学位論文要旨



No 117814
著者(漢字) 中山,祥栄
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,ショウエイ
標題(和) 水チェレンコフ型検出器でのπO/μ測定によるυμυsterile 振動への制限
標題(洋) Limits on υμ υsterile Oscillations by the π0/μ Measurement in the Water Cherenkov Detectors
報告番号 117814
報告番号 甲17814
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4285号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,宏
 東京大学 助教授 関口,真木
 東京大学 助教授 森,俊則
 東京大学 教授 永江,知文
 東京大学 教授 早野,龍五
内容要旨 要旨を表示する

 1998年、スーパーカミオカンデグループにより、大気ミューオンニュートリノの振動の証拠が報告された。しかしその結果では、ミューオンニュートリノが、タウニュートリノとステライルニュートリノのどちらへ振動しているかを区別することはできなかった。この2つの振動モードを区別するために、スーパーカミオカンデグループは、中性カレントおよび物質効果によって生じる、天頂角分布の差についての研究を行った。この差がよく見えるような3種類のデータを用いて解析を行った結果、ステライルニュートリノへの振動の可能性は、99%信頼水準で棄却された。

 2つの振動モードを区別する別の方法として、我々は、中性パイオン事象の数とミューオン事象の数の比であるRπ0=(π0/μ〕Data/(π0/μ〕MCをスーパーカミオカンデで測定した。単一の中性パイオンのみが検出されるような事象は、その多くが中性カレント反応による事象であるため、ステライルニュートリノへの振動がおこっている場合には、タウニュートリノへの振動の場合にくらべて、Rπ0の値が小さくなる。Rπ0測定の不定性は約20%と見積もられた。この不定性は、おもにパイオンの反応断面積と酸素原子核内での核内効果から来ている。20%という値は、ステライルニュートリノへの振動があった場合の中性カレント反応の減少率と同程度であるため、これまでは2つの振動モードを区別することができなかった。

 我々のシミュレーションの正しさを確かめ、Rπ0測定の不定性を減らすために、我々は、K2K実験の前置検出器である1kt水チェレンコフ型検出器でRπ0を測定した。その結果は、となり、我々のシミュレーションによる予測は、測定の結果と非常によく一致していることを碓かめた。さらに、この測定の不定性は約9%と見積もられた。

 我々は、この9%の不定性という結果を、ニュートリノエネルギーが500MeVから2500MeVの範囲で、スーパーカミオカンデでのRπ0に適用した。この範囲でのみ適用したのは、1ktが検出した中性パイオン事象のほとんどが、そのエネルギー領域のニュートリノの反応によって生じているからである。これにより、スーパーカミオカンデでのRπ0測定に対する不定性は、20%から14%にまで減らすことができた。この不定性を用いると、スーパーカミオカンデで有効日数1489.2日の間に観測されたデータによる結果は、となり、我々のデータがニュートリノ振動がない場合の予測とは一致していないことを示している。一方、2つの振動モードそれぞれの場合の予測値は、となり、先程の我々の測定結果は、タウニュートリノヘの振動の場合の予測とより良く一致していることがわかった。

 我々の解析は、物質効果の影響を受けないエネルギー領域のニュートリノによる事象についておこなわれたが、その結論は、物質効果による2つの振動モードの差を利用するためにより高いエネルギー領域のニュートリノによる事象を用いた解析の結果と一致するものである。

審査要旨 要旨を表示する

 第一章はイントロダクションとして、ニュートリノ振動を発見したスーパーカミオカンデの観測についてのべ、太陽ニュートリノ観測等の結果との関連でステライルニュートリノ存在の可能性について議論している。ステライルニュートリノの存否については、ミューオンヘの荷電カレント反応に対する中性カレント反応の比を振動がないとしたモンテカルロ計算と比較することにより実験的に証明できるとしている。ニュートリノ入射によるπ0生成は中性カレント反応が主要な反応過程と考えられることからπ0生成のμ生成に対する比の観測値とモンテカルロ計算値の比をとると(以下「二重比」と略す)、ステライルヘの振動があればπ0生成を低減することから理論予測との比較により感度の高い議論が行えることが示されている。

