学位論文要旨



No 117811
著者(漢字) 高森,昭光
著者(英字)
著者(カナ) タカモリ,アキテル
標題(和) 重力波検出器における低周波防振
標題(洋) Low Frequency Seismic Isolation for Gravitational Wave Detectors
報告番号 117811
報告番号 甲17811
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4282号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 助教授 三尾,典克
 東京大学 助教授 大橋,正健
 国立天文台 助教授 川村,靜児
内容要旨 要旨を表示する

 重力波は光速度で伝播する時空のひずみであり、一般相対性理論の帰結として1916年にA. Einsteinによって理論的に導出された。その後、TaylorとHulseによって1975年から観測された連星パルサーPSR1913+16の公転周期変化が、重力波の放出によるものであることが示された。現在、重力波の存在を示す実験的証明はこの間接的なものにとどまっているが、重力波を直接検出することによって一般相対性理論を検証するための試みは古くから行われてきた。

 重力波の重要な特徴として、そのきわめて弱い物質との相互作用があげられる。この特徴のために、現実的に観測可能な時空のひずみを発生する現象は、大質量の急激な加速運動、すなわち天文学的現象に限定される。Taylorらによって示された連星パルサーのほかにも、超新星爆発、連星中性子星や連星ブラックホールの生成、合体などさまざまな重力波源が理論的に予想されている。

 重力波のきわめて弱い相互作用はその検出を困難なものにしているが、天文学的な利点を生み出してもいる。従来の電磁波観測による天文学では、高密度な天体の内部における現象や、きわめて遠い天体を観測することは不可能である。これは電磁波が高密度天体や星間物質を透過することができないためであるが、重力波はこれらの物質を透過して地球に直接到達することが可能であると考えられる。これらの重力波を検出することによって、従来の天文学では不可能だった観測が可能になることが期待されている。

 以上の物理学的、天文学的な動機を背景に、また近年の精密観測技術の発展を受けて、レーザー干渉計を利用した重力波検出器の研究開発が、世界各国で強力に推し進められている。現在は日本のTAMA300をはじめとした第1世代の装置が順調に稼動、建設されている段階であるが、より良い感度を持つ次世代の検出器の研究開発が進められている。

 地上に建設された重力波検出器の主要な雑音源のひとつに地面振動がある。地面は、地球物理学的な現象(地震、海洋の波、大気の流動)や人為的な活動のため、常時1-6m程振動している。このような常時微動の振幅は重力波の観測帯域(100Hz程度)において減少し、10-10から10-8m程度になるが、重力波による鏡の変動(10-19m程度)に比べてきわめて大きな量である。したがって、重力波検出器には地面振動が鏡に伝播するのを抑制するための防振装置が不可欠である。また、干渉計を正常に動作させるためには鏡の位置を制御して一定の範囲におさめる必要がある。この制御系のゲインは有限なので、元々の鏡の変動がある量を超えると干渉計の動作状態を保つことができなくなり、干渉計の安定性が悪化する。特に、鏡の変動の絶対量は低周波の地面振動成分によって決定される。この理由からも干渉計を構成する光学素子は高性能な防振装置によって支持されなくてはならない。

 本研究のテーマは、次世代検出器において必要とされる防振特性を、重力波の観測帯域においては受動的な機械系で実現し、低周波における鏡の変動は能動的な制御によって抑制する低周波防振装置SAS(Seismic Attenuation System)の開発である(図1)。

 受動防振装置は、振り子やバネなどの機械で構成される。これらの機械系は、その共振周波数以上で振動の伝達を抑制する特性があるので、防振系の共振周波数は、重力波の観測帯域よりも充分低い必要がある。また、これらの機械系を直列に連結すること(多段化)によって、防振性能を高めることが可能である。現在稼動中または建設中の重力波検出器は、主に100Hz以上の重力波を観測することを目的としているため、防振装置もそれに見合ったものを用いているものがほとんどである。

 これに対し、次世代の干渉計では数〜10Hz程度の低周波側に観測帯域を広げることを目標としているので、次世代の防振系は100mHz程度の共振周波数を持たなくてはならない。また、機械系の他自由度間の干渉の影響を避けるために、このような低周波共振は干渉計の光軸方向だけでなく、すべての自由度に対して実現される必要がある。

