学位論文要旨



No 117784
著者(漢字) 森脇,愛子
著者(英字)
著者(カナ) モリワキ,アイコ
標題(和) 抑うつと自己開示の心理学的研究
標題(洋)
報告番号 117784
報告番号 甲17784
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第420号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 丹野,義彦
 東京大学 教授 繁桝,算男
 東京大学 教授 長谷川,寿一
 東京大学 助教授 酒井,邦嘉
 東京大学 教授 大築,立志
内容要旨 要旨を表示する

 本論文では,抑うつの予防や回復などにおいて,自己開示の果たす役割を検討する。自己開示は,ここでは,「自分の個人的な情報を他者に言語的に伝える行為」と定義する(Jourard,1971;Chozby,1973;榎本,1997)。

 これまでの自己開示を扱った研究では,自己開示のポジティブな影響が強調され,ポジティブ・ネガティブ両面から検討を試みる研究はほとんどみられなかった。しかし,現実の対人関係場面では,自己開示がつねにポジティブな影響を及ぼすのではなく,自己開示の際の開示法や被開示者の反応により,自己開示がネガティブな影響を及ぼすことも十分予測される(Coyne,1976)。また,これまで,自己開示の際の開示法や被開示者の反応を考慮した研究は少なく特に裸開示者の反応が開示者の抑うつにどのような影響を及ぼすかについては検討されてこなかった。したがって,本論文では,自己開示の際の開示法,被開示者の反応,抑うつの関係に焦点を当て,自己開示が抑うつに及ぼすポジティブな影響およびネガティブな影響について,因果関係にふみこんで検討した。研究1では,自己開示の記述研究を行い,研究2では,開示法,被開示者の反応を測定する尺度を作成した。研究3では,質問紙を用いた調査研究を行い,パス解析および階層的重回帰分析により,自己開示の際の開示法および被開示者の反応,抑うつとの関係を検討した。研究4ではペアデータを収集してモデルを検討し,研究5および研究6では,より実験的な検討を行った。研究7では,介入効果研究を行った。

 第1部記述研究

 研究1自己開示の記述研究

 大学生の自己開示の現状を調べるため,自己開示の際の開示法以外の側面,開示頻度,開示相手などのそれぞれの分布について調べた。大学生を対象に,質問紙調査を行った結果,開示頻度,開示相手,開示内容,開示動機が明らかになった。開示頻度では,月に1回〜2回(23%),週に1回〜2回(21%)の順に多く,それ以上の頻度で自己開示していると回答したのは,合わせて25%であった。自己開示の相手として,もっとも多く挙がったのは,親しい同性(58%)であった。自己開示の動機としてもっとも多く挙げられたのは,理解・共感追求的自己開示動機(41%)であった。

 研究2尺度の作成

 研究2では,自己開示の際の開示法(適切な自己開示・不適切な自己開示)および被開示者の反応(受容的反応-拒絶的反応)について尺度を開発した。まず自由記述調査の結果等から項目を作成し,質問紙調査を行った。因子分析の結果,開示法については,適切な自己開示として,「文脈等配慮」「聞き手選択」「時間/場所選択」の3つの因子が抽出され,各因子を下位尺度とする適切な自己開示尺度を作成した。一方,不適切な自己開示としては,「聞き手」「聞き手の状況」「感情価(ネガティビティ)」「回数(繰り返し)」の4つの因子が抽出され,各因子を下位尺度とする不適切な自己開示尺度を作成した。不適切な自己開示尺度の「感情価(ネガティビティ)」は,これまで指摘されることがもっとも多かった不適切な開示法である。次に,被開示者の反応については,受容的反応として,「真剣な姿勢」「アドバイス」「親身な行動」「共感」の4つの因子が抽出され,各因子を下位尺度とする受容的反応尺度を作成した。拒絶的反応では,「否定・無視」「無関心」「真剣味の無さ」「少ない反応」の4つの因子が抽出され,各因子を下位尺度とする拒絶的反応尺度を作成した。

