学位論文要旨



No 117799
著者(漢字) 平,理子
著者(英字)
著者(カナ) タイラ,アヤコ
標題(和) 長鎖アルキル基の導入によるハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体の構造制御と新規物性
標題(洋)
報告番号 117799
報告番号 甲17799
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第435号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松下,信之
 東京大学 教授 下井,守
 東京大学 教授 小島,憲道
 東京大学 助教授 小川,桂一郎
 東京大学 助教授 錦織,紳一
内容要旨 要旨を表示する

 金属錯体分子を集積させた集積型金属錯体は、分子単独では実現できなかった、新しい物性、反応性、機能を発現すると期待される。典型的な集積型金属錯体の一つであるハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体は、錯体分子間の白金間距離に混合原子価状態が依存する特徴をもつ。この特徴を応答性に生かすことを念頭に、本研究では、長鎖アルキル基の導入により、分子ファスナー効果で締めつけ、集積度を上げた一次元混合原子価錯体の構築を目指した。また、長鎖アルキル基の導入により、有機分子の構造柔軟性等の付与も期待できる。その一つとして、長鎖アルキル基で逆二分子膜型構造を構築し、イオン性である本錯体系でのサーモトロピック液晶性発現も目的として研究を行った。

 本研究で対象としたハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体は、原子価の異なる白金錯体分子が、電荷移動相互作用、ならびに対イオンとの水素結合によって交互に一次元に並んだ集積構造を形成した化合物群である。これまで、対イオンに長鎖アルキル基を持った塩の系統的な結晶構造と混合原子価状態の研究はなされていなかった。

 第2章「塩素架橋錯体アルカンスルホン酸塩の構造」においては、アルカンスルホン酸イオンCH3(CH2)n-1SO3-を対イオンとして、新しく11種類の塩素架橋一次元混合原子価白金錯体アルカンスルホン酸塩を合成し、結晶構造および原子価間電荷移動(IVCT)吸収帯の比較から、集積構造や混合原子価状態に対する分子ファスナー効果を検討した。

 合成の結果、炭素数6〜16のアルカンスルホン酸塩[Pt(en)2][PtCl2(en)2](CH3(CH2)n-1SO3)4・2H2O(en=C2H8N2,n=6〜16)(Cl-6〜16)が得られ、Cl-6〜15の結晶化に成功した。これからは、かさ高いアルキル基を持つイオンを対イオンとした、最初のハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体である。構造解析の結果、Cl-6〜14の9つは同形構造であることがわかった。代表としてCl-8を図1に示すように、その集積構造は白金鎖に対して垂直方向に伸びた長鎖アルキル基が集積した有機層と、白金鎖と対イオンのSO3部位で作られる白金錯体層が交互に積層するラメラ構造をとっていた。図2に見られるように、Cl-6〜14の白金間距離はアルキル基の炭素数の増加に伴って短縮し、さらに、明らかな炭素数についての偶奇効果を示した。同形構造であり、アルキル基の炭素数以外に構成要素に差異がない構造において、白金間距離にアルキル基の炭素数依存性が見られたのは、分子ファスナー効果がこのアルカンスルホン酸塩の結晶の集積構造に働いているからであると結論できる。これは、一次元金属錯体系において、分子ファスナー効果により金属原子間距離が短縮することを示した初めての例である。Cl-6〜14の混合原子価状態について、構造パラメータδ(=PtIV-X/PtII…X)と単結晶偏光吸収スペクトルを比較検討した。図3に示したCl-6,8,10,12,14のIVCT吸収帯の低エネルギー側の吸収端は、炭素数の増加に伴い、低エネルギー側にシフトしていた。この結果は、炭素数の増加に伴い白金間の相互作用が強くなっていることを示している。これは、分子ファスナー効果により、白金間距離の変化を通して、混合原子価状態を制御できたことを表している。

