学位論文要旨



No 117776
著者(漢字) 城口,克之
著者(英字)
著者(カナ) シログチ,カツユキ
標題(和) モノマー型微小管モータータンパク質の分子構造と生理活性
標題(洋) Molecular Structure and Physiological Activity of the Monomeric Microtubule-Motor Proteins
報告番号 117776
報告番号 甲17776
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第412号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 助教授 安田,賢二
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 筋肉の運動,細胞運動,細胞内輸送や細胞分裂においての空間的な動きは,モータータンパク質によって生み出されている.モータータンパク質はATP加水分解酵素であり,ATPの加水分解から得られる化学的エネルギーを力学的エネルギーに変換して仕事(運動)を行っている.また,モータータンパク質は様々な特徴をもったものが多種類存在するが,それぞれのモータータンパク質が'運動'という特性を利用して細胞内で様々な役割を果たしていると思われており,それらを調べることは生命現象を理解していく上で重要である.

 ダイニンは,微小管上をATPの加水分解を伴って一方向に運動するモータータンパク質である.ダイニン重鎖には,一次構造上保存されたP-loop(ATP結合部位)が4つ存在し,1つしか持たない他のモータータンパク質とは異なった動作機構をもつと考えられている(図1).ダイニンは負荷をかけると微小管上を振動するものなど,種類によって様々な運動特性を示す.これらは,ダイニンが複雑で多様な機能をもつ分子であることを表しており,それは巨大で複雑な重鎖が可能にしていると考えられる.複数のATP結合部位がこの複雑な運動の多様性に寄与している可能性も高い.しかし,複数の(最大4つ)AFPやADPがダイニンに結合することは示されているが,それによりダイニンの活性がどう変化するのかといった生理的活性は解明されていない.

 キネシンもダイニンと同様に微小管と相互作用するモータータンパク質である.キネシンは類似タンパク質が百種類以上も同定されており,それぞれアミノ酸配列が異なる部分がある.これらのキネシン様タンパク質は,アミノ酸配列から予想される構造的な特徴に見合った機能を細胞内で担っていると考えられている.

 キネシン様タンパク質の一つ,Kid(Kinesin-like DNA binding protein)は,N末側にキネシン様モーター部位,尾部にDNA結合部位を持つ全長665a.a.(ヒトの場合)からなるタンパク質である.分裂前期,中期に紡錘体及び染色体腕上に局在し染色体の中期板への整列に必須であり,後期にはセントロメア近傍に限局し,終期を経て核膜が形成されると核内に一様に分布する.このようにKidは分裂期に重要な役割を担い,polar ejection forceの起源であると考えられている.しかし,Kid分子の形態(多量体形成の有無),微小管との相互作用の特性,運動特性といったKid分子の性質や,さらには,Kid自身がDNAを押すことができるのかといった細胞内で予測されている機能のin vitroでの解析はされていない.

 本研究では,生命に'動き'という重要な特性をもたらしたモータータンパク質の理解を深めるために,その一次構造が調べられているが実際の機能は示されていない,ダイニンの4つのATP結合部位の生理活性と,Kidの分子全体の特性について詳しく調べることを目的とした.ダイニンの4つのATP結合部位の生理的機能が解明されれば,ダイニンがもつ複雑な運動特性の理解が進むと思われる.また,輸送モーターであるconventional kinesinはその性質が詳しく調べられているが,Kidのような分裂期モーターが新たな特性を持つ可能性は高いと考えられ,キネシン様タンパク質の多様性の議論へと発展できると考えられる.

結果と考察

 1.ダイニン重鎖に保存された4つのATP結合部位の生理活性

 一つの重鎖内でのATP結合部位の機能について調べるため,Tetrahymenaの繊毛中に存在するモノマーのダイニンを複数種類含むと考えられている14Sダイニン(複数のダイニンの総称〕に注目した.大量培養されたTetrahymenaから単離した繊毛から14Sダイニンを抽出し,ショ糖密度勾配遠心法,陰イオン交換クロマトグラフィーを用いて各ダイニン(a-f)に分画した.これにより,Tetrahymena 14Sダイニン中には,少なくとも6種類の重鎖が存在することが明らかになった.

