学位論文要旨



No 117777
著者(漢字) 周防,諭
著者(英字)
著者(カナ) スオウ,サトシ
標題(和) 線虫のドーパミン受容体の同定
標題(洋)
報告番号 117777
報告番号 甲17777
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第413号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 教授 跡見,順子
内容要旨 要旨を表示する

 ドーパミンは、神経内分泌、運動、情動を制御する主要な神経伝達物質である。ドーパミンは、細胞表面にあるドーパミン受容体によってシグナルを伝達する。哺乳類では5種類のドーパミン受容体が同室されていて、それらは全て7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体である。5種類の受容体はそのアミノ酸配列の相同性と薬理学的性質から、D1様受容体とD2様受容体の2種類のクラスに分類されている。D1様受容体はアゴニスト刺激によってGタンパク質Gsを介してアデニル酸シクラーゼを活性化し、細胞内のcAMP濃度を上昇させる能力がある。これに対して、D2様受容体はGタンパク質Giを介してアデニル酸シクラーゼを抑制する能力を持っている。ドーパミン受容体は、cAMP以外のシグナル経路にも共役する能力があることが示されている。しかし、ドーパミン受容体のセカンドメッセンジャーへの共役に関する研究は、主に受容体cDNAを導入した培養細胞を用いて行なわれてきた。そして、このような遺伝子導入を行う系では、生体内で受容体がおかれている環境を反映していない可能性がある。そこで本研究では、神経系の分子機構の研究に適したモデル生物である線虫Caenorhabditis elegans(C.elegans)に注目した。

 C.elegansの雌雄同体では、細胞内にドーパミンを持つ神経細胞が8個存在する。いくつかのドーパミンシグナルに関わるタンパク質の遺伝子が同定され、機能的に解析されている。また、C.elegansにおいてドーパミンがいくつかの行動の制御に重要な役割を果たしていることが示されている。これらのことから、C.elegansにおいても機能的なドーパミシ系が存在することが明らかであり、そのシグナル伝達に重要なドーパミン受容体も存在すると考えられる。しかし、これまでC.elegansにドーパミン受容体があるという報告はなかった。

 単純な神経系をもち、遺伝的スクリーニングの可能であるC.elegansのような動物でドーパミン受容体の関わるシゲナル伝達を研究することにより、これまで培養細胞や哺乳類を用いて行なわれてきた研究では得られなかった知見を得られる可能性がある。そこで私は、C.elegansのドーパミン受容体の同定を目的として研究を行なった。

 C.elegansの予測タンパク質のデータベースに対して、ヒトのドーパミン受容体配列を用いて相同性検索を行なった。その上位100個のタンパク質のうち、ドーパミンとの結合に重要である、膜貫通領域5のセリン残基が保存されているタンパク質をドーパミン受容体候補とした。選出されたF15A8.5、K09G1.4、T14E8.3、C52B11.2、F14D12.6、およびT02E9.3の6種類のcDNAをクローニングした。F15A8.5は哺乳類のD1様ドーパミン受容体と比較的高い相同性を持ち、K09G1.4とT14E8.3は哺乳類のD2様ドーパミン受容体と比較的高い相同性を持っていた。C52B11.2はショウジョウバエで見つかっているドーパミン受容体DAMBと高い相同性を持ち、哺乳類のドーパミン受容体とは高い相同性は持たなかった。F14D12.6はオクトパミン受容体と高い相同性を持ち、T02E9.3は他のアミン受容体とは低い相同性しか持たなかった。

 そのなかで特に、F15A8.5とK09G1.4について詳しく解析した。この2つの受容体を哺乳類培養細胞で発現させ、リガンド結合実験を行なった。その結果、これら2つの受容体は、他の神経伝達物質よりも高い親和性でドーパミンと結合することが明らかになった。しかし、哺乳類のドーパミン受容体のアンタゴニストとの親和性は低く、哺乳類のドーパミン受容体とは異なる薬理学的性質を持つことを明らかにした。また、K09G1.4の細胞内cAMP濃度への影響を検討したところ、K09G1.4がD2様受容体の特徴であるアデニル酸シクラーゼの抑制を行うことがわかった。さらに2つの受容体のC.elegans個体内での発現部位を調べたところ、いずれの受容体も神経細胞で発現していることがわかった。K09G1.4に関しては、ドーパミンニューロンでも発現していることを示した。