 第二章はスーパーカミオカンデ(SK)検出器の記述に当てられている。前半で検出器の詳細が解説され、後半では測定量に対するキャリブレーションの方法について解説されている。特に解析で重要になる、光電子増倍管のゲインとタイミング、純水の透明度、散光の効果について詳細に説明している。

 第三章ではシミュレーションについて解説している。ニュートリノと水の反応について荷電カレント反応と中性カレント反応について、(準)弾性散乱、コヒーレントπ生成、核子との単一および多重π生成過程を取り入れた計算を行い、既存のデータと比較が可能な部分で比較を行い、計算の妥当性を説明している。反応過程で生成された二次粒子についてGEANTによる検出器シミュレーションを行い、二重比の分母を与える事象生成を行っている。

 第四章ではSKでのデータ解析の方法、特に事象選択について解説している。検出領域にすべての反応生成粒子がとどまる全包含事象をまず選択し、外側検出器に活動のないもので、直前の事象から十分に時間をおいたものを選ぶ。その上で、外側測定器不感領域の処理、フラッシャーと呼ばれる雑音信号の除去等を行う。こうして選択された事象について次章で述べる再構成を施す。

 第五章では事象再構成の方法について説明している。まず基本となるチェレンコフリングイメージを求めるために、光の放出点を検索する。粒子が光速で飛行すると仮定してリングイメージの時間情報を用いる。得られた放出点を基点に、リングイメージをさらに検索しリング数を数える。γや電子の場合シャワーを生成するためリングイメージがぼけるのに対し、μ粒子の場合単一の粒子からチェレンコフ光が放出されリングイメージがはっきりする。このことを数値化し、粒子識別を行う。

 第六章では二重比の導出について説明している。π0事象では崩壊生成物であるγ(シャワー状リング)が2個あることを要求し、その運動量から不変質量を得る。十分な質量分解能でπ0が再構成されていることがわかる。運動量分布などもよくモンテカルロ計算と一致している。μについては単一リング事象でシャワー的でないものを選択する。天頂角分布では、角度が大きいところでモンテカルロ計算に比べ減少が著しく、大気ニュートリノの消失が示されている。結果として二重比の値1.47±0.07(統計)±0.32(系統)を得た。系統誤差についてはニュートリノ反応断面積によるものが主要であり、このままではステライルの存否について十分な議論ができない。そこでK2K実験前置検出器による測定を試みる。

 第七章ではK2K実験のセットアップについて説明している。特に1kt水検出器について詳細に述べている。

 第八章では1kt水検出器での二重比測定について説明している。形状の違いを除いて基本的にSKとおなじ手法が用いられている。π0、μともモンテカルロ計算でよく再現されている。ニュートリノビームフラックスが与えられていることから反応断面積による系統誤差を考慮する必要がない。結果は1.00±0.02(統計)±0.09(系統)という結果を得ている。

 第九章ではSKとK2Kの実験結果を総合し、SKの結果の系統誤差の見直しを行う。SKで反応断面積が主要な誤差源であったが、K2Kでは実質的にそれを測定した。二重比が1となっており、モンテカルロが正しく計算されていることを示している。その結果、反応断面積による誤差はK2Kのエネルギー領域で10%まで低減され、最終的に二重比1.47±0.07(統計)±0.21(系統)を得た。これはμニュートリノがステライルではなくτニュートリノヘ変化したとする計算を支持する結果となっている。

 第十章はまとめに当てられている。

 この論文はニュートリノ振動がどのような形態で生じているかを実験的に示した重要でかつ時宜にかなった研究である。この研究はSKおよびK2K実験コラボレーションとの共同研究であるが、解析については論文提出者が主体となって行ったものであり、また、K2Kの水検出器の建設・運転・維持について論文提出者の寄与は大変大きいと判断される。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク