学位論文要旨



No 117762
著者(漢字) 陳,素彩
著者(英字)
著者(カナ) タン,ソウチャイ
標題(和) 説一切有部における見随眠 : 『倶舎論』「随眠品」を中心として
標題(洋)
報告番号 117762
報告番号 甲17762
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第398号
研究科 人文社会系研究科
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斉藤,明
 東京大学 教授 末木,文美士
 東京大学 助教授 菅野,覚明
 東京大学 助教授 下田,正弘
 駿河台大学 助教授 佐古,年穂
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,P.Pradhan氏の『倶舎論』校訂テクスト,および,漢訳や他の注釈書等を参照しながら,『倶舎論』「随眠品」の写本に基づく批判校訂テクスト及びその訳注を作成するための第一歩である.また,校訂や訳注にあたっては,テクストの思想背景を明確にするために,『倶舎論』,以前の説一切有部文献にさかのぼって,関連する思想背景を探った.

 本論文は,二つの部分からなる.第一部は『倶舎論』「随眠品」を中心とする説一切有部における見随眠としての五見の概念に関する考察である.第二部は,『倶舎論』「随眠品」vv.1-11のサンスクリット語の写本校訂テクスト及びその訳注である。また,写本校訂や訳注の作成に不可欠な参考資料である漢訳(真諦訳・玄奘訳)・チベット訳(デルゲ版・北京版)において,写本や他のテクストと相違する箇所が見られるので,それらの相違を示すために,それらのテクストも附している.更に,玄奘訳に対する三つの漢文注釈(『光記』『圓暉疏』『法宝疏』)は,『倶舎論』「随眠品」の内容・出典・主張者を理解するために欠かせないので,玄奘訳のテクストの該当箇所に,それらのテクストを脚注で示した.

 vv.1-11に関連する思想背景は多岐に渡るため,本論文(第一部)では,先行研究を参照しながら,最も問題点の多いと思われる<見随眠としての五見>(vv7-9)に特に範囲を限定して考察を進めた.

 本論文の構成は次の通りである.まず,第1章において,本論文の位置付けおよび説一切有部論書における五見の位置付けを明らかにした.

 次に,第2章の「サット・カーヤ・ドリシュティ(sat-kaya-drsti)」では,サット・カーヤ・ドリシュティ(sat-kaya-drsti)の概念・定義区分・二十の薩迦耶見等を検討した.また,学者の間に疑念のある,ヴァスバンドゥによるsatの意味や,『順正理論』に述べている「非存在を対象とする認識がある」という記述の批判相手に関する誤解を明らかにするために,それらの該当課題を探った.考察結果によると,ヴァスバンドゥはsatを「壊れるもの」と定義していることに疑いの余地はないということが分かった.また,『順正理論』における「非存在を対象とする認識がある」という記述の批判相手は,ヴァスバンドゥではなく,譬喩者であると考えられる.即ち,世親は三世実有を主張して,現在の迷乱という認識は,現在に存在している対象を把握して認識し,過去の迷乱という認識は,過ぎ去った時点に実在していた対象に関する認識の想起により認識され,未来の法の認識は,現時点に実在している対象に関する認識の推定により認識される,と考える.世親のこの主張のみでは,迷乱の対象を非存在と認めるという結論にまで結びつけるべきではないと思われる.また,文献上で,世親が迷乱の対象を非存在と認めるという記述が見当たらない限り,上座と世親は,譬喩者と同様に,迷乱の対象を非存在と認める,と考えるべきではないと思われる.従って,同じく「非存在を対象とする認識がある」と主張しても,世親は,譬喩者が非存在として認めている迷乱を非存在として認めていないと思われるので,『順正理論』の批判相手は,世親ではなく,譬喩者であると考えられる.

 第3章の「辺執見」では,辺執見の概念・定義区分を明らかにした.また,本章において,最も定義区分を区別しにくい,サット・カーヤ・ドリシュティ(有身見)と辺執見の定義区分の違いに重点を置いて考察した.考察結果によれば,有身見は五取蘊を我または我所とする見であるのに対して,辺執見は,その我とされる五取蘊を常住または断滅とする見であることが分かった.即ち,有身見と辺執見の生起順序から言うと,辺執見は有身見を前提として,初めて生起しうる,というのである.これにより,両見の定義づけは厳密に区別されていると考えられる.

