学位論文要旨



No 117789
著者(漢字) 佐藤,英人
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヒデト
標題(和) 東京大都市圏におけるオフィス立地の郊外化に関する地理学的研究
標題(洋)
報告番号 117789
報告番号 甲17789
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第425号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒井,良雄
 東京大学 教授 谷内,達
 東京大学 助教授 松原,宏
 東京大学 助教授 永田,淳嗣
 東京大学 教授 大西,隆
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、近年、東京大都市圏郊外において大規模なオフィス開発が展開された旧大宮市、千葉市、横浜市を事例として、オフィス立地の郊外化メカニズムを地理学的な視点から検討することであった。検討にあたっては、大きく3つの課題を設定した。

 第1は、現段階において東京大都市圏では、オフィス立地の郊外化がどの程度、進展しているのか、その現状を把握することである。第2は、オフィス立地の郊外化がどのようにして進展しているのか、郊外化の要因を明らかにすることである。第3は、オフィスが郊外に配置された場合、就業者はどのような住居選択をおこない、通勤行動を変化させるのか、オフィス就業者の通勤行動変化を個人レベルで検討することである。

 以上のような研究課題に基づき、本研究は9章から構成される。

 第1章では研究の目的と課題を示し、第2章では、既存研究の整理をおこなった。第3章では、オフィスを郊外に分散配置させるという国の政策が本格的に開始された1980年以降に注目して、オフィス立地の動向を既存資料より確認し、旧大宮市、千葉市、横浜市を事例研究で取り上げる妥当性を示した。都心30Km圏に位置する3市は、東京大都市圏郊外の中でも、特にオフィス需給量が増加しており、その需給バランスを示す入居率も、バブル経済崩壊直後は一時的に下落したものの、その後は順調に回復した、近年、オフィス立地が盛んであるのには、3市で進められているオフィス開発事業が背景となっている。事業の開発経緯を比較すると、旧大宮市の大宮ソニックシティ建設と横浜市の横浜みなとみらい21(MM21)事業は、既存市街地から比較的近距離に位置する市街地再開発を基盤としている一方、千葉市の幕張新都心建設事業は、既存市街地から比較的遠距離に位置する埋立造成を基盤とした新都心建設であったと位置づけられる。

 以上の3市は、オフィス立地の郊外化が比較的順調に展開されている好例であり、その背景となるオフィス開発事業に着目することは、オフィス立地の郊外化要因を検討する上で有効であると考えられる。そこで、第4章から第6章では、これらの事例研究からオフィス立地の郊外化要因を検討した。

 第4章では、旧大宮市中心部のオフィス開発事業に着目し、営業部門の機能強化に伴うオフィス立地の郊外化を検討した。当事業によって建設された大規模オフィスビル「大宮ソニックシティ」は、開業当初から高い入居率を維持していた。これは、常住人口が急速に増加した1960年代に地域支店の機能強化を目的として、旧大宮市内に進出した大手企業が、多数の営業部門を入居させたことによるものである。テナント企業が当オフィスビルを志向する理由は、地理的理由として、旧大宮市が北関東の営業拠点性と、都心部への交通利便性を持つこと、オフィスビルの質的理由として、「高いステータス性」を持つことであり、当オフィスビルが当該地域のランドマークとして認識されていると理解できる。

 テナント企業の獲得には、オフィスビルの区分所有者側の戦略的な誘致活動が重要であった。区分所有者は、事前の市場調査に基づいて、近隣に立地する既存の営業部門を積極的に誘致し、結果的に経営基盤となる定着率の高い東京都内に本社を置く大手企業の営業部門を確保することに成功した。

 つまり、旧大宮市の事例からみたオフィス立地の郊外化は、都心部から郊外へ直接移転することによって成立するのではなく、むしろ、旧大宮市にオフィスを配置する必要性が高まった結果、近年、オフィスを新設あるいは機能強化する動きが盛んになったことによって成立する、いわば「相対的な郊外化」であると指摘できる。