 SASでは、水平方向に100mHz以下の共振周波数を持つ倒立振り子、鉛直および全自由度にわたって100mHz〜1Hzの共振を持つMGASF(Monolithic Geometric Anti-Spring Filter)をもちいる。倒立振り子は低周波の防振特性の改善および、後述する能動ダンピングに利用する。1Hzで-50dB程度の防振比を実現することは、本実験で検証された。

 また、MGASFは、従来困難であった鉛直方向の低共振周波数化を、非線形バネを用いて純受動的な機械系で実現するという点に大きな特徴がある。MGASFをワイヤーで懸架することにより、全自由度にわたって100〜400mHzの共振周波数を得、10Hzで-60dBほどの防振特性を得ることを、理論的、実験的に示した。

 また、干渉計の光学素子を直接懸架するミラーサスペンションシステムの開発を行った。これは従来TAMA300で用いられていた、受動ダンピング機構をもった2段振り子に、鏡と等価な振り子で懸架されたリコイルマスを追加することにより、倒立振り子やMGASFとの親和性を向上させたものである。リコイルマスに組み込んだアクチュエータから鏡の制御を行うことにより、鏡の制御系を単純化できることを実証した。

 倒立振り子、MGASF、ミラーサスペンションを直列に接続することにより、低周波防振系を構築し、TAMA300の感度を改善できることを示した。具体的には、地面振動の典型値と、力学モデルから予想されるSASの防振特性を掛け合わせたものが数Hzで干渉計の熱雑音を下回ることを示した。従来の防振系では、地面振動は数十HzまでTAMA300の感度を規定する雑音であったので、大幅な改善が見込まれる。

 機械系の共振を利用した受動防振装置では、共振周波数で装置の振動が増幅されてしまう効果がある。このため、観測帯域では鏡の振動が抑制されても低周波での振幅が増大し、干渉計を安定状態に保つことが困難になる。SASには、機械系の共振モードが倒立振り子に反跳することを利用して、共振を抑制する能動ダンピング機構を導入した。具体的には、倒立振り子に加速度計を組み込み、下部からの反跳を検出し、デジタル制御系で処理した信号を、倒立振り子に組み込んだ非接触型アクチュエータにフィードバックすることによって、倒立振り子を慣性系に対して静止させ、下部の鏡の振動も抑制することを行っている。図2は、制御に用いる加速度計の信号を、制御の有無で比較したもので、制御をかけることによって倒立振り子の振動が共振部で数十分の一に抑制されていることを示している。これによって干渉計の安定性を向上させることが可能である。

 本研究では、上記のような要素技術を組み合わせて、TAMA300の低周波での性能を改善するための装置、TAMASASの試作、評価も行った。TAMASASによる干渉計の動作を実証するために2台のTAMASASプロトタイプを東京大学理学部に設置し、それらから吊られた鏡によって構成される3mのFabry-Perot光共振器を実際に動作させる実験を行い、SASに吊られた鏡に制御を加えることによって光共振器を安定に動作させることが可能であることを実証した。

 また、Fabry-Perot共振器の制御信号から、SASに吊られた鏡の変動量を取得し、評価した。得られた結果と設計から予想される変動量とを比較したのが図3である。この結果から、1Hz〜10Hzの帯域では、従来のTAMA300の感度を100倍から1000倍程度改善することが可能であることを実証することに成功した。3Hz以上の信号は、実験に用いた電気回路やレーザーの周波数安定度などにより制限を受けているものであり、SASの性能を反映していないことを確認した。

 Febry-Perot共振器を共振させた状態で、TAMA SAS鱒の能動ダンピング機構を動作させ、0,1Hz以上での鏡の変動量の積分値が0.2μm(レーザー波長の1/5程度)まで抑制されることを示すことができた。これは、従来の1〜数μmという値に比べで大きな改善である。

 このような改善は、倒立振り子による受動的な防振特性の向上と、能動ダンピングによって機械系の共振を抑制することによって可能となった。また、同様に能動ダンピングを用いることによって鏡の平均速度は0.3μm/sまで抑制された(非制御時には1.2μm/s)。これらの結果から、SASを用いることによって干渉計の安定性、制御性を改善することが可能であることが実証された。

