学位論文要旨



No 117817
著者(漢字) 阿武木,啓朗
著者(英字)
著者(カナ) アブキ,ヒロアキ
標題(和) シュウィンガー・ダイソン法に基づくカラー超伝導の研究
標題(洋) Color superconductivity in Schwinger-Dyson approach
報告番号 117817
報告番号 甲17817
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4288号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,浩一
 東京大学 教授 大塚,孝治
 東京大学 助教授 浜垣,秀樹
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 助教授 森松,治
内容要旨 要旨を表示する

 ここ数年間の間に、高バリオン数密度下において量子色力学(Quantum ChromoDynamics,QCD)が示すカラー超伝導相に対して、膨大な研究が行われ、それらが包含する豊富な物理が明らかにされてきた。カラー超伝導とは、エネルギーギャップの存在によって特徴づけられる秩序状態である。これは、高密度で弱く相互作用するフェルミ面という描像から出発しても、クォーク間に引力が少しでも存在すると、散乱振幅に不安定性が起こりフェルミ面付近のクォーク間のコヒーレントな組み換えが起こった、フェルミガスとはまったく性質を異にするBCS状態に導かれるという原理によっている(BCS理論)。ただし、フォノン-電子機構による通常の超伝導と異なり、クォーク系においては対形成に優勢に効く引力が長距離の磁気的グルーオン交換であることからエネルギーギャップの結合定数依存性が弱結合極限でe-1/gのようなBCSと異なる振る舞いをすることが分っている。これに加え、クォーク系の場合、スピン自由度のみならずカラー・フレーバーの自由度があり、様々な基底状態が提案されている。代表的なものとしては、2フレーバー超伝導(2CS)、カラー・フレーバーロッキング(CFL)の2つの秩序状態を上げることができる。これらは、それぞれユニークな状態であるが、特にCFLの秩序変数はカイラル対称性を破っており、それに付随し、擬スカラー八重項に属する南部・Goldstone(NG)ボソンがあらわれる。また、カラーを持った自由度には有限のエネルギーギャップが開き、準クォークモードは破れていない電荷のもとで整数荷電をもつことが示される。これらCFLでの諸性質とQCD真空の性質との類似性から、両者が相転移を隔てずにつながっているいうクォーク・ハドロン連続性という興味深い推測(conjecture)が打ち出された。高密度のクォーク物質をあらゆる仮定のもとに調べることは、QCDの相図を調べるという純粋理論的興味のみならず、中性子星の物理と関連して面白い。特に、最近の報告によれば、天体RXJ1856.5-3754はクォーク星の可能性があり、カラー超伝導を含め、高密度クォーク物質が星内に存在することによる観測量への帰結が求められている。

 本研究ではシュウィンガー・ダイソン(SD)方程式の南部-ゴリコフ(NG)形式への拡張として、非局所相互作用のある系で(2CS)及び(CFL)状態のギャップ方程式を与える一般的な枠組みを与える。導出されたギャップ方程式を広範囲の密度(温度)領域で解くことにより、有限(T,μ)-平面でのカラー超伝導(2CS、CFL)の性質、及び、両者の競合について調べる。ここで用いた改良型梯子近似に基づくSD法は低エネルギーでよく真空の物理を再現し、一方高エネルギーでは摂動論的QCDとコンシステントな結果を与える。従って、このモデルを用いて広範な密度領域におけるカラー超伝導現象を統一的な視点から調べることができる。

 得られたギャップ方程式を高密度から低密度まで広い領域で数値的に解き、ギャップ関数、クーパー対の空間的拡がりを見ることによって、漸近的高密度領域(ρ〜1010ρ0:ρ0は通常核物質密度)でのペアリングの性質と、現実的な密度領域ρ〜10ρ0でのそれが定性的に異なることが分った(図.1参照)。高密度領域では、弱結合のBCS描像が良いが、低密度領域においては、強く束縛したボソン的な自由度のボース・アインシュタイン凝縮(BEC)のような、BCSの描像とは異なった種類のペアリングが起こり得ることが示唆された。

 2CS及び、CFLから通常相(QGP)への相転移は通常のBCSと定性的に同じ2次相転移の特性を示したが、ギャップ△(pF)と転移温度Tcを関係付けるBCSの普遍的関係式は低密度側で大きなずれを示した。この事実と、低密度でのギャップ、及び臨界温度の解析解からのずれは、この領域における、強結合の効果の重要性、とりわけ、フェルミ面から遠く離れた自由度の対形成への寄与の重要性を示している。

 また、ギャップの間には、△1(CFL)〉△(2cs)>|1△8(cFL)|1の大小関係があるものの、2csから通常相への転移温度と、CFLから通常相への転移温度は同じであることが結論された(図.2(a)参照)。両者の相転移[(2CS-QGP)、(CFL-QGP)]は質的には同じであり、これらの相転移にクーパー対の空間的構造変化は伴わず、コヒーレントな対の数の減少によって特徴づけられていることが分った。

 さらに、CFLと2CSのどちらがエネルギー的に選択されるのかという問題について、Cornwall-Jackiw-Tomboulis(CJT)の有効作用を用いμ=300〜1000MeVの領域で調べた。その結果、ストレンジクォーク質量ms=0の仮想的状況では、相図においてCFLの領域が2CSを凌駕し、2CSはQCDの相図から締め出されることが結論された。CFLの凝縮エネルギー密度は2CS状態の約2倍程度である。CFL状態の熱力学を支配するカラーフレーバー八重項準粒子のギャップ△8は2CSのギャップよりも小さいにもかかわらず、CFL状態の方が安定であることは興味深い。この2CSに対するCFLの優位は、ギャップの大きさと、対相関に寄与する自由度との間の微妙な競合の結果であることが分った。

 また、ストレンジクォークの質量の効果を運動学的判定基準をもちいて評価を試みた。(図.2(b)参照)μ〓300MeVの領域でストレンジクォークの有効質量がms〓200MeVの場合、2CSはT=0,μ〓300MeVの領域に現れない。すなわち、カイラル対称性の破れた真空は、T=0において、CFL相と滑らかにつながっている可能性が示唆される。

図1:(a)上から順にμ=2A,3A,8A,4096Aでのギャップ関数△(κ)。(b)クォークの化学ポテンシャルμの関数としての、平均クォーク間距離によって規格化されたコヒーレンス長。

図2:(a)μ=1000MeVにおける各ギャップの温度依存性。△8(CFL):カラーフレーバー八重項ギャップ、△1(CFL):カラーフレーバー一重項ギャップ、△1(2CS):2CSギャップ。(b)QCD相図:黄線は(2CS,QGP)の相境界。この線は二次相転移で隔てられている。msに依存する青線は(CFL,2CS)の相境界で上から順にストレンジクォーク質量ms=150,200,250MeVである。この線はおそらく一次相転移で隔てられている。ms=0のときは青線が黄線に縮退し、2CS相が締め出される。このときCFLとQGPとの境界線は二次相転移となる。

添え字の1と8はCFLにおける準粒子モードの種類を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 クォーク物質は低温高密度において超伝導状態にあり,ハドロン相や高温で実現されるクォーク・グルオンプラズマ相とは異なる相になると考えられている、フェルミ面上にあるクォークはバリオン化学ポテンシャルμ程度の運動量を交換する自由クォークと考えることができる.BCS理論によりフェルミ面上のクォーク間に引力が働くとクーパー不安定性が生じて系の基底状態は超伝導状態になりエネルギーギャップがつくられる、クォーク系にはスピン自由度だけではなくカラー・フレイヴァーの自由度があるため様々な基底状態が可能であるが、中でも2フレイヴァー超伝導(2CS),カラー・フレイヴァーロッキング超伝導(CFL)の2つが研究されてきた.本論文は,南部・ゴリコフ形式に拡張したシュウィンガー・ダイソン方程式を用いて,2CSおよびCFL状態のギャッブ方程式を与え,広範囲の密度・温度領域で,カラー超伝導の性質および両者の競合について調べることを目的としている.