 第5章では、幕張新都心を事例として、情報技術の発達に伴うオフィス立地の郊外化を検討した。幕張新都心では、バブル経済崩壊以降に入居率が低迷したが、情報部門の進出よって急速に回復した。当地に進出した情報部門は、(1)インターネット関連企業、(2)バックオフィス、(3)大手企業の研究開発部門であり、(1)は幕張新都心で設立された企業が多数を占めるが、(2)と(3)は、東京都内から直接移転してきたものである。(1)と(2)の進出要因は、都心部と比較してオフィス賃料が安価であり、かつ、オフィスの規模に合ったスペースを確保しやすいことにあり、(3)の進出要因は、都内各所に分散していた同部門を自社ビルに集約させることにあった。(3)に関しては、新たに建設した自社ビルと既存の事業所を大容量高速通信網で結合させた結果、社内間の円滑な電子データ交換が可能となり、顧客との直接的な接触が比較的少ない同部門は、都心部から幕張新都心へ移転した。

 つまり、幕張新都心の事例は、都心部から郊外へ直接移転することによって成立するオフィス立地の郊外化であり、この点に関しては、合衆国などでみられる郊外核の形成過程と類似している。

 第6章では、三菱グループが主導的にオフィス開発をおこなった、MM21地区を事例として、開発経緯の分析からオフィス立地の郊外化を検討した。進出企業の特徴を整理すると、MM21地区には東京都内に本社を置く大手企業の営業部門と三菱重工業や日揮といった大手技術系企業の研究開発技術部門が多数配置されており、これらの企業は、東京都内などの他地域から移転してきたのではなく、横浜市などの近隣から移転してきた企業である。他地域からの企業がわずかであったため、事業予定地には多くの空閑地が残される結果となった。しかし、地権者はこうした空閑地の解消に向けて、オフィス開発事業という枠組みにとらわれない柔軟な開発を模索し、商業施設を中心とした暫定的な施設の建設が進められている。

 つまり、MM21地区を事例としたオフィス立地の郊外化は、オフィスが都心部から郊外へ直接移転するのではなく、地域市場の拡大など、横浜市内にオフィスを配置する必要性が一段と高まった結果、オフィスを新設あるいは機能強化する「相対的な郊外化」であるといえる。

 第7章では、以上の事例研究から得られた知見を整理した。旧大宮市中心部および横浜市のオフィス開発事業は、既存市街地から地理的に近距離であるため、既存市街地にすでに進出している企業からのオフィス需要が十分見込めたのに対して、幕張新都心は、そもそも、オフィス需要が旧大宮市や横浜市と比較して低い千葉市にあり、既存市街地からも遠距離に位置するため、既存市街地からのオフィス需要がほとんど見込めず、東京都内からオフィスを誘致する必要があった。したがって、旧大宮市中心部およびMM21地区には、既存市街地に配置されていた営業部門や研究開発技術部門が多数進出し、幕張新都心には、対面による業務接触の必要性が比較的低い情報部門が主に配置されたと考えられる。

 第8章では、オフィスが郊外に配置された場合、就業者の通勤行動はどのように変化するのか、次の3点から検討した。第1は、就業者が都心ではなく郊外で勤務するならば、彼らの多くが「郊外勤務・郊外居住」という職住が近接した職住関係を構築するのではないかという点である。第2は、その実現に向けて、彼らは積極的に住居移動をおこなうのではないかという点である。第3は、こうして発生する住居移動が彼らにとって持家取得の契機となるのではないかという点である。第1と第2の視点については、住居移動の分析で、就業者の多くが転居を実施し、その結果、「郊外勤務・郊外居住」の職住関係を構築していることを明らかにした。しかし、職住近接に関しては、平均通勤時間の検討から、職住近接が成立する場合と成立しない場合の両者が確認された。

 ただし、第3の視点については、持家取得の分析から、郊外への転勤の際に実施される転居が、就業者に対して持家取得の契機を与えていることを示唆した。特に、より広い居住スペースを物理的に必要とする核家族世帯は、現任地より外部の都心40km以遠に持家を取得する傾向があり、彼らが都市内部人口の外向移動の原動力となっているといえる。

 第9章では、合衆国における郊外核の概念に基づいて、本研究で得られた知見の一般性と特殊性を整理した。合衆国の郊外核の概念をまとめると「都心部から一定の距離を保ち、これまでほとんどオフィス立地が確認できなかった郊外に、近年、大規模なオフィス開発が進められた結果、職住機能の近接化が実現した地区」と解釈できるが、旧大宮市中心部およびMM21地区の事例は、近年、郊外にオフィスを配置する必要性が高まった結果、オフィスが新設あるいは機能強化される「相対的な郊外化」であるため、これらの事例は、合衆国の郊外核が持つ概念の一つである「これまでほとんどオフィス立地が確認できなかった郊外」とは厳密には言えない。

