No | 117828 | |
著者(漢字) | 越野,幹人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コシノ,ミキト | |
標題(和) | 3次元系における量子ホール効果の理論 | |
標題(洋) | Theory of quantum Hall effect in three dimensions | |
報告番号 | 117828 | |
報告番号 | 甲17828 | |
学位授与日 | 2003.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4299号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 量子ホール効果とは、強磁場中の2次元電子系においてホール伝導度がきわめて高い精度でe2/hの整数倍に量子化されるという現象で1980年にvon Klitzingらによって実験的に発見された。試料や実験状況の詳細にかかわらず電気抵抗が6桁以上の精度の物理定数で測定されるというのは驚異であり、また標準抵抗の確立、微細構造定数の精密測定等、物理学の基本に関わる問題にも寄与した。 整数量子ホール効果の出現には、磁場中2次元系特有のランダウ量子化(電子のサイクロトロン運動が量子化され離散的なエネルギー準位を生じる)が大きく関与している。したがって整数量子ホール効果は通常2次元系に特有な現象と考えられているが、3次元においてもある条件下でホール伝導度の量子化がおこることが理論的に知られていた。その一般論によれば、3次元周期系に磁場をかけたときにエネルギーギャップがもし存在し、そこにフェルミ準位があるとすれば、ホール伝導度テンソルの各成分(σxy,σyz,σzx)がそれぞれ量子化する。最も単純な例は2次元系が積層した3次元系であり、各層での量子ホール効果に対応して3次元ホール伝導度の1成分が有限な値に量子化され、それ以外の成分は0となる。このような系は半導体超格子や有機導体などで実現されその量子ホール効果も実際に観測されている。一方で、一般の3次元格子系の場合、量子ホール効果が起こりうるか、またそれがどのようなものになるかというのは興味深い未解明な問題である。そこで本学位論文ではまず、いかなる3次元系でいかなる量子ホール効果が起こりうるかを初めて系統的に探索し、さらに従来知られていなかった3次元量子ホール効果の特有の性質を明らかにした。新たに得られた知見は以下のようである。 (1)エネルギーギャップの出現機構とホール伝導度 3次元量子ホール効果の出現にはエネルギーギャップの存在が必要条件となる。たとえば連続な3次元系の場合、磁場と平行方向の運動によるエネルギー分散のためにギャップはなくなり、量子ホール効果は起こらない。一方ここでは周期ポテンシャルのある3次元系を考え、結晶のBragg反射と磁場によるLandau量子化の共存によって磁場中でのギャップを生じさせることを考えた。磁場中の2次元周期系に関してはすでに多くの研究があり、エネルギースペクトルにHofstadter butterflyと呼ばれるフラクタル的なギャップ構造を生じることがよく知られている。今の問題はこれの3次元版である。 本論文では3次元周期系のモデルとしてtight-binding模型を採用し、そのエネルギースペクトルを異方性や磁場の方向を変えながら調べた。周期系においても3次元では磁場と平行な運動がバンド幅を広げることに変わりはなく、特に等方的結晶においてはギャップの存在は一般には困難であると従来されてきたが、我々は対称軸ではない一般の方向に十分な大きさの磁場をかければ等方的な場合でもエネルギーギャップが必ず生じることを初めて示した。我々はここで得られた各ギャップに対し、そこにフェルミレベルがあるときのホール伝導度を計算し、結果、ギャップ以下の各サブバンドの運ぶホール伝導度は(σxy,σyz,σzx)の2成分以上が非零の値をもつ3次元特有のものであることがわかった 磁場中のサブバンドの重なりは一般に異方的になるほど小さくなる。よって等方的な場合では散発的にしか見えなかったギャップが異方的な場合では多く残ることになり、より複雑なエネルギースペクトルと量子ホール効果が期待できる。そこで我々はギャップが最も多く生じると期待される擬1次元系(1次元鎖が弱く結合した3次元系)周辺でのスペクトルを調べ、その結果Hofstadter butterflyとよく似たフラクタル構造になることを示した[図1]。