学位論文要旨



No 117827
著者(漢字) 川崎,正寛
著者(英字)
著者(カナ) カワサキ,マサヒロ
標題(和) X線を用いた超新星残骸における電離状態の研究
標題(洋) X-ray Study of Ionization States in Supemova Remnants
報告番号 117827
報告番号 甲17827
学位授与日 2003.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4298号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牧島,一夫
 宇宙科学研究所  教授 中川,貴雄
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 助教授 江尻,晶
 東京大学 教授 坪野,公夫
内容要旨 要旨を表示する

 超新星残骸(SNR)プラズマの最大の特徴は、数千万度(数keV)の高温と、粒子の数密度が約1個/cm3という、地上の実験装置では実現できないほどの超高温低密度環境である。そのため、超新星爆発による衝撃波に起因して急激に加熱された電子の温度とイオンの電離状態が平衡に達する(電離平衡状態)までに、数万年ほども時間がかかる。また、温度数千万度のプラズマからの放射はX線領域で最も強くなる。よって、X線観測によってSNRプラズマの電離状態、すなわちイオンの電離温度がどれだけ電子温度に近付いているか、を調べることがSNRの進化の度合を知る強い指標となる。ここでイオンの電離温度とは、ある電離度を示す電離平衡プラズマの電子温度の値と定義し、プラズマの電離状態を示す指標としている。実際に過去のX線観測から、特にカシオペアA、ティコ・ブラーエのSNRといった非常に若い(数百年)SNRからプラズマが電離非平衡状態であることが示されている。

 このように、SNR中のプラズマの電離状態はSNRの進化を示すパラメータとなる。よって本研究では、プラズマの電離状態に注目してSNRを系統的に解析した。中でも我々が注目し詳細な解析を行なったのは、「Mixed-Morphology型SNR(MM型SNR)」と呼ばれるX線で熱的プラズマが中心に集中して見える一群である。超新星残骸からは衝撃波によって加熱・加速されたシェル状領域にいるプラズマや粒子からの熱的・非熱的放射がX線や電波で観測されると考えられており、カシオペアAをはじめとして多くのSNRが電波、X線共にシェル状の空間構造を示す(シェル型SNR)。よってMM型SNRの中心集中なX線構造は従来の超新星残骸の理解では説明がつかないように思われる。しかしながらその数は我々の銀河系内で20個程度あり、X線で観測されるSNRの20%程度になる。よってそれぞれの天体の個性であるとするには数が多過ぎる。このようなSNRは、観測されるX線像が一般的なSNRの理解と異なっているためにSNRの進化を追った標準的な理論(セドフ解)の適用が難しい。我々の注目するプラズマの電離状態からSNRの進化を求める方法はX線像とは独立に求められるものなので、MM型SNRも含めた全てのSNRに適用可能なものである。

 我々の解析手法は、X線スペクトルの連続成分から電子温度を求め、重元素イオンの水素様輝線とヘリウム様輝線の放射強度比から求められる電離温度とを比較するものである。この方法は、電離プロセスに特に仮定を置かずにX線データから直接プラズマの電離状態を求めることができる。ただし、本解析には水素様輝線とヘリウム様輝線を分解できるエネルギー分解能を持つ検出器による観測が必要不可欠であり、「あすか」衛星搭載のSIS検出器(X線CCD検出器)でそれが初めて可能となった。我々はそのなかでも「あすか」衛星打ち上げ後2年以内の特にエネルギー分解能の良い時期に観測されたMM型SNR6天体を解析し、シェル型SNRとの比較を行なった。

