学位論文要旨



No 117783
著者(漢字) 宮谷,昌枝
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタニ,マサエ
標題(和) 超音波法および生体電気インピーダンス法を用いた四肢筋体積の推定
標題(洋)
報告番号 117783
報告番号 甲17783
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第419号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金久,博昭
 東京大学 教授 福林,徹
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 助教授 川上,泰雄
 早稲田大学 教授 福永,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 ヒトにおいて,四肢の骨格筋体積(四肢筋体積)は,随意的に発揮可能な関節トルクと比例関係にあり,その大きさはスポーツ・レクリエーション活動をはじめ日常生活中のあらゆる身体活動における作業能力に直接影響する.それゆえ,四肢筋体積の測定は,個人の身体活動能力を評価するうえで重要な意味を持つ.

 四肢筋体積を測定する方法としては,これまでに核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging,MRI)法,computerized tomography(CT)法,形態計測法が考案されており,そのなかでMRI法は,現在、最も精度が高いものとして様々な研究領域で活用されている.しかし,MRI法は,測定装置の都合上,実験室外での調査・研究に適用することはできず,また,測定・分析に多くの時間を要することから多人数を対象とした測定に用いることは困難である.一方,測定場所を問わず比較的安価でかつ短時間に四肢骨格筋の量的測定を可能にする方法として,近年注目されているものに超音波法と生体電気インピーダンス(bio-electrical impedance,BI)法がある. 超音波法は,密度の異なる生体組織に当たると反射するという超音波の性質を応用したものであり,皮下脂肪,筋,骨,腱などの四肢を構成する各組織の境目を画像化でき,それに基づき筋の厚み(筋厚)や筋横断面積を測定することができる.特に筋厚の測定は,分析に必要な画像の取得が容易であり,また測定装置そのものも持ち運びが可能なことから,実験室の内外を問わず,多人数の被験者集団を対象にした調査・研究においても実施されている.しかし,超音波法の活用は,これまでのところ四肢-横断面における筋厚あるいは筋横断面積の測定にとどまっており,それによる筋体積推定の妥当性を検証した研究はみられない.仮に,超音波法による四肢-横断面の筋厚から筋全体の体積を精度よく推定できるのであれば,簡便な筋体積評価法として利用価値は高いといえる.一方,BI法は,微弱な電流を生体に流した時に計測される電気抵抗(BI)値を用いて,身体の除脂肪組織量あるいは体脂肪量を推定する方法である.BI値計測の簡便性およびそれに要するコストの低さから,BI法は,現在,主に全身の身体組成の評価方法として広く普及している.しかしながら,BI法が上腕部あるいは大腿部といった四肢セグメントごとの筋体積の推定法として,どの程度の妥当性を持つのかは明らかにされていない.そこで本研究では,実験室の内外を問わず多人数の被験者集団にも適用できる可能性を持つ超音波法およびBI法に着目し,それらによる四肢筋体積の推定法を確立することを目的とした.

 1.超音波法による四肢筋体積の推定(第2章)

 成人若年男性21名を対象に,肘関節伸展筋群(EE)および屈曲筋群(EF),足底屈筋群(PF)および膝関節伸展筋群(KE)について,MRI法により筋体積を,超音波法により各筋群の一横断面(測定位置:上腕部,肩峰点から上腕長遠位60%;大腿部,大転子点から大腿長遠位50%;下腿部,脛骨点から下腿長遠位30%)から筋厚をそれぞれ取得した.筋体積推定式は,筋厚および四肢長を説明変数,MRI法による筋体積測定値(MVMRI)を従属変数とする重回帰分析によって得た.その結果,得られた推定式の決定係数(R2)は0.805-0.918であり,いずれの筋群においても推定残差に系統誤差は認められなかった.しかしながら,推定値の標準誤差(standard error of estimate, SEE)には筋群差が存在し,KEが11.2%と他の筋群(6.9-8.9%)より高値であった.

