No | 117775 | |
著者(漢字) | 佐藤,朗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,アキラ | |
標題(和) | Sallファミリー遺伝子の機能解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of Sall family genes | |
報告番号 | 117775 | |
報告番号 | 甲17775 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第411号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Zn finger蛋白Sallは、ショウジョウバエからヒトまで種間を超えて保存された核内因子である。ショウジョウバエでは2種類(spalt、spalt-related)、マウスやヒトでは4種類(SALL1,SALL2、SALL3、SALL4)報告されている。ヒトにおいてSALL1は、主として多指症、外耳や内耳の異常、時に腎臓や心臓の形成異常を伴う遺伝病Townes-Brocks症候群の原因遺伝子である。また、最近になってSALL4が、Okihiro症候群と呼ばれる主として眼や腕に疾患の生じる遺伝病の原因遺伝子であることも報告されている。マウスにおいては、唯一Sall1のノックアウトマウスが、現在までに共同研究者である西中村ら(医科研幹細胞シグナル分子制御)によって報告されている。このノックアウトマウスは生直後に死亡し、その原因が腎臓の形成異常であることが判明しているが、その表現型が腎臓のみに現われる点において、完全にはヒトの遺伝病とは一致していない。その理由として、一つは、ヒトではSall1の変異が常染色体優性遺伝、つまり対になっているSall1遺伝子の一方にのみ変異が入っていて、ノックアウトマウスと違って完全に欠失した状態ではないということ、二つ目として、Sallはファミリーを構成しているため、マウスでは他のSall因子群がSall1の機能を補っていることが考えられる。そのため、Sall familyの機能解析を通して発生過程における器官形成のメカニズムを解明することを目的として、当研究は二部構成で報告する。第一部は、Sall2ノックアウトマウスの作製とその表現型の解析であり、第二部は、分子生物学的手法によるSall1蛋白の機能解析である。 【第一部】Sall2ノックアウトマウスの作製とその解析 Sall familyの各因子の構造は、Sall1、Sall3が10個のZn fingerから成り、Sall2、Sall4は8個のZn fingerから構成されている。まず、発生過程の個体において、Sall2がどのような発現パターンを示すのかを確認するため、PCRより単離したSall2 cDNAを鋳型にRNA probeを合成して、マウスの胎生11.5日と13.5日胚の切片を用いてin situ hybridyzationを行った。その結果、Sall2の発現は11.5日胚において、脊索のsubventricular領域と後腎間葉に、13.5日胚でも後腎間葉、また脳室のsubventricular領域においても発現していることが判明した。その結果、Sall2の発現パターンは、Sall1のそれとかなりの割合で重複していることが判明した。次にSall2ノックアウトマウスを作製する目的で、STRATAGENE社の129Svjマウス由来のLambda Genome LibraryよりSall2 genomic DNAを単離した。Sall2は、2つのexonとintronから構成されており、8つのZn fingerは全てexon2に含まれている。そのため、N末端側の5つのZn finger領域を欠失させ、且つネオマイシン耐性遺伝子を組み込んだターゲッティングベクターを作製した。このベクターをE14.1 embryonic stem cell(ES cell)に導入し、ネオマイシン存在下で培養することによって、Sall2遺伝子座で相同組み換えを生じたES cloneを選別した。そして、独立に単離したこれらのES cell cloneをマウス胞胚に導入することによって、Sall2キメラマウスを作製した。その結果、相同組み換え細胞由来の生殖器官を持つキメラマウスが独立に2個体作製できた。これらマウスの子孫をかけ合わせることによって、最終的にSall2ノックアウトマウスを作製した。産まれてきたSall2ヘテロマウス、ノックアウトマウスは、生直後も生存しており、外見上の異常は認められなかった。また、発生過程における腎臓、心臓、耳などを組織学的に観察してみたが、どれも異常は認められなかった。そのため、さらなる表現型が現われることを期待して、Sall1/Sall2のダブルノックアウトマウスを作製した。