 第2部モデルの検討

 研究3縦断調査研究

 研究3では,開示者の開示法,被開示者の反応から開示者の抑うつに至るモデルについて検討した。先行研究をもとに,自己開示をどのように行うかといった開示法が被開示者の反応に影響を及ぼし,さらにその被開示者の反応が開示者の抑うつに影響を及ぼすという因果モデルを作成した。研究3では,開示法の規定因についても検討し,不適切な自己開示との関連が先行研究より示唆される「自己没入」をとりあげ,開示法との関係を検討した。下の図1は,作成した因果モデルを表したものである。

 次に,縦断調査を行い,因果モデルを検討した。パス解析の結果から,適切な自己開示を行うほど被開示者から受容的反応をより引き出しやすく,このような被開示者の受容的反応が開示者の抑うつを低めることが示唆された。逆に,不適切な自己開示を行うほど,被開示者から拒絶的反応を受け,その拒絶的反応が開示者の抑うつを高める可能性が示唆された。階層的重回帰分析では,被開示者の拒絶的反応が開示者の抑うつとより結びついていることが確認された。さらに,不適切な自己開示については,自己没入傾向が強い人ほど不適切な自己開示を行いやすくなることが見出された。

 研究4ペアデータに基づくモデルの検討

 研究4では,大学生の友人同士2名ずつのペアデータを収集し,開示法および被開示者の反応,開示者の抑うつとの関係について,作成した因果モデルを検討した。2名に来室してもらい,第一に,自己没入傾向について尋ねた。その1ヶ月後,ここ1ヶ月に行った自己開示場面を1つ特定してもらった。そして,その自己開示場面を思い出してもらい,開示者であった実験参加者には,開示した時の開示法や被開示者の反応,抑うつを尋ねた。一方,その自己開示場面において被開示者であった実験参加者にも,開示者の開示法や,被開示者自身の反応,抑うつについて尋ねた。これらのデータをもとに,被開示者側のメカニズムを考慮して,開示者の開示法,被開示者の反応,さらに開示者の抑うつとの関係を検討した。その結果,モデルを支持する結果が得られた。

 研究5モデルの実験的検討-被開示者の反応と開示者の抑うつとの関係

 研究5では,被開示者の反応(受容的反応・拒絶的反応)を実験的に操作し,被開示者の反応が開示者の抑うつ感情にどのような影響を及ぼすのかを検討した。実験では,自己開示を行ってもらう操作として,開示者(実験参加者)に,最近起こった出来事について被開示者(実験協力者)に開示するよう求めた。実験参加者は,受容的反応を受ける受容的反応群か,拒絶的反応を受ける拒絶的反応群に,ランダムに割り当てられた。受容的反応群の開示者は,自己開示を行っている際,あらかじめトレーニングを受けた被開示者から受容的反応を示された。一方,拒絶的反応群の開示者は,自己開示を行っている際,被開示者から拒絶的反応を示された。実験の前後に2回,抑うつ感情を測定した。被開示者の反応(受容的・拒絶的)×測定時期(開示前・開示後)の2要因分散分析を行ったところ,交互作用が認められた。被開示者から受容的反応を受けた開示者では,開示前よりも開示後で抑うつ感情が低くなっていたが,拒絶的反応を受けた開示者では,開示前よりも開示後で抑うつ感情が高くなっていた。ここから,自己開示の際,被開示者から受容的反応を受けた時,開示者の抑うつは低まり,拒絶的反応を受けた時,開示者の抑うつは高まることが示唆された。