2次元で知られる通常のHofstadter butterflyはバンド構造と磁場によるランダウ量子化の共存によって生ずるが、ここで見出された3次元butterflyは、2つの異なる格子面上のランダウ量子化の共存によるものであり、前者とは由来の異なる3次元特有の現象である。本論文では、2次元、3次元の2つの系のSchrodinger方程式の間にmapPingが存在することを示し、それが二つのbutterflyスペクトルの対応を説明することを明らかにした。さらに3次元butterflyの各ギャップにおけるホール伝導度(トポロジカル量子数)は2次元butterflyのそれと完全な対応関係を持っており、これがやはりmappingによって説明されることが示された。 (2)直観像-運動量空間からみた3次元量子ホール効果 上で述べた磁場中のエネルギーギャップは、運動量空間の描像において直観的に理解することができる。磁場下における周期系の問題には通常運動量空間での半古典近似が用いられるが、本論文では、これを超えた半古典軌道間のホッピングによって初めてギャップが生じることを示した。また、この議論を擬1次元系に当てはめることで、3次元butterflyスペクトルが図2(a)のようなフェルミ面の多重連結構造から解釈されることを示した。さらに本論文では、無限小の電場に対する半古典軌道の遷移過程を断熱的に取り扱うことでホール電流が計算できることを示し、ホール伝導度の量子数が断熱遷移の回数として表されることを明らかにした。この方法は従来から知られている久保公式による取り扱いとは独立に3次元ホール伝導度の量子化を記述する方法である。 (3)磁場誘起スピン密度波による3次元量子ホール効果 周期構造を電子間相互作用によって生ずる密度波に求めることもできる。もし3次元量子ホール効果が密度波で実現した場合、butterfly gapがフェルミ準位近傍に生じるために3次元butterfly・量子ホール効果の観測に有利である。本論文では3次元特有の量子ホール効果をスピン密度波で実現する方法を調べた。Bachgaard塩と呼ばれる有機導体では、強磁場下で存在するスピン密度波(磁場誘起スピン密度波)相において量子ホール効果が起こることが知られている。この物質では第3軸方向のトランスファーが無視できるほど小さく、2次元系とみなせるが、ここではこの議論を3次元の場合に拡張し、磁場下でのスピン密度波の振舞いを平均場近似で計算した。結果、磁場の方向や大きさを変化させることで3次元系特有の様々なスピン密度波相が現れることが確かめられ、また各相が量子化された3次元ホール伝導度で特徴づけられることが示された。準粒子スペクトルは上で述べた3次元butterflyスペクトルになっており、これはネスティング後のフェルミ面が上述の多重連結構造を持つことに帰着される[図2(b)]。 (4)3次元量子ホール状態における表面電流 通常の2次元の量子ホール効果では試料内部(バルク)とともに試料端の状態もホール電流に寄与することが知られている。すべてのホール電流が端を流れたとしたときのホール伝導度はバルクのそれと全く等しくなることが知られ、バルク描像と端描像は量子ホール効果の理解において相補的な役割を果たす。本論文では3次元量子ホール効果においても試料表面が重要な役割を持ちうると考え、磁場中の3次元周期系における表面状態を初めて一般的に考察した。その結果、バルクのエネルギーギャップ内には表面状態が常に存在し、その状態が運ぶ電流は、バルクのホール伝導度を与える3つの整数でその方向が特徴づけられる「表面包囲電流」になっていることが明らかにされた。これは表面電流が持つ情報がバルクの情報と密接にかかわっている事を示し、実際、表面電流で測定されるホール伝導度は2次元の時と同様、バルクのそれと同じ値になることが示された。 (5)3次元量子ホール効果の実験可能性 上で示した3次元量子ホール効果の各々の場合について、その実験可能性を議論した。その結果、電子間相互作用のない3次元周期系では、エネルギーギャップが生じるのに必要な磁場の強さは異方性とともに際限なく小さくなり、適当なパラメータによってその条件が十分実験可能な範囲(B〜40T,ギャップのエネルギースケール〜10meV)にできることがわかった。また磁場誘起スピン密度波の場合では、その出現に必要な磁場はネスティングによってはさらに小さくなりその程度はB〜10Tになることが示された。 図1:異方的3次元系におけるバタフライ・スペクトル(磁場の傾けた角度に対してプロットしたエネルギースペクトル)と各エネルギーギャップにフェルミレベルがある時のホール伝導度σxy,σyz,σzxの量子化値。 図2:(a)3次元butterflyスペクトルを生じる系での典型的なフェルミ面の形状。(b)3次元の磁場誘起スピン密度波でのネスティング後のフェルミ面。 (a)と似たパイプ構造を持っている。 | |
