学位論文要旨



No 117778
著者(漢字) 高原,照直
著者(英字)
著者(カナ) タカハラ,テルナオ
標題(和) 単一遺伝子に由来するmRNA前駆体間でおこるトランス-スプライシング
標題(洋) Trans-splicing between pre-mRNAs from a single gene
報告番号 117778
報告番号 甲17778
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第414号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤沼,宏史
 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物のmRNAをコードする遺伝子からmRNAが生成するにはRNAポリメラーゼIIにより転写されたmRNA前駆体中のイントロンがスプライシングにより除去される過程がある。mRNA前駆体のスプライシングはスプライソソームと呼ばれる多数のRNAとタンパクからなる複合体がイントロン中に存在する保存された配列(スプライス供与部位、スプライス受容部位そしてブランチ部位)を認識することで行われる。また、スプライシングは隣り合う2つのエクソン同士を結合するだけでなく、組織特異的や発生段階特異的に特定のエクソンを除外することもある。これは選択的スプライシングと呼ばれ、1つの遺伝子から多様なmRNAを生み出す遺伝子発現機構として知られている。

 ほ乳類の転写因子Sp1はさまざまな遺伝子のプロモーター中に存在するGCボックスと呼ばれる配列に結合して、転写を活性化することが知られている。Sp1の生理的機能に関しては多くの報告がなされている。しかしながら、ヒトSp1cDNAはN末端領域を欠いた部分cDNAクローンしか報告されていなかった。そこで、当研究室においては5'RACE法により、ヒトSp1cDNAの5'末端領域のクローニングを行った。その結果、0.34kb,0.41kbおよび1.6kbの3つの大きさのcDNAクローンが得られた。これらのうち2つのクローン(0.34kbおよび0.41kb)は通常のスプライシング過程を経て生成したmRNAに由来するものであると考えられたが、1.6kb cDNAクローンは同一エクソンが別のエクソンの上流および下流の両方に存在するという興味深い構造をもっていた。また、RT-PCR法によっても1.6kb cDNAクローンに相当するヒトSp1の転写産物の存在は示唆されていた。これまでに1つのmRNA内でエクソンが重複した構造を有する例はほとんど報告されていない。そこで、本研究では、このエクソンが重複したと考えられるSp1mRNAがどのようなメカニズムによって生成したのかを明らかにすることにした。

 ヒトSp1遺伝子の5'末端側の染色体クローンの同定およびプライマー伸長法を用いた解析から、ヒトSp1遺伝子の5'末端側の遺伝子構造を明らかにした。その結果、0.34kbおよび0.41kbの大きさを持つ5'RACE産物はエクソン1-2-3からなる、同一のSp1mRNAに由来するcDNAクローンであることが分かった。一方、1.6kb cDNAクローンはエクソン3-2-3配列を持つことが明らかとなった。さらに、RNaseプロテクションアッセイ法による解析は、1.6kb cDNAクローンに相当するSp1mRNAが存在し、このmRNAはポリA尾部を有していることを示していた。また、エクソン3の領域をプローブとして用いた染色体サザンブロット解析により、ヒト染色体中においてSp1のエクソン3はシングルコピーであることが明らかとなった。これらの結果から、エクソン3-2-3配列を有するSp1mRNAはSp1mRNA前駆体間のトランス-スプライシングによって生成したものであると結論づけられた。トランス-スプライシングは別々に生成したmRNA前駆体間でスプライシングが起こることにより成熟mRNAを生み出す反応であり、ほ乳類でおこることは最近になって報告されはじめた。

 次に、トランス-スプライシングを受けたSp1mRNAの上流側の構造をRT-PCR法により調べたところ、エクソン2-3-2-3-4構造をしていることが示唆された。トランス-スプライシングを受けたSp1mRNAの読み枠はSp1タンパクがコードするアミノ酸配列と同じ読み枠で連結していた。このmRNAに由来するSp1タンパクが生成しているかどうかを調べるためにウエスタンブロット解析を行ったが、それに相当すると思われるタンパク質は検出できなかった。当研究室ではラットSp1mRNA中にもヒトSp1mRNAと同様にトランス-スプライシングを受けたと思われるエクソン3-2-3配列を有するmRNAが同定されていた。さらに、ラットSp1mRNAにはヒトSp1mRNAにはみられないエクソン3-3配列を有するmRNAも同定されていた。そこで、トランス-スプライシングにより生成するこれらのSp1mRNAのラットの各臓器において発現量を解析した。半定量的RT-PCR法を用いた解析から、トランス-スプライシング産物の発現量はシス-スプライシング産物の約1%であると推定された。また、脾臓においてその発現量が低いことが分かった。