 研究6モデルの実験的検討一自己開示と被開示者の反応との関係

 研究6ではさらに,被開示者から拒絶的反応を引き出しやすい自己開示はどのようなものであるのかを検討した。研究3の結果をふまえ,被開示者の拒絶的反応と正の関連がみられた不適切な自己開示の「聞き手」「聞き手の状況」「感情価(ネガティビティ)」「回数(繰り返し)」を場面想定法によって操作し,開示法と被開示者の反応との関係を検討した。その結果,「聞き手」「聞き手の状況」「感情価(ネガティビティ)」「回数(繰り返し)」の主効果,さらに一部で,「聞き手」と「感情価(ネガティビティ〕」の交互作用が認められた。

 第3部介入効果研究

 研究7自己開示の開示法および自己没入に対する介入効果研究

 研究7では,自己開示の開示法および自己没入に対して介入を行い,介入効果を検討した。方法としては,(1)自己開示の開示法に対する介入を行う群,(2)自己没入に対する介入を行う群,(3)自己開示の開示法および自己没入に対して介入を行う群,(4)統制群の4群を設け,それぞれの群において,介入前と介入後との抑うつ変化がどのように異なるのかを検討した。仮説は,(1)〜(3)ではより抑うつが低くなり,中でも自己開示の開示法および自己没入に対して介入を行っている(3)において,もっとも抑うつが低くなることである。その結果,4週間後に,予測を支持する結果が得られた。

 まとめ

 以上の結果から,自己開示を行うと常に開示者の抑うつが低まるという単純なものではないことが明らかになった。研究結果から,自己開示の際,開示者が適切な自己開示を行うと,被開示者から受容的反応を受けやすくなり,被開示者の受容的反応によって,開示者の抑うつは低くなることが示唆された。一方,自己開示の際,開示者が不適切な自己開示を行うと,被開示者から拒絶的反応を受けやすくなり,被開示者の拒絶的反応によって,開示者の抑うつは高くなることが示唆された。また,開示法の規定因としては,自己没入傾向が強い人ほど,不適切な自己開示を行いやすいことが見出された。これらの知見は,抑うつの早期介入や治療にも深い示唆を与えると考える。なお,今回の結果は主に大学生を対象に得られたものであり,異なる年齢層などに,これらの結果をどの程度拡張し得るのかについては今度の検討が必要である。

図1自己没入傾向および自己開示の開示法から抑うつに至るモデル

審査要旨 要旨を表示する

 抑うつは臨床場面で多くみられる現象であり,そのメカニズムの解明と介入方法の開発は大きな意義を持っている。本研究は,対人行動とりわけ自己開示という行動が,抑うつの発生にどのような影響を与えるかについて,体系的に検討したものである。本論文は7つの研究からなるが,大きく三部に分けられる。第一部(研究1と研究2)は,大学生における自己開示の現状を調査し,自己開示を測定する尺度を作成したものである。第二部(研究3〜研究6)は,抑うつと自己開示の関係についてモデル化をおこない、調査および実験をおこなって,そのモデルの妥当性を検討したものである。第三部(研究7)は,抑うつを弱める介入を行うことによって,モデルの妥当性をさらに確認したものである。

 第一部の研究1では,大学生の自己開示の頻度や相手などについて調査し,その基本的な特徴を明らかにした。その結果にもとづいて,研究2では,自己開示の開示法と被開示者の反応を測定する尺度を作成し,その因子構造を調べた。その結果,適切な自己開示は「文脈等配慮」「聞き手選択」「時間および場所選択」の4因子からなり,不適切な自己開示は「聞き手」「聞き手の状況」「ネガティブな感情価」「回数(繰り返し)」の4因子からなることを見いだした。また,被開示者の反応について,受容的反応は「真剣な姿勢」「アドバイス」「親身な行動」「共感」の4因子からなり,拒絶的反応は「否定・無視」「無関心」「真剣味の無さ」「少ない反応」の4因子からなることを見いだした。さらに,各因子にもとづいて下位尺度を作成し,その信頼性と妥当性を確認することができた。

