学位論文要旨



No 117800
著者(漢字) 野村,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ケンタロウ
標題(和) 二成分量子ホール系における多彩な対称性の破れ
標題(洋) Various Broken Symmetries in Two-Component Quantum Hall systems
報告番号 117800
報告番号 甲17800
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第436号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,雄介
 東京大学 教授 小宮山,進
 東京大学 助教授 深津,晋
 東京大学 助教授 福島,孝治
 東京大学 助教授 清水,明
内容要旨 要旨を表示する

 二次元電子系は近年の物性物理学の中心的研究繋象である。特に強磁場はそこでの電子相関の発現を劇的に増強し、系は数多くの新奇な様相を呈する。分数量子ホール効果はこのような強相関極限で実現する特異な量子輸送現象である。本博士論文の中心的課題は量子ホール状態において強相関効果がスピンや層の自由度に如何に反映するかを定量的に調べることにある。特にふたつの二次元電子系を近接させた二層系は層内と層間の相関効果と層間トンネリングの競合により実に多彩な相構造か実現しうる系として、それ自身量子ホール効果よりも長い歴史を有するが、近年さらに注段を集めている。この系の実効的なパラメータは層間間隔、層間トンネリング率、層間バイアス電圧などであり、これらの変化に伴って、量子相転移が生じ、それらは層の自由度を擬スピンを導入して記述される。本論文第一章では多自由度をもつ量子ホール系でこれまでに行われた実験的・理論的研究を概観する。続く第二章では占有率が整数の場合の基底状態、およびそこからの励起構造が調べられる。強磁場のため全ての電子が最低Land翫u準位を占有したとき、運動エネルギーは消滅し、相互作用項はもはや摂動では扱えない。特に交換相互作用はスピンないし二層系であれば擬スピンを揃えるように働き、基底状態では強磁性秩序が反映する。二層系においてこの秩序は相関の量子コヒーレンスに相当し、巨視的な量子効果が期待できる。最近測定された層間の異常コンダクタンスはその強力な証拠に他ならない。この現象が観測されたのは、圧縮性状態と非圧縮性状態の転移点近傍であり、そこでの基底状態、およびその変化が定量的にしらべられる。二つの層が異なるLandau準位に属するとき、その秩序は違ったものとなる。量子コヒーレント状態の代わりに電子が一方の層のみに占有される、言わばイジング的強磁性状態が実現する。ただし層間隔が有限の場合は通常の平行版瓢ンデンサーと同じく静電エネルギーの効果のため複雑な電子分布となることが予想される。第二章後半では少数電子系の厳密対角化とHartree-Fock近似による平均場理論の手法を併用して、層間間隔の変化の下で基底状態がどの様に移り変わるかが調べられる。その結果、一方向のみに並進対称性の敗れたストライプ状態が実現することが明かされる。この結果はこの理論的模型とよく似た試料で最近観測された、異方的輸送現象の実験結果を説明する有力な候補となり得る。一方、二層系イジング的状態にトンネリング率を導入することは、擬スピンの言葉ではx方向へZeeman分裂を生じさせることになるため、量子相転移の発現が期待できる。有限系の計算では多くの励起状態の準位がある点で減少することが示される。この励起準位の減少の度合いは系の大きさが増すほど顕著になるため、熱力学極限でギャップレスとなる二次相転移であると考えられる。最後にトンネリング率を層間間隔に対する相図が与えられる。ここまでの研究では占有率が整数の系のみが考察されたが、これらの結果は特異ゲージ変換(ないし磁束貼付変換)を用いて分数占有率の系へ対応させることができる。これに対し第三章では特異ゲージ変換で有効磁場が零のフェルミオン系に対応する占有率1/2の状態を考察する。占有率が1/2での量子ホール効果は10年ほど前に二つのグループによって発見された。一方のグループでは典型的な二重井戸構造が採用されたが、他方のグループが採用したのは広い二次元井戸の構造で実効的には二層系とみなせるが層間のトンネリング率は前者よりも大きい系となる。前者のようなトンネリングが殆ど無い場合はLaughlin状態の拡張としてHalperinによって導入された(3,3,1)状態とよばれる二成分状態が実現される。トンネリングは擬スピンのZeeman分裂に相当するため、系はそれによって一成分化を示す事となる。一成分非圧縮性状態としてはMooreとReadが提案したP飼匿an状態が実現することがGreiterらによって主張されている。我々は少数電子系に対する厳密対角化を用いてこの系のギャップ構造の変化を調べ、層間間隔とトンネリングにたいする相構造を明らかにする。二成分状態から一成分状態への変化は連続的であることが定量的に示される一方で励起状態、特に準正孔状態は不連続に移り変わることが示される。これは他に例の無い新しいタイプの量子相転移であり、この理論は実験的に観測された活性化エネルギーの振る舞いを説明できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は五章からなる。著者は第一章で量子ホール系について概説し、第二章で二重井戸構造における量子ホール効果についてこれまで行われてきた実験、理論について説明している。第三章では、イジング的異方性をもつ量子ホール状態の基底状態に関する本研究の結果と考察を述べ、第四章では占有数1/2の量子ホール系のエネルギーギャップについての本研究についての結果と考察を述べている。以上の成果のその意義が第五章でまとめられている。

