学位論文要旨



No 117772
著者(漢字) 山城,佐和子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシロ,サワコ
標題(和) アフリカツメガエルIQGAPの細胞内及び初期胚内における局在性とその機能の解析
標題(洋) Localization and functional analysis of two IQGAPs in Xenopus laevis cells and embryos.
報告番号 117772
報告番号 甲17772
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第408号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 助教授 安田,賢二
 東京大学 助教授 山田,茂
内容要旨 要旨を表示する

アクチン細胞骨格の動的な再編成は、細胞運動、細胞質分裂、細胞接着など、多くの細胞現象において重要な役割を果たしている。これらの現象では低分子量G-タンパク質のRhoファミリーが、その標的タンパク質を介してアクチン細胞骨格の制御に関与していることが報告されている。しかし、その制御機構は未だ不明な点が多い。また、動物の初期発生の過程では細胞の移動や、形態の変化、細胞接着構造の再構築が形態形成運動において重要である。近年、ショウジョウバエやアフリカツメガエルを用いた研究から、Rhoファミリータンパク質が形態形成運動に関与することが明らかにされた(Harden et al. , 1999, Choi et al. ,2002, Lucas et al. ,2002)。しかし、初期発生過程における標的タンパク質及びその調節機構については、ほとんどが未解明である。アクチン調節タンパク質であるIQGAPは、これらの過程において、Rhoファミリータンパク質の制御によりアクチン細胞骨格の動態を調節する有力な候補である。ヒトIQGAPはF-actin結合部位を持ち、カルモジュリン及び低分子量G-タンパク質RhoファミリーのCdc42、Racと結合することから、これらの因子を介してアクチン細胞骨格の調節に関与すると考えられている。ヒトIQGAP1はin vitroでF-アクチンを束化し、哺乳類培養細胞内では細胞表層やruffling membraneにおいてF-アクチンと共局在する。また、近年、出芽酵母、分裂酵母、細胞性粘菌でIQGAP様タンパク質が細胞質分裂に必須であることが報告された(Lippincott and Li,1998、Eng et al. ,1998、Adachi et al. ,1997)。一方、哺乳類培養細胞において、IQGAP1はβ-catenin、E-cadherinと結合して細胞間接着の調節に関与しており、その活性はCdc42及びRacによって制御されることが報告された(Kuroda et al. ,1998)。従ってIQGAPはRhoファミリーの制御をうけてアクチン細胞骨格の調節及び細胞間接着の調節に働き、細胞運動や細胞質分裂、及び個体の初期発生時の形態形成運動に関与していると考えられる。しかし、IQGAPが動物細胞の細胞質分裂に関わるのかどうか、また、形態形成運動に関わるのかどうかについてはわかっていない。さらに、IQGAPによるアクチン調節機構やIQGAPの活性制御機構についても未だ不明の点が多い。アフリカツメガエルは種々の点で細胞内のアクチン細胞骨格の動態及び個体の初期発生を解析する上で有利である。本研究ではアフリカツメガエルを用いて、IQGAPによるアクチン細胞骨格の調節機構とその役割を明らかにすることを目的とした。

アフリカツメガエル未受精卵cDNAライブラリーよりIQGAP遺伝子のクローニングを行った結果、ヒトIQGAP1、2と高い相同性を持つ2つのタンパク質(それぞれXIQGAP1、XIQGAP2と呼ぶ)のcDNA断片が得られたので、全長配列を決定した。XIQGAP1及びXIQGAP2はそれぞれ1,656、1,660アミノ酸から成り、ヒトIQGAPと同様に、N末端側にF-アクチンと結合するカルポニンホモロジードメイン、中央にカルモジュリンに結合するIQモチーフ、C末端側にras-GAP関連ドメインが存在した。