 最近になり、ほ乳類細胞においてトランス-スプライシングによりmRNAの多様性が生み出されている遺伝子の例が相次いで報告されている。このことは細胞内ではこれまで考えられていた以上に多種多様のmRNAがスプライシング反応により生み出されている可能性を示唆しており、こうした多様性を生み出しうるトランス-スプライシングのメカニズムの解析は興味深いものと考えられる。しかしながら、ほ乳類細胞内でおこるトランス-スプライシングの分子メカニズムについてはほとんど分かっていない。そこで、本研究ではさらに、ほ乳類細胞内でどのようにしてトランス-スプライシングがおこるのかについて解析した。ヒトSp1mRNA前駆体間のトランス-スプライシングはエクソン3-2配列を生成する。そこで、ヒトSp1遺伝子のエクソン3からイントロン3の一部にわたる領域、およびイントロン1からエクソン2の領域をそれぞれ発現ベクターに組み込み、それぞれ独立したmRNA前駆体としてHepG2細胞内で一過性発現させた後、これらのmRNA前駆体間からトランス-スプライシングによりエクソン3-2配列が生成するかどうかを調べた。その結果、これらのmRNA前駆体間からトランス-スプライシングが起こることが確認された。さらに、種々の発現プラスミドを用いた解析から、一過性発現させたプラスミド由来のmRNA前駆体間からはどのようなスプライス供与部位と受容部位の組み合わせでもトランス-スプライシングが起こることが分かった。しかしながら、一過性発現させたプラスミド由来のmRNA前駆体と内在のSp1mRNA前駆体間でのトランス-スプライシングは検出できなかった。これらのことから一過性発現させたプラスミド由来のmRNA前駆体と染色体由来のmRNA前駆体では異なったようにトランス-スプライシングを受けることが考えられた。そこで、染色体上から転写されたmRNA前駆体間のトランス-スプライシングについて解析するために、安定的遺伝子導入法により、変異Sp1遺伝子を染色体に有する細胞株を作製した。内在のSp1遺伝子のイントロン3は非常に大きいが(>40kb)、イントロン3のスプライス供与部位と受容部位までの距離を203bpまで短くした変異Sp1遺伝子由来のmRNA前駆体におけるトランス-スプライシングは検出されなかった。一方で、イントロン3の5'末端領域84bpのみを有し、下流のスプライス受容部位およびエクソン4を欠失した変異Sp1遺伝子についてトランス-スプライシングの解析を行ったところ、そのmRNA前駆体間からのトランス-スプライシングは観察された。このように、これら2つの変異Sp1遺伝子はどちらもイントロン3の大部分の配列を欠失しているにも関わらず、それらのトランス-スプライシングに差異がみられたことから、Sp1mRNA前駆体におけるトランス-スプライシングはイントロン3内の配列に依存していないことが分かった。また、スプライス受容部位を欠失した変異Sp1遺伝子においてはトランス-スプライシングがみられたことから、下流にスプライス受容部位が存在せず、スプライス供与部位が露呈した状態がトランス-スプライシングがおこる上で重要であることが示唆された。近年、転写とスプライシングは共役した過程であることが明らかとなってきている。この転写とスプライシングの共役により、内在のSp1mRNA前駆体の大きいイントロン3ではスプライス供与部位がしばらくの間露呈した状態となりうる。すなわち、大きいイントロンではスプライス供与部位が合成された後、下流のスプライス受容部位が現れるまでに非常に長い時間がかかるために、しばらくの間、スプライス供与部位が露呈した状態になる。さらに、この露呈したスプライス供与部位が近傍のスプライス受容部位と組み合うことによりトランス-スプライシングがおこることが考えられた。そこで、大きいイントロンとトランス-スプライシングの関係を確かめるために、他の大きいイントロンを有する3つの遺伝子についてトランス-スプライシングの有無を調べたところ、2つの遺伝子においてmRNA中にトランス.スプライシングにより生じたと考えられるエクソンの重複が確認された。同様に、イントロン中にRNAポリメラーゼIIの停止部位が存在している場合でもスプライス供与部位が露呈した状態をとっていると考えられる。そこで、既に、イントロン内でmRNAポリメラーゼIIの停止部位が存在することが示されているラットのアポリポ蛋白A-I mRNAについてトランス-スプライシングの有無を調べたところ、重複したエクソンが確認された。これらの結果から、ほ乳類細胞でおこるトランス-スプライシングはスプライス供与部位が長い間露呈することが重要であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 mRNA前駆体スプライシングは真核生物の遺伝子発現における重要な段階である。ほ乳類細胞においては1本のmRNA前駆体内のスプライス供与部位と受容部位を選択することにより成熟mRNAを生成するスプライシング(シス-スプライシング)がよく知られているが、近年になり、別々に生成したmRNA前駆体上のスプライス供与部位と受容部位間でスプライシングが起こり成熟mRNAを生成するトランス-スプライシングも報告され始めた。本論文中で申請者は転写因子であるSp1 mRNA中において2つのSp1 mRNA前駆体間のトランス-スプライシングにより生成したmRNAバリアントが存在することを示し、さらに、このような単一の遺伝子に由来するmRNA前駆体間のトランス-スプライシングが細胞内で起こる機構を解析している。