 以上の結果からF15A8.5はC.elegansのD1様ドーパミン受容体であり、K09G1.4はC.elegansのD2様ドーパミン受容体であると考えられる。本研究によってC.elegansのドーパミン受容体が明らかになったことで、C.elegansを用いてドーパミン受容体のシグナル伝達に関わる分子を遺伝的スクリーニングによって探索することが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、モデル生物である線虫C.elegansからこれまで未同定であったドーパミン受容体の同定、解析を行ったものである。本研究はドーパミンシグナルの研究を線虫で行う上で必須な基盤を明らかにした研究である。

 本論文の内容は、以下のようにまとめられる。

 まず、線虫の予測タンパク質のデータベースに対して、ヒトのドーパミン受容体配列を用いて相同性検索を行なった。その上位100個のタンパク質のうち、ドーパミンとの結合に重要である、第5膜貫通領域のセリン残基が保存されているタンパク質をドーパミン受容体候補とした。選出されたF15A8.5、K09G1.4、T14E8.3、C52B11.3、F14D12.6、およびT02E9.3の6種類のcDNAをクローニングした。クローニングしたcDNAから予測されるアミノ酸配列を既知のドーパミン受容体と比較することで、以下のことを明らかにした。F15A8.5は哺乳類のD1様ドーパミン受容体と、K09G1.4とT14E8.3は哺乳類のD2様ドーパミン受容体と比較的高い相同性を持っていた。C52B11.3は、ショウジョウバエで見つかっているドーパミン受容体DAMBと高い相同性を持っていたが、哺乳類のドーパミン受容体との相同性は高くなかった。F14D12.6はオクトパミン受容体と高い相同性を持ち、T02E9.3は一般のアミン受容体とは低い相同性しか持たないことが明らかになった。その中で特に本研究では、F15A8.5とK09G1.4について詳しく解析した。

 まず、クローニングしたF15A8.5のcDNAをCOS-7細胞に導入して、受容体を発現させ、リガンド結合実験を行なうことによって、内在性リガンドの選択性を調べた。その結果、内在性のアミン神経伝達物質であるドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、オクトパミン、チラミンはそれぞれ解離定数Kj=186、16200、3730、28300、62100nMで結合を示した。このことから、F15A8.5との親和性はドーパミンが最も高いことが明らかになった。次に、蛍光タンパク質GFPを用いて線虫個体内におけるF15A8.5の発現部位を検討した。F15A8.5の発現は、線虫の頭部に存在するnerve ringと呼ばれる神経細胞の多く集まる部位や、その他の神経細胞で見られ、F15A8.5が線虫の神経系で発現していることが明らかになった。さらに、F15A8.5遺伝子に変異を持つ株が、チロシンヒドロキシラーゼ欠損株であるcat-2と同じ表現型を示すかを検討したが、F15A8.5変異株ではcat-2の表現型は見られないことが明らかになった。

 K09G1.4についても同様にリガンド結合実験を行なった結果、ドーパミン、セロトニン、ノルアドレナリン、オクトパミン、チラミンとの解離定数はそれぞれ1.11、18.3、194、224、60.4μMであった。従って、K09G1.4もドーパミンとの親和性が最も高いことが明らかになった。さらに、細胞内cAMPに対する影響を調べたところ、K09G1.4を発現する細胞ではforskolin添加による細胞内cAMP濃度の上昇をドーパミンが抑制することが明らかになった。D2様受容体の特徴である細胞内cAMP濃度上昇の抑制を行なうことができたので、K09G1.4が線虫のD2様受容体であることが確認できた。また、K09G1.4の発現部位をF15A8.5と同様の方法で検討したところ、K09G1.4も神経細胞で発現していることが明らかになった。ドーパミンニューロンのみで発現していることが既に確認されているcat-2と発現部位を比較することにより、ドーパミンニューロンでK09G1.4が発現していることがわかった。

 ドーパミン受容体のシグナル伝達に関する研究は、主に受容体cDNAを導入した培養細胞を用いて行なわれてきたが、遺伝子導入を行う系では、生体内で受容体がおかれている環境を反映していない可能性がある。そこで本研究では、神経系の分子機構の研究に適したモデル生物である線虫C.elegansに注目し、そのドーパミン受容体を2種類同定した。単純な神経系をもち、遺伝的スクリーニングの可能である線虫のような動物でドーパミン受容体の関わるシグナル伝達を研究することにより、これまで培養細胞や哺乳類を用いて行なわれてきた研究では得られなかった知見を得られる可能性があり、本研究から得られた基礎的なデータはドーパミン研究に十分貢献するものと考えられる。

 以上のように、周防諭君の学位申請論文は、ドーパミンシグナルの研究を行う新しい系として線虫C.elegansに注目し、線虫のドーパミン受容体を同定したもので、生体内におけるドーパミンシグナルの研究に貢献するものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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