 炭素数13と15のアルカンスルホン酸塩は、Cl-6〜14と異なる集積構造であった。Cl-13は多形があり、*をつけて区別した。Cl-13*とCl-15は同形である。図2に示すように、赤で示したCl-13*,15の白金間距離は、Cl-6〜14の中で最も長いCl-6の白金間距離よりも長い。アルキル鎖の集積構造は類似していたが、白金鎖との幾何学的配置が異なっていた。その差異が分子ファスナー効果の違いに現れると考えられる。

 第3章「臭素架橋錯体アルカンスルホン酸塩の構造」においては、架橋ハロゲンを臭素に変え、合成と構造解析を行ない、混合原子価状態と分子ファスナー効果を検討した。加えて塩素架橋錯体との比較も行った。

 合成、結晶化の結果、炭素数6〜11のアルカンスルホン酸塩[Pt(en)2][PtBr2(en)2](CH3(CH2)n-1SO3)4・2H2O(n=6〜11)(Br-6〜11)の単結晶が得られた。構造解析の結果、アルキル基の炭素数が偶数(Br-6,8,10)と奇数(Br-7,9,11)で、異なる結晶構造をとっていることがわかった。Br-6,8,10はCl-6〜14と同形で、図4に示すように、炭素数の増加に伴って白金間距離は短縮した。また、混合原子価状態も白金間の相互作用が強まる傾向を示した。一方、Br-7,9,11の白金間距離は、Br-6,8,10に比べて長く、炭素数の増加に伴い長くなっていた。これは、Cl-13*,15と同様の炭素数依存性である。Br-7,9,11のアルキル鎖と白金鎖の幾何学的配置が、Cl-13*,15に類似していた。これらの結果は、一次元混合原子価白金錯体の白金間距離は、アルキル基の集積構造、ならびに、その白金鎖との幾何学的配置の関係に支配されていることを示している。

 第4章「塩素架橋および臭素架橋錯体アルカンスルホン酸塩の物性」においては、塩素架橋及び臭素架橋一次元混合原子価白金錯体のアルカンスルホン酸塩の熱応答について調べた。また、新たに発見した力学的応答現象について記述した。

 熱測定、粉末X線回折の結果から、アルカンスルホン酸塩は、加熱による結晶水の脱離により混合原子価状態がクラスIIからクラス1へ変化し、室温に戻すと、混合原子価状態が再構築することがわかった。この熱応答性は、長鎖アルキル基の集積構造導入により、構造の復元性が得られたことを示唆している。また、粉末試料を一方向に擦りつけると、単結晶に類似した光学的異方性を獲得することを発見した。図5(a)ではIVCT吸収帯に起因する濃青色が見られ、(b)では見られず、二色性を示した。このことは、擦りつけたことにより、その方向と垂直な方向に白金鎖が配向したことを示している。その他、摩擦によって色が消失する現象も発見した。これらは、これまで結晶性固体では知られていない新規な力学的応答性である。これらの現象も長鎖アルキル基の導入によって得た応答性と考えられる。

 第5章「塩素架橋錯体アルキル硫酸塩の構造と物性」においては、長鎖アルキル基とSO3部位の間に、可動部となるO原子を挿入したアルキル硫酸イオンを対イオンとした塩素架橋一次元混合原子価白金錯体を研究対象とした。

 結晶化に成功したオクチル硫酸塩[Pt(en)2][PtC12(en)2](CH3(CH2)7SO4)4・H2O(Cl-8O)の構造解析の結果、図6に示すように、白金間距離は同じ炭素数8のCl-8よりもかなり長く、また、構造パラメータδも小さく、混合原子価状態の白金問相互作用が弱くなっていた。Cl-8Oのアルキル基の集積構造は、アルカンスルホン酸塩との類似性が見られたが、白金錯体層へのSO3部位の幾何学的配置が異なっていた。Cl-8Oにおいて白金間距離が長くなっていたのは、O原子がちょうつがいの役割を果たし、アルキル鎖層と白金鎖がそれぞれ独立に集積した結果、分子ファスナー効果が働かなかったためと考えられる。