 結果をまとめたものを図1に示す。MM型SNRについては我々の解析結果を、シェル型SNRについてはSIS検出器もしくは同等のエネルギー分解能をもつ衛星による観測結果で論文として発表されたデータ元に示している。全てのMM型SNRにおいて、電離平衡状態もしくはそれ以上までプラズマの電離が進んでいた。このことは電離温度が電子温度に追い付いていないシェル型SNRとは対照的で、MM型SNRがシェル型SNRに比べ進化が進んだSNRであることを示唆するものである。これに加え、IC443とW49Bの2天体ではイオンの電離温度が電子温度を越えてしまっている「過電離状態」になっていることが示された。この過電離プラズマの証拠は本研究において初めて発見されたものである。この様な過電離プラズマを作るメカニズムとしては、イオンが衝突電離に加え別の方法で電離されるか、電子が急激に冷却されるかの2通りが考えられる。前者は光電離プラズマであるが、SNRのような低密度環境下では自身からの放射による光電離は考えにくく、またSNRプラズマ全体を光電離させるほどの強いX線源も観測されていない。もう一方の電子の急激な冷却というのは、プラズマ中のガスがイオンの再結合のスピード以上に冷却が進んでいる状態である。電子の冷却メカニズムとしては、放射、膨張、熱伝導の3通りが考えられる。おのおののタイムスケールをイオンの再結合タイムスケールと比べたところ、両天体共に熱伝導による冷却がプラズマを過電離状態にしていることが示された。

 また我々は、MM型SNRの中心付近と周辺部でのスペクトルの違いも調べた。その結果、6天体中5天体で中心付近の電子温度が高く、周辺部で温度が低くなっているという結果が得られた。特に過電離状態が発見されたIC443とW49Bについては内部で高温低密度、周辺部で低温高密度なプラズマ構造が示された。このプラズマ構造はSNRの進化についての標準的な理解の範疇内で収まっているものである。なぜなら星間物質を加熱するたびに衝撃波は弱くなっていくのでSNRの進化とともに衝撃波加熱される物質の電子温度は低くなっていき、圧縮された衝撃波面近くの周辺部の密度は中心付近より上がっているはずだからである(セドフ解)。このことからMM型SNRは特別な進化をしたSNRではなく、シェル型SNRと同等の進化を経てきたことが示唆される。

 以上の解析結果から、MM型SNRはシェル型SNRと同様の進化をたどり、且つシェル型SNRよりも進化が進んだSNRであると考えられる。このことを踏まえて、SNRの進化とX線像・電離状態の変化について以下のシナリオを提案する。若いSNRにおいては、強い衝撃波によって加熱されたプラズマがX線でシェル状に観測される。急加熱された電子温度にイオンの電離温度が到達するまで長い時間がかかるために、プラズマは電離の進んでいない状態となる。こうしてX線でシェル状の電離非平衡なプラズマが観測される。一方でSNRの進化とともに衝撃波加熱される物質の電子温度は低くなっていく。過去に加熱された物質はSNR内部で高温のまま残っているので、内部で高温、周辺部で低温なプラズマが形成される(セドフ期)。このようなプラズマは圧力平衡を保ちつつ熱伝導によって内側と外側の温度差を埋めようとするので、内部プラズマの温度は下がり密度は上がる。こうした熱伝導が十分効き出す頃には外側の衝撃波は非常に弱くなり、加熱されたプラズマの温度が低くて星間物質による吸収のためX線で観測出来なくなってしまう。よって比較的温度が高く密度も上昇した中心付近の方がX線領域において相対的に強い放射が見え、中心集中的なX線像が観測されると考えられる(MM型SNR)。IC443やW49Bはこの段階が見えているものと考えられるが、このことは観測された外側のプラズマの温度が0.2keV程度の低いものであったことからも示唆される。このシナリオの骨子はRho & Petre(1998)等により提案されたが、我々が付け加えた新しい観点は、この熱伝導による電子の冷却スピードに電離温度の変化が追い付けず、結果としてSNR内部プラズマを「過電離状態」にすることも可能であることを観測から示した点である。ただし電離温度は3万年/cm3のタイムスケールで電子温度に追い付くので、更に進化が進んだSNRではIC443やW49B以外のMM型SNRのように電離平衡状態に達していると考えられる。SNRの進化を扱ったShelton(1999)の数値シミュレーション結果も「過電離プラズマ」も含めてこのシナリオをサポートする。