 本論文は5章からなり,第1章では本研究全体の動機と背景を述べ,第2章では南部・ゴリコフ形式に拡張したシュウィンガー・ダイソン方程式,第3章では質量のない2フレイヴァー物質における2CSに関する数値計算結果,第4章では質量のない3フレイヴァー物質における2CSおよびCFLに関する数値計算結果を報告している、第5章は議論,まとめと展望である.

 本論文で用いた改良型梯子近似に基づくシュウィンガー・ダイソン法は低エネルギーで真空の物理をよく再現し,高エネルギーで摂動論的量子色力学(QCD)と矛盾のない結果を与えることが知られている.論文提出者の研究動機はこの模型を用いて広範な密度領域におけるカラー超伝導を統一的な観点から調べることである.

 論文提出者はギャップ方程式を数値的に解き,ギャッブ関数,クーパー対の空間的拡がりを計算することよって,漸近的高密度領域での対相関の性質と低密度領域での対相関の性質が定性的に異なることを見つけた.また,高密度領域ではBCS描像がよく成り立つが、低密度領域では強く束縛したボソン的自由度のボース・アインシュタイン凝縮のような,BCS描像とは異なる対相関が起こる可能性を示唆した.ただし,論文提出者の方法では低密度においてゲージ依存性が無視できないので改良の余地がある.

 論文提出者は,超伝導相からクォーク・グルオンプラズマ相への相転移がBCS超伝導体と同様に定性的には2次相転移の特性を示すことを見出したが,一方で,フェルミ面上のギャップと相転移温度を関係付ける普遍関係式は低密度側でBCS理論から大きくずれることを発見した.論文提出者は,この事実と,低密度でのギャップおよび臨界温度の解析解からのずれを根拠として,低密度領域における強結合の効果の重要性,特に,フェルミ面から遠く離れた自由度の対形成への重要な寄与を指摘している.

 また論文提出者は,2CSのギャッブを△(2CS),CFLのカラー・フレイヴァー1重項および8重項のギャッブをそれぞれ,△1(CFL)および△8(CFL)とすると,それらの間には大小関係△1(CFL)>△(2CS)>|△8(CFL)|が成り立っていることを見つけた.しかし,2CSからクォーク・グルオンプラズマ相への相転移温度と,CFLからクォーク・グルオンプラズマ相への転移温度は同じであった.そこで論文提出者は,これらの相転移がクーパー対の空間的構造変化を伴わず,コヒーレントな対の数の減少によって特徴づけられていることを結論した.

 さらに論文提出者は,コーンウォール・ジャキーフ・トンボウリスの有効作用を用いてμ=300〜1000MeVの領域で,ストレンジクォーク質量が0の極限では,2CSはQCDの相図に現れないことを見つけた、|△8(CFL)|が△(2cs)より小さいにも関わらずCFL状態の方が安定である理由は,ギャッブの大きさと,対相関に寄与する自由度との間の競争の結果であることを示した.また,運動学的判定基準を用いてストレンジクォークの質量の効果を評価した.ストレンジクォークの有効質量が200MeV以下の場合,2CSはT=0,μ≧300MeVの領域に現れなかった.これによって論文提出者は,カイラル対称性の破れた真空が,T=0おいて,CFL相と滑らかにつながっている可能性を示唆した.

 論文提出者は広範囲の密度・温度領域で,カラー超伝導の性質および相転移について従来の研究で欠けていた統一的描像を与える着実な成果を得たと評価される.

 なお,本論文は初田哲男,板倉数記との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実際の計算を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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