次にXIQGAP1のN末端断片とXIQGAP2のC末端断片をそれぞれ組換体GST融合タンパク質として発現させ、これらを抗原としてウサギで抗XIQGAP1抗体及び抗XIQGAP2抗体を作製した。各抗体を用いてwestern blottingによりアフリカツメガエル成体組織での発現を解析した結果、XIQGAP1は解析したすべての組織(脳、胃、腎臓、肝臓、骨格筋、心筋、精巣、卵巣)において発現が検出され、XIQGAP2は脳、胃、腎臓、肝臓、骨格筋、心筋において発現が検出された。これらの結果より、アフリカツメガエルの2つのXIQGAPは様々な組織で広く発現していることがわかった。

次に、各抗体を用いて、アフリカツメガエル培養細胞株XTC細胞におけるXIQGAPの細胞内局在を観察した。抗XIQGAP1抗体により、細胞間接着部位、ruffling membrane、filopodiaにおいて濃縮した染色が観察され、ruffling membrane、filopodiaではF-アクチンと共局在した。一方、抗XIQGAP2抗体では、ruffling membraneと細胞間接着部位において弱い染色が観察され、また、核、細胞質、filopodiaで強い染色が観察された。さらに、ruffling membraneについて、より詳細に各XIQGAPの局在を比較した。その結果、抗XIQGAP1抗体ではruffling membraneの周縁が一様に染色されるのに対し、抗XIQGAP2抗体では、ruffling membrane中のF-アクチン束に特に濃縮して局在していた。これらの結果より、XIQGAPは培養細胞内でruffling membrane及びfilopodiaにおいてアクチン細胞骨格の再編成を調節し、細胞運動に関与している可能性が示唆された。また、分裂細胞においては、分裂期を通してXIQGAP1は細胞表層に、XIQGAP2は細胞質に一様に局在し、収縮環構造への局在は観察されなかった。従って、細胞内局在からはXIQGAPの細胞質分裂への関与は明らかにされなかった。

次に、初期発生におけるXIQGAPの関与について解析した。まず、各XIQGAPに対する抗体を用いてwestern blottingによりアフリカツメガエル初期胚発生過程におけるXIQGAPの発現量の変化について解析した。その結果、XIQGAP1は卵及び胞胚期では弱く検出され、原腸胚期以後発現量が増加することがわかった。XIQGAP2については、2本のバンドが検出され、卵で多く発現していた185KDaのバンドは原腸胚期以後、発現量が減少する。一方、175KDaのバンドは原腸胚期以後で発現が検出された。

次に、各発生段階の初期胚におけるXIQGAPの局在を観察した。XIQGAP1は発生過程を通して全ての細胞の細胞-細胞間において濃縮して局在していた。また、XIQGAP1は原腸胚期の外胚葉及び原口背唇部、神経胚期の神経板、脊索、体節など、形態形成運動が盛んに起こる部位において特に強い染色が観察された。一方、XIQGAP2は発生過程を通して胚に一様に分布し、全ての細胞の核において濃縮した局在が観察された。また、細胞-細胞間においても弱い局在が観察された。

次に、各XIQGAPに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを胚に顕微注入し、生理的機能の阻害を試みた。XIQGAP1に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(XIQGAP1-AS)を顕微注入した胚では、原腸胚期以後でXIQGAP1の発現量が低下したが、発生は正常に進行した。一方、XIQGAP2に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(XIQGAP2-AS)を2細胞期に顕微注入した胚では、初期神経胚期以後で、抗XIQGAP2抗体で認識される185KDa成分の発現量の低下が検出された。さらに、これらの胚では神経胚期において背側の外胚葉細胞の解離が観察された。次にXIQGAP2-ASを顕微注入した胚を神経胚期に固定し、組織切片を作製して形態を観察した。これらの胚では背側の外胚葉細胞において周囲の細胞から脱接着した球形の細胞が多く観察された。従って、XIQGAP2-ASの顕微注入により誘導される外胚葉細胞の解離は、細胞間接着構造の異常によるものであり、XIQGAP2はアフリカツメガエル初期胚において細胞間接着構造の維持に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。さらに、XIQGAP1-ASとXIQGAP2-ASを同時に顕微注入すると、XIQGAP2-ASのみを顕微注入した場合と比較して、背側の外胚葉細胞の解離が観察される時期が早くなることが分かった。この結果より、XIQGAP1についても、XIQGAP2と同様に細胞間接着構造の維持に働いている可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