 他の筋群に比べKEの推定精度が低い原因として,まず,筋形態における構成筋(大腿直筋,内側広筋,外側広筋,中間広筋)間の差が大きく,大腿長遠位50%位置において取得される筋厚(分析対象:大腿直筋および中間広筋)では,それを反映しきれていないことが予想された.そこで,KEの体積に占める各構成筋の体積の比率を確認したところ,その値は外側広筋が最も高く,また,外側広筋および中間広筋ではKEの体積の大きさに関係なくほぼ一定であった.これらのことから,外側広筋および中間広筋を筋厚の測定対象筋とすることで,KE体積の推定精度を向上することができると考えられた.さらに,KEは他の四肢筋群に比べ量的に大きく,その推定精度を向上するためには,複数の横断面から筋厚値を取得することの必要性も推察された.それらの点を検証するために,本研究では,まず,MVMRIを従属変数とし,大腿長遠位30,40,50,60%位置の外側広筋側から測定した各筋厚(VL側筋厚,分析対象筋:外側広筋および中間広筋)を説明変数とした単回帰分析を行った.その結果,KE体積の推定精度は,大腿長遠位30%位置のVL側筋厚を用いることで,他の筋群と同程度(SEE=6.0%)のものとなった.さらに大腿長遠位30,40,50,60%の各位置において得られたVL側筋厚値を用いて重回帰分析を行った結果,大腿長遠位30%および50%の2つの位置における筋厚値を説明変数とし,SEE=2.9%という高い精度を持つ推定式が得られた.このことから,KEの場合に,それを構成する筋の形態を考慮に入れ筋厚測定位置を定めることにより,筋体積の推定精度を向上できることが明らかにされた.

 2.BI法による四肢筋体積の推定(第3章)

 成人若年男性21名を対象に,上腕部,前腕部,大腿部および下腿部からそれぞれBI値を取得し,BI法による筋体積推定式を得るために,MVMRIを従属変数,BI値と四肢長から計算した筋体積指標(BI index:四肢長2/BI)を説明変数とする単回帰分析を行った.その結果,各セグメントについて,決定係数がR2=0.828-0.947,SEEが上腕部6.6%,前腕部7.4%,大腿部8.9%,下腿部8.3%という推定式が得られ,いずれのセグメントにおいても推定残差に系統誤差は認められなかった.さらに,本研究では,電気的並列等価回路モデルを肘関節の伸展筋群および屈曲筋群に当てはめ,肘関節角度を変化させた際のBI値から,両筋群の体積比(伸筋屈筋体積比)を算出し,伸展筋群および屈曲筋群の各体積の推定を試みた.その結果,肘関節角度0°(完全伸展位)と90°時の上腕部BI値の比により伸筋屈筋体積比をSEE=9,3%の精度で推定が可能であった.さらに算出された伸筋屈筋体積比と上腕部全体の推定筋体積を用いて,屈曲筋群および伸展筋群の各体積を推定したところ,その精度は前者がSEE=12.2%,後者がSEE=10.9%であり,BI法によっても屈曲筋群および伸展筋群の各体積をそれぞれ個別に求めることができる可能性が示された.

 BI法を用いた筋体積の推定精度をより高めるために,BI値の計測に関連した誤差要因について,1)皮下脂肪および骨の体積比率の影響,2)骨密度の影響,および3)筋形態の影響の3点から検討した.

 1)皮下脂肪および骨の体積比率が筋体積の推定精度に及ぼす影響

 四肢では体積抵抗率の異なる筋と皮下脂肪および骨が並列に配列されているため,脂肪および骨の体積比率の高い部位では,それらの組織が筋体積推定の誤差要因になることが予想された.そこで大腿部および下腿部について,各部位における皮下脂肪および骨の量的割合が,筋体積の推定精度に及ぼす影響を検討した.その結果,筋の占める比率が低い下腿の近位部と遠位部および大腿部の遠位部においては,皮下脂肪と骨の量が筋体積の推定精度に影響を及ぼしていることが明らかとなった.

 2)骨密度が筋体積の推定精度に及ぼす影響

 骨密度は,日常生活における運動の実施状況や加齢によって変化する.なかでも,加齢に伴う骨密度の低下は,骨の電気的体積抵抗率を下げる.それゆえ,幅広い年齢層を測定対象とした場合,BIの計測範囲に骨の占める比率が高い部位が含まれると,骨密度の個人差が推定誤差の要因になると考えられた.そこで,下肢筋体積の推定精度に及ぼす骨密度の影響を明らかにするために,踵部におけるBI値と音響的骨評価値との関係を検討した.その結果,女性の場合,骨密度における個人差はBI値に影響を及ぼし,筋体積推定の誤差要因になりうる可能性が示唆された.