審査要旨 | 1980年にvon Klitzingによって発見された量子ホール効果は,半導体の界面で実現された2次元電子系が強磁場中で示す特異な現象であり,ホール抵抗が基本物理定数であるPlank定数hと素電荷eの自乗の比,h/e2の分数倍になるということから,微細構造定数の新たな測定法及び,標準抵抗への応用という点で大きな注目を集め,また,関連して発見された分数量子ホール効果は強相関電子系の研究の発展に大きな貢献をした.これらの発見の重要性は2度にわたってノーベル物理学賞が授与されたことからも明かであろう.これらの現象の研究の発展の1つの方向として3次元系でも量子ホール効果が見られないかということを調べるのは必然であり,実際,これまでの研究において,電子間相互作用が無視できる3次元電子系において,何らかの原因で1電子状態にエネルギーギャップが生じた場合には,フェルミ準位がそのギャップ内に来ればホール伝導率がある意味で量子化されることが理論的に示されていた.問題は3次元系ではエネルギーギャップはできにくいと思われていたことであるが,本研究では量子ホール効果実現の必要条件であるエネルギーギャップが,予想されたよりも容易に実現することを初めて明らかにし,合わせて,ホール抵抗値の新たな計算方法なども提示された. 本論文は8つの章からできている.初めの3つの章にはこれまで他の研究者により行なわれた研究のまとめが述べられている.第1章はイントロダクションであり,従来の研究の概略と,本研究での目的が述べられている.第2章では周期ポテンシャル中の電子が磁場中でどのように振る舞うかがまとめられ,特に本研究で用いられる強結合模型(tight binding mode1)での電子状態がどのように記述されるかが述べられている.また,第3章では,フェルミ準位がエネルギーギャップ中にあるときの伝導率テンソルがどのような式で表わされるかが述べられている. 第4章から第7章では本研究で得られた新たな知見が述べられている.先ず第4章では,3次元単純立方格子強結合模型の場合についての結果が述べられている.本研究以前は,この模型ではエネルギーギャップは生じ得ないと思われていたが,これは磁場が高い対称性をもった結晶軸方向を向く場合のみが考察されていたためであり,一般の磁場方向の場合には容易にギャップが得られることが初めて示され,この場合に可能となる量子化ホール伝導率の値が求められた.更に,ギャップが生じる理由が半古典描像に基づいて考察され.この描像を用いると,従来の理論とは異なり,運動量空間での電子の軌道を追跡するという方法でホール伝導率の値が得られることが明かにされた.第5章ではより容易にエネルギーギャップが得られると思われる遷移確率が非等方的な立方格子についての研究が行なわれ,この場合に得られるHofstadter蝶図の生因が磁場中の2次元系との比較で明らかにされ,ホール伝導率の値も計算された.第6章では,フェルミ準位が自動的にエネルギーギャップに位置するため,量子ホール効果が実現する磁場誘起スピン密度波状態についての研究が述べられ,実験での実現可能性が調べられた.第7章では,有限の大きさの試料において,電流が試料の表面のみを流れると考えた場合の考察が行なわれた.これは2次元系では,試料端のみを電流が流れるとしたときにも量子ホール効果が説明できるという事実が,3次元系でも成り立つか否かを調べたもので,実際3次元系でも,試料表面の電流のみを考えても,試料全体を一様に電流が流れる場合と同じ結果となることが示された. 最後の第8章はまとめとして,本研究で得られた新しい知見がまとめられ,実験での観測可能性と将来の課題が述べられている. 以上のように本論文は3次元での量子ホール効果について様々な観点から研究を行ない,新しい知見を得たものとして高く評価できる.なお,本論文の第4章以下は青木秀夫,黒木和彦,鹿児島誠一,Bertrand Halperin,長田俊人との共同研究であるが,論文提出者が主体となって研究を進めたもので論文提出者の寄与が十分であると判断した. 以上の理由により,博士(理学)の学位を授与できるものと認める. | |
UTokyo Repositoryリンク |