 本研究の成果をうけて、TAMA SASをTAMA300に組み込む計画が進展している。

図1:SASの概要(左)と東大のSASプロトタイプ(右)

図2:能動ダンピングあり(赤)、なし(青)での倒立振り子の加速度。

ダンピングによって機械系の共振が抑制されていることがわかる。

図3:3m Fabry-Perot共振器の変位雑音(赤),TAMA300の変位雑音(青),3mFabry-Perot共振器の電気系雑音(緑),期待される3m Fabry-Perot共振器の変位雑音(黄)。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、8章からなり、第1章は緒言で、レーザー干渉計による重力波の検出について述べ,低周波においてその感度を制限している地面振動雑音について,これを防止するための新しい防振装置SASを紹介し,三鷹に設置されている300m基線長レーザー干渉計TAMAに導入するためのダンピングの必要性について述べている.このSAS防振装置は,フランス・イタリア合同のVIRGO計画において,11Hzの帆座パルサーからの連続重力波を検出するために必要な低周波防振装置として設計されたものを改良して発展させたものであるが,それは倒立振り子部分,5段からなる縦防振装置部分,鏡を吊るす懸架系部分の3つの部分から構成される,全高さ10mにも及ぶ巨大な装置である.これをTAMAの低周波振動低減の目的で開発し,導入することが課題である.第2章では,このSAS防振装置を構成する要素のうち,1Hz以下の周波数の防振を決める倒立振り子部分について,その特性を解析し,製作したテスト機を用いて実験を行った結果を述べている.これによれば,倒立振り子の支持棒の回転中心位置の設計,支持棒の幾何学的精度の検討を適切に行うことにより,0.3Hzから3Hzまでの周波数領域で設計通りの防振特性を得られることを示している.第3章では、SASの縦防振装置部分の概念設計を行った後,プロトタイプ機の設計・製作を行い,これを用いた実験結果について述べている.縦防振装置として当初設計されたGASと呼ばれる縦防振装置の動作原理について正しい説明がなされていないことを初めて指摘した。これに基づき,VIRGOのものより高い性能を有する縦防振機構を設計することが可能となった.

 第4章では,鏡を吊るす懸架系について検討している.従来の計画ではこの部分はTAMAで使用されている懸架系を取り付ける予定であったが,全体として最適な防振特性を出すためには設計し直す必要があった.重要な変更点は,小さいGAS防振装置の導入,反跳質量の採用であり,光軸方向,垂直方向,回転方向それぞれについて最適な防振性能を得ることができるように計算機シミュレーションを伴う最適設計を施し,これに基づき実機を試作し,その特性を測定した結果,シミュレーションと合うことが確認されたことが述べられている.第5章では、システムとして組み上げられたSAS防振装置の受動的な合成防振特性について述べられ,プロトタイプ装置による防振特性の測定結果が述べられている.ここでもおおむね予測に合う結果が得られている.第6章では、倒立振り子部分の低周波の大きい振動変位を低減するために加速度計の出力を取り入れた制御が適用され,ダンピング特性,安定性,雑音特性について調べた結果が述べられている.第7章では、2機のSASを3mレーザー干渉計に適用してその特性を評価する実験について述べられている.ここでは干渉計の特性を定めて地面振動の低減状況を測定した.数十Hz以上の周波数では,同定できるフィルター等の電気的雑音で制限されているものの,数十Hz以下の周波数ではレーザー干渉計の特性を計測することができ,SASが首尾よく働いていることが確認でき,ダンピング効果や安定性などの特性評価を行うことができた.第8章は結論であり,研究のまとめを行って将来へ残された課題について総括している.本論文は、防振システム開発の道筋を明らかにしつつ実証的な低周波防振システムを完成させたものであり,誕生間もない当該学問分野の学問体系を構築するのに寄与するものであると同時に重力波検出に貢献できる成果を挙げたと判断される.

 本論文は,坪野公夫を日本側チームリーダーとし,Riccardo DeSalvoをチームリーダーとするCalfornia Institute of Technologyとの共同研究であるが,論文提出者が主体となって基本設計を行い,技術開発を進め,解析・実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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