No | 117781 | |
著者(漢字) | 平島,匡太郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒラシマ,キョウタロウ | |
標題(和) | TMV複製酵素の新規な機能の発見と解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117781 | |
報告番号 | 甲17781 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第417号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | タバコモザイクウイルス(TMV)はプラス鎖の一本鎖RNAをゲノムとするウイルスで、126kDaおよびそのリードスルー産物である183kDaの2つの複製酵素、移行タンパク質(Movement Protein,MP)、コートタンパク質(Coat Protein,CP)の4つのタンパク質をコードしている。TMVの植物体への感染過程は、(1)侵入した細胞内におけるウイルスRNAの細胞内複製、(2)感染細胞から隣接する細胞へと移行し、感染葉全体へと広がる細胞間移行、(3)感染葉から維管束系を通じて上葉に移行する遠距離移行、という3つのステップを経て植物体の全身に広がってゆく。このうち細胞間移行にはMPが深く関与しており、CPは不要であることがわかっていた。しかし複製酵素は、細胞間移行の前提である複製を担うタンパク質であるため解析が非常に困難であり、複製酵素が細胞間移行に関与するかどうかは明らかでなかった。 【本論文の背景】 TMVにはタバコを宿主とする普通系、TMV-U1をはじめ、さまざまな植物を宿主とする系統があり、その宿主のほとんどは双子葉植物である。しかし近年、単子葉植物であるラッキョウから新たな系統のTMV-Rが発見され、その塩基配列はTMV-U1に対し94%という高い相同性をもつことがわかった。そこで宿主を決定している領域を明らかにすることを目的として両者のキメラウイルスを作成し解析を行ったところ、興味深い性質をもつキメラウイルス、UR-helを見いだした。タバコにおいてTMV-U1、TMV-Rは両者とも細胞間移行できるにもかかわらず、意外にもUR-helは細胞間移行能力を失っている、ということが示唆されたのである。 UR-helはTMV-U1を母体とし、複製酵素のヘリカーゼドメインのみがTMV-R由来という配列をもつ。それにもかかわらず、UR-helは細胞間移行能力を失っている。この今までに見られなかった奇妙な現象を説明するため、"TMVの複製酵素は複製だけでなく、細胞間移行能という新規な機能ももつ"という仮説を立てた。そして"UR-helの複製酵素はこの新規な機能が欠損しているため、細胞間移行できない"という予想のもと、TMV-U1と比較しながらUR-helを詳細に解析した。 【TMV複製酵素の新規な機能の発見】 まず、UR-helをプロトプラストに感染させたところ、TMV-U1と同程度のCPが検出され、UR-helは複製能力を失っていないことが確認された。次に、TMVに抵抗性であるタバコ、Xanthi-ncによって細胞間移行能力を確認した。Xanthi-ncに野性型のTMVが感染すると、局所壊死斑が形成されウイルスは封じこめられるが、細胞間移行能力を失ったTMVの感染では局所壊死斑が認められないことがわかっている。UR-helをXanthi-ncに感染させたところ、TMV-U1を感染させた葉では感染後3日目に局所壊死斑が生じ始めたのに対し、UR-helを感染させた葉では7日目でも局所壊死斑が形成されなかった。この結果から、UR-helは細胞間移行能力を失っていることが示唆された。 局所壊死斑を利用する解析は間接的なため、GPを蛍光タンパク質(green fluorescent protein,GFP)に置換し、直接ウイルスの挙動を検出した。感染4日後、TMV-U1を感染させた葉においてGFPの蛍光が観察されたのに対し、UR-helの感染葉では感染7日後も肉眼では蛍光が見られなかったが、蛍光顕微鏡下で観察したところ、一細胞(もしくはせいぜい数細胞)においてGFPの蛍光が観察された。この結果からUR-helは、細胞間移行能力を失っていることが明らかとなった。 UR-helは複製酵素にTMV-U1との相違アミノ酸を持つため、細胞間移行の前提である複製能力が低くなり、そのため細胞間移行できない可能性が考えられる。