No | 117820 | |
著者(漢字) | 上杉,忠興 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ウエスギ,タダオキ | |
標題(和) | 開弦の理論におけるタキオン凝縮の世界面上での記述法について | |
標題(洋) | Worldsheet Description of Tachyon Condensation in Open String Theory | |
報告番号 | 117820 | |
報告番号 | 甲17820 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4291号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は超弦理論における非BPS状態の力学、特にタキオン凝縮とよばれる現象を世界面上の理論(worldsheet theory)の立場から調べたものである。 現在、超弦理論は重力を含めた素粒子の統一理論の第一候補として盛んに研究されている。しかし一方で今にいたるまでの間に超弦理論の全貌は明らかにされてきたとは言いがたい。実際には従来の近似的方法(「摂動論」)を越える方法論が分かっていないために理論の表面的な部分しか見えていないと言うのが実情である。そのためいかにして摂動論を越えた方法(「非摂動論」)を見つけ、それを適用して超弦理論の様子を調べることができるかどうかが重要な課題となっていたわけである。 ところが90年代半ばに入って理論の非摂動的側面を理解する上で二つの大きな進展があった。一つはString dualityとよばれるもので、従来無数に存在した超弦理論の方程式の異なる「解」が非摂動的には同じものとしてとらえることができるようになったということである。ここで「解」とは宇宙そのものの姿、有り様に対応しているので宇宙のあり方として実は一見違うようにみえるものでも超弦理論の立場では実は同じものとしてとらえることができる、ということである。この宇宙のあり様を「真空」(何もない、と言う意味ではない)とよぶことにするとString dualityは異なる「真空」を結び付けたという言い方ができる。 もう一つの大きな発展はDブレーンとよばれる非摂動的物体の発見である。この物体は摂動論を越えたときに超弦理論で大きな役割をはたすと考えられており、それゆえに非摂動的物体という言い方をされるが、大きな特徴はひものような1次元の物体だけでなく2次元、3次元といった高次元に広がった物体だということである。従って超弦理論はその名前にあるようなひもだけの理論ではなくいまや高次元の物体まで含めた理論だと考えられている。 しかし、これだけで超弦理論の非摂動的側面の本質的な部分が理解できたわけではない。むしろこの2つの発見はそれを理解するための種であり、この種の部分をきちんと理解することが最終目標に到達するための近道であると考えることができる。とくにDブレーンのような高次元の広がった物体の力学的側面はまだまだわかっていないため、現在超弦理論における研究対象として大きなウエートを占めている。 本論文ではDブレーンの力学、特にDブレーンの中でも不安定なものを扱っている。一般に不安定なDブレーンは崩壊して何もなくなってしまうかもしくは別の安定なDブレーンになることが予想されている。この場合崩壊をひきおこす原因となるのが不安定なDブレーン上に存在する「タキオン(tachyon)」と呼ばれる粒子である。タキオンとは質量の2乗が負になる粒子のことでありもともとは光より早い仮想粒子として考えられていたが、超弦理論においてはその粒子は系の不安定性を示し物体等の崩壊をひきおこす原動力とみなされている。そういう意味で不安定なDブレーンの崩壊現象そのものを論文のタイトルでは「タキオン凝縮("tachyon condensation")」とよんでいる。 ところで不安定なDブレーンの力学を考える動機の一つとして、そのような物体を考えることで超弦理論のもともと持っていた超対称性を失ってしまっている相の様子を調べることができるということがあげられる。そして、そのような超対称性がない(「自発的に破れている」と言う)相では理論の動力学的現象が起きると考えられており、実際不安定なDブレーンの崩壊はそのような現象の一つである。しかしながら、従来の超弦理論では超対称性により保障された理論の静力学的なところはある程度わかっている一方で、超対称性のない動力学的なところは分かっていなかった。