 一方、幕張新都心の事例は、既存市街地から独立しており、かつ、これまでオフィスが皆無であった埋立地に新都心を建設した事例である。そのため、オフィスを千葉市などの近隣からではなく、東京都内から誘致する必要があった。つまり、幕張新都心の事例は、合衆国における郊外核の重要な形成要因となる「都心部から郊外に直接的にオフィスを誘引している」点で合衆国の郊外核にもっとも近い存在であると考えられる。

 しかし、郊外核の重要な概念である「職住機能の近接化が実現した地区」とされる点については、いずれの事例も該当するとは言えない。この点に関しては、第8章で検討したように、就業者の多くは転勤を命じられた時点のライフステージによって、職住が近接する場合と近接しない場合の両者が存在した。したがって、オフィスを郊外に配置したとしても、一概には職住の近接化が達成されるとは言えない。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、大都市圏におけるオフィス立地の郊外化プロセスを、東京大都市圏における代表的な業務核地区の事例分析から解明しようとしたものである。近年、大都市圏郊外地域においては単なる住居機能のみならず、業務機能の拠点としての性格を備える地区が増加しつつある。とりわけ、千葉幕張地区や横浜みなとみらい21地区などに代表される郊外地域の大規模業務地区開発は、都心部を唯一の核とする単核構造から、複数の核が郊外に形成される多核心構造へという都市空間構造の大きな転換の可能性を示唆するものとして注目される。そうした都市の物的構造の転換は、就業者の通勤パターンを変質させ、さらには、住居選択や生活行動といった都市住民のライフスタイルの変化をもたらすものと考えられる。このような業務機能を軸とする郊外化の進展は、すでに北米の都市において指摘されており、研究も蓄積されているが、日本では郊外業務核の形成がはじまってから目が浅いこともあって、その実態の解明は進んでいない。そこで本研究では、東京大都市圏における3つの代表的な郊外業務地区開発をとりあげ、開発経緯や進出企業等の実情を追跡把握するとともに、そこに勤務する就業者の居住および通勤行動の実態調査を行い、オフィス立地郊外化のメカニズムと就業者の生活への影響の分析を試みた。

 本論文は9章で構成される。

 第1章と第2章では、研究の目的と課題が示され、さらに既存研究の整理を通じて、本研究の論点が明らかにされている。第3章では、オフィス立地の郊外化が顕著となった1980年以降のオフィス立地動向を各種統計資料から分析し、東京大都市圏においてオフィスの郊外立地が進行しつつ、なかでも、(旧)大宮市中心部、幕張新都心、横浜みなとみらい21地区における業務地区開発によるオフィス需給量の増加が突出していることを示した。第4章から第6章までは、これら3地区を対象として、業務地区開発の経緯、進出企業のオフィス立地要因等を。関係者に対する面接調査や企業アンケート調査等から分析している。第4章では(旧)大宮市中心部の事例から営業部門の機能強化とオフィス郊外化の関係を、第5章では幕張新都心の事例から情報技術の発達とバックオフィス立地の可能性を、第6章では横浜みなとみらい21の事例から。新規業務地区開発と既存の業務機能集積との関係を、それぞれ検討した。第7章では、以上の事例研究で得られた知見を地区別に比較し、オフィス立地郊外化の現状と要因を整理した。第8章では、オフィス就業者のライフスタイルに着目し、オフィスが郊外に配置された場合、彼らの通勤行動および居住行動がどのように変化するのかを、大規模な就業者アンケート調査にもとづいて検討している。最後の第9章では、本研究で得られた知見を整理し、本研究の事例が北米で先行したオフィス立地の郊外化と比較して、どのような共通性と特殊性を持つのかを議論した。その結果、幕張新都心は都心からのオフィス移転をともなう点で北米での郊外核の概念に近いが、他の2地区はオフィスの機能強化による「相対的な郊外化」であり、北米で見られる現象とは性格を異にする点、および、職住機能の近接化を実現したものでない点が日本の郊外核開発の特徴であると結論づけた。

 以上のように本研究は、これまで十分な理解が得られてこなかったオフィス立地の郊外化プロセスを豊富なデータの分析から明らかにした点で、都市地理学をはじめとする多くの関連分野における学術の発展に大きぐ貢献するものであると評価できる。よって、本審査委員会は、本論文提出者である佐藤英人は博士(学術)の学位を授与される資格があるものと認める。

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