アクチン細胞骨格の動的な再編成は、細胞運動、細胞質分裂、細胞接着など、多くの細胞現象において重要な役割を果たしている。これらの現象では低分子量G-タンパク質のRhoファミリーが、その標的タンパク質を介してアクチン細胞骨格の制御に関与していることが報告されている。しかし、その制御機構は未だ不明な点が多い。また、動物の初期発生の過程では細胞の移動や、形態の変化、細胞接着構造の再構築が形態形成運動において重要である。近年、ショウジョウバエやアフリカツメガエルを用いた研究から、Rhoファミリータンパク質が形態形成運動に関与することが明らかにされた(Harden et al. ,1999, Choi et al. ,2002, Lucas et al. ,2002)。しかし、初期発生過程における標的タンパク質及びその調節機構については、ほとんどが未解明である。アクチン調節タンパク質であるIQGAPは、これらの過程において、Rhoファミリータンパク質の制御によりアクチン細胞骨格の動態を調節する有力な候補である。ヒトIQGAPはF-actin結合部位を持ち、カルモジュリン及び低分子量G-タンパク質RhoファミリーのCdc42、Racと結合することから、これらの因子を介してアクチン細胞骨格の調節に関与すると考えられている。ヒトIQGAP1はin vitroでF-アクチンを束化し、哺乳類培養細胞内において細胞表層やruffling membraneにおいてF-アクチンと共局在する。また、近年、出芽酵母、分裂酵母、細胞性粘菌でIQGAP様タンパク質が細胞質分裂に必須であることが報告された(Lippincott and Li,1998、Eng et al. ,1998、Adachi et al. ,1997)。一方、哺乳類培養細胞において、IQGAP1はb-catenin、E-cadherinと結合して細胞間接着の調節に関与しており、その活性はCdc42及びRacによって制御されることが報告された(Kuroda et al. ,1998)。従ってIQGAPはRhoファミリーの調節をうけてアクチン細胞骨格の調節及び細胞間接着の調節に関与し、細胞運動や細胞質分裂、及び個体の初期発生時の形態形成運動に関与していると考えられる。しかし、IQGAPが動物細胞の細胞質分裂に関わるのかどうか、また、形態形成運動に関わるのかどうかについてはわかっていない。さらに、IQGAPによるアクチン調節機構やIQGAPの活性制御機構についても未だ不明の点が多い。アフリカツメガエルは種々の点で細胞内のアクチン細胞骨格の動態及び個体の初期発生を解析する上で有利である。そこで、論文提出者はアフリカツメガエルを用いて、IQGAPによるアクチン細胞骨格の調節機構とその役割を明らかにすることを目的として研究を行った。

アフリカツメガエル未受精卵cDNAライブラリーよりIQGAP遺伝子のクローニングを行った結果、ヒトIQGAP1、2と高い相同性を持つ2つのタンパク質(それぞれXIQGAP1、XIQGAP2と呼ぶ)のcDNA断片が得られたので、全長配列を決定した。XIQGAP1及びXIQGAP2はそれぞれ1,656、1,660アミノ酸から成り、ヒトIQGAPと同様に、N末端側にF-アクチンと結合するカルポニンホモロジードメイン、中央にカルモジュリンに結合するIQモチーフ、C末端側にras-GAP関連ドメインが存在した。

次にXIQGAP1のN末端断片とXIQGAP2のC末端断片をそれぞれ組換体GST融合タンパク質として発現させ、これらを抗原としてウサギで抗XIQGAP1抗体及び抗XIQGAP2抗体を作製した。各抗体を用いてwestern blottingによりアフリカツメガエル成体組織での発現を解析した結果、XIQGAP1は解析したすべての組織(脳、胃、腎臓、肝臓、骨格筋、心筋、精巣、卵巣)において発現が検出され、XIQGAP2は脳、胃、腎臓、肝臓、骨格筋、心筋において発現が検出された。これらの結果より、アフリカツメガエルの2つのXIQGAPは様々な組織で広く発現していることがわかった。