 第6章「塩素架橋錯体スルホコハク酸ジアルキル塩の構造と物性」においては、逆二分子膜型構造の形成を期待して、対イオンに2本の長鎖アルキル基を持つスルホコハク酸ジアルキルイオンを導入した塩素架橋錯体について、その結晶構造と液晶性を検討した。

 スルホコハク酸ジオクチル塩[Pt(en)2][PtC12(en)2](CH3(CH2)7CO2)2CH2CHSO3)4・2H2O(Cl-2C8)の結晶化に成功した。その構造解析の結果、図7に示すような、逆二分子膜型構造をとっていることがわかった。結晶は金色に近い金属光沢を示しした。白金間距離[5.2723(7)A]はCl-8[5.3619(1)A]に比べて大幅に短縮し、IVCT吸収端も3000cm-1低エネルギー側にシフトしていた。これは、白金間の相互作用が非常に強いことを示している。対イオンが1本鎖のアルカンスルホン酸イオンから2本鎖のスルホコハク酸ジアルキルイオンになったことにより、有機層の幅が2倍になったことが、分子ファスナー効果をより強くしたためと解釈できる。

 加熱偏光顕微鏡観察、熱測定(TG,DSC)、ならびに、図8に示す、加熱X線回折測定の結果から、Cl-2C8が120℃以上の相において、液晶となること、すなわち、サーモトロピック液晶となることが明らかになった。イオン性でありながら、サーモトロピック液晶となる大変珍しい例である。対イオンに2本の長鎖アルキル基を持つスルホコハク酸ジアルキルイオンを導入した結果、期待通りの逆二分子膜型構造を構築でき、液晶性を発現させることができた。

 以上、本研究では、対イオンに長鎖アルキル基を導入して、単結晶化に成功した19種類のハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体について、系統的に結晶構造と混合原子価状態を調べた。その結果、分子ファスナー効果が白金錯体間を締めつけ、混合原子価状態を系統的に変化させている系を構築できることを明らかにした。また、長鎖アルキル基の逆二分子膜型構造の形成によって、イオン性の金属錯体をサーモトロピック液晶にすることにも成功した。

図1 Cl-8の結晶構造

図2 Cl-6〜14の白金間距離

図3 Cl-6,8,10,12,14の単結晶偏光吸収スペクトル

図4 Br-6〜16の白金間距離

図5 Br-8粉末の偏光顕微鏡写真擦りつけた方向と偏光の電場ベクトル(E)垂直な場合(a)と平行な場合(b)

図6 Cl-8O,Cl-8および無機酸塩の白金間距離と混合原子価状態の関係

図7 Cl-2C8の結晶構造

図8 Cl-2C8の加熱前の室温,150℃,室温に戻した直後のX線回折パターン

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第1章は導入説明、第2章は塩素架橋一次元混合原子価白金錯体アルカンスルホン酸塩の結晶構造に関する研究、第3章は臭素架橋一次元混合原子価白金錯体アルカンスルホン酸塩の結晶構造に関する研究、第4章はこれらアルカンスルホン酸塩の物性に関する研究、第5章は塩素架橋一次元混合原子価白金錯体アルキル硫酸塩の結晶構造と物性に関する研究、第6章は塩素架橋一次元混合原子価白金錯体スルホコハク酸ジアルキル塩の結晶構造と液晶性に関する研究が述べられている。第7章は全体の結論が述べられている。

 第1章では、対象としたハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体についての説明と、この研究でのキーとなる長鎖アルキル基の分子ファスナー効果、研究の目的が述べられている。

