No | 117816 | |
著者(漢字) | 山田,秀衛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,シュウエイ | |
標題(和) | 長基線ニュートリノ実験によるニュートリノ振動の研究 | |
標題(洋) | Study of Neutrino Oscillation in the Long Baseline Neutrino Experiment | |
報告番号 | 117816 | |
報告番号 | 甲17816 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4287号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ニュートリノ振動とは、ニュートリノに質量の異なる固有状態が二つ以上存在し、質量の固有状態とフレーバーの固有状態が混合していることによってフレーバーが変化する現象である。素粒子の標準模型においてニュートリノは質量を持たないとされている。ニュートリノ振動の存在は標準模型を超えた現象であり、振動パラメタを測定することには大きな意義がある。1998年にスーパーカミオカンデ実験(SK)によって大気ニュートリノの振動が確認され、ミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動が強く示唆された。 KEK-神岡間長基線ニュートリノ振動実験(K2K)は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の加速器によって人工的に作られたニュートリノを250km離れたSKで観測し、ニュートリノ振動を検証することを目的とする。加速器からのニュートリノは平均エネルギーが1.3GeVでその98%がミューオンニュートリノであるので、大気ニュートリノが示唆する振動パラメタ領域でミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動を探索する事が可能である。本実験は1999年から稼働した。 本論文では、1999年6月から2001年7月までにとられたデータを用い、ニュートリノ振動によるミューオンニュートリノ事象の欠損とニュートリノのエネルギースペクトルの歪みを観測する事でミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動を検証する事を目的とする。 ビームはスピル毎に一次ビームモニタ、二次ビームモニタで観測し、ビームを制御した。ニュートリノビームのスペクトルと方向が実験の全期間を通じて安定だった事をKEK内に設置されたMRD検出器による測定で確認した。前置検出器とSKで期待されるニュートリノのスペクトルを予測するため、ニュートリノへ崩壊する直前のパイオンの運動量と角度分布を測定した。 SKで期待されるニュートリノ事象数はKEK内の1kt水チェレンコフ検出器において観測されたニュートリノ事象数から外挿して予測した。その結果、期待される事象数は80.6±0.3(stat.)+4.7-4.7(syst.)であった。 本実験ではGPSを用いてSKとKEKの時刻を同期させることによりSKでのニュートリノビーム事象を選別した。両地点は200ナノ秒以内で同期している事を原子時計によって確認した。選別の結果、±500マイクロ秒の時間窓のうち1.5マイクロ秒の幅を持つビーム到達時刻のみにニュートリノ事象が観測された。観測された全ニュートリノビーム事象数は56であった。SKにおける観測値と期待値の比較からニュートリノ振動が存在しない可能性を検討したところ、これを99%以上の信頼水準で棄却する事が出来た。 また、SKで観測されたニュートリノ事象のうち1リングミューオンニュートリノ事象を用いてニュートリノスペクトルを再構成した。再構成されたスペクトルは期待されたものから歪んでおり、ミューオンニュートリノからタウニュートリノへの振動を仮定して振動パラメタの当てはめを行った。最適値は(sin22θ,△m2)=(1.00,2.7×10-3eV2)で,大気ニュートリノ観測が示唆するパラメタ領域と矛盾しない結果が得られた。 | |
審査要旨 | 本論文は、スーパーカミオカンデによって発見されたニュートリノ振動という素粒子物理の常識を超える現象を、加速器を用いて直接的に検証しようとする、世界的に注目を集める第一線の研究成果である。 本論文は8章からなり、第1章および第2章では、研究の背景となる大気ニュートリノの振動現象とK2K実験の概観をまとめている。第3章においては、本研究のために高エネルギー加速器研究機構の12GeV陽子シンクロトロンに設置されたニュートリノのビームラインおよび各種ビームモニター、それから近接ニュートリノ検出器、特に振動前のニュートリノ数を決める1kt水チェレンコフ検出器について、詳しく記述している。第4章では、遠方ニュートリノ検出器であるスーパーカミオカンデについてその詳細と、時間やエネルギーの較正方法が述べられている。これらの実験装置の建設には論文提出者が大きく関わったわけではないが、本研究に必要となる実験装置や検出器に対する深い理解が、簡潔な記述の中にもよく示されている。ニュートリノ事象の再構成についても、論文提出者自身による工夫・改良が見られないのは残念であるが、Appendix Cによく咀嚼されて説明されている。 第5章は、論文提出者自身が行ったGPSによる時刻の同期が書かれている。遠方検出器の時刻を加速器と同期することにより、遠方検出器で捕えた事象が、陽子シンクロトロンで作られたニュートリノによるものであることを間違いないものとした。 第6章と第7章はこの論文の核をなすところである。ここではまず、遠方および近接検出器におけるニュートリノ事象の選択を行い、近接検出器での事象数から振動現象がない場合の遠方検出器での事象数を予想した。本研究では系統誤差が支配的であるため、正しく系統誤差を見積もることが極めて重要である。様々な誤差の原因を一つずつ検討して、あまり保守的な概算に陥ることもなく、系統誤差が求められた。誤差の中でも重要なニュートリノの断面積の不定性については、Appendix Bに詳しく書かれている。最終的に、ニュートリノ事象が遠方検出器で予想よりかなり少ないという結果を導いている。この場合、たとえば測定感度の見積もりが間違っている可能性を完全に否定できなくてはいけないが、ここでは論文提出者の丁寧な解析によりそれが成功している。 続けて、測定されたニュートリノのスペクトラムを予想された分布と比較している。定量的な比較を行うためには、測定器のエネルギー較正の系統誤差に加え、スペクトラムの予想に影響を与えるビームラインや様々なモニターに対する完全な理解が要求される。ニュートリノビームのスペクトラムの計算はAppendix Aで詳しく説明されており、論文提出者も深く関わったところである。複雑な統計的手法を用いてなおかつ説得力のある解析が行われている。ニュートリノ振動を仮定すると、得られたスペクトラムは見事に大気ニュートリノの結果と一致していることが示される。これらの結果は第8章で簡潔にまとめられている。 なお、この成果はK2Kコラボレーションの共同研究によるものであり、実験のデザイン、実験装置の建設・運転、検出器の較正・解析などに数多くの共同研究者が貢献している。しかしながらこの論文に書かれた物理解析は、論文提出者がGPSによる時刻の同期など測定に本質的に関わる部分に大きく貢献し、ほぼ独力によって解析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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