学位論文要旨



No 117825
著者(漢字) 岡崎,浩三
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,コウゾウ
標題(和) 遷移金属酸化物における温度依存金属-絶縁体転移の光電子分光を用いた研究
標題(洋) Photoemission Studies of Temperature-Induced Metal-Insulator Transitions in Transition-Metal Oxides
報告番号 117825
報告番号 甲17825
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4296号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 教授 小谷,章雄
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 助教授 岡本,徹
 東京大学 助教授 小形,正男
内容要旨 要旨を表示する

 遷移金属酸化物における金属一絶縁体転移は、長らく固体物理学の中心的なテーマであったが、高温超伝導が発見されて以来、さらに盛んに研究されるようになってきている。一般に、この金属-絶縁体転移には電子間相互作用が重要とされ、その絶縁体の基底状態は"モット絶縁体"と呼ばれている。一方で、電子、格子相互作用もパイエルス転移などの金属-絶縁体転移を起こし得るし、また超伝導も引き起こす。ある系では、この電子間相互作用と電子-格子相互作用のどちらが重要であるか議論になることもあり、また2つの相互作用が競合することもあり得る。本論文の目的の一つは、これらの相互作用が温度依存の金属一絶縁体転移を示す系の電子構造にどのような影響を与えているかを実験的に明らかにすることにある。特に"温度依存"の相転移は、理論的に扱うには多くの励起状態を扱う必要があるため一般に難しく、有限温度での相図などを与えられる理論は、動的平均場理論など非常に限られている。本論文のもう一つの目的は、温度依存の金属-絶縁体転移の機構や有限温度での特徴的な相図の起源を、電子構造の温度変化を詳細に研究することで明らかにすることにある。我々はこれらの目的を達成するために光電子分光法を用いた。この手法は、1電子励起スペクトルを直接観測できるほぼ唯一の手法であるため、電子構造や相転移機構を解明するためには非常に有用である。本論文では金属-絶縁体転移を示す3つの系、RNiO3、VO2、β-Na0.33V2O5を対象として研究を進めた。以下に本論文における研究結果の概要を示す。

 RNiO3(R:希土類)はバンド幅制御金属-絶縁体転移系の一つで、R=Laではすべての温度で常磁性金属であるが、他の希土類では温度依存の金属-絶縁体転移を示す図1(a)がRNiO3の相図である。この相図は他のバンド幅制御金属-絶縁体転移系であるV2O3やNiS2-xSexなどの相図と比べると特徴的である。というのは、V2O3やNis2-xSexでは図1(b)に示した動的平均場理論による相図と同様に常磁性金属相が常磁性絶縁体相の低温側にあるのに対し、RNiO3では常磁性金属相が常磁性絶縁体相の高温側にある。我々はNd1-xSmxNiO3の複数の組成について光電子スペクトルの温度変化を詳細に測定し、その温度変化がx>0.4とx〓0.4とで異なる特徴を持つことを見出した。その相違の最も大きな要因はx>0.4とx〓0.4での金属相のスペクトルが異なっていることにあり、x>0.4では金属相のスペクトルが擬ギャップを持っている(図2)。これは、x>0.4とx〓0.4の金属相が異なる性質を持ち、Nd1-xSmxNiO3の金属相においてx〜0.4にクロスオーバーがあることを意味する。帯磁率の測定で、NdNiO3の金属相はパウリ常磁性であるという報告とSmNiO3は金属相においてもキュリー・ワイス型常磁性であるという報告がある。このことからSmNiO3は金属相において局在モーメントが存在すると考えられるが、局在モーメントの存在とx>0.4での金属相における擬ギャップの存在とが互いに関連しているのではないかということを指摘した。

 VO2は340Kで金属-絶縁体転移を示すことで有名な物質であるが、その相転移機構、特に電子間相互作用と電子-格子相互作用のどちらが重要であるのかは、未だに解決されていない。最近、TiO2の(001)面上に成長させたVO2の薄膜がバルクとは異なる約300Kで金属-絶縁体転移を示すことが報告された。我々は、酸素アニールという手法を用いることでVO2/TiO2(001)の清浄表面を得ることに成功し、光電子スペクトルの詳細な温度変化を測定した。バルクのVO2の転移温度である340Kという温度は、金属相の光電子スペクトルを測定するにはかなり高く、清浄な表面を得るのが難しいが、この手法により得られた薄膜の表面はかなり清浄で長時間安定であることがわかった。金属相のスペクトルでは、光電子スペクトルの結果を解釈する際問題となる表面層からの寄与を差し引くことで"バルク"の成分を得た(図3)。得られた"バルク"のスペクトルをバンド計算と比較することによって電子相関の効果を評価した結果、自己エネルギーの運動量依存性が重要であることがわかった。その起源としては、長距離クーロン相互作用、または、帯磁率における有効質量の増大がm*/mb〜6にもなることから、強磁性的な揺らぎの存在が考えられる。また、絶縁体相においても光電子スペクトルが興味深い温度変化を示すことを見出した。independent boson modelを用いたスペクトル関数でその温度変化を定性的に再現し、その温度変化の要因は強い電子-格子相互作用であると結論した。

