学位論文要旨



No 117821
著者(漢字) 内山,泰伸
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,ヤスノブ
標題(和) 超新星残骸における粒子加速と比熱的X線放射の研究
標題(洋) Study of Non-thermal X-ray Emission Produced by Sub-relativistic and Ultra-relativistic Particles in Supernova Remnants
報告番号 117821
報告番号 甲17821
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4292号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 森,正樹
 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
 東京大学 助教授 相原,博昭
 東京大学 教授 牧島,一夫
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 相対論的エネルギーにまで加速された高エネルギー荷電粒子が、大きなエネルギー密度を持って宇宙のあらゆる階層に存在していることが、荷電粒子が放射する電波・X線・ガンマ線を観測することにより明らかになってきた。高エネルギー粒子の加速は、超新星爆風から銀河系外ジェットに至るまで多様な環境でみられる宇宙における普遍的な現象である。そのような高エネルギー粒子の代表的なものが地球に降り注ぐ宇宙線であり、銀河系の星間空間に存在する宇宙線のエネルギー密度は、およそ1eVcm-3(1.6×10-13joule m-3)と、ほぼ星間ガスの圧力に匹敵している。こうした宇宙線は、地上で観測される物理現象とは異なった様相を示す宇宙の高エネルギー現象のプローブとなるばかりではなく、銀河のエネルギー収支を理解する上で極めて重要である。そのため、その生成機構の解明と加速領域の特定は、高エネルギー天文学における中心課題である。

 銀河系内の宇宙線の加速に関しては、超新星爆発によって星間空間に形成される強い衝撃波の関与が確実視されている。X線によるイメージとスペクトルの観測により、こうした衝撃波面の近傍で加速され、数GeVから100TeVという高いエネルギーを持つ粒子を探査することが可能である。本論文では、このような観点からX線天文衛星による超新星残骸(SNR)の観測を行ない、sub-GeV領域のエネルギーを持つ電子と陽子、またmulti-TeV領域にまで加速された電子からの非熱的X線放射から、粒子加速の機構と加速領域の議論を行う。

Sub-GeV領域宇宙線の加速

 Sub-GeV領域の宇宙線は、銀河内のエネルギー収支の多くを担うと考えられるにも関わらず、これまでは、それを特徴づけるような観測は行われてこなかった。われわれはX線天文衛星「ASCA」を用いて、超新星残骸γCygniを観測し、γCygniと高密度ガスの相互作用領域から、非常にハード(より高エネルギー側に多くの光子が分布)なX線源(clump C1/C2)を発見した。さらに、その空間構造を明らかにし、X線スペクトルの「信号雑音比」を上げるため、圧倒的に高い空間分解能を持つX線天文衛星「Chandra」による追加観測を行なった。その結果、Clump C1は、およそ1分角(0.5pcに相当)の広がりをもち、X線スペクトルはベキ関数でモデル化すると光子指数Γ=0.7±0.7となった。X線フラックスは0.7+0.3-0.2×10-12ergs cm-2S-1(2-10kev)であった。また超新星残骸RX J1713.7-3946と相互作用している分子雲からも、非常にハードなX線源(AX J1714.1-3912)をASCA衛星によって発見した(図1)。そのX線スペクトルは光子指数Γ=1.0±0.2の極めて平坦なベキ関数で記述される。

 超新星残骸からはじめて発見された「平坦なベキ関数でスペクトルをもつ拡がったX線源」は、非熱的な放射メカニズムによっていると考えられる。しかし、そのスペクトルの平坦さはシンクロトロン放射や逆コンプトン散乱では説明し難い。そこでわれわれは、sub-GeV領域の電子や陽子による制動X線放射を検討し、その定式化を行った。高エネルギー粒子によるX線制動放射には、高エネルギー電子と静止原子核との間の電磁相互作用によるもの(電子制動放射)と、高エネルギー陽子と静止電子との間によるもの(陽子制動放射)とがある。高密度ガス中での加速の場合、イオン化損失によって、低エネルギー粒子の粒子密度が低い状態で平衡状態に達する。そのために、制動放射X線スペクトルでは、数keVから数10keVというような低エネルギー粒子が寄与するのではなく、平衡によって決まる「分布の折れ曲がり」以上の粒子からの放射が主に寄与することになる。この場合の放射は、粒子分布の形にはほとんどよらずに、「折れ曲がり」に対応する「単色的」粒子エネルギー分布からの制動放射スペクトルすなわち光子指数Γ=1のベキ関数になる(1/ε制動放射)。これは観測された平坦なX線スペクトルの形状と一致する。

 われわれが本論文において提案した、特徴的な1/ε制動放射X線スペクトルは、他の放射機構によるX線スペクトルから明確に弁別できるため、sub-GeV領域の宇宙線成分を探査することに用いることができる。これは、どれだけのエネルギー量が爆風のエネルギーから加速された粒子に渡されるかを観測的に明らかにできるという点で重要である。さらに、ガンマ線領域までのスペクトルを取得できれば、陽子加速と電子加速を区別する事も可能であるため、将来の高感度のX線ガンマ線観測によって、陽子加速を直接解明する方法を提示する。

TeVSNR

 X線領域でのシンクロトロン放射は、加速された電子の上限部に対応しており、最高エネルギー領域の電子のエネルギー分布や空間分布を探ることができる。われわれは、Chandra衛星により、2つのシェル型の超新星残骸(SNR)RX J1713.7-3946およびSN 1006のシンクロトロンX線放射の研究を行なった。これらのSNRからはTeVガンマ線が検出されている点で極めてユニークであり、宇宙線の起源を探る上で最も重要な天体である。シンクロトロンX線を放射する高エネルギーTeV電子は、放射損失により極めて寿命が短いため、現在、行われている粒子加速の現場を探査できる点が特徴になる。これは寿命の長い電子からのシンクロトロン電波が粒子加速の履歴を反映することと対照的である。