このダブルノックアウトマウスは生直後に死んで産まれてくるが、外見上とも組織学的にもSall1ノックアウトマウスと同様の異常しか認められなかった。以上の結果から、Sall2は発生過程において必要不可欠な因子ではないことが判明した。 【第二部】腎臓形成に必須な因子Sall1の機能解析 ショウジョウバエの発生過程では、Sall(spalt、spalt-related)が頭尾部体節、翅や気管、神経の形成に重要であることが報告されている。また、その発現は様々なシグナル伝達系によって制御されている。例えば、翅原基においてはspaltの発現はDpp(脊椎動物におけるTGF-βsuper family 因子群の一つBMP-4のホモログ)によって制御されており、気管原基では、wingless(Wnt ホモログ)によって制御されている。しかし、Sall分子そのものの生物学的機能は、ショウジョウバエにおいても依然として不明な点が多い。マウスにおいては4種類あるSall familyのうち、現在までに唯一Sall1が発生過程(腎臓形成)において必須であることが判明している。そのため、Sall1を通してSall family因子群の機能解析を行うことにした。 解析するにあたって、SallがZn finger motifをもつ核内因子であること、またショウジョウバエの知見から様々なシグナル伝達系によって、その発現が制御されていることを考慮して、私はSallがシグナル伝達系において核内で機能するネガティブもしくはポジティブフィードバック因子であると仮定した。そのため、TGF-β、BMP、STAT(LIF)、レチノイン酸、Wntシグナル伝達系における個々のルシフェラーゼ・レポーターにSall1を一過性に導入することによって、Sall1の発現が特異的に影響をおよぼすシグナル伝達系を選別した。その結果、Wntシグナル伝達系が、Sall1によって相乗的に活性化されることを見い出した。つまり、内在性にSall1を発現していないNIH3T3細胞に、一過性にWnt応答性レポーター(TOP flash)とSall1発現ベクターを導入した後、Wnt3aで刺激することによって、Sall1が存在する場合にのみWnt刺激によるレポーター活性が有為に上昇することが判明したのである。また、内在性にSall1を発現しているHEK293細胞でも同様の結果が得られた。次に、Sall1が転写活性化因子であると仮定して、Wntシグナル伝達系の核内因子β-cateninとで再度レポーター活性を検討した。その結果、Wnt刺激そのものではなく、β-cateninともSall1存在下でレポーターの活性化が観察された。そのため、Sall1とβ-cateninとの間の相互作用の有無を免疫沈降法によって検討した。その結果、確かに両者の間に相互作用が認められ、特にSall1欠失変異体を用いた免疫沈降の結果から、Sall1のC端側半分の領域が強く相互作用することが判明した。しかし、同様の変異体を用いたレポーターアッセイでは、Sall1のN端側半分の領域、つまりβ-cateninとの相互作用が無い領域でも依然として転写活性化能をもつことから、Sall1が従来の転写活性化因子とは作用機序の異なる転写因子である可能性が出てきた。 最近になって、Sall1が核内の転写が行われない領域に局在する転写抑制因子であるという知見が2つのグループによって報告された。つまり、Sall1は、ペリセントロメリック・ヘテロクロマチンと呼ばれる斑点状に存在する核内領域に局在し、他の転写抑制因子群と複合体を構成することによって、転写の抑制化に関わるという知見であった。私が観察しているのは逆の現象であるため、Sall1の転写活性化能と核内の局在に相関があるのかどうかを、Sall1-GFP融合タンパクを用いて観察した。様々な欠失変異体Sall1-GFP融合タンパクを用いた解析から、確かにSall1が斑点状(ペリセントロメリック・ヘテロクロマチン領域)に局在する場合にのみ、Wnt応答性レポーターの活性化が観察できた。 以上の結果から、Sall1がWntシグナル伝達系の活性化因子として機能し得ることと結論づけた。 | |
審査要旨 | 佐藤朗氏は「Sallファミリー遺伝子の機能解析」を行って優れた結果を得ている。 佐藤氏は、Sallファミリー遺伝子の機能を解析することを目的として、1)Sall2遺伝子の欠失マウスの作製とその表現型の解析2)Sall1タンパク質の分子生物学的手法を用いた機能解析という2つの面からのアプローチを試みて、つぎのような事実を明らかにした。 まず、発生過程の個体において、Sall2がどのような発現パターンを示すのかを確認するため、マウスの胎生11.5日と13.5日胚の切片を用いてin situ hybridyzationを行った。その結果、Sall2の発現は11.5日胚において、脊索のsubventricular領域と後腎間葉に、13.5日胚でも後腎間葉、また脳室のsubventricular領域において発現していることが判明した。