 第1章では、既に所属研究室で見出されていたエクソンが重複したヒトSp1 mRNAがどのようにして生成しているかを明らかにすることを目的としている。ヒトSp1遺伝子構造の解析から、エクソンが重複したmRNAはエクソン3-2-3配列を有していることが分かった。染色体サザンプロット解析によりエクソン3配列がシングルコピーであること、また、エクソン3-2-3配列を有するSp1 mRNAにはポリA尾部が存在していることから、エクソン3-2-3配列を有するSp1mRNAがヒトSp1mRNA前駆体間のトランス-スプライシングにより生成したと結論づけられた。ラットのSp1mRNA中においてもトランス-スプライシングにより生成したエクソン3-2-3構造体が存在すること、また、ラットにはヒトSp1mRNAでは見出されていないエクソン3-3構造体も存在していた。そこで、申請者はトランス-スプライシングを受けたSp1mRNAのラット各臓器における発現量を比較している。その結果、トランス-スプライシング産物はシス-スプライシング産物の約1%の発現量であり、脾臓においてその発現量が低いことを明らかにした。このように申請者はSp1 mRNA前駆体間で起こるトランス-スプライシングにより生体内で成熟mRNAを生成していることを証明し、生体内で起こる興味深い現象を明らかにしている。このような単一遺伝子に由来するmRNA前駆体間のトランス-スプライシングという現象は申請者の研究と同時期にいくつかの遺伝子において相次いで報告されている。

 第2章ではいまだほとんど分かっていない単一遺伝子に由来するmRNA前駆体間で起こるトランス-スプライシングが細胞内でどのようにして起きているかを明らかにすることを目的に、ヒトSp1遺伝子を用いて解析している。種々の発現プラスミドを作製し、HepG2細胞内に一過性発現させたプラスミド由来のmRNA前駆体間のトランス-スプライシングについて検討した結果、一過性発現させたプラスミド由来のmRNA前駆体間ではどのようなスプライス供与部位および受容部位の組み合わせにおいてもトランス-スプライシングが起こるが、内在のSp1 mRNA前駆体とプラスミド由来のmRNA前駆体間ではトランス-スプライシングみられないといった興味深い知見を得ている。この結果からトランス-スプライシングの解析には染色体上から転写されるmRNA前駆体を用いる必要が考えられることから、申請者はさらに染色体中に外来遺伝子を組み込んだ細胞株を樹立してトランス-スプライシングの解析を行っている。ヒトSp1遺伝子のイントロン3を短くした外来遺伝子やイントロン3の下流のスプライス受容部位を欠いた外来遺伝子を用いた解析から、イントロン3中にはトランス-スプライシングに関与する特定の配列が存在しないが、非常に長いイントロン3の存在がトランス-スプライシングに重要であると考えられた。近年、転写とスプライシングは共役した過程であることを示す結果が数多く報告されている。申請者はこの知見をもとに、トランス-スプライシングが起こるためには長いイントロンの存在によりしばらくの間スプライス供与部位が露呈した状態が重要であると考えた。長いイントロンを有する他の2つの遺伝子においてもトランス-スプライシングを確認しており、さらに、申請者は短いイントロン内でもRNAポリメラーゼIIの停止がスプライス供与部位の露呈を生じることを考え、このような特徴を有するラットアポリポ蛋白mRNA前駆体間からのトランス-スプライシングを観察している。こうした結果は、単一遺伝子に由来するmRNA前駆体間のトランス-スプライシングにはスプライス供与部位がしばらくの間露呈することが重要であることを支持する。

 このように申請者は単一遺伝子に由来するmRNA前駆体間で起こるトランス-スプライシングという新たな現象がほ乳類細胞内で起きていることを証明し、さらにこの現象が起こる上でスプライス供与部位がしばらくの間露呈することが重要であるという極めて新しい知見をもたらしたことは高く評価できる。したがって本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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