この論文では不安定なDブレーンの崩壊について超弦理論の定量的な立場でそれを記述し、従来の予想を確固たるものにできた点を中心にまとめてある。そして、その方法により超対称性のない相(Dブレーンの崩壊前)と超対称性のある相(Dブレーンの崩壊後)を連続的につなぐことができたわけである。ここで2つの異なる「真空」をつないだと言う意味ではString dualityに似た意義を見出せるのではないかと思う。 さて先程「定量的な立場で」、と書いたがDブレーンの崩壊現象を記述するものとしてはいくつかの方法が知られている。この論文ではDブレーンのオリジナルな定義に用いられる開弦(open string)から出発し、それが掃く世界面(worldsheet)の立場から解析を行っている。とくに他の方法と比べて今回の方法が優れていると言えるのは崩壊の予想を定量的に厳密に示せるという点である。 本論文では大きく3つの部分に分けられている。 まず1章の導入の後の2章では平坦な時空における不安定なDブレーン系を定義している。特に2種類のDブレーン系が重要なものとして知られており、ブレーン・反ブレーン系及び非BPSDブレーン、とそれぞれ呼ばれている。ここで、土台となる道具立てがいわゆる境界状態(boundary state)の方法である。この境界状態は2章のみならず3章そして4章でも大きく関係して来るのでそれの基本的な構成法も紹介している。そして、最期に不安定なDブレーン系の崩壊現象に関して知られている予想及びその定性的な理解の仕方について説明している。 3章ではいわゆる開弦の場の理論("openstringfieldtheory")を用いてタキオン凝縮を記述する。開弦の場の理論については幾つかの定式化が知られているが、本論文で境界上の弦の場の理論("boundary string field theory")を用いている。この理論は世界面上の非線形σモデルの自然な拡張とみなすことができ、他の開弦の場の理論よりも世界面(worldsheet)に立脚していると言う意味あいが強いためにタイトルにあるようなworldsheet descriptionの一つであると言うことができる。また世界面上の繰り込み群とDブレーンの崩壊がきれいな対応関係にあるというのが理論の基本原理となっている(3.1節)。3.2節ではBatalin-Vilkovisky formalismをベースにしてboundary string feld theoryを形式的に構成している。また、3.3節ではブレーン・反ブレーン及び非BPSDブレーンを記述するために必要な世界面上の作用の形を与えている。 以上が理論の形式的な部分だがタキオン凝縮に応用する実際の具体的な計算等は3.4節以降で行っている。ところでこの理論の良いところは先程も書いたようにタキオン凝縮を厳密に記述できるところにある。具体的にはまずタキオンポテンシャルと呼ばれるDブレーンの崩壊を記述するスカラーポテンシャルの形を求めた上で、崩壊後にできる安定なDブレーンのテンションがきちんと求まる事を厳密に示している(3.5節)。そして、Dブレーン上の有効理論(effective field theory)の形(Dirac-Born-Infeld作用と、Wess-Zumino作用)を厳密に求められる点を3.6節、3.7節で説明してある。ただし、以上のような計算で何らかの仮定をするわけだがそれが物理的にどれほど信頼性の足るものかはいまだに疑問の余地等あり、それらをどのように解釈すべきかと言った点を3.4節と3.8節でまとめてある。以上が3章の内容である。 4章ではタキオン凝縮におけるやや特殊なケースを扱っている。一般のタキオン凝縮では3章のように開弦の場の理論を用いなければいけない。しかし、時空をトーラスに丸めてやってそれにDブレーンを巻き付けてやるとタキオンモードが理論から消えてしまうことがある(4.1節、4.2節)。その場合のタキオン凝縮(もはやタキオンとは呼べないかもしれないが)は我々の良く知っている第1量子化された弦理論、すなわち共形場理論で記述できる。4章ではそういった場合を扱っている。このような方法は歴史的には3章にあるような方法が見付かる以前に知られていたのだが、繰り込み群とDブレーンの崩壊の対応といった一般的状況を先に説明したほうが共形場理論による記述を理解しやすいと考え、あえて3章の後においた。しかし、3章の方法より優れているのはトーラスの半径を変えることで安定なDブレーンの形態がどのように変わるかをphase diagramとして知ることができる(4.5節)という点であると言える。またこの章では2章で説明した境界状態(boundary state)の方法を用いておりタキオン凝縮の過程でより低い次元のDブレーンの電荷等がいかにして生成されるかを具体的にみることができる。 最後の5章では2章から4章のまとめ(5.1節)と、今後の課題について述べてある(5.2節〜5.4節)。また、付録では本論分の中で使うconventionや省略した計算、証明等を記してある。 | |