 最も精製度が高いダイニンaに注目して,その性質を詳しく調べた.マーカーとのショ糖密度勾配遠心において,ダイニンaの重鎖はモノマーダイニンと移動度が一致した.また,電子顕微鏡でダイニンaを直接観察したところ,他のダイニンで報告されているものと同じように,中心付近に空洞があるダイニンの重鎖が一つ一つ散らばっている様子が観察された.さらにvanadate,ヌクレオチド存在下におけるUVによる重鎖切断の実験から重鎖が2本に切断されることが確認できた.これらの結果から,ダイニンaの重鎖はモノマーであると結論した.

 vanadate存在下においてUVによる重鎖切断効率をATP存在下,ADP存在下で比較してみると,ATP存在下においてより速く重鎖が切断されることがわかった.重鎖は,ATP加水分解部位と考えられているP1においてADP-vanadateが結合しているときにUVを照射すると切断されると考えられている.また,切断効率はタンパク質の構造に依存すると考えられている.したがってここでの結果により,P1以外のヌクレオチド結合部位にATP又はADPが結合することでダイニン重鎖の構造が変化して,重鎖の切断効率が変化した可能性が示唆される.

 ATP,ADP濃度を変化させて,ATPase活性測定,in vitro gliding assayを行った.このとき両方の測定結果ともに,溶液中にADPが20μM程度存在するとダイニンの活性はミカエリス・メンテンの式で表すことができたが,ATP再生系を用いたADPが非常に少ない溶液中では(0.1μM以下),活性は単純なミカエリス・メンテンの式では表すことができなかった(図2).このように活性はADP濃度に依存して変化した.ADPが非常に少ない時の活性は以下の二種類のモデルによりうまく説明できる.一つ目は,加水分解部位がミカエリス・メンテンの式で表すことができる活性状態を二種類もち,それぞれの状態の切り替えを加水分解しないATP結合部位へのATPの結合,解離により行うこと,二つ目は,ダイニンaに加水分解部位が二つ存在し,それぞれが独立にミカエリス・メンテンの式で表現できる活性をもつこと,である.

 これらのATP,ADPによる重鎖の切断効率の違いやダイニンの活性の変化から,ダイニンaにはADPと高い親和性を持つATP結合部位が存在すること,さらに,少なくとも2箇所にヌクレオチドが結合し活性を制御していることが示唆された.

 2.Kidの分子特性

 Kidのモーター部位以外の特性も調べるために,長さをかえたもの,モーター部位を欠損したもの,運動アッセイのためにゲルゾリンを融合させたもの等のコンストラクトを構築し,大腸菌で発現,精製した(図3).

 Kidの分子特性や微小管との相互作用を調べるにあたり,Kidが多量体を形成しているかどうかを調べることは重要である.Kidは,アミノ酸配列からなる予想coiled-coil形成配列を持つが,実験ではダイマー形成能は示されていない.そこで,ショ糖密度勾配遠心法を用いてs20,w値を,また,ゲルろ過法を用いてStokes半径を決定して,これらの値から実験的に分子量を決定した.含有アミノ酸の質量と比較したところ,Kidはモノマーであることがわかった.微小管との相互作用の特性を調べるために,微小管と混合させて顕微鏡で観察した.すると,アミノ酸442-515a.a.をもつKidのみが微小管を束化させた.微小管の束化は,微小管結合部位が少なくとも2箇所もつタンパク質と混合させた時でないと見られないので,モノマーであるKidは,442-515a.a.に第二の微小管結合部位をもつ可能性が高いと思われた.そこで,Kidのモーター部位のかわりにGSTを融合した442-515a.a.を含むコンストラクトを構築し,微小管と相互作用させた.その結果,この部位で微小管と結合することがわかり,Kidはモーター部位以外に第二の微小管結合部位が存在することが示された.