そこでTMV-U1とUR-helをプロトプラストに感染し、ノーザンハイプリダイゼーションおよび[35S]メチオニン/システインにより、ウイルスRNAの蓄積・ウイルスタンパク質の合成を検出した。こ結果、UR-helのゲノムRNAの蓄積量、およびMP・CPの合成量はともにTMV-U1とほぼ同様に検出され、両者の複製能力には差がないことが確かめられた。これらの結果から、複製能力の低下およびMPの合成が少ないためUR-helが細胞間移行できない、という可能性は排除された。 さらに、MPを構成的に発現するようXanthi-ncを形質転換したトランスジェニックタバコ、2005において局所壊死斑の解析を行った。2005はMPを発現しトランスに相補するため、MPに欠損がある変異体、TAD mutantがXanthi-ncでは局所壊死斑を形成しないのに対し、2005においてTMV-U1と同様の大きさの局所壊死斑を形成した。しかしUR-helの感染葉ではXanthi-nc、2005ともに局所壊死斑の形成が認められなかった。この結果から、UR-helの細胞間移行能力欠損は、MPをトランスに供給してもなお相補されないことが示された。 以上の結果からUR-helは、複製能力はほぼTMV-U1と同様であるにもかかわらず、細胞間移行能力を失っていることが明らかになった。そしてその原因はMPではなく、"TMVの細胞間移行には、MPだけでなく複製酵素も関与している"ということが強く示唆された。 【TMV複製酵素の新規な機能の解析】 UR-heはTMV-U1とRNAヘリカーゼドメインの領域のみが異なり、この領域が細胞間移行に関与していると考えられる。しかしいっぽう、この領域を含め183K複製酵素のほぼ全領域をTMV-R由来の配列としたキメラウイルスは細胞間移行能力を持つことがわかっている。ここから、UR-hel複製酵素のある領域をTMV-R由来とすれば、細胞間移行能力が復帰することが考えられた。そこでさまざまなキメラウイルスを作成し解析を行ったところ、RNAヘリカーゼドメインに加えてその上流もTMV-R由来としたキメラウイルス、UR-hel/Vが細胞間移行能力を有していた。RNAヘリカーゼドメインの上流は比較的保存性の低い領域で、機能は明らかとなっていない。この結果から、複製酵素が細胞間移行に関与している領域は、RNAヘリカーゼドメインとその上流の非保存領域であることが示唆された。 UR-helは強毒復帰変異体を一定の確率で生じる。これらの変異体10クローンのRNAヘリカーゼドメインおよび非保存領域を、変異をもたないUR-helの配列を持つプラスミドに組み込み解析した結果、全てこの領域の組み込みにより細胞間移行できるようになった。この結果から複製酵素のRNAヘリカーゼドメインと非保存領域が細胞間移行に関与していることがより補強された。 UR-hel変異体のうちのいくつかは、非保存領域のみの変異により細胞間移行能力が復帰しており、RNAヘリカーゼドメインとの相互作用が示唆された。そこで、酵母two-hybrid systemを用いて、TMV-U1とUR-helそれぞれの非保存領域-RNAヘリカーゼドメインの相互作用に違いはあるかどうかを解析したが、TMV-U1由来とUR-hel由来の配列による有意な差は見られなかった。 次に、GFPの蛍光によりウイルスタンパク質の局在を解析した。まず、複製酵素がMPと共に細胞間移行に関与しているという可能性を考え、MPにGFPを融合させたウイルスを作成しプロトプラストにおけるMPの挙動一局在を時間をおって詳細に観察した。しかし、TMV-U1、UR-helのMP局在に明確な差は見られず、TMV-U1とUR-helのMPは合成量・合成パターンだけでなく一細胞での挙動も同様であることがわかった。次に、複製酵素にGFPを融合したタンパク質を35Sプロモーターにより発現させ、プロトプラスト内での局在を解析した。この結果、TMV-U1とUR-helの複製酵素はともに核周辺への局在が観察され、両者の複製酵素の局在に大きな違いは見いだされなかった。 【本論文のまとめと展望】 以上のUR-helについての実験結果から、TMVの複製酵素は複製のみならず細胞間移行にも関与していることが明らかとなった。そしてその領域はRNAヘリカーゼドメインとその上流の非保存領域であり、タンパク質の立体構造が原因であることが示唆された。また、複製酵素およびMPの局在はTMV-U1とUR-helの間で大きな変化はなかったこと、TMV-U1のみならずUR-helの複製酵素についても核局在だけでなく原形質連絡と思われる細胞膜に局在が見られたから、複製酵素が細胞間移行に関与するのは原形質連絡を介して隣接細胞に移る過程である可能性が高いことが示唆された。今後は複製酵素の抗体を用いて非保存領域とRNAヘリカーゼドメインの相互作用や免疫染色による複製酵素の局在、in situ ハイプリダイゼーションによるウイルスゲノムの局在解析などにより、TMV複蓑酵素の新規な機能の機構を明らかにしてゆきたいと考えている。 | |