 二次元電子系は近年の物性物理学の中心的研究対象である。特に強磁場はそこでの電子相関の発現を劇的に増強し、系は数多くの新奇な様相を呈する。分数量子ホール効果はこのような強相関極限で実現する特異な量子輸送現象である。一方、ふたつの二次元電子系を近接させた二層系は層内と層間の相関効果と層間トンネリングの競合により実に多彩な相構造か実現しうる系である。二層系はそれ自身量子ホール効果よりも長い歴史を有するが、実験技術の進歩、理論の発展により、近年さらに注目を集めている。この系の実効的なパラメータは層間間隔、層間トンネリング率、層間バイアス電圧などであり、これらの変化に伴って、相転移が生じる。本博士論文の目的は量子ホール状態における強相関効果がスピンや層の自由度に如何に反映するかを理論的に調べることにある。

 本博士論文の第一の成果は、二つの層における電子密度が異なる場合の基底状態に関するものである。今までの研究においては二つの層の電子密度が等しい場合が調べられてきたが、最近、ふたつの層の間にゲート電圧をかけることで実現し得る「非対称二層量子ホール系」が関心を呼んでいる。論文の著者は、占有率(電子数と磁束量子の比)が整数値を取る場合、非対称二層系量子ホール系の基底状態において、二次元面内の一方向のみに並進対称性が破れていることを見出した。さらに二つの層の電子密度の比によっては二つの層の電子の間に引力が生じることを見出した。基底状態の特異な性質に関するこれらの知見は、最近行われた非対称二層量子ホール系の伝導度の測定結果を説明する有力な候補となり得るものとして注目に値する。さらに著者はトンネリング率と層間間隔に対する非対称二層量子ホール系の基底状態の相図を数値計算と平均場近似を援用することで求め、量子相転移の存在を見出している。

 さて、二層系において電子が層のどちらにいるかという自由度を「擬スピン」として、あたかも電子の内部自由度かのように扱うことができる。もちろん、系は、この擬スピンに対する回転対称性を持たず、異方的である。ハミルトニアンを擬スピン表示すると、非対称二層量子ホール系は「イジング的異方性」をもつことがわかる。またトンネリング率は「横磁場」とみなすことができる。著者はこの擬スピン描像を用いて自ら得た、秩序状態、相図、相転移に関する結果に解釈を与えている。

 本博士論文の第二の成果は、二層の電子密度が等しい、占有率が1/2の「対称二層量子ホール系」に関するものである。この系の励起エネルギーギャップ(活性化エネルギー)がトンネリング率に関して非単調な振る舞いをすることが最近、実験的にわかっている。しかしその振る舞いは従来の理論では説明できないものであった。著者は、少数電子系に対する厳密対角化を用いて、この系のギャップ構造の変化を調べ、層間間隔とトンネリングにたいする相構造を明らかにした。著者は、まず実験結果と同じギャップ構造を再現することに成功した。さらにトンネリング率の変化に対して基底状態はクロスオーバーを示す一方、励起状態は不連続に移り変わることを見出し、上述の実験結果に対して初めて理論的解釈を与えた。結び以上のように論文著者は、オリジナルな結果を自ら得ており、またそれらに適切な物理的解釈を与えている。さらにそれらの成果は実験結果とも密接に関連するものである。よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

 なお、本論文中の第三、四章の一部は吉岡大二郎氏との共同研究であるが、論文の提出者が主体となって分析を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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