 3)筋形態が筋体積の推定精度に及ぼす影響

 BI法による筋体積の推定は,BI値計測の対象部位が単一の円柱からなると仮定(単一円柱モデル)して行われる.しかし,筋の形態は同一セグメント内であっても位置によって異なる.そこで,上腕部および前腕について,各セグメントを近位部,中間部および遠位部に細分化した複数の円柱からなると仮定(複数円柱モデル)した場合の推定精度を検討した.その結果,上腕部および前腕部ともに,推定精度は単一円柱モデル(上腕部,SEE=8.4%;前腕部,SEE=8.6%)よりも,複数円柱モデルの方が高く(上腕部,SEE=4.9%;前腕部,SEE=7.9%),セグメントを細分化し,各区画におけるBI値を計測することで,推定精度の向上が可能であることが示された.

 以上のように,本研究で示した筋体積推定法のSEEは、超音波法が2.9%(膝関節伸展筋群)-8.9%(肘関節伸展筋群),BI法が4.9(上腕部)-8,9%(大腿部〕であった.その精度は,これまでに簡便な筋体積推定法として利用されてきた形態計測法について報告されているもの(SEE=15〜30%)より高い.本研究の結果は,成人若年男性を対象にして得られたものであり,今後,性・年齢あるいは運動習慣が推定精度に及ぼす影響について検証を重ねることによって,汎用性の高い筋体積推定法を確立できるものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

 ヒトにおいて,四肢の骨格筋体積は,随意的に発揮可能な関節トルクと比例関係にあり,その測定は身体活動能力を評価するうえで重要な意味を持つ.四肢筋体積を測定する方法としては,これまでにもいくつか考案されており,なかでも核磁気共鳴画像(magnetic resonance imaging,MRI)法は,現在,最も精度の高いものとして様々な研究領域において活用されている.しかし,MRI法は,測定装置の都合上,実験室外での調査・研究に活用することができず,また,測定・分析に多くの時間を要するため,多人数を対象とした測定に用いることは困難である.一方,簡便に筋体積を推定する方法として形態計測法が考案されているが,その精度は低い.そこで,本論文提出者は,測定の場所,所用時間やコストなど利用に際しての制約が少なく,多人数の被験者集団を対象にした調査・研究においても活用できる可能性を持つ超音波法と生体電気インピーダンス(bio-electrical impedance,BI)法に着目し,両方法による筋体積推定法の確立を目的として研究を行った.

 超音波法は,密度の異なる生体組織に当たると反射するという超音波の性質を応用したものであり,皮下脂肪,筋,骨,腱などの四肢を構成する各組織の境目を画像化でき,それに基づき筋の厚み(筋厚)や筋横断面積を測定することができる.しかし、これまでのところ超音波法による測定値に基づき筋体積の推定を試みた研究はみられない.一方,BI法は,微弱な電流を生体に流した時に計測される電気抵抗(BI)値を利用し,身体の除脂肪組織量あるいは体脂肪量を推定することができる.BI値計測の簡便性およびそれに要するコストの低さから,BI法は,現在,主に全身の身体組成の評価方法として広く普及している.しかし,BI法が四肢筋体積の推定法として,どの程度の妥当性を持つのかは明らかにされていない.本論文では,MRI法による測定値を基準値とした超音波法およびBI法による各筋体積推定式が提示され,その精度および誤差要因に関する検討がなされた.その内容の概略は以下に示す通りである.