審査要旨 | ウイルスは宿主と独立して自身のゲノムを複製するため、独自の複製酵素をコードしている。複製酵素は生命の本質とも言える複製を担うため病原性にも深く関与しており、また非常に多機能でユニークな機能をもつ。したがってウイルス複製酵素の知見を深めることは、ウイルス病への対策だけでなく、タンパク質工学にも貢献となると考えられる。そこで申請者は、代表的な植物ウイルスであるタバコモザイクウイルス(TMV)をモデルとし、複製酵素の研究を行った。 TMVは一本鎖RNAをゲノムとし、126kDaと183kDaの2つの複製酵素、移行タンパク質(Movement Protein,MP)、コートタンパク質(Coat Protein,CP)の4つのタンパク質をコードしている。TMVの植物体への感染過程は、(1)侵入した細胞内におけるウイルスRNAの細胞内複製、(2)感染細胞から隣接する細胞へと移行し、感染葉全体へと広がる細胞間移行、(3)感染葉から維管束系を通じて上葉に移行する遠距離移行、という3つのステップを経て植物体の全身に広がってゆく。このうち細胞間移行にはMPが深く関与しており、CPは不要であることは古くからわかっていた。しかし複製酵素は、細胞間移行の前提である複製を担うタンパク質であるため解析が非常に困難であり、複製酵素が細胞間移行に関与するかどうかは明らかでなかった。申請者は修士課程において見いだした興味深いキメラウイルス、UR-helを材料に、複製酵素が細胞間移行能を持つことを発見し、さらにその機構解明への手がかりとなるさまざまな結果を得た。 UR-helは野性型であるTMV-U1を母体に、複製酵素の一部、RNAヘリカーゼドメイン領域のみ他のウイルス由来とした配列を持つが、一細胞における複製能力はTMV-U1と同様であった。ところが意外にも細胞間移行能力を失っており、しかもその原因はMPでないことが判明した。これらの結果から"TMVの細胞間移行には、MPだけでなく複製酵素も関与している"すなわち"TMVの複製酵素は複製だけでなく細胞間移行能という機能を持つ"ということを明らかにしたのである。 UR-helは細胞間移行できるようになった変異体を一定の確率で生じる。これらの変異体10クローンの非保存領域とRNAへリカーゼドメインを含む領域を変異をもたないUR-helに組み込み解析した結果、全てこの領域の組み込みにより細胞間移行できるようになった。この結果から複製酵素が細胞間移行に関与している領域は、RNAヘリカーゼドメインと非保存領域であることが分かった。またいくつかの変異体は、非保存領域のみの変異により細胞間移行能力が復帰していたことから、RNAヘリカーゼドメインとの相互作用が示唆された。 細胞間移行は、隣接する細胞どうしをつなぐ原形質連絡をゲノムRNAが通過することによって成立するが、それまでに感染細胞において複製酵素とMPはさまざまな形で細胞間移行に関与していると考えられる。そこでGFPの蛍光により、感染細胞におけるウイルスタンパク質の局在を解析したところ、TMV-U1、UR-helの複製酵素およびMPの局在に明確な差は見いだされなかった。そしてTMV-U1のみならずUR-hel複製酵素についても原形質連絡と思われる細胞膜に局在が見られたことから、複製酵素が細胞間移行に関与するのは原形質連絡を介して隣接細胞に移る過程である可能性が高いことが示唆された。 以上のように、申請者はTMV複製酵素が複製のみならず細胞間移行にも関与し、その領域はRNAヘリカーゼドメインとその上流の非保存領域であり、その相互作用が重要であることを明らかとした。この"複製酵素が複製のみならずウイルスの移行にも関与している"という知見は、TMVだけでなくウイルス全般でも、全く新しい知見である。さらに平島君は、この研究を通じて分子生物学の手法、および科学的な思考とストラテジーを十分修得したと思われる。よって申請者平島匡太郎君は博士(学術)の学位を授与するに値すると考える。 | |
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