 β-Na0.33V2O5は、電気伝導の特徴などからバイポーラロンが形成されているとされた物質であるが、最近、135Kで金属-絶縁体転移を示すこと、高圧化で超伝導を示すことなどが発見された。我々はこの物質の電子構造を角度分解光電子分光によって調べた。その結果、まずバンド構造はO2pバンド、V3dバンド、共に鎖方向(b-axis)にのみ有限の分散を持ち、1次元的な電子構造を持つことが分かった。V3dバンドのスペクトル形状はVO2の絶縁体相のスペクトルのようにガウシアン状であり、金属相においてもそのピークはフェルミレベルに達しないことがわかった。これはVO2と同様に強い電子-格子相互作用が存在することを示している。運動量空間では、フェルミレベル近傍でκ=±π/4bで最もスペクトル強度が強く、これをフェルミ運動量とした。この結果からband fillingについて議論し、高圧下で超伝導を示すSr14-xCaxCu24O41や1次元有機超伝導体などとの関連を指摘した。

 以上のように、金属-絶縁体転移を示す3つの系について、電子構造、その温度変化などを光電子分光を用いて詳細に調べた。その結果、それぞれの系において電子構造がどのような特徴をもち、電子間相互作用や電子-格子相互作用がどのような役割を果たしているか、について新たな知見が得られた。

図1:(a)RNio3の相図。(b)動的平均場理論による相図。

図2:Nd1-χSmχNiO3のχ〓0.4とχ>0.4での金属相の光電子スペクトル。

図3:VO2の金属相でのスペクトルとその"バルク"成分。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は序論で、金属・絶縁体相転移を示す遷移金属酸化物の価電子帯光電子スペクトルを測定し、相転移の原因とされる電子間相互作用と電子・格子相互作用が光電子スペクトルにあたえる影響を詳細に調べて、相転移の機構や有限温度での特徴ある相図の起源を明らかにする、という本論文の目的が述べられている。また、RNiO3(Rは希土類元素)、VO2薄膜およびβ-Na0.33V2O5を研究の対象としてとりあげた理由と関連物質の物性の特徴について述べられている。

 第2章は、光電子分光実験の原理と方法、電子間相互作用と電子・格子相互作用の影響を考慮した光電子スペクトルの解析方法について述べられ、VO2薄膜の作成法とその清浄表面を得る酸素アニールの方法について述べられている。

 第3章では、バンド幅制御型の金属・絶縁体転移系物質のひとつであるNid1-xSmxNiO3(x=0,0.2,0.4,0.6,0.8)について、転移温度の上下で光電子スペクトルを測定し、フェルミ準位付近のスペクトルを詳細に解析した結果、x<0.4では電子状態が典型的な金属と同様の温度依存性を示すのに対し、x>0.4では転移温度よりも高温側で擬ギャップを持つことが述べられ、擬ギャップの存在とSmNiO3が金属相で局在モーメントを持つことと関連があるのではないかと指摘している。

 第4章は、酸素雰囲気中でアニールして作成したVO2/TiO2薄膜試料の光電子スペクトルの温度依存性を詳細に測定し解析した結果について述べられている。金属相VO2の光電子スペクトルをXPSで得たスペクトルと比較することによって表面成分とバルクの成分とに分け、バルクのスペクトルに現れる電子相関効果を評価した結果、VO2/TiO2の光電子スペクトルには自己エネルギーの運動量依存性が大きく反映されていることが明らかになった。また、300K以下でみられる絶縁体相のスペクトルはバンド計算の結果から大きく外れ、電子・格子相互作用を強く反映したガウス型のスペクトル形状を示すこと、その温度依存性が独立ボゾンモデルを用いたスペクトル関数で定性的に説明できることをはじめて見出した。このことは、絶縁体相の光電子スペクトルが示す温度依存性が強い電子・格子相互作用によるものあることを示している。

 第5章は、β-Na0.33V2O5単結晶の電子状態を角度分解光電子分光実験で調べた結果、O2PとV3dバンドは共に鎖方向にのみ有限なエネルギー分散を持ち擬1次元的な電子状態を示すこと、V3dのスペクトル形状がVO2薄膜と同様にガウス型で、金属相においてもフェルミ準位での状態密度は極めて小さいことが述べられている。これは、β-Na0.33V2O5でも電子・格子相互作用が重要であることを示している。

 第6章は、以上の研究結果のまとめについて記述している。

 以上のように、本論文は温度依存の金属・絶縁体転移を示すNd1-xSmxNiO3(x=0〜0.8)、VO2薄膜試料およびβ-Na0.33V2O5単結晶の光電子スペクトルを転移温度の上下で詳細に調べ、相転移の原因と考えられる電子間相互作用あるいは電子・格子相互作用がそれぞれの物質で示す役割を明らかにし、遷移金属酸化物の電子構造と相転移の機構を解明するための新たな知見を与えるものである。

 なお、本論文の第3章は藤森淳、溝川貴司、E.V.Sampathkumaran、J.A.Alonso、M.J.Martinez-Lopeとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験し、結果の解析、検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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