すなわち、Sall2の発現パターンは、Sall1のそれと重複していることが判明した。次にSall2ノックアウトマウスを作製する目的で、129Svjマウス由来のLambda Genome LibraryよりSall2 genomic DNAを単離した。Sall2は、2つのexonとintronから構成されており、8つのZn fingerは全てexon2に含まれている。そのため、N末端側の5つのZn finger領域を欠失させ、且つネオマイシン耐性遺伝子を組み込んだターゲッティングベクターを作製した。このベクターをE14.1 embryonic stem cell(ES cell)に導入し、ネオマイシン存在下で培養することによって、Sall2遺伝子座で相同組み換えを生じたES cloneを選別した。そして、独立に単離したこれらのES cell cloneをマウス胞胚に導入することによって、Sall2キメラマウスを作製した。その結果、相同組み換え細胞由来の生殖器官を持つキメラマウスが2個体独立に作製できた。これらマウスの子孫をかけ合わせることによって、最終的にSall2ノックアウトマウスを作製した。産まれてきたSall2ヘテロマウス、ノックアウトマウスは生後も生存しており、外見上の異常は認められなかった。また、発生過程における腎臓、心臓、耳などを組織学的に観察してみたが、どれも異常は認められなかった。そのため、さらなる表現型が現われることを期待して、Sall1/Sall2のダブルノックアウトマウスを作製した。このダブルノックアウトマウスは生後に死んで産まれてくるが、外見上とも組織学的にもSall1ノックアウトマウスと同様の異常しか認められなかった。以上の結果は、Sall2遺伝子が発生過程において必要不可欠な因子ではないことを表している。 二番目は、Sall1タンパク質の分子生物学的手法を用いた機能解析を行った。解析するにあたって、SallがZn finger motifをもつ核内因子であること、またショウジョウバエの知見から様々なシグナル伝達系によってその発現が制御されていることを考慮して、Sallがシグナル伝達系において、核内で機能するネガティブもしくはポジティブフィードバック因子であると仮定した。そのため、TGF-β、BMP、STAT(LIF)、レチノイン酸、Wntシグナル伝達系における個々のルシフェラーゼ・レポーターにSall1を一過性に導入することによって、Sall1の発現が特異的に影響をおよぼすシグナル伝達系を選別した。その結果、Wntシグナル応答性のレポーターが、Sall1の過剰発現によって、さらに活性化されることを見い出した。 次に、Sall1が転写活性化因子であると仮定して、Wntシグナル伝達系の核内因子β-cateninとで再度レポーター活性を検討した。その結果・β-cateninを単独に発現させた場合と比較して、Sall1とβ-cateninとの共発現においてもレポーターの活性化が有為に上昇した。そのため、Sall1とβ-cateninとの間の相互作用の有無を免疫沈降法によって検討した。その結果、確かに両者の間に相互作用が認められ、特にSall1矢失変異体を用いた免疫沈降の結果から、Sall1のC端側半分の領域が強く相互作用することが判明した。しかし、同様の変異体を用いたレポーターアッセイでは、Sall1のN端側半分の領域、つまりβ-cateninとの相互作用が無い領域でも依然として転写活性化能をもつことから、Sall1が従来の転写活性化因子とは作用機序の異なる転写因子である可能性が出てきた。 最近になって、Sall1が核内で斑点状に見える転写が抑制されている領域(ペリセントロメリック・ヘテロクロマチン領域)に局在し、他の転写抑制因子群と複合体を構成することによって、転写の抑制化に関わるという知見が報告された。そのため、Sall1の転写活性化能と核内における局在に相関があるのかどうかをSall1-GFP融合タンパクを用いて観察した。様々な欠失変異体Sall1-GFP融合タンパクを用いた解析から、確かにSall1が斑点状(ペリセントロメリック・ヘテロクロマチン領域)に局在する場合にのみ、Wnt応答性のレポーターが活性化されることが観察できた。以上の結果から、Sall1がWntシグナル伝達系の活性化因子として機能し得ることを見い出した。 このように佐藤氏は、Sallファミリー遠伝子の機能解析を、遺伝子欠失マウスの解析と分子生物学的手法を用いたタンパク質レベルでの解析という2つの面からのアプローチし、数々の新しい知見を得ており、この分野への大きな事実を明らかにした。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するに相応しいものと認定する。 | |
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