 第4章の「邪見」では,邪見の概念・定義区分・P.Pradhan氏による校訂ミスによる困惑を検討した.即ち,『倶舎論』「随眠品」における邪見の定義づけの箇所において,邪見が他の見よりも過失が重いことを示すために,二つの実例が取り上げられている.このこの二つの実例は,Pradhan氏の校訂本ではdurgandha-ksatavat,真諦訳では「臭酥」「惡旃陀羅」,玄奘訳では「臭酥」「悪執悪」,チベット訳ではmar dri nga baとされている.再校訂により,この訳語の不一致は,Pradhan氏の校訂ミスにあるということが分かった.従って,Pradhan氏の校訂本におけるdurgandha-ksatavatを写本に従い,durgandha-ghrtavatに訂正した.その内,[dur]ghrta=mar dri [nga ba]=臭酥ということが明白である.また,サンスクリット語のdurgandhaは,チベット語のdri nga baに一致していることに疑いの余地はないと考えられる.一方,玄奘による「執悪」,即ち「悪を把握する者」または,「悪人」は。canda1aの意訳であると思われる.従って,durgandha=dri nga baを,「悪臭を持つ者」,即ち「悪いチャンダーラ」(悪人の中の悪人)を意味して,真諦は「悪旃陀羅」と,玄奘は「惡執惡」と訳していると推測される.

 第5章の「見取見」では,見取見の概念・定義区分や,「見取」という呼び名が「見等の取」の省略であることに関する背景を探った.その上で,ヴァスバンドゥがその呼び名の省略について述べる際に,「戒禁取」の省略記述とは違って,kilaを附しなかった真相を検討した.考察結果によれば,見取見は,概念史の移り変わりにおいて,定義用語及び概念の細緻化が行われたが,その定義範囲は,従来の定義に変わりがなかった.この理由により,ヴァスバンドゥは,その呼び名の省略に関する記述を黙認して,kilaを附しなかったと考えられる.

 第6章の「戒禁取見」では,戒禁取見の概念・定義区分や,「戒禁取」という呼び名が「戒禁等の取」の省略であることに関する背景を探った.その上で,ヴァスバンドゥがその呼び名の省略について述べる際に,kilaを附して伝説として伝えた真相を検討した.また,戒禁取見の断法に関する論議を検討した.考察結果によれば,概念史上の変化で,戒禁取には定義拡大が行われたことがわかった.即ち,戒禁取の把握対象は,戒・禁・戒禁から五取蘊に拡大された.その定義拡大によって,「戒禁等の取」という呼び名は,その定義拡大が行われた以前の戒禁取の定義に相応しくないため,ヴァスバンドゥは,不満・不信を示すため,kilaを附したと考えられる.また,ヴァスバンドゥは,説一切有部によって設定された道見により断たれた戒禁取に,三つの過失を挙げ,認めようとしなかった.更に,本章においても,今まで考察してきた各見の定義区分を纏めて,各見が重複していない厳密な定義区分を持つことを示した.

 第7章の「顛倒としての見」では,説一切有部・分別論者・経量部における顛倒の本質・設定条件・顛倒の断法を明らかにした.考察により,設定条件については,三学派の意見が一致しているのに対して,三学派は,顛倒の本質の数と顛倒の断法に関しては意見が食い違っていることが明らかとなった.その相異点に基づき,論議が展開された.それらの論議は,二つの要点に絞られる.即ち,

(1)顛倒の数について――経典は,顛倒とは非常住・非楽・非我・非清浄を,常住・楽・我・清浄とする想念顛倒・心顛倒・見顛倒という十二種類の本質を持つものとしているのに対して,説一切有部は,非常住・非楽・非我・非清浄を,常住・楽・我・清浄とする見のみを顛倒と考える.

(2)顛倒の断法について――『発智論』は,四顛倒を全て,預流によって断たれたと示しているが,正理によれば,実際には預流には未だ欲貧が生じる.そして,この欲貧は,誤った想念がない以上,生じようがないので,預流によっては想念顛倒と心顛倒は未だ断じられていないのではないか,つまり修により断たれる顛倒があるのではないかということに関する議論である.

