学位論文要旨



No 117810
著者(漢字) 井手,俊毅
著者(英字)
著者(カナ) イデ,トシキ
標題(和) 測定依存トランスファー演算子法による光の場の連続量量子テレポーテーションの解析
標題(洋) The analysis of continuous-variable quantum teleportation of optical field by a measurement-dependent transfer-operator method
報告番号 117810
報告番号 甲17810
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4281号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 和達,三樹
 東京大学 講師 和田,純夫
 東京大学 教授 井元,信之
 東京大学 教授 藤川,和男
 東京大学 助教授 村尾,美緒
内容要旨 要旨を表示する

 量子テレポーテーション(図1)とは、情報の送り手(Aliceと呼ぶ)が量子エンタングルメントを用いて、遠隔地にいる情報の受け手(Bobと呼ぶ)に未知の量子状態を伝送する方法のことである。連続量量子テレポーテーションにおける出力状態は、測定依存トランスファー演算子法に入力状態を適応することで記述される。一般に出力状態は入力状態と異なるが、それはEPRビームのエンタングルメントの不完全さによるものである。この方法を用いれば、出力状態の各々の測定の反作用の効果を詳細に調べることが可能となる。いくつかの入力状態について、具体的に真空状態、一光子数状態、コヒーレント状態などをこの演算子に作用させ、出力状態の光子統計の測定値やエンタングルメントに対する依存性を調べた。測定値が大きい場合には、出力状態の平均光子数もまた大きくなることが分かった。

 非古典的な一光子数状態についての解析の結果を2つの並行したチャンネルをもつテレポーテーションにより任意の偏光状態(キュービット)を転送する場合に適用した。その結果、任意のエンタングルメントに対して偏光の反転の確率が求まり、これは光子の損失の確率より常に小さいことが分かった。また2チャンネルの連続量量子テレポーテーションの系では平均フィデリティは偏光の基底の取り方に依存しないことも示された。

 出力場の平均振幅を調整するゲインパラメータに対する、コヒーレント状態、真空状態、一光子数状態を入力とした場合の出力状態の統計のゲイン依存性を調べ、テレポーテーションのフィデリティをゲイン調整で改善する可能性を調べた。フィデリティが最大になるのはゲインパラメータが1より小さい時である。一光子数状態ではあるが偏光が未知、振幅は固定されているが位相は未知のコヒーレント状態という部分的に既知の状態に対して、常に平均フィデリティが最大となるようなゲイン調整の方法をそれぞれの入力状態の場合について提案した。

 一般にエンタングルメントの度合いが小さい時ほどゲイン調整による平均フィデリティの改善の余地が大きい。さらにコヒーレント状態の場合、平均振幅が小さいほどゲイン調整による平均フィデリティの改善の余地が大きい。コヒーレント状態の平均強度が一光子数状態の強度と同じ場合、あるエンタングルメントの時、取るべきゲインパラメータがほとんど同じでほぼ同じ調整法でフィデリティが改善できることが示された。

 一光子数状態を入力とした場合の場のコヒーレンスを定量化し、エンタングルメントの不完全さが場にコヒーレンスをもたらし、測定の反作用の大きさに応じてその影響が増大されることを示した。また場の測定とエンタングルメントが偏光の反転に与える影響を調べた。2チャンネルの連続量量子テレポーテーションで一光子数状態の偏光状態をテレポートした後のモード間のコヒーレンスの性質を偏光の度合いを通して調べた。偏光の度合いはテレポーテーションが完璧であれば一光子数状態で100%の偏光を持つ。またエンタングルメントがない場合でも出力はコヒーレント状態で100%の偏光を持つ。有限のエンタングルメントの時は偏光の解消が起き、その様子を測定値に対して求めた。また出力状態を測定値で平均化状況下では、それぞれのモードには同じ分だけ光子数の期待値が付加され光子数の期待値のモード間の差は一定に保たれることが示された。この性質を用いることで、偏光の転送におけるエラーを軽減することができる。

Figure1:連続量量子テレポーテーションの概念図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、連続量の量子テレポテーションを、トランスファー演算子法を用いて理論的に考察したものである。量子論に固有の非局所的相関をエンタングルメントという。量子テレポテーションは、1993年Bennettらにより提案された。エンタングルメントを用いて、遠隔地にいる情報の受け手に未知の量子状態(量子情報)を伝送する方法のことである。"テレポテーション"という名称の新奇性とともに、最近の量子情報の研究において大きな注目を集めている。量子テレポテーションの実験的検証は、複数のグループにより既に行なわれている。

 本論文は、大別して、I.序論(第1章〜第3章)、II.主要部分(第4章〜第7章)、III.結論(第8章)、の3部分から成る。また、付録A〜Hにおいて、計算の詳細と用語の説明が補足されている。以下、本論文の主な内容をまとめる。

 第2章では、連続量の量子テレポテーションの説明が述べられている。始めに提唱された量子テレポテーションは2次元ヒルベルト空間での離散的変数に対するものであるが、ここでは、無限次元ヒルベルト空間での連続的変数を対象とする。また、第4章では、測定依存トランスファー演算子法が述べられている。測定値βと利得因子(ゲイン)gを含む定式化は以降の章での解析に用いられる。

 第5章では、トランスファー演算子法を1光子数状態に適用している。入力状態と出力状態の違いは、エンタングルメントq(一般には、0≦q≦1)と測定値βに依存する。この過程には、光子の損失とそれを補う場の振幅の増加が起きているからであると、解釈している。

 第6章では、出力状態とフィデリティ(情報の再生度を表わす量の1つ)が、どのように利得因子に依存するかを調べている。特に、初期状態として、位相変調のあるコヒーレント状態や1光子の偏光状態を例にとり、平均フィデリティを改善する問題が考察されている。

 第7章では、1光子状態の偏光に注目して、量子テレポテーションにおける偏光の効果を調べている。偏光の反転の確率はエンタングルメントの不完全さと場の測定値に依存することを計算し、その性質を2つのモード間の干渉性(コヒーレンス)によって解析している。

 以上述べたように、本論文では、トランスファー演算子法を用い、いくつかの量子状態の転送(テレポテーション)を調べた。測定値βと利得因子gを考慮した解析結果が与えられている。特に、利得因子gの最適化による平均フィデリティの改善に関する考察を評価する。理論的には、より一般的な量子状態での解析が可能である。特に、2モード間コヒーレンスの解析は特殊な偏光状態ではなく、一般的な偏光状態について行う必要がある。また、損失を含んだ定式化による実験的実現性についてのより詳細な検討が残されている。しかし、トランスファー演算子法の拡張(測定依存トランスファー演算子法)と、それを用いた量子テレポテーションの解析は具体的であり、多くの堅実な成果を与えている。それらの成果は、将来の量子テレポテーション実験に対して多くの示唆を与えると期待する。

 なお、本論文第4章〜第7章は、H.F.Hofmann,小林孝嘉、古沢明との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、審査委員会は、論文提出者に対して、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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