 故に我々の結果は、SNRが進化すると熱伝導の効果によりX線で中心集中な過電離プラズマを示す「熱伝導期」が観測されることを示唆する。

図1:様々な超新星残骸における電子温度(kTe)と電離温度(kTz)の関係。

赤の四角がMixed-Morphology型SNR(MM SNR)を、青の丸がシェル型SNR(Shell SNR)のプロットである。

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文は、宇宙X線衛星「あすか」を用いて超新星残骸を観測し、X線スペクトルからプラズマ診断を行い、「過電離プラズマ」という新しい状態を発見した結果を述べている。

 超新星残骸(SNR)は、超新星爆発で生じる超高温(1〜2千万度)のプラズマ塊で、おもに高温プラズマからの熱的なX線と、加速された粒子の出すシンクロトロン電波を放射する。既知の約230個のSNRのうち約2/3は、この2つの波長で似通ったシェル(球殻)形状を示し、形状とその進化はSedovの相似則など、単純な流体力学モデルでよく説明される。ところが約20個のSNRは、電波ではシェル状に見えるが、X線では中味の詰まった形を示す。これらは「混合形態型SNR」(MMSNR)と呼ばれ、その説明はこれまで十分になされていなかった。この謎を解くことが本学位論文の主題であり、第2章ではSNRの基本的な性質がレビューされる。

 申請者は、日本で4機目の宇宙X線衛星「あすか」(1993〜2001)の豊富な観測データを用いて研究を進めた。第3章では「あすか」の記述がなされ、本研究に必要な、エネルギー分解能の良いX線撮像検出器として、CCDカメラ(SIS装置)が詳述される。また「あすか」の観測データの中から、一定の基準にもとづき、6個のMMSNRが選び出された。それらは、IC443、W49B、W28、W44、3C391、およびKes27である。これらはいずれもさまざまな傍証から、年令が数万年ていどの割に古いSNRと考えられる。

 第5章〜7章では、これら6個のSNRの「あすか」データが解析された。X線の撮像能力を活かし、位置分解してX線分光を行ったところ、3C391を除く5個で、X線で暗い周辺部ではX線で明るい中心部に比べ、プラズマ温度が有意に低いことが発見された。6個の代表格であるIC443では、X線の「スペクトルの柔らかさ」の画像を作ると、電波で見られるのと同様なシェル構造が再現した。また中心部では周辺部よりプラズマ密度が低いが、密度勾配はSedovの相似解で予想されるより弱いことも見出された。よってmmSNRの周辺部では温度が低すぎ、X線が星間ガスや検出器の吸収を強く受けるとともに、中心付近では単純な予想よりプラズマ密度が高くてX線の放射率が上がり、結果として中心がX線で明るくなることがわかった。

 ついでプラズマの電離状態に注目してX線スペクトルを詳細に解析した。シリコンやイオウなどの元素で、水素様イオンとヘリウム様イオンの出すKα線の等価幅を比較し、それぞれのイオンの電離温度を求め、元素のラインが少ない3keV以上の連続成分の形から決めたプラズマの電子温度と比べた。その結果、IC443とW49Bではその中心部でも周辺部でも、元素の電離温度が電子温度より4割ほど高い「過電離状態」が発見された。これはSNRでは初めてのことである。近傍に強い電離光源が無いので、この過電離状態は光電離によるものではなく、プラズマがいったん電離平衡に達したのち電子温度が速く低下し、電離状態がそれに追従できない結果と考えられる。残る4つのSNRでは、電離温度は電子温度と一致していた。

 以上の結果を踏まえて第7章では、電子温度を下げる過程として、放射冷却、断熱膨張、および熱伝導が考察され、それらの時間スケールがイオン再結合の時間スケールと比較された。その結果、SNRのプラズマがいったん電離平衡に達したのち、熱伝導が効くことにより電子温度が下がり、一時的に過電離状態が出現しうることが推論された。したがってSNRは、Sedov相似則の成り立つ段階から、放射損失の効いた状態に移行する途中で、一般にmmSNRの状態を通過すると考えられるに至った。これは剛SNRに初めて統一的な解釈を与えた研究成果であり、十分な科学的意義をもつものと評価できる。

 なお本研究は、長瀬文昭、尾崎正伸らとの共同研究であるが、研究の多くの面で申請者は中心的な役割を果たしており、その寄与は十分であると判断される。

 以上により、博士(理学)の学位を授与に値すると認定される。

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