 第二部では,自己開示の開示法,被開示者の反応,開示者の抑うつという3つの要因についての因果モデルを作成し,縦断調査(研究3),ペアデータ調査(研究4),実験(研究5と研究6)などの方法を用いて,因果モデルの妥当性を確認した。研究3では,研究2で作成した自己開示の開示法と被開示者の反応の尺度を用いて,大学生に縦断調査をおこない,そのデータをパス解析を用いて分析した。その結果,モデルの妥当性が確認された。すなわち,適切な自己開示を行うほど被開示者から受容的反応を引き出しやすく,その受容的反応が開示者の抑うつを低めることがわかった。逆に,不適切な自己開示を行うほど,被開示者から拒絶的反応を受け,その拒絶的反応が開示者の抑うつを高めた。

 研究4では,ペアデータ法を用いた。大学生の友人同士2名ずつのペアを被験者として,一方の被験者(開示者)の自己開示が,他方の被験者(被開示者)にとって適切であったか不適切であったかを調べた。こうした方法によって因果関係に踏み込んだ分析が可能となる。その結果,モデルの妥当性は再び確認された。すなわち,開示者の自己開示を適切であると捉えたとき,被開示者は受容的反応を示し,それによって開示者の抑うつは低くなることがわかった。逆に,開示者の自己開示を不適切であると捉えたとき,被開示者は拒絶的反応を示し,それによって開示者の抑うつは高くなった。

 研究5では,実験的方法を用いてモデルの妥当性を検討した。ここでは,被開示者の反応(受容的か拒絶的か)を実験的に操作し,それが開示者の抑うつ感情を高めるかどうかを検討した。その結果,被開示者から拒絶的反応を受けた開示者は,開示前よりも開示後で抑うつ感情が高くなっていた。逆に受容的反応を受けた開示者は,開示前よりも抑うつ感情が低くなっていた。この結果は,上述のモデルからの予測と一致する。

 研究6では,被開示者から拒絶的反応を引き出しやすい自己開示はどのようなものかを検討した。不適切な自己開示の4つの要因,すなわち「聞き手」「聞き手の状況」「ネガティブな感情価」「回数(繰り返し)」を操作し,被験者に一定の場面を想像させた。そして,そうした不適切な自己開示に対して,どのような反応をするかについて答えさせた。その結果,これら4つの要因はすべて有意に被開示者の拒絶的反応を高めた。すなわち,研究3で得られた不適切な自己開示の4要因は,たしかに被開示者の拒絶的な反応を誘発することが確かめられた。

 第三部の研究7では,不適切な自己開示に対して介入し,それによって抑うつが弱まるかどうかを検討した。自己開示の開示法に対する介入を行い,介入をおこなわない統制群と比較した。その結果,4週間後に介入群は介入前と比べて抑うつが弱くなった。統制群ではこのような変化はみられなかった。

 なお,以上の研究の実施にあたって,倫理的な配慮は十分になされていると確認された。

 本論文においては,とくに次の諸点が高く評価された。

 1)自己開示の開示法と被開示者の反応について,統合的に測定できる尺度を作成し,その信頼性と妥当性を明確にするなど,質問紙データの信頼性を高めるために細心の注意を払い,また,3000人に及ぶ多数の調査データを積み重ねて,実証的な議論を組み立てていること。ここで作成した尺度は,これからの自己開示の心理学研究で使用できるツールであり,この分野の研究の発展に寄与するところが大きいこと。

 2)自己開示の開示法や被開示者の反応を含めた体系的な抑うつモデルを提示し,縦断調査やペアデータ,実験,介入法といったさまざまな手法を用いてその妥当性を検証し,それに成功していること。

 3)こうした実証研究を積み上げることによって,抑うつの治療や早期介入に役立つ確実な情報を提供したこと。

 これらの成果により,本論文は,博士(学術)の学位に値するものであると,審査員全員が判定した。

 なお,研究2はすでに「性格心理学研究」誌上に掲載済みであり,研究3は「カウンセリング研究」に掲載が決定している。

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