 錯体化学の分野では、金属錯体分子を集積させた集積型金属錯体において、分子単独では実現しない、新しい性質や機能を開拓、発現させようという研究が近年盛んに行われている。典型的な集積型金属錯体の一つであるハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体は、一次元電子系化合物や混合原子価化合物としてよく研究されている対象で、原子価の異なる白金錯体分子が、電荷移動相互作用、ならびに対イオンとの水素結合によって交互に一次元に並んだ集積構造を形成した化合物である。白金原子は架橋ハロゲンを介した電荷移動相互作用によって混合原子価状態にあり、それは錯体分子間の白金間距離に依存する。白金間距離を外から変えることができれば、混合原子価状態とそれに基づく物性が制御できることになる。すなわち、集り具合で物性が制御できることになるわけである。その出発となる化合物として、長鎖アルキル基の分子ファスナー効果を利用して分子の集積度をよりいっそう高くした、一種の化学的圧力が印加されている系を構築することを提案している。そして、合成を実際に行い、それを単結晶化し、結晶学的に分子ファスナー効果によって集積度が上がった系ができることを実証している。第2章から第5章に述べられている。

 長鎖アルキル基の分子ファスナー効果というのは、炭化水素CH2の鎖であるアルキル基が、その長さが長いと、その部分に最適なように結晶中パッキングしょうとして、それが少しサイズ的に大きいコア部分に波及して、コア同士が本来より密に押し集められてパッキングしてしまうことによる効果である。この効果は長鎖アルキル基が置換基としてついている分子からなる有機半導体において提唱された概念で、金属錯体分野では、有機金属錯体液晶でその効果が発現しているという報告があるが、構造を明らかにしての定量的データをもってその効果を明らかにした報告がこれまでなかった。

 また、その構造構築の手法が、無機としての金属錯体に有機の長鎖アルキル基を導入するものであることにも着目して、長鎖アルキル基で逆二分子膜型構造を構築し、有機物としての構造柔軟性を獲得すれば、イオン性の金属錯体系であるが液晶性が発現する可能性があることを指摘している。そして、実際にその化合物を合成し、結晶構造を解明し、液晶となることを実証している。第6章に述べられている。

 第2章では、対象となるハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体に長鎖アルキル基を対イオンのアルカンスルホン酸イオンとして導入した塩の塩素架橋白金錯体塩について、合成、結晶化と結晶構造の解析と結果、原子価間電荷移動(IVCT)吸収帯が詳しく述べら、集積構造と分子ファスナー効果、混合原子価状態が論考されている。論文提出者は、嵩高い長鎖アルキル基を含む塩の困難な単結晶化に11種類成功した。そのうち同形構造の、炭素数が異なる一連の9つのアルカンスルホン酸塩について、その結晶構造とIVCT吸収帯を比較検討し、一次元に並ぶ白金錯体分子間の白金原子間距離が、炭素数の増加とともに偶奇効果を示しながら、短縮していること、混合原子価状態の白金原子間のエネルギーギャップが小さくなることを明らかにした、これはまさに分子ファスナー効果で分子間が圧縮されていることを示すもので、金属錯体において、具体的なデータを示して金属錯体分子間が分子ファスナー効果により短縮することをはじめて明らかにしている。結晶学的に分子ファスナー効果によって集積度が上がった集積型金属錯体系を構築できることを実証した点が評価される。

 第3章では、架橋ハロゲンを塩素から臭素にかえた臭素架橋一次元混合原子価白金錯体アルカンスルホン酸塩について、合成、結晶化と結晶構造の解析と結果が詳しく述べられ、集積構造と分子ファスナー効果、混合原子価状態が論考されている。第2章で扱った塩素架橋錯体と同様、嵩高い長鎖アルキル基を含むため困難な単結晶化に6種類成功した。これらの構造解析の結果、アルキル基の炭素数が偶数の塩と奇数の塩で異なる結晶構造をとっていることを明らかにしている。炭素数偶数の塩は塩素架橋錯体の塩と同形構造で、炭素数の増加に伴って白金間距離が短縮し、同じように分子ファスナー効果が働いていることを明らかにした。炭素数奇数の塩では、白金間距離が偶数の塩に比べて長く、炭素数の増加に伴い長くなっていることを明らかにした。集積構造を詳細に検討し、この差異が長鎖アルキル基層と白金鎖層の幾何学的配置に起因していることを示している。