 微小管存在下でATPase活性測定を行ったところ,単純なミカエリス・メンテン型で表すことができた.Kid515,Kid441,Kid388共にKcatは〜12s-1と同程度の値を示したが,Kid388とKid441のKmMT;29,35nMに対してKid515のKmMTKmは5.6nMと6倍程度小さかった.これより,Kidの第二の結合部位はATP加水分解サイクル中においても微小管との親和性を高める効果があり,また,ATP加水分解サイクルの律速段階には直接影響していないと考えられる.

 Kidの第二の微小管結合部位の運動への影響を調べるため,蛍光ラベルしたアクチンフィラメントを結合させたゲルゾリン融合Kidを用いた運動観察を試みた.ゲルゾリン融合Kid515,Kid441ともに微小管上を数μmにわたって連続的に運動する様子が観察でき,その速度はともに約150nm/sであった.これより,442-515a.aに存在する第二の微小管結合部位と微小管との結合は,運動を阻害するほど強いものではないことがわかった.この性質は,第二の微小管結合部位をもち,それが微小管と強く結合して束ねる役割を持っていると考えられているキネシン様タンパク質,NCDやCENP-Eとは異なる.Kidの第二の微小管結合部位は,運動しながらも微小管から解離しにくくする効果があると考えている.

 Kidがpolar ejection forceを発生しているというin vivoの実験報告からの予測に基づき,Kidが微小管に沿ってDNAを運搬できるかを調べた.全長Kidによって運ばれていると思われる,蛍光標識されたDNAが運動する様子が観察できた(図4),これによりKidが細胞内でpolar ejection forceを発生させていることがin vitroで確認できた.

総括

 ダイニンにはATPやADPの濃度を感知して活性を制御する分子内制御機構が存在することが示唆された.KidにおいてはDNA運搬能をもつこと,また,予想とは異なりモノマーであること,さらには第二の微小管結合部位が存在することがわかった.第二の微小管部位は,モノマーであるKidがpolar ejection forceを発生しているときに,微小管と解離しないために役立っているのかもしれない.これらの結果は,局在は調べられているがその機能がわかっていない分裂後期のKidの機能等を解明していく上で役立つ可能性もあると思われる.このように,一次構造上予測されているがその機能が示されていない特性を詳細に調べていくアプローチは,基礎的ではあるが重要であると感じている.

図1.ダイニンの一次構造

図2.dynein-aのATPase活性(Eadie-Hofstee plots)

図3,human Kidのドメイン構造

図.4 DNAを運ぶKid

審査要旨 要旨を表示する

 細胞の活動は、さまざまなタイプの細胞運動に支えられている。細胞運動は、細胞骨格であるアクチンフィラメントや微小管とそれぞれに特有な相互作用するモータータンパク質との相互作用によって生み出される。微小管とそのモータータンパク質であるダイニン、キネシンは、細胞分裂、繊毛・鞭毛運動、細胞内物質輸送において鍵となる役割を果たしており、それらの分子機構を明らかにすることは、生命活動の理解に重要な課題である。城口克之氏は、「モノマー型微小管モータータンパク質の分子構造と生理活性」と題した研究課題において、モノマー型(単頭)のダイニンとキネシンを対象にして、分子構造およびその運動活性、ATPase活性、微小管との相互作用を詳細に調べ、運動メカニズムおよび細胞内での役割についての新たな知見を見出した。

 第一章においては、巨大かつ複雑でモーターとしての機構がほとんど明らかでないダイニンの運動機構を探るために、ダイニンのモータードメインに存在する4つATP結合部位の意義と役割に関する研究を行った。このために、まず、モノマー型のダイニンを得ることを試み、テトラヒメナ繊毛内腕ダイニンの精製を行った。ショ糖密度勾配遠心および陰イオン交換クロマトグラフィーにより精製したダイニンがモノマーであることを複数の証拠から確認したあと、このダイニンのATPase活性および滑り運動速度を種々のATP濃度、ADPの存在下と非存在下で解析した。その結果、ADP存在下ではATP濃度に対してミカエリス・メンテン型の挙動を示したが、ADP非存在下ではミカエリス・メンテン型に近似できなかった。ADP非存在下での挙動は、このダイニンに加水分解部位が2ヶ所以上存在し、それぞれが独立に活性を持つというモデル、あるいは、加水分解部位が活性状態を2種類持ち、その状態の切り替えを他の加水分解しないATP結合部位へのATPの結合・解離により行うというモデル、により説明できる、とした。これらの結果は、この内腕ダイニンには、ADPと高い親和性を持つヌクレオチド結合部位が存在すること、さらに少なくとも2ヶ所にヌクレオチドが結合して活性を制御していることを示唆しており、ダイニンにおける複数のヌクレオチド結合部位の生理的な役割が始めて明らかになった。

 第二章においては、キネシン様タンパク質の1種で、DNAを結合するモーター分子であるKidについての研究を行った。この分子は、細胞の核分裂時に染色体と相互作用することが示されていたが、分子構造や運動能力など分子としての特性が明らかにされていなかった。本論文では、まず、Kid分子の会合状態を知るために、ショ糖密度勾配遠心法とゲルろ過法から分子量を決定し、全長のKidがモノマーであることを明らかにした。次に、微小管との相互作用の特性を調べるために,微小管と混合させて顕微鏡で観察したところ、アミノ酸442-515a.a.をもつKidが微小管を束化させた。微小管の束化は、微小管結合部位が少なくとも2箇所もつタンパク質と混合させた時でないと見られないので、モノマーであるKidは442-515a.a.に第二の微小管結合部位をもつ可能性が高いと推察された。そこで、442-515a.a.を含むコンストラクトを構築し,微小管と相互作用させた結果、この部位で微小管と結合することがわかり、Kidはモーター部位以外に第二の微小管結合部位が存在することが示された。次に、微小管存在下でATPase活性測定を行ったところ、第二の微小管結合部位(442-515a.a.)を含むKidはこの部位を含まないトランケートしたKidとともにKcatは〜12s-1と同程度の値を示したが、微小管との親和性が異なり、第二の微小管結合部位を含むKidはKidトランケートしたKidと比べてKmMTが6倍程度小さかった。Kidの第二の結合部位はATP加水分解サイクル中においても微小管との親和性を高める効果があり、かつ、ATP加水分解サイクルの律速段階には直接影響していないと考えられる.

 Kidの第二の微小管結合部位の運動への影響を調べるため,蛍光ラベルしたアクチンフィラメントを結合させたゲルゾリン融合Kidを用いて運動観察を行った結果、442-515a.a.を含むKidも含まないKidもともに微小管上を数μmにわたって連続的に運動し、その速度はともに約150nm/sであった。従って、442-515a.aに存在する第二の微小管結合部位と微小管との結合は、運動を阻害するほど強いものではないことがわかった。この性質は、第二の微小管結合部位をもち、それが微小管と強く結合して束ねる役割を持っていると考えられているキネシン様タンパク質のNCDやCENP-Eとは異なるものである。Kidの第二の微小管結合部位は,運動しながらも微小管から解離しにくくする効果があると考えられる。さらに、Kidが微小管に沿って蛍光標識したDNAを運搬する様子を観察した。これによりKidが細胞内でpolar ejection forceを発生させる原動力となることを直接in vitroで確認することができた.

 以上のように、本研究は、微小管モータータンパク質であるダイニンとキネシンについて、分子構造を明らかにしたうえで、モノマーであることの特性を活かし、かつモノマーであることの意義を追求しつつ、ダイニンおよびキネシンの分子機構を明らかにしたものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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