 本論文では,まず,成人若年男性を対象に,超音波法による筋厚測定値から,肘関節伸展・屈曲,膝関節伸展および足底屈の各筋群の体積を推定する方法が検討された(第2章).その結果,各筋群における一横断面の超音波画像から計測した筋厚と四肢長を説明変数とすることで,推定値の標準誤差(standard error of estimate,SEE)が肘関節屈曲筋群8.9%,肘関節伸展筋群6.9%,足底屈筋群8.4%,膝伸展筋群11.2%となる筋体積推定式が得られた.また,研究の対象とした筋群のなかで,SEEが最も高い膝関節伸展筋群については,筋形態における構成筋間の差が誤差要因になっていることが明らかにされ,構成筋のなかで最も大きな体積を有する筋(外側広筋)を筋厚の測定対象として含み,その筋横断面積が最大となる位置(大腿長遠位30%位置)を筋厚測定位置とした結果,他筋群と同程度の精度(SEE=6.0%)を持つ推定式が得られた.また,膝伸展筋群の場合に,筋厚測定位置を複数(大腿長遠位30%および50%位置)とし,それらにおいて得られる筋厚値を説明変数とする推定式を作成することで,筋体積推定の精度をさらに向上(SEE=2.9%)できることが示された.

 BI法に関しては,成人若年男性を対象に,上腕部,前腕部,大腿部および下腿部の各BI値の計測結果に基づく筋体積推定法が検討され(第3章),筋体積指標(BI index:四肢長2/BI)を説明変数とすることで,SEEが上腕部6.6%,前腕部7.4%,大腿部8.9%,下腿部8.3%という筋体積推定式が得られた.さらに,本論文は,電気的並列等価回路モデルを肘関節の伸展筋群および屈曲筋群に当てはめ,肘関節角度を変化させた際のBI値の計測結果に基づき,屈曲筋群がSEE=12.2%,伸展筋群がSEE=10,9%の精度で,それぞれの体積を推定可能であることを明らかにした.

 また,本論文では,BI法による筋体積の推定精度をより高めるために,BI値の計測に関連した誤差要因について,1)皮下脂肪および骨の体積比率の影響,2)骨密度の影響および3)筋形態の影響の3点から検討され,次のような知見が得られた.まず,皮下脂肪および骨の体積比率の影響に関しては,大腿部および下腿部を対象に検証され,筋の体積比率が低い部位(遠位部あるいは近位部)における皮下脂肪および骨の量が,筋体積推定の誤差要因になることが確認された.また,骨密度の影響に関しては,踵部のBI値と音響的骨評価値との関係が検証され,音響的骨評価値の個人差がBI値に反映されていたことから,骨密度も筋体積推定の誤差要因になりうる可能性が示唆された.さらに,筋形態の影響に関しては,上腕部および前腕部を対象に,各部位を1つの円柱とみなす単一円柱モデルと,筋形態における位置差を考慮に入れ近位部,中間部および遠位部に細分化した複数円柱モデルに基づく筋体積の推定が試みられその精度がモデル間で比較検討された.その結果,上腕部および前腕部ともに,単一円柱モデルよりも複数円柱モデルの方が,精度よく筋体積を推定できることが明らかにされた.これらの結果に基づき,BI法では,筋の量的比率が低くなる位置を避けて電圧計測電極を配置しBI値を計測すること,また,筋形態における位置差を考慮に入れ,測定部位を細分化した形でBI値を取得することで,より精度の高い筋体積推定が可能であることが示された.

 本論文において提示された筋体積推定法のSEEは,超音波法が2.9%(膝関節伸展筋群)〜8,9%(肘関節伸展筋群),BI法が4.9(上腕部)〜8.9%(大腿部)であった.その精度は,これまでに簡便な筋体積推定法として利用されてきた形態計測法について報告されているもの(SEE=15〜30%)より高い.さらに,超音波法およびBI法とも推定に必要な測定手順も簡便なことから,両方法において得られた筋体積推定式は,成人若年男性からなる多人数の被験者集団を対象とした調査・研究にも応用可能なものである.今後,性・年齢あるいは運動習慣の有無が推定精度に及ぼす影響について検証を重ねることによって,汎用性の高い筋体積推定法を確立できるものと期待できる.また,本論文において,最も独創性の高い点は,BI法により伸展筋群と屈曲筋群の各体積の推定を試みたことである.これまでのBI値の計測方法では,四肢の屈曲筋群および伸展筋群の体積をそれぞれ個別に求めることは不可能とされており,本論文はBI法による筋体積推定の新たな可能性を示したものといえる.

 以上の本論文の内容について,審査委員会で評価し,投票した結果,審査委員全員一致で申請者論文は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと結論した.

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