 一方,分別論者は,『四顛倒経』に従って,十二顛倒を主張する.また,有学聖者における欲貪を裏付けるために,樂想念・樂心・浄想念・浄心が修により断たれることを主張している.他方,経量部も,分別論者と同様に,『四顛倒経』に従って,十二顛倒を主張している.しかし,分別論者と異なって,軽量部は,有学聖者において欲貪が生じることを裏付けるために,全ての想念と全ての心が修により断たれる,と主張している.経量部のこのような主張は,分別論者と同様に,説一切有部の主張によって惹き起こされた経典矛盾を回避することと,有学聖者における欲貪を裏付けることを意図しているのみでなく,分別論者の主張によって惹き起こされた過大適用を回避することをも意図していると考えられる.しかし,それらの主張は全て,衆賢によって否定された.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、インド仏教思想史において最も代表的な教理体系を作り上げた説一切有(う)部の関連論書の中でも、以後の仏教思想の展開に決定的影響を与えたヴァスバンドゥ(世親400-480頃)によって著された『倶舎(くしゃ)論』の第5「随眠(ずいめん)」(anusaya)章を中心として、六随眠(煩悩)の一つに位置づけられる見(けん)(drsti)に焦点をあて、主に概念史的な観点から考察を加えたものである

 当該のテーマに関する従来の研究は、有身(うしん)見、辺執(じゅ)見、邪見、見取(けんじゅ)、戒禁取(かいごんじゅ)の五見に分類される見を、個々に、そしてまた『倶舎論』とともに、正統有部の立場から同論に批判を加えたサンガバドラ(衆賢-450-頃)作の『順正理論』を主要なテキストとして論及するのが通例であった。また、『倶舎論』については、1967年にP.Pradhanによりサンスクリット校訂本が出版された後は、真諦訳、玄奘訳、あるいはペルツェク等によるチベット語訳を適宜対照させ、またヤショーミトラ(称友6-7C頃)注を参照しながら同本を読解し、ヴァスバンドゥの意図を考察するという手法が一般的にとられてきた。

 これに対して本論文は、当該箇所(AKBh ad vv.1-11)について、現存する唯一の写本に遡って批判的な校訂テキストを作成したうえで、詳細な訳注研究を行うとともに、関連する漢訳およびチベット語訳の対応箇所の再校訂本を作成し、これらを基礎として、綿密な考証を行っている点に大きな特色をもつ。そのうえで本研究は、有部の最初期の論書である『集異門足論』『法蘊(うん)足論』から『発智(ほっち)論』『大毘婆沙(びばしゃ)論』、さらには『阿毘曇心(あびどんしん)論』等の『倶舎論』より少し前の諸論書、および以後の『順正(しょう)理論』に至るまでの関連する論書の比較考察を行いながら丹念に考察を加える。

 序論を除く本論は有身見、辺執見、邪見、見取、戒禁取の五見それぞれに各一章が当てられ、上記の方法をもとに、既存の研究に対する批判的な考察を交えながら論を進める。なかでも第2章「説一切有部におけるsat-kaya-drsti(有身見)の概念」では、従来未決着であったヴァスバンドゥの解釈(壊れる集合体[である五取蘊]に対する[我れ・我がものとみる]見)を明確化し、併せて有部の解釈(存在する集合体[である五取蘊]に対する[我れ・我がものとみる]見)との対比を通して、『順正理論』の論敵の位置づけに関する新説(ヴァスバンドゥでなく譬喩者とする説)を提示し考証する。とともに本論文は、第2章から第6章までになされた五見それぞれの考察を通して、五見の内容には、従来論じられてきたような重複はなく、むしろ截然とした定義のもとに次第に体系化が図られていった経緯を、論書の成立年代に沿って詳論している。

 説一切有部の煩悩論に関しては、論者も認めるように、「随眠」の章全体の考察とともに、関連する諸論書を比較考察する作業が求められる。それだけに今後の研究の余地も大きいといえる。しかしながら、そのような作業を遂行するうえでも、論者が本論文を通して確立した手堅い研究方法とその成果は十分に評価に値するものであり、今後の有部アビダルマの研究に新たな視点と方法を提供するものとなっている。一部に形式的な不備などが見られるものの、本論文がもたらした成果は大きく、博士(文学)の学位を授与するに相応しいと判定する。

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