超伝導体では、僅か数%の非磁性元素Zn置換でTcがゼロにまで減少してしまう。このような著しい不純物効果が何故起こるのか、未だに充分な理解が得られていない。本研究では、標準的な高温超伝導体La2-xSrxCuO4及びYBa2Cu3O7-δを対象として、それらの不純物効果を、単結晶試料の合成、不純物導入、電子輸送現象及び帯磁率測定により研究したものである。Zn不純物効果を基準として、磁性不純物Ni効果との違い、そして、非磁性不純物でもZnとはイオン価の異なるAlやLi不純物効果との差異を系統的かつ定量的に追求した初めての研究となっている。これらの結果に基き、高温超伝導体の不純物効果に対する様々な理論モデルを検証し、キャリアーの非磁性不純物によるユニタリー極限の強い散乱が電気抵抗率を著しく増加させ、それに伴うクーパー対の位相ゆらぎがTc低下の主たる要因であるという結論を導いた。

 本論文は、7つの章からなる。第1章では序として本研究の動機と不純物効果研究の基本戦術が述べられている。

 第2章は、研究の目的と背景で、高温超伝導体のTc-ドーピング相図、その電子構造、そして不純物効果のこれまでの研究結果がまとめられている。不純物効果はNMR,μSR,STMなど多くの物性実験プローブで行われてきたが、それぞれの結果の意味、そこから導き出された。d波超伝導における不純物効果、スイスチーズモデル等様々な不純物効果の理論的モデルを説明している。

 第3章は、本研究で用いた実験手法について述べたものである。La系、Y系高温超伝導体単結晶成長法、そして各々の系でのドーピング、不純物量制御法が記述されている。

 第4章は、非磁性(Zn)と磁性不純物(Ni)の電気抵抗率や帯磁率に与える効果を比較している。電気抵抗測定から得られた結果は、磁性不純物NiがZnほど強くキャリアーを散乱しないことを示している。帯磁率からみても、Niはその周囲のCuをZnほど強く磁気分極させていないと結論される。このような不純物とキャリアー及びその周囲のCuスピンとの結合の弱さが、Znに比べNiのTc抑制効果が小さい原因であると考察している。

 第5章は、イオン価の異なる非磁性不純物の効果に関する実験結果と考察である。2価のZnとイオン価が1つだけ異なるAl3+及びLi1+不純物効果をZn2+の場合と比較している。実験上の困難は、AlやLiが単結晶中に充分はいりきらないことである。この問題を克服するために、比較的不純物量が制御しやすい多結晶体試料でのTcと不純物量との関係を決定し、それに基づいて、単結晶中の不純物量を評価した。その結果、AlもLiもZnと同様、ユニタリー極限のキャリアー散乱体として働き、大きな残留抵抗を発生させていることを明らかにした。一方、Znより1つ余分にある正孔や電子は、不純物原子の周りに局在して磁気モーメントを出すこと、その寄与を差し引いた帯磁率から、Znと同じく周囲のCuスピンを分極させ新たな磁気モーメントを誘起している事を示した。非磁性不純物は、そのイオン価に関係なく、全く同じ効果を高温超伝導に対して示すと結論している。

 第6章及びまとめの第7章では、磁性、非磁性あるいは異なるイオン価の不純物の存在により生ずるミクロな局所的電子構造変化よりも、マクロな物理量である残留抵抗値が、少なくともアンダードープ域でのTcの抑制を支配しているという結論が導かれている。アンダードープ域では位相の固さの目安となる超伝導キャリアー密度が小さく、クーパー対の位相ゆらぎが大きくなる。不純物による電気抵抗率の増大は、電子間のクーロン相互作用の遮蔽効果を弱くし、超伝導キャリアー密度のゆらぎを抑制する。その結果、位相のゆらぎが増強されTcが減少するという解釈がなされている。

 以上を要するに、本論文では、高温超伝導体の特異な不純物効果を様々な不純物元素について研究し、電気抵抗率というマクロな物理量がTcを制御している事を明らかにした。本研究は、諸説入り乱れている高温超伝導体の不純物効果メカニズムの解明を進展させた。基礎だけでなく応用研究にとっても有用な知見を与えるものであり、超伝導工学の進展に寄与するところ大であると判断される。

 よって、本研究は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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