審査要旨 | 本論文は9章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章では銀河内での宇宙線の起源や衝撃波加速、及び放射過程の一般論について述べ、第3章は観測データを取得したX線衛星の観測装置について述べ、第4章、第5章では二つの超新星残骸近傍のフラットなエネルギースペクトルを示すX線源の発見についてそれぞれ述べ、第6章ではこれらのX線源の放射機構についての考察を行い、第7章では二つの超新星残骸のシンクロトロン放射とみられるX線放射の観測と、そこから示唆される高エネルギー電子の存在について述べ、第8章ではこのシンクロトロンX線放射の微細構造の衝撃波加速理論による解釈について議論し、第9章では以上の観測から得られた結論について述べている。また、付録では超新星残骸SN1006の「フィラメント」構造の詳細について記している。 荷電粒子が放射する電波・X線・ガンマ線を観測することにより、相対論的エネルギーにまで加速された高エネルギー荷電粒子が、大きなエネルギー密度を持って宇宙のあらゆる階層に存在していることが明らかになってきた。そのような高エネルギー粒子の代表的なものが地球に降り注ぐ宇宙線であり、銀河系の星間空間に存在する宇宙線のエネルギー密度は、ほぼ星間ガスの圧力に匹敵している。こうした宇宙線は、地上で観測される物理現象とは異なった様相を示す宇宙の高エネルギー現象のプローブとなるばかりではなく、銀河のエネルギー収支を理解する上で極めて重要である。そのため、宇宙線の生成機構の解明と加速領域の特定は、高エネルギー天文学における中心課題といえる。銀河系内の宇宙線の加速に関しては、超新星爆発によって星間空間に形成される強い衝撃波の関与が確実視されている。X線によるイメージとスペクトルの観測により、こうした衝撃波面の近傍で加速され、数GeVから100TeVという高いエネルギーを持つ粒子を探査することが可能である。 申請者は二つのX線衛星、ASCAとChandraによる超新星残骸の観測データを解析し、特に以下の二つの点で新しい結果を得た。 一つは非常にフラットなエネルギースペクトルを示し、GeV以下の宇宙線の制動放射として解釈できるX線源の発見である。第4章ではγ Cyg、第5章ではRX J1713.7-3946とそれぞれ呼ばれる超新星残骸領域で見つかったこのようなX線源の観測について述べ、第6章の議論では、この特徴的なスペクトルを放射するGeV以下の宇宙線のエネルギー収支について調べる新しい手段として用いることが可能であることを指摘している。 もう一つは、シンクロトロン放射の分布の詳細から、衝撃波での「加速領域」と「放射領域」を分離することにはじめて成功したことである。第7章では、TeV領域のガンマ線が観測されており、高エネルギーまで粒子加速が起こっていることが知られている超新星残骸として、RX J1713.7-3946とSN1006のChandra衛星による非熱的なシンクロトロンX線放射の観測について述べている。第8章ではこれらの超新星残骸のX線放射が示す微細構造(「フィラメント」と「プラトー」)がそれぞれ「加速領域」と「放射領域」に対応していると解釈し、特に前者の天体では、X線の硬いスペクトルが高エネルギーまで伸びていることから、標準的な衝撃波加速理論で考えられるよりも加速時間が早いことが示唆されることを指摘している。 なお、本論文第4章は宇宙科学研究所・高橋忠幸、マックスプランク核物理学研究所・EA.Aharonian、フランシス・マリオン大学・J.R.Mattoxとの共同研究であり、第5章は高橋忠幸、FA.Aharonianとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測及び解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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