 次に、各抗体を用いて、アフリカツメガエル培養細胞株XTC細胞におけるXIQGAPの細胞内局在を観察した。抗XIQGAP1抗体により、細胞間接着部位、ruffling membrane、filopodiaにおいて濃縮した染色が観察され、ruffling membrane、filopodiaではF-アクチンと共局在した。一方、抗XIQGAP2抗体では、ruffling membraneと細胞間接着部位において弱い染色が観察され、また、核、細胞質、filopodiaで強い染色が観察された。さらに、ruffling membraneについて、より詳細に各XIQGAPの局在を比較した。その結果、抗XIQGAP1抗体ではruffling membraneの周縁が一様に染色されるのに対し、抗XIQGAP2抗体では、ruffling membrane中のF-アクチン束に特に濃縮して局在していた。これらの結果より、XIQGAPは培養細胞内でruffling membrane及びfilopodiaにおいてアクチン細胞骨格の再編成を調節し、細胞運動に関与している可能性が示唆された。また、分裂細胞においては、分裂期を通してXIQGAP1は細胞表層に、XIQGAP2は細胞質に一様に局在し、収縮環構造への局在は観察されなかった。従って、細胞内局在からはXIQGAPの細胞質分裂への関与は明らかにされなかった。次に、初期発生におけるXIQGAPの関与について解析した。まず、各XIQGAPに対する抗体を用いてwestern blottingによりアフリカツメガエル初期胚発生過程におけるXIQGAPの発現量の変化について解析した。その結果、XIQGAP1は卵及び胞胚期では弱く検出され、原腸胚期以後発現量が増加することがわかった。XIQGAP2については、2本のバンドが検出され、卵で多く発現していた185KDaのバンドは原腸胚期以後、発現量が減少する。一方、175KDaのバンドは原腸胚期以後で発現が検出された。

次に、各発生段階の初期胚におけるXIQGAPの局在を観察した。XIQGAP1は発生過程を通して全ての細胞の細胞-細胞間において濃縮して局在していた。また、XIQGAP1は原腸胚期の外胚葉及び原口背唇部、神経胚期の神経板、脊索、体節など、形態形成運動が盛んに起こる部位において特に強い染色が観察された。一方、XIQGAP2は発生過程を通して胚に一様に分布し、全ての細胞の核において濃縮した局在が観察された。また、細胞-細胞間においても弱い局在が観察された。

次に、各XIQGAPに対するアンチセンスオリゴヌクレオチドを胚に顕微注入し、生理的機能の阻害を試みた。XIQGAP1に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(XIQGAP1-AS)を顕微注入した胚では、原腸胚期以後でXIQGAP1の発現量が低下したが、発生は正常に進行した。一方、XIQGAP2に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド(XIQGAP2-AS)を2細胞期に顕微注入した胚では、初期神経胚期以後で、抗XIQGAP2抗体で認識される185KDa成分の発現量の低下が検出された。さらに、これらの胚では神経胚期において背側の外胚葉細胞の解離が観察された。次にXIQGAP2-ASを顕微注入した胚を初期神経胚期に固定し、組織切片を作製して形態を観察した。これらの胚では背側の外胚葉細胞において周囲の細胞から脱接着した球形の細胞が多く観察された。従って、XIQGAP2-ASの顕微注入により誘導される外胚葉細胞の解離は、細胞間接着構造の異常によるものであり、XIQGAP2はアフリカツメガエル初期胚において細胞間接着構造の維持に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。さらに、XIQGAP1-ASとXIQGAP2-ASを同時に顕微注入すると、XIQGAP2-ASのみを顕微注入した場合と比較して、背側の外胚葉細胞の解離が観察される時期が早くなることが分かった。この結果より、XIQGAP1についても、XIQGAP2と同様に細胞間接着構造の維持に働いている可能性が示唆された。

このように本研究によりIQGAPの働きについて多くの新知見が得られ、細胞運動、細胞接着のメカニズムの一部が明らかになった。従って、本審査委員会は論文提出者に博士(学術)の学位を授与するのに相応しいものと認定する。

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