 第4章では、塩素架橋及び臭素架橋一次元混合原子価白金錯体のアルカンスルホン酸塩について、熱応答性と新しく発見された力学的応答性が述べられ、それらの構造的見地からの議論されている。加熱顕微鏡観察、熱測定と粉末X線回折から、加熱による結晶水の脱離により混合原子価状態がクラスIIからクラスIへ変化し、室温に戻すと、混合原子価状態が再構築することを明らかにしている。この熱応答性が、長鎖アルキル基の集積構造導入によって得られた構造の復元性に基づくものであると指摘している。また、力学的応答性としてまったく新しい現象を2つ発見している。1つは、固体粉末試料を一方向に擦りつけたときに、単結晶に類似した光学的異方性を獲得する現象で、固体粉末試料が二色性を示す。これは、擦りつけたことにより、その方向と垂直な方向に白金鎖が配向したことを示している。もう1つは、摩擦によって色が消失する現象である。これらの現象も長鎖アルキル基の導入によって得た応答性と考えられるが、これまで結晶性固体では知られていなかった新規な力学的応答性を見いだした点が評価される。

 第5章では、長鎖アルキル基とSO3部位の間に、可動部となる酸素原子を挿入したアルキル硫酸イオンを対イオンとした塩素架橋一次元混合原子価白金錯体について、同様に結果が述べられ論考されている、この塩についても1種類の単結晶化に成功し、構造解析を行っている。その塩の白金間距離は同じ炭素数のアルカンスルホン酸塩と比較してかなり長く、混合原子価状態の白金間相互作用も弱いことを明らかにしている。この塩では長鎖アルキル基が結晶のパッキングにおいて立体障害的に作用していると説明している。集積構造を詳細に検討し、長鎖アルキル基とSO3部位の間の酸素原子がちょうつがいの役割を果たし、アルキル鎖層と白金鎖がそれぞれ独立に集積した結果、分子ファスナー効果が働かなかったためと推測している。

 第6章では、逆二分子膜型構造の形成を期待して、対イオンに2本の長鎖アルキル基を持つスルホコハク酸ジオクチルイオンを導入した塩素架橋一次元混合原子価白金錯体について、その合成と結晶化、結晶構造の解析と結果、ならびに、液晶性について詳しく述べられ、分子ファスナー効果、混合原子価状態、液晶性が論考されている。液晶発現を期待している化合物において、単結晶化し、その構造解析を行った点は特筆すべきものがある。多くの液晶の研究が推定構造に基づいて議論される中、ねらい通りの逆二分子膜型構造をとっていることを明らかにした。加熱偏光顕微鏡観察、熱測定、加熱X線回折測定から、この化合物が120℃以上でサーモトロピック液晶となることを明らかにしている。物質設計をし、イオン性金属錯体にサーモトロピック液晶性を発現させることに成功している点が高く評価される。

 論文提出者は、ハロゲン架橋一次元混合原子価白金錯体に嵩高い長鎖アルキル基を導入した塩を合成し、長鎖アルキル基の存在により、およそ単結晶化が困難と思われる塩を、19種類単結晶化に成功し、系統的に結晶構造や混合原子価状態を調べ、分子ファスナー効果が働いている系を構築できることを明らかにした、また、長鎖アルキル基を2つ持つ対イオンを意図的に使い、逆二分子膜構造をねらいどおり形成させ、イオン性金属錯体にサーモトロピック液晶性を発現させることに成功した。この研究は、単に独創的な発想で新規な化合物を得ただけでなく、長鎖アルキル基の導入が金属錯体の集積構造の構築や新規機能発現において有効であることを示し、今後の集積型金属錯体の物性制御に新たな手法を提示した。この意味で、この研究は高く評価され、博士(学術)の学位を授与するに十分な成果をあげたといえる。

 なお、本論文中の第2,3,4,5,6章の一部は、松下信之氏との共同研究で、また、第6章の一部は、太田和親氏(信州大学繊維学部)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験・解析・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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