 いづれのSNRの外殻のシンクロトロンX線放射も顕著な微細構造(フィラメントとプラトー)を持つことがChandraの優れた角度分解能(0.5秒角)により明らかになった。図3にRX J1713.7-3946のChandraによるX線イメージを示す。フィラメントはRX J1713.7-3946、SN1006それぞれの20秒角、5秒角の極めて薄い構造を持つものが見い出され、表面輝度は周囲よりも典型的には数倍高い。しかしどちらの場合も積分放射強度はプラトー領域が支配的である。

 フィラメントを加速領域だと考えると、われわれの結果はSNR衝撃波での「加速領域」と「放射領域」を分離することにはじめて成功したと解釈できる。詳細なスペクトル解析を行った結果、RX J1713.7-3946の場合、シンクロトロンX線放射は比較的ハード(Γ〓2.2)であり。最高加速エネルギーに対応する電子のカットオフエネルギーは10keV以上にも達していると推定できる。この結果は標準的な衝撃波統計加速よりも速い加速のタイムスケールを要求している。またSN1006の「フィラメント/プラトー」構造もまた衝撃波統計加速の枠組みでは簡単には説明できない。したがってこれらTeVSNRのX線観測の結果はSNR衝撃波での加速の標準的パラダイムを転換する必要性を示唆するものである。

図1:ASCA衛星によるAX J1714.1-3912のX線イメージ

図2:ASCA衛星によるAX J1714.1-3912のX線スペクトル。

(青線)AX J1714.1-3912成分(緑線)銀河リッジ成分。

図3:Chandra衛星によるRX J1713.7-3946の北西外殻のX線イメージ。

赤青がフィラメントでその周りの青がプラトー。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は9章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章では銀河内での宇宙線の起源や衝撃波加速、及び放射過程の一般論について述べ、第3章は観測データを取得したX線衛星の観測装置について述べ、第4章、第5章では二つの超新星残骸近傍のフラットなエネルギースペクトルを示すX線源の発見についてそれぞれ述べ、第6章ではこれらのX線源の放射機構についての考察を行い、第7章では二つの超新星残骸のシンクロトロン放射とみられるX線放射の観測と、そこから示唆される高エネルギー電子の存在について述べ、第8章ではこのシンクロトロンX線放射の微細構造の衝撃波加速理論による解釈について議論し、第9章では以上の観測から得られた結論について述べている。また、付録では超新星残骸SN1006の「フィラメント」構造の詳細について記している。

 荷電粒子が放射する電波・X線・ガンマ線を観測することにより、相対論的エネルギーにまで加速された高エネルギー荷電粒子が、大きなエネルギー密度を持って宇宙のあらゆる階層に存在していることが明らかになってきた。そのような高エネルギー粒子の代表的なものが地球に降り注ぐ宇宙線であり、銀河系の星間空間に存在する宇宙線のエネルギー密度は、ほぼ星間ガスの圧力に匹敵している。こうした宇宙線は、地上で観測される物理現象とは異なった様相を示す宇宙の高エネルギー現象のプローブとなるばかりではなく、銀河のエネルギー収支を理解する上で極めて重要である。そのため、宇宙線の生成機構の解明と加速領域の特定は、高エネルギー天文学における中心課題といえる。銀河系内の宇宙線の加速に関しては、超新星爆発によって星間空間に形成される強い衝撃波の関与が確実視されている。X線によるイメージとスペクトルの観測により、こうした衝撃波面の近傍で加速され、数GeVから100TeVという高いエネルギーを持つ粒子を探査することが可能である。

 申請者は二つのX線衛星、ASCAとChandraによる超新星残骸の観測データを解析し、特に以下の二つの点で新しい結果を得た。

 一つは非常にフラットなエネルギースペクトルを示し、GeV以下の宇宙線の制動放射として解釈できるX線源の発見である。第4章ではγCyg、第5章ではRX J1713.7-3946とそれぞれ呼ばれる超新星残骸領域で見つかったこのようなX線源の観測について述べ、第6章の議論では、この特徴的なスペクトルを放射するGeV以下の宇宙線のエネルギー収支について調べる新しい手段として用いることが可能であることを指摘している。

 もう一つは、シンクロトロン放射の分布の詳細から、衝撃波での「加速領域」と「放射領域」を分離することにはじめて成功したことである。第7章では、TeV領域のガンマ線が観測されており、高エネルギーまで粒子加速が起こっていることが知られている超新星残骸として、RX J1713.7-3946とSN1006のChandra衛星による非熱的なシンクロトロンX線放射の観測について述べている。第8章ではこれらの超新星残骸のX線放射が示す微細構造(「フィラメント」と「プラトー」)がそれぞれ「加速領域」と「放射領域」に対応していると解釈し、特に前者の天体では、X線の硬いスペクトルが高エネルギーまで伸びていることから、標準的な衝撃波加速理論で考えられるよりも加速時間が早いことが示唆されることを指摘している。

 なお、本論文第4章は宇宙科学研究所・高橋忠幸、マックスプランク核物理学研究所・EA.Aharonian、フランシス・マリオン大学・J.R.Mattoxとの共同研究であり、第5章は高橋